バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第四十一話 残されたもの

「ムッツリーニよ! どうすればよいのじゃ! このままではジリ貧じゃぞ!」

「…………俺に聞くな」

「お主、明久が魔獣と戦うのを見ておったじゃろ! 何か対処を知っておるのではないのか!?」

「…………俺は見ていない」

「なんじゃと? お主、熊の魔獣を見たと言っておったではないか!」

「…………消えていくところを見ただけだ」

「くっ! 見ただけじゃったか!」

 

 魔獣の動きはそんなに早いわけではなかった。攻撃も直線的で単調。ただ力任せに頭から突進してくるだけだった。身の軽い木下君と土屋君はそんな巨獣の攻撃をひょいひょいとかわしている。

 

「おのれ! お主の皮膚はどうなっておるのじゃ! まるで(やいば)が通らぬではないか!」

 

《ガァァーッ!!》

 

「ガァではない! 山羊ならばメェと鳴いてみせい!」

 

《グォァァーーッ!!》

 

「えぇい! 分からぬ奴じゃ!」

「…………言葉が通じるわけがない」

「分かっておるわ!」

 

 けれど2人は苦戦を強いられている。それはこちらの攻撃が通用しないから。相手の攻撃をかわしつつ、何度も武器の(やいば)を突き立てる木下君たち。でも何度(やいば)で斬りつけても魔獣の皮膚にはまったく傷が付かなかった。

 

「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ……こ、これはちと厳しいのう」

「…………一時撤退するか」

「そ、そうはいくまい。何度も挑戦している時間はワシらには無いぞい」

「…………なら、どうする」

「とにかく攻撃あるのみじゃ! 通用するまで何度もじゃ!」

「…………結局それか」

「なんとしても倒すぞい! お主も気合いを入れい!」

 

 2人は更に速度をあげ、魔獣に立ち向かっていく。でもやっぱり何度(やいば)を突き立ててもまるで効いていないみたい。

 

 ダメ……このままじゃ負けちゃう……! (やいば)が通らない以上、木下君たちに勝ち目は……!

 

「やめてください木下君! 土屋君! このままじゃ2人ともやられちゃいます!」

「大丈夫じゃ! こやつらの動きは遅い! 当たりはせぬ!」

「で、でも……!」

「それよりお主はしっかりと火を灯すのじゃ!」

 

 木下君はそう叫びながら魔獣に向かって走って行く。土屋君はもう一体の魔獣を相手に目にも止まらぬ早さで翻弄しながら小太刀で斬りつけている。でもやっぱり2人の攻撃はまるで効いていなかった。武器が小さいので威力が無いのかもしれない。

 

「……」

 

 私は再び腰の大剣に目をやる。この大きな剣なら……私の武器なら……あの魔獣にも通用するかもしれない。でも……。

 

《ゴァァァーーッ!!》

 

 ――ドズゥゥン!!

 

 怖い。

 

 ただひたすらに相手を押し潰そうとする魔獣が怖い。あんな攻撃をしたら自らも傷つくことが分からないのだろうか。それに私たちを攻撃してくる理由も分からない。なぜあれほどまでに殺意をむき出しにするの?

 

「ま……魔獣さん! やめてください! 私たちはあなたたちを傷つけたくないんです! ただこの洞窟をあけてほしいだけなんです!」

 

 私は震える声を絞り出し、訴えかけた。けれど2匹の魔獣は私の言葉に耳を傾ける様子はなかった。それどころか私の存在自体を気にしていないようだった。

 

「無駄じゃ姫路よ! こやつらに言葉は通用せぬ!」

「で、でもこのままじゃ木下君たちが……!」

「良いからワシらに任せるのじゃ!」

 

 木下君はああ言うけど、攻撃が効かない以上どうにもならないはず。でもここからあの魔獣たちを追い出さないと、王妃様との約束が果たせない。王妃様との約束が果たせなければ私たちは……。

 

 このままじゃ……このままじゃ私たちは元の世界に帰れない……サンジェスタで皆と約束したのに……明久君や美波ちゃん、それに坂本君や翔子ちゃんだって頑張っているというのに……チームひみこのリーダーを任されたというのに……。

 

 ……

 

 もう、やるしかない。私が勇気を出さなければ皆が元の世界に帰れない。怖いけど……私が……やるしかない!

 

「明久君……! 私に……私にほんのちょっとだけ……勇気を分けてください!」

 

 祈るような気持ちで叫び、私は「パシッ!」と両手で頬を叩き自らに気合を入れた。

 

「姫路瑞希、行きます!!」

 

 私は腰の大剣を抜き、木下君に襲いかかっている魔獣に向かって一気に走り出した。

 

「やあぁぁーーっ!!」

 

 そして両腕に渾身の力を込めて剣を振り下ろす。

 

 ――ザシュッ

 

 剣にズシリと重たい感じがして、物が切れる音がした。

 

《ムォォォーーッ!?》

 

 大剣が魔獣のお尻を切り裂き、魔獣が苦痛の叫び声をあげる。刃物で切り裂いたのだから血が出ると思っていた。けれど切れた箇所からは何も出なかった。いや、黒くて何か気体のような……煙のようなものが、吹き出しはじめた。

 

「姫路よ! 無理をするでない!」

「いいえ! 私も戦います! だって私はチームひみこのリーダーですから!」

 

 もう怯えたりしない。今度こそ皆のために戦う!

 

「ふ……やはりお主もFクラスじゃな」

「もちろんです。だから私も戦うんです。皆と一緒に!」

「そうじゃな。どのみち奴にはお主の剣しか通用せぬようじゃ。ならばワシが注意を引き付ける。隙を見て額の宝石を破壊するのじゃ」

「えっ? 宝石を……ですか?」

「んむ。見るからにあれは弱点じゃ。あれを破壊すればこやつも元の山羊に戻るやもしれぬ」

「本当ですか!?」

「いや、分からぬ。ただの勘じゃ。それも今思いついただけのな」

「とにかくやってみましょう! でも宝石を壊すのは木下君です」

「む? 何故(なにゆえ)ワシなのじゃ?」

「私の剣は大きすぎて宝石だけを狙うなんて器用なことはできません。だからこういうことは木下君の方が適してるんです」

「なるほど。一理あるのう」

「はい、そういうことですからお願いします! 私が囮になります!」

「了解じゃ! 頼むぞい!」

「はいっ!」

 

 木下君と私は1匹の魔獣を前後から挟み込み、少し距離を取って武器を構える。

 

《グルルゥ……》

 

 魔獣は私と木下君を交互に見ながら、警戒する素振りを見せている。そのお尻からはシュウシュウと音を立てながら黒い煙が出続けていた。

 

「ふ……姫路を警戒しておるようじゃな。ならばこちらから行くぞい!」

 

 そう言って木下君が後ろから一気に距離を詰める。

 

《――ッ!》

 

 それに反応して魔獣が後ろ足を跳ね上げ、蹴りを繰り出す。木下君は地面を蹴ってパッと横に飛び、それをかわしつつ更に詰め寄る。

 

「はぁッッ!!」

 

 気合いと共に木下君が薙刀で魔獣の横腹を斬り付ける。しかし、またもその(やいば)は弾き返されてしまう。

 

「くっ! ワシでは力が足りぬのか!」

「私が行きます!」

 

 体勢を整える前に! と、大剣を肩に担ぐようにして魔獣に飛び込む。けれど魔獣はひょいと飛び退き、振り下ろした私の剣を軽々とかわしてしまう。

 

「やぁーっ!」

 

 私はそれを追うように大剣を振り回す。しかしそれも簡単に避けられてしまう。この山羊の魔獣、身体の大きさの割に動きが早い……!

 

「だ、ダメです! 私じゃ追い付きません!」

「当たらなくても構わぬ! とにかく隙を作るのじゃ!」

「は、はいっ!」

 

 木下君の指示通り、私はとにかく剣を振り回した。何度も何度も、腕が痛くなっても振り回し続けた。それでも攻撃は一発も当たらず、私はただ体力を消耗していった。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……な、なんて素早いの……」

 

 私はもともと木下君や土屋君のような早い動きができない。それに加えてこの大きな武器。これが私の動きを更に鈍くしている。だから私の攻撃は遅く、こんなにも簡単に避けられてしまうのだろう。

 

「姫路よ! 奴の動きを良く見るのじゃ! そして先を読むのじゃ!」

「わ、分かりましたっ!」

 

 動きを良く見て……。

 

「やぁっ!」

 

 私はブンと剣を横一閃に振り回す。しかし魔獣はそれをあざ笑うかのように紙一重でひょいと飛び、かわす。でも今度は私の目も追い付いている!

 

「そこですっ!」

 

 魔獣の着地点を狙い、遠心力を使って投げつけるように大剣を叩きつける。

 

《メェッ!?》

 

 私の攻撃が予想外だったのか、魔獣は驚いたように小さく(いなな)いた。初めて山羊らしい声を聞いた気がする。しかし意表を突いたものの、この攻撃もかわされてしまった。けれど今ので魔獣は両前足を高く上げ、後ろ足2本で立ち上がる格好になった。

 

「木下君! 今です!」

「了解じゃぁぁっ!!」

 

 後ろから私を飛び越えるように木下君が飛び出し、薙刀で魔獣の眉間を突いた。

 

 

 ――ガシッ!

 

 

 石の砕けるような音がした時、木下君の(やいば)は的確に赤い宝石を捉えていた。

 

《…………》

 

 魔獣は両前足を上げたまま、まるで剥製のように動きを止めた。木下君は刺さった薙刀から手を放し、私の横にふわりと降り立つ。

 

「ど……どうじゃ!?」

「わ、分かりません……」

 

 お願い……元に戻って……! 私は祈るような気持ちで魔獣の様子を見守った。

 

 

 ……時間が凍りついたようだった。

 

 

 ほんの数秒の出来事だったのかもしれない。でも私にはこの(とき)がとても長く感じられた。

 

 しばらくして魔獣の体に変化が現れはじめた。全身から大量の煙を吹き出し始め、次第に身体が透明になっていく。呆然とその様子を見守る私と木下君。そうして眺めているうちに巨獣の姿はどんどん透けて見えなくなっていく。その光景はゆらめく松明の光に照らし出され、信じられないほど幻想的であった。

 

 ――カラン

 

 乾いた音と共に、薙刀が地面に落ちた。

 

「「…………」」

 

 未だかつて経験のない不思議な現象を目の当たりにし、私たちは言葉を失った。何が起きているのか理解できず、呆然と魔獣のいた辺りの空間を見つめていた。

 

「消えて……しもうたな……」

「……はい……」

 

 私は力なく答えた。

 

 結局、魔獣は元の山羊には戻らなかった。すべてが煙となり、大気中に融け込んでしまった。

 

 ……悲しい。結局私たちはあの魔獣の命を奪ってしまった。

 

 確かに依頼は魔獣の討伐。これで使命は果たしたと言える。でも王妃様からの依頼とはいえ、これで良かったのかな。あの子たちも何か事情があってこの洞窟に潜んでいたんじゃないのかな。もしかしたらもっと他に手が……もっと平和的に解決する手段があったんじゃないのかな。

 

 そんな思いが頭の中を駆け巡り、悲しい気持ちが溢れてきてしまう。やるせない思いが胸を締め付けてしまう。

 

「そっ、そうじゃ! ぼんやりしている場合ではない! ムッツリーニよ! 無事か!?」

 

 木下君の声で私も我に返った。直後、洞窟内に土屋君の声が静かに響いた。

 

「…………問題ない」

 

 声の方に目を向けると、土屋君は魔獣の首に跨がり、(ひたい)の宝石に小太刀を突き刺していた。

 

 ――タッ

 

 そこから飛び降りる彼は息一つ乱していなかった。あれほど激しく動き回っていたというのに。

 

「…………任務、完了」

 

 呟くように言いながらこちらへと歩いてくる土屋君。その後ろには先程と同じように煙となって消えていく魔獣の姿があった。

 

「1人でやってしまったのか。やるのう。ムッツリーニ」

「…………ギリギリだった」

「どこがギリギリなのじゃ? お主、息一つ切らせておらぬでは――――」

 

 木下君がそう言いかけたその時、土屋君はフッと体を沈ませた。そして両膝を突き、その場に崩れ落ちてしまった。

 

「つ、土屋君!?」

「姫路よ! 松明じゃ!」

「はいっ!」

 

 私は脇に置いていた松明を慌てて取り、土屋君に向けた。柔らかな魔石灯の灯が土屋君の姿を照らし出す。彼は両膝を地面に突き、左腕を押さえていた。

 

「…………不覚」

 

 苦々しく言う土屋君の黒い袖はべっとりと赤色に染まっていた。

 

「姫路よ。そのまま照らすのじゃ。ワシが応急処置をする」

「ごめんなさい土屋君……私がぐずぐずしていたから……」

「…………お前のせいじゃない。気にするな」

「そうじゃぞ姫路よ。お主はワシらを守ってくれたのじゃ。もっと自信を持つのじゃ」

 

 木下君は慣れた手つきで土屋君の腕を縛りながら、私を励ましてくれる。けれど私は素直に喜ぶことはできなかった。

 

「でも私……自分で依頼を引き受けると言いながら、魔獣を見た時に足がすくんでしまったんです。自分が情けないです……」

「じゃが結果的にお主はその恐怖に打ち勝ったのじゃ。もう気に病むこともなかろう。よし、できたぞい」

「…………すまない」

「なんの。じゃがお主に鼻血以外の止血をするのは初めてかもしれぬな」

「…………そんなことはない。(……たぶん)」

「ふふ……そうかもしれませんね」

 

 そういえば木下君は坂本君や土屋君の手当をしている姿をよく見る気がする。だからこうした治療の知識を自然と身につけてしまったのかもしれない。

 

「さて、召喚獣の残り時間も少ないようじゃ。念のため奥まで確認するぞい。まだ他にも魔獣がおるやもしれぬ」

「そうですね」

「ムッツリーニよ、お主はここで休んでおるがよい。ワシらは奥を見てくる」

「…………俺を甘く見るな」

 

 土屋君は左腕を押さえながらも立ち上がり、歩き出した。

 

「やれやれ。お主も存外意地っ張りじゃな。姫路よ、ワシらも行くぞい」

「はいっ」

 

 私たちは土屋君の後に続き、荷物を手に洞窟の奥へ進んだ。それからは静かなものであった。コツ、コツと3人の歩く音のみが洞窟内に反響する。周囲にはやはり木箱の列。それ以外に変わったものは見当たらない。もうこの洞窟に魔獣はいないのだろうか。むしろそうあってほしい。魔獣とはいえ、これ以上戦いたくは無いから。

 

 そうして洞窟内を進み、2分くらいした頃。

 

「む。ここで行き止まりのようじゃな」

 

 先ほどニールさんが言っていたように、洞窟の最深部に到達したみたい。ここにも木製の箱が積み上げられ、壁一面を木目色に染め上げている。しかしこの場所には木箱以外にもうひとつ、奇妙なものがあった。

 

「ミィィー……」

 

 それは寂しげに、弱々しく、か細い声で鳴いた。そしてトコトコと私の方に歩み寄り、上目使いで身体を擦りつけるように寄り添った。

 

「えっ? 何? 何ですか?」

「…………魔獣か」

「待つのじゃムッツリーニよ」

 

 木下君がスッと腕を出し、小太刀を構える土屋君を制止した。そう、この子は明らかに魔獣ではない。これほど愛くるしい仕草をする生物が魔獣であるはずがない。

 

 体全体が真っ白な毛で覆われているところは先程の魔獣と同じだけど、背丈は魔獣とは違い、私の膝の高さほどしかない。見た目は犬のような姿をしているけど、鳴き声はまるで猫のよう。この小動物は一体何だろう?

 

 不思議な存在に首をかしげていると、この小さな動物はクックッと小さく喉を鳴らしながら首を上下させ、甘えるように私の膝にその小さな体を擦り寄せてきた。

 

「か……可愛いですっ!」

 

 私はその可愛らしい姿に胸がキュンとときめいてしまった。たまらず屈んでその子の頭にそっと手を添え撫でる。するとこの小さな動物は気持ち良さそうに目を細めた。その様子に私の胸は更に踊り、暖かい気持ちでいっぱいになってしまう。

 

「どうやら普通の仔山羊のようじゃな」

「…………そうか」

 

 土屋君は安堵(あんど)した様子で小太刀を収め、ハァ、と大きく息を吐いた。余程緊張していたのだろう。彼は酷く疲れたようで、その場に座り込んでしまった。

 

「しかし何故(なにゆえ)このようなところに仔山羊がおるのじゃ? 見たところ飼われていた様子もないようじゃが……」

「…………さっきの2匹は親か」

「えっ……?」

 

 土屋君の言葉に、私は胸にズキッという痛みを覚えた。さっきの2匹が親山羊だとしたら……もしかして私たちが……この子の両親を……?

 

「むぅ。そうかもしれぬな。そもそも魔獣がどのような経緯で生まれるのかワシらは知らぬ。なんらかの理由でこうした普通の動物が変異したものやもしれぬな」

 

 そんな……この子の両親が魔獣になってしまったというの? そうとも知らずに私は……。

 

 クンクンと鼻を鳴らしながら尻尾を振り、無邪気に甘える仕草を見せる仔山羊。悲しい……。苦しい……。魔獣とはいえ、私はこの子の両親の命を奪ってしまった。

 

「そんな……私は……」

 

 この子を孤独にしてしまった。そう思ったら胸がギュッと締め付けられ、息苦しくなってしまう。目頭が熱くなってきて、じんわりと熱い液体が溢れ出してしまう。

 

「ごめんね……ごめんね……」

 

 私は仔山羊の頭を撫でながら何度も謝る。そうしているとスゥッと剣や衣装が消え、私の姿は元の文月学園の制服に戻ってしまった。召喚獣の時間切れみたい。私はそのまま仔山羊を胸に抱き、目から熱い液体をぽろぽろと溢した。

 

「姫路よ……」

 

 木下君は言葉を詰まらせ、それ以上何も言わなかった。そもそもこの時の私は心が震えてしまい、周囲を気にしている余裕はなかった。

 

 私はこの子に償わなければならない。この子のために自分は何をしてあげられるだろう? その答えはすぐに見つかった。

 

「私、この子を引き取ります」

 

 私は袖で涙を拭い、決意を込めて木下君と土屋君にそう告げた。

 

「姫路よ、ワシらにこの子は養えぬぞ? ワシらは元の世界に戻らねばならぬ。その子は連れて行けぬのじゃ」

「だからと言って放ってはおけません!」

「気持ちは分からぬでもないが……むぅ、困ったのう……」

 

 いつもポーカーフェイスの木下君が困り果てた顔を見せる。私は仔山羊を胸に抱き締め、頭を撫で続けた。仔山羊の毛並みはとても滑らかで、その体はとても暖かかった。

 

「姫路よ、ひとまず町に戻るぞい。ムッツリーニの手当ても必要じゃ」

「でも……」

「ところでムッツリーニよ。仔山羊の食事はミルクで良いのか? それとも草の類いが良いのじゃろうか」

「…………俺に聞くな」

 

 えっ……?

 

「姫路よ、お主は知っておるか?」

「木下君……? それじゃあ……」

「仕方あるまい。じゃがこの子の里親を見付けるまでじゃぞ。ワシらは決まった住居があるわけではないからの」

「は……はいっ!」

 

 私は仔山羊ちゃんを抱きかかえ、力一杯、返事をした。

 

 

 

 こうして、私たちの旅に1人の仲間が加わった。

 


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