バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第三十九話 交換条件

「うぅむ……妙なことになってしまったのう」

 

 右隣りを歩く木下君が腕組みをしながら難しい顔をしている。

 

「…………追い返されなかっただけマシ」

 

 土屋君は呟くように言いながら私の左側を歩いている。

 

「そうですよ。まだ腕輪を譲ってもらえるチャンスがあるんですから、良かったじゃないですか」

「そう考えるほかあるまいのう」

 

 私たちは今、王宮から出てきたところ。

 

 結局、私たちは王様には会えなかった。といっても追い返されてしまったわけではなくて、ちゃんと事情を説明して腕輪のことをお願いした。

 

 面会したのは王妃様。やっぱり噂通りこの国は王妃様が治めているみたい。王妃様は宝石が(ちりば)められたドレスをお召しになっていて、眩しいくらいに(きら)めいていた。ただ、話していて察したのだけど、性格はなんというか、その……ちょっぴり自由奔放というか、我儘(わがまま)な感じがしてならなかった。

 

 私たちは王妃様に事情を説明し、まずは腕輪の所在を確認してみた。すると腕輪は確かにこの王宮に存在しているという答えが返ってきた。ところが譲渡を頼み込んだところ、「この(わらわ)が素性の知れぬ者にホイと譲るとでも思うたか」と、拒否されてしまった。

 

 もちろん私たちの素性は包み隠さずすべてを話した。けれど「そのような戯言(たわごと)(わらわ)を騙せるとでも思うたか」と言われ、まったく信じてもらえなかった。でも諦めなかった。私たちは腕輪を得るためにここまで来たのだから。

 

「お願いします!」

「ダメじゃ」

「私たちにはどうしても必要なんです!」

「ダメと言ったらダメじゃ!」

 

 こんな押し問答を繰り返す私と王妃様。何度説明しても王妃様は聞き入れてくれなかった。それでも私たちは必死にお願いした。普段は無口な土屋君も一緒になってお願いしてくれた。

 

 こうしてどれくらいの時間話していただろう。しばらくして王妃様は大きくため息をつき、疲れたと言い出した。そしてひとつの交換条件を出してきた。これは願ってもないチャンス。私は二つ返事でこれを承諾した。

 

「ふむ……なるほど。あれが王妃殿が言っておったマトーヤという山じゃな?」

 

 手で作った(ひさし)を自らの(ひたい)にあてがい、右手の方角を眺める木下君。その視線の先には多数の土色をした建物がひしめき合っている。けれど木下君の言う”あれ”とは、それらの建物を指しているわけではない。指しているのはその先の――ずっと先にある、高く隆起した大地。

 

「きっとそうですね。他に山は見当たりませんし」

「2キロということは徒歩で30分といったところじゃろうか」

「たぶんそれくらいだと思います。あっ、でも私は歩くのが遅いのでもう少し掛かるかも……」

「まぁそう()くこともあるまい。お主のペースで歩こうではないか」

「すみません。ありがとうございます木下君」

 

 王妃様の示した交換条件とは次のようなもの。

 

 この町を出て西に2キロ歩いた所にマトーヤという山があり、その(ふもと)には1つの洞窟がある。その洞窟の中は日の光が届かず、まるで保冷庫のように冷たいという。数年前、この存在を知った王妃様は周囲の反対を押し切り、ここを王家の食料保管庫に決定。以来、盗難に遭わないように鉄の格子で封じられていたという。

 

 ところが最近になり、この鉄格子が引き裂かれているのを食料を取りに来た者が発見。洞窟の中を確認したところ、なんと魔獣が住み着いていたのだという。もちろん王妃様はこれを放っておくわけもなく、追い出そうと兵を送り込んだ。けれど洞窟は狭く、魔獣は激しく暴れる。何度も討伐隊を送り込むも王家の兵士たちは(ことごとく)く敗退してしまい、結局どうすることもできず今まで放置していたのだという。

 

 ここまで聞いて私は王妃様が何を言わんとしているのかを理解した。

 

 ”この住み着いた魔獣を排除し、洞窟を取り戻すこと”

 

 それが腕輪の交換条件なのだと。そして王妃様の出した条件はまさにそれだった。

 

「それにしても魔獣退治とはのう。よもやこのような形で召喚獣の力を使うことになるとは思わなんだわい」

 

 歩きながら言う木下君は僅かに口角を上げ、ほくそ笑んでいるように見えた。

 

「なんだか嬉しそうですね。木下君」

「ふっふっふっ……分かるかの? 実はワシは一度でいいから”(おお)立ち回り”をやってみたかったのじゃ!」

「大立ち回り……ですか?」

「んむ。剣劇などにおける激しい斬り合いのシーンのことじゃ」

「あ、分かります。時代劇なんかでよく見ますね。でも演劇部でそういった類いの劇はやらなかったんですか?」

「ワシは守られる女子の役ばかりじゃったからのう……」

 

 木下君は目を細め、しみじみと空を見上げている。きっと格好良い主演を演じてみたかったんだろうな……。彼の珍しい表情を見ながら、私はそんなことを思った。

 

「でも魔獣って人を襲うんですよね。追い出すなんて私たちにできるんでしょうか……」

「明久が言っておったじゃろう? 召喚獣の力があれば互角以上に渡り合えるとな」

「でも私は明久君みたいに召喚獣の扱いが上手くないですし……」

「そうじゃな……召喚獣の力があるとはいえ、生身で戦うというのはお主には辛いやもしれぬな。ならば姫路よ、お主は先に宿に行き休んでおって良いぞ。長旅で疲れたじゃろう。洞窟の件はワシらに任せるのじゃ」

 

 !

 

「いえ! 私も行きます!」

「む。しかしじゃな……」

「王妃様の依頼を皆さんに任せて私だけ休んでるなんてできませんっ!」

 

 私は今まで体の弱さから、いざという時に役に立てず、辛い思いを重ねてきた。それが最近になって体力もついてきて、やっと皆と一緒に頑張れるくらいになってきた。試召戦争でも皆の役に立てるようになってきたと思う。でもこの世界に入ってからというもの、何もできない自分に戻りつつあった。

 

 ……そう、何もできなかった。

 

 独りラミールの町に放り出され、私は泣くことしかできなかった。木下君に見つけてもらっても(なお)、どうしたらいいのか分からなかった。

 

 でも明久君や坂本君に再会して私にもやるべきことができた。今ここで木下君たちに任せてしまったら、また何もできない自分に戻ってしまう。だから……だからこの依頼だけは、なんとしても自分の手で成し遂げたい!

 

「姫路よ、無理をせぬ方が良いぞ? 体力もだいぶ消耗しておろう」

「いいえ! やれます! だって私はチームひみこのリーダーなんですから!」

「むぅ……」

 

 木下君は困っているみたい。けれどここは私も譲れない。もう守られてばかりの自分には戻りたくないから!

 

「ムッツリーニよ、お主はどう思う?」

「…………好きにさせるといい」

「そうか。多数決でワシの負けじゃな。仕方あるまい。じゃが姫路よ、くれぐれも無理をするでないぞ?」

「分かってます。皆さんにご迷惑はお掛けしません」

 

 良かった。これで私も皆の役に立てる。魔獣と戦うなんて初めてのことだけど、きっと使命は果たしてみせます!

 

「しかし魔獣とはどのようなものなのじゃろうな。ワシは見たことがないのじゃが……」

「明久君が言ってましたね。動物の姿をしているんだって」

「確かに言っておったな。そういえばムッツリーニは見たことはあるかの?」

「…………ある」

「ほぅ、どんな様子じゃった?」

「…………熊」

「熊じゃと? ツキノワグマやホッキョクグマといったあの熊か?」

「…………そうだ」

「大きいのう。熊といえば立ち上がれば2メートルくらいじゃったかのう」

「…………いや。10メートルだ」

「じゅっ、10メートル!? そんなに大きな魔獣と戦うんですか!?」

「待つのじゃ姫路よ。洞窟の中に潜むのじゃから、そのようなサイズでは入らぬぞい?」

「あっ、そうですね」

「まぁ洞窟が大きければ入るやもしれぬがの」

「えぇっ!? そ、そうなんですか!?」

「落ち着くのじゃ。ともかく行ってみなければ分からぬ」

「そ、そうですね……」

 

 あんまり大きな魔獣じゃなければいいな……それと、できれば話して分かり合える相手だといいのだけど……。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 私たちは西門で待ち合わせた案内役の兵士さん2人に連れられ、町を出発した。やはりマトーヤ山へは徒歩30分ほどで着くらしい。

 

「も、申し訳ありません。ほ、ほ、本来なら魔障壁装置を備えた馬車を用意するところなのですが、あ、あいにくすべてで、でで出払っておりまして……」

 

 そう言って謝るのは前を歩く銀色の鎧姿のニールさん。町を出てからずっとガタガタと身を震わせていて、ずっとこんな鎧の金属音が聞こえている。このように徒歩で町を出ることは稀であり、魔獣に襲われる危険性があることは聞いている。でも王宮の兵士さんであれば当然魔獣と戦うための訓練は積んでいるはず。にもかかわらず、こんな頑丈そうな鎧を着た男の人がこんなにも怯えている。

 

 つまり魔獣とは訓練を積んだ男の人でも怯えるほど恐ろしい存在ということ? もしかして私、とんでもなく危険な依頼を受けちゃった? な、なんだか私も怖くなってきちゃいました……。

 

「姫路よ。やはりお主は町に戻って休んでおった方が良いのではないか?」

「えっ? ど、どうしてですか?」

「ほれ、見るからに顔色が優れぬではないか」

「っ――!? そ、そんなのことないです!! 木下君の気のせいです!」

「そこまでムキになって否定せんでもよいじゃろ……」

「私、ムキになんてなってません! 受けた仕事は最後まで責任を持ってやり遂げます!」

「う、うぅむ……」

 

 木下君は困ったような表情を見せる。私が強がりを言っているのを見抜いているみたい。

 

「私だって皆の役に立ちたいんです。だから決めたんです。絶対に腕輪を持ち帰るって」

 

 確かに魔獣は怖い。でももう何もできず泣いているだけの自分には戻りたくない!

 

「分かった。もはや止めはせぬ。じゃが先ほども申したが無理は禁物じゃ。危険を感じたら即逃げるのじゃぞ?」

「はい。分かってます」

「ムッツリーニよ。いざという時はお主もフォローを頼むぞい」

「…………任せろ」

「ニール殿。そういうわけじゃから主様も戻っていただいて構わぬぞい。場所さえ教えていただければワシらだけで行くによってな」

「そっ、そうはいきませんよ。そのようなことをしたら王妃様にお叱りを受けてしまいます」

「じゃがそのように怯えておるではないか」

「わ、私は……こ、こうして魔障壁の加護なしに出るのは初めてなんです。訓練は積んでいるのですが、ま、魔獣と戦ったこともなくて……」

 

 落ち着かない様子で左右にキョロキョロと目を配りながら道を歩くニールさん。凄く怖がっていて、なんだか気の毒になってきちゃった……。

 

「きっ、君たちは戦ったことがあるのか? 魔獣と……」

 

 後ろから尋ねるのは最後尾を歩くもう1人の付き添い兵士のヒルデンさん。彼もまた酷く怯えた様子で私たちの後ろについて歩いている。

 

「ありません。見た事もありませんから」

「ワシも無いぞい」

「…………見た事ならある」

 

 と私たちが答えると、2人の兵士さんは立ち止まり、急に声を荒げた。

 

「しょ、正気かあんたら!? 悪いことは言わん! やめておけ!」

「君たちは魔獣を甘く考え過ぎている! そんなにた易く倒せるような相手なら我らとて手を(こまね)いてなどいない! 諦めて帰るべきだ!」

 

 猛反対するニールさんとヒルデンさん。けれど私だってここで引き下がるわけにはいかない。

 

「いいえ。やります! どうしてもやらなくちゃいけないんです!」

 

 私は両手に拳を握り、兵士さんたちに反論する。すると木下君も私に味方をしてくれた。

 

「姫路の言う通りじゃ。ワシらには王妃殿の示す報酬がどうしても必要なのじゃ。ゆえに諦めるわけにはいかぬのじゃ」

「何を言ってるんだ! 女の子2人と男の子1人で魔獣とどう戦おうって言うんだ! それに君たちは何の武装もしていないじゃないか!」

「……ワシは男じゃ」

「「……」」

 

 2人の兵士さんは急に黙り込んでしまった。そして、じっと木下君の顔を見つめていた。

 

「そっ! そんな嘘で誤魔化そうったってそうはいかないぞ!」

「そうだそうだ! そんなに可愛い顔をした男がいるわけがないじゃないか!」

 

 兵士さんたちは木下君の言葉を信じなかった。お二人の気持ちは私にもよくわかる。私も木下君のことを女の子と錯覚してしまうことが度々あるから。でも本人曰く、正真正銘の男の子らしいのです。

 

「もうこのやりとりは疲れたのじゃ……」

 

 と、半分諦め気味の木下君。私は掛ける言葉が見つからず、ただ愛想笑いをするしかなかった。

 

「と、ところで洞窟ってどの辺りにあるんですか?」

 

 とりあえず先に進もうと、話題を変えてみた。

 

「あ? あぁ……この道を真っ直ぐ進んで10分くらいのところだけど……」

「そうですか。じゃあ行きましょう!」

 

 このまま話していても兵士さんは反対するだけだろう。そう思った私は1人で道を歩き出した。

 

「そうじゃな。今は先に進むことを考えることにしよう」

「…………うむ」

 

 私に続いて木下君と土屋君も道を歩き始めた。

 

「お、おい……どうする?」

「行くしかないだろ。命令に背いたら減給か下手すりゃ除隊だ」

「そ、それは困る! 分かった。行こう……」

 

 2人の兵士さんは引き止めるのを諦めたようで、私たちの後ろについて歩き出した。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 そして約10分後。私たちは山肌にそれらしい穴が開いている部分を発見した。たぶんこれが目的の洞窟だと思う。

 

「ニールさん、ここが保冷庫として使っていた洞窟ですか?」

「はい。その通りです」

「ここに魔獣がいるんですね……」

 

 洞窟は予想より大きかった。入り口の高さは5、6メートルはあるだろうか。確かに入り口には鉄格子が設置され、洞窟を塞いでいた。ただしその鉄格子には2本の爪で(えぐ)ったような跡がいくつも付いていて、破られていた。

 

「奥までどれくらいありますか? って……あら?」

 

 振り向いて兵士さんに尋ねてみたら2人の兵士さんの姿が無かった。どこに行ったのかと辺りを見回してみると、大きな岩陰から頭が2つ出ているのが見えた。

 

『ご、5分くらいだと思います! そんなに深くありませんから!』

 

 岩陰から顔だけを出したニールさんが叫ぶ。そんなに怯えなくてもいいのに……。

 

「ふむ、5分か。ならばここから装着して行くとするかの」

「そうですね」

「…………了解」

 

 私たちはそれぞれ片手を天に掲げ、キーワードを口にする。

 

「「「――試獣装着(サモン)!」」」

 

 掛け声と共に3本の光の柱が私たちの身体を包み、衣装を変化させる。

 

 私は胸や肩を金属で守られた赤いワンピース。木下君は白い胴着に紺色の袴。そして土屋君は、まるで忍者のような全身真っ黒な装束。召喚獣と同じスタイル。違うのは頭に装着した半透明で水色のバイザー。

 

 私たちはそれぞれ手に武器を持ち、洞窟内をじっと見つめる。一体どんな魔獣が潜んでいるのだろう。できることなら話し合いで解決したいところだけど……でも動物じゃ話は通じないかな……?

 

『あ、あんたたち! 無理をするんじゃないぞ!』

『命あっての物種だからな! 無理だと思ったらすぐ引き返すんだぞ!』

 

 ニールさんとヒルデンさんが岩陰に隠れながら忠告をくれる。なんだかんだ言っても心配してくれているみたい。

 

「ありがとうございます。行ってきます!」

 

 私たちは先程ヒルデンさんから預かった松明に火を灯し、破られた柵を乗り越えて洞窟の中へと踏み込んで行った。

 


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