バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第四十話 洞窟に潜む巨獣

 貰った松明の明かりを頼りに私たちは洞窟内を進む。洞窟の中は真っ直ぐの道が続いていた。中は徐々に広くなり、今歩いている所は車が横に3台並べるくらいの道幅になっている。頭上の空間もかなり広がっていて、高さは10メートルくらいありそう。

 

「姫路よ、足元に気をつけるのじゃぞ」

「はいっ」

「ムッツリーニ、何か気配を感じたらワシらを止めてくれ」

「…………了解」

 

 私たちは慎重に足を運び、洞窟の奥へと進んでいく。すると1分もしないうちに洞窟の両脇に木製の箱が並びはじめた。箱は1つが幅高さ共に1メートルほどの正方形。それが2段、3段に積み上げられている。

 

「なんじゃこの箱の山は。もの凄い数じゃな」

「ホントですね……」

「…………宝箱」

 

 松明の光を受け、土屋君の目がキラキラと輝いている。でも何か勘違いしているような……?

 

「ムッツリーニよ。あの中にある物は食料じゃ。宝石類などではないぞい」

「…………そうだった(ガクリ)」

「あ、あはは……土屋君らしいですね……」

 

 木箱の列は洞窟の先まで続いている。一体いくつあるんだろう。この暗闇の先にもずっとこれが続いているのかな。これらすべてに食材が入っているのだとしたら、何人分の食事が作れるだろう。私はそんなことを考えながら松明に照らされる洞窟内を歩いていた。

 

「…………待て」

 

 しばらくして土屋君がポツリと呟いた。

 

「なんじゃ? 何かおるのか?」

「…………何か聞こえる」

 

 土屋君は目をギラリと光らせ、洞窟の先の暗闇を睨んでいる。

 

「私には何も聞こえませんけど……」

「姫路よ、松明を高く掲げるのじゃ」

「は、はいっ!」

 

 私は言われたとおり腕を伸ばし、手に持った松明を高く掲げた。ゆらゆらと揺らめく松明の光が洞窟内をより広く照らす。けれど辺りには木箱が並べられているだけで、他には特に何も見えない。

 

「何かいるんですか? 私には何も見えませんけど……」

「シッ! 静かに!」

 

 木下君が警戒している。私には感じ取れない何かがいるということ? そう思っていたら、

 

《フーッ……フゥーッ……フゥーッ……》

 

 今度は私にも聞こえた。荒い息遣い。何かしら? 動物の鼻息のような……。

 

「…………魔獣」

「えっ!? ま、魔獣!? そうなんですか!?」

 

 土屋君の言葉に思わず動揺してしまう。その魔獣を退治しに来たはずなのに。

 

「どうやらお出ましのようじゃな。姫路よ、覚悟は良いか?」

「は、はいっ!」

 

 気合いを込めて返事をしたものの、やはり体が震えてきてしまう。ホテルで待っていてもいいと言われたのに、ここまで来たのは自分の責任。それは分かっている。でも、いざとなると恐怖が前面に出てきてしまう。

 

 そうして体を(こわ)ばらせているうちに、荒い息遣いは徐々に私たちの方へと近付いてくる。やがて声の主は松明の光の届く範囲へと入り、その姿を(あらわ)にした。

 

「え……?」

「んむ? あれは……?」

 

 ”魔獣”という名前から、禍々しい悪魔と獣を混ぜ合わせたようなものを想像していた。明久君が遊んでいたゲームに出てくるような”魔物”をイメージしていた。けれど姿を現したそれは私の予想を完全に覆してきた。

 

 4本の足で立ち、白い毛で覆われた身体。頭部から左右にツンと張り出した耳。顎から伸びたまるでお爺さんのような長い髭。そして後頭部から突き出し、後方へと大きく伸びる2本の(つの)

 

「えっと……や、山羊(ヤギ)……ですよね?」

「そうじゃな。ワシにも山羊に見えるぞい」

「…………だが……でかい」

 

 目の前に現れた山羊は異様に大きかった。山羊といっても種別によって大きさは色々あると思う。けれど今私は顎を上げ、見上げるようにしてその山羊と(おぼ)しき生き物の長い髭を見ている。まるでキリンを見ているかのように。どんなに大きく育ったとしても、これほどまでに大きな山羊なんてあり得ない。

 

「な、なるほど。こやつが洞窟を占拠したという魔獣じゃな?」

「こ、これが……魔獣……なんですか……?」

 

 明久君から”動物の姿をしている”とは聞いていたけれど、こんなにも普通の動物の姿をしているなんて……で、でも大きさが……。

 

「そ、それにしても大きいのう……」

「…………熊の魔獣よりは小さい」

「むう。それを考えるとまだマシな方なのかもしれぬな……。じゃが……2頭おるようじゃ」

 

 木下君が言うのとほぼ同時に、もうひとつ白いものが暗闇の中から姿を現した。それも目の前にいる魔獣と同じように巨大で、同じように頭に鎌のような(つの)を携えていた。

 

「そ、そんな……魔獣が……2匹だなんて……」

 

 あまりに巨大な魔獣の姿を目の当たりにし、私は完全に怖じ気づいてしまった。背筋に凍りつくような悪寒が走り、膝がガクガクと震えて止まらない。もう立っているのが精一杯だった。

 

《フゥーッ、フーッ、フゥーッ》

《ブフッ、フゥーッ、ブルルゥ……》

 

 興奮した様子を見せる2匹の巨大な山羊。その目はまるで血のように赤かった。更にその目と目の間――(ひたい)には光を反射する赤い”宝石”のようなものが見える。あれが明久君の言っていた魔石……?

 

「これはどう見ても話し合いで解決するような雰囲気ではないのう」

「…………止むなし」

 

 木下君と土屋君が武器を前方にして身構える。私は全身の筋肉が緊張してしまい、動けなかった。

 

「姫路よ、ここはワシらに任せい。お主は(あかり)を頼む」

 

 木下君が腰を落とし、薙刀(なぎなた)を水平に構えて言った。

 

「わ、私も――」

 

 戦うと言いたかった。でも手や足が震えてしまって言えなかった。今の状態のまま戦ったとしても必ず足手まといになってしまうと思ったから。

 

「わ……分かりました……」

 

 私は震える足をなんとか動かし、一歩だけ下がった。そして腕を上げ、松明を高く掲げた。せめて2人のために明るさを。そう思って震える腕を懸命に伸ばした。

 

「…………来る」

 

 チャキッと土屋君が小太刀を構える。

 

《ヴォォーーーッ!!》

《ヴェェェーーーッ!!》

 

 奇妙な雄叫びだった。山羊とは本来、「メェ~」と鳴くもの。ところがこの2頭の山羊――いや、山羊の形をした魔獣はまるで怪獣のような叫びを上げた。そして頭をもたげ、(つの)を押し出すようにして一気に突進してきた。

 

「木下秀吉! 参る!」

 

 応じるように木下君が掛け声をあげ、薙刀を担ぐように構えて片方の魔獣に突っ込む。直後、その横にいた土屋君の姿がフッと消えた。

 

 ――ガギィン!

 

 ”けたたましい”という表現が相応しいほどの金属音が洞窟内に響く。私は恐ろしさのあまり身をすくめ、ぎゅっと目を瞑ってしまった。

 

《ブルルルゥ……》

 

「ぐっ……こ、こやつ、なんという力じゃ……」

 

 苦しそうな木下君の声が洞窟内に響く。この言葉からすると木下君は無事みたい。私は恐る恐る目を開けてみた。

 

「木下君!」

 

 彼は1匹の突進を薙刀の柄の部分で受け止めていた。その横では土屋君が二振りの小太刀をクロスさせ、もう一方の山羊の(つの)を受け止めている。

 

《フーッ、フゥーッ! フゥーッ!》

《ブルルッ、ブフッ!》

 

 真っ赤な目を見開き、鼻息を荒くする魔獣たち。2匹の魔獣は止められても尚、(つの)をぐいぐいと押し付け、木下君たちを押し潰そうとしている。

 

「くぅっ……だ、ダメじゃ! このままでは押し切られるぞい!」

「…………受け流せ」

「りょ、了解じゃ!」

 

 土屋君の指示を受け、木下君が薙刀を横に倒す。すると魔獣は勢いよく壁に激突。

 

 ――ドズゥン!

 

「きゃぁっ!」

 

 大きな音を立て、地面が大きく揺れた。私は思わずしゃがみ込み、頭を抱えてしまった。

 

『姫路よ! ()を絶やすでない!』

 

 暗闇の中で木下君の声が洞窟に響き渡る。そ、そうだ。私が松明を持っていたんだった……!

 

「す、すみません!」

 

 すぐさま立ち上がり、再び松明を高く掲げる。すると壁際の木箱が3つほど粉砕され、魔獣が頭を洞窟の壁にめり込ませているのが見えた。

 

《ンヴォォーッ!》

 

 壁から頭を引き抜き、山羊の魔獣がまるで牛のような雄叫びをあげる。あんなに勢いよく壁に衝突したのに、一切ダメージを受けていないように見える。

 

「なんと頑丈なやつじゃ……これは一筋縄ではいかぬようじゃな」

 

 そう呟く木下君に魔獣が再び突進してくる。木下君はパッと飛び退き、それをかわして木箱の上に乗る。間髪入れずに(つの)を突き上げる魔獣。木下君はそれもヒラリとかわし、木箱に頭を突っ込んだ魔獣の背中にふわりと乗った。軽い身のこなしの木下君。まるで五条大橋の弁慶と牛若丸を見ているようだった。

 

「すまぬ。これも腕輪を手に入れるためじゃ!」

 

 そう言って木下君が薙刀を逆手に持ち、(やいば)を魔獣の背中に突き立てる。

 

 ――ぐにんっ

 

 けれど木下君の(やいば)は不思議な弾力で跳ね返されてしまった。

 

「なっ!? なんじゃこの表皮――うっ!?」

 

 魔獣が身体をゆすり、驚いている木下君を振り落とした。なんとか体勢を立て直して着地する木下君。けれどそこへ魔獣の後ろ足が伸びてくる。

 

「ぐっ……!?」

 

 強烈な蹴りを腹部に受け、木下君は10メートルほど吹き飛ばされた。

 

「きっ……木下君!!」

「来るでない! 大丈夫じゃ!」

 

 彼は小柄な身体を起こし、薙刀を構え直して叫ぶ。

 

「ムッツリーニ! 気をつけるのじゃ! こやつの皮膚は切れぬ! まるでゴムのようじゃ!」

「…………分かっている。俺の小太刀でも切れない」

 

 土屋君の声で彼もまた戦っていることを思い出し、私は声のする方に目を向けた。彼は持ち前の素早さを活かし、手に持った小太刀で魔獣を何度も切りつけている。にもかかわらず、魔獣の身体には傷ひとつ付いていないようだった。

 

「木下君……土屋君……」

 

 魔獣は怖い。殺意を剥き出しに襲いかかってくる獣を相手にすれば傷つき、痛い思いもするだろう。でもそれは当然。これは実戦であり、試召戦争とは違うのだから。そんな戦いを身体が弱かった私ができるはずもなかった。

 

 ……

 

 でも……皆が戦っている……。

 

「…………あまり木箱を壊すな」

「くっ……! 好きでやっておるわけではないわ! お主こそ早くそっちを終わらせてこっちを手伝うのじゃ!」

「…………正直厳しい」

 

 魔獣は想像以上に強い。そもそも魔獣退治を引き受けると言ったのは自分だ。木下君の反対を押し切ってここまで来たというのに、自分は何をしているのだろう。また震えて泣いているだけなのか。そんな自分に戻ってしまうのが嫌でこの件を引き受けたのではなかったのか。

 

 私は腰に下げた大剣に目をやる。身の丈ほどの大きな剣。それは松明の光を反射し、鈍い光を放っていた。

 

「私は……」

 

 この時、私の脳裏にサンジェスタでの明久君の言葉が蘇ってきた。

 

 

 ── 姫路さんは僕なんかよりずっと強いんだから ──

 

 

 明久君は私にそう言ってくれた。いつも助けられてばかりの私を。召喚獣の力がある今、勇気を出せばきっとあの魔獣にだって立ち向かえるはず。でも私にはその勇気が足りない。

 

「明久君……私は……」

 


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