バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第三十八話 説得力

 馬車に揺られること3時間。前方の平原に1本の棒が見えてきた。

 

 地上から生えるそれはまるで爪楊枝のように細く、天に向かって伸びていた。でもこんな風に小さく見えるのは実物が遠くにあるからで、実際は遥かに巨大なのだと思う。あれは魔壁塔。魔障壁装置により町を守っている塔。つまり王都モンテマールが見えてきたということを意味している。

 

 この王都モンテマールも他の町と同様に外周壁で丸く囲まれ、上空からはほぼ透明の光の膜が降り注いでいる。馬車はその外周壁の前で一時停止。すると前方の巨大な木の扉がゆっくりと開いていった。そして扉が開ききる前に馬車は再び動き出し、町の中へと入って行く。

 

「ついに到着じゃな」

「ドキドキしますね……」

 

 馬車は町に入った後もしばらく町中を走る。停車駅が少し離れているらしい。私は側面の覗き窓を開き、町の様子を見てみた。流れゆく景色は沢山の土色の建物。屋根が平らなものが多く、尖った屋根が多かったガルバランド王国とは雰囲気が違う。

 

 一番目立つのは遠くに見える一際大きな建物。左右にそれぞれ1本ずつ塔が立ち、その間には更に高い塔が1本(そびえ)え立っている。周囲の建物と比べても明らかに規模が大きい。

 

「恐らくあれが国王陛下のおられる宮殿じゃな」

 

 隣では木下君が私と同じように覗き窓から外を眺めていた。

 

「えぇ、たぶんそうですね」

「ざっと見て徒歩で30分といったところじゃろうか」

「いえ、もっと掛かると思いますよ。この距離だと、そうですね……1時間は掛かると思います」

「そんなに掛かるものか? それほど遠いとは思えぬが……」

「大きな物って実際より近いように見えるんですよ。富士山なんかを思い出してください」

「んむ? ……おぉ、なるほど。確かに富士山は遠くからでも近くに見えるのう」

「そういうことです。ふふ……」

 

 この後、馬車はすぐに停車駅に到着。私たちはそこで降り、まず昼食を取ることにした。

 

 昼食は鶏肉を挟んだサンドイッチ。これは「先を急ぐから簡単に食べられるものを」ということで土屋君が選んだもの。早さを重視していて味にはあまり期待していなかったのだけど、これが意外に美味しかった。焼き立ての鶏肉は柔らかくて暖かく、野菜もしっかり入っていてシャキシャキした食感がとても良かった。ただ、パンにボリュームがあって私には食べきれなかったのがちょっぴり残念。

 

 食事を終えた私たちは再び王宮を目指して歩き始めた。茶色い建物が立ち並ぶ町をひたすら歩く。思っていたより気温は高くない。でも歩いていると、じんわりと汗をかいてしまう。目標は正面に見えるあの大きな王宮。あれだけ大きいと初めての町でも迷うことがない。

 

 そういえばこの町は緑が少ないみたい。サンジェスタや経由した町オルタロードは背の高い針葉樹が多く植えられていた。けれどこの町には背の低い木が所々に見えるだけ。それに地面も乾燥していて、歩くと砂ぼこりが舞うくらい。これはきっと気候のせいなのだと思う。

 

 そんな町の中を歩き続け、1時間が経過。私たちはようやく王宮を囲っている塀が見える所までやってきた。

 

「やれやれ。本当に1時間じゃったのう。姫路よ、大丈夫か?」

「は……はい。大丈夫です」

 

 私もFクラスに入ってから少しは体力もついて体も強くなってきたと思ってる。でもやっぱり1時間も歩くと息切れをしてしまう。

 

「あと少しじゃ。行くぞい」

 

 木下君はそう言って再び歩き始めた。

 

「は、はいっ!」

 

 お腹に力を入れて返事をしたものの身体が重く、とても辛い。でもここで皆に迷惑を掛けるわけにはいかない。私は歯を食い縛り、(だる)くなった足を前に出した。

 

「…………姫路」

 

 そんな私に後ろから声を掛ける人がいた。それは身体に茶色いマントを巻き付け、(つば)のついた迷彩ハットを深くかぶった男の子だった。

 

「あ……土屋君。なんでしょう?」

「…………」

 

 土屋君はじっと私を見つめ、黙っていた。けれど口元はむずむずと動いていて、何かを言いたそうにしている。彼はいつも無口で、こうして私に話し掛けてくることもあまりない。でもせっかくこうして一緒のチームになったのだし、もっと話をした方がいいのかもしれない。

 

「えっと……」

 

 でもどんな話をすればいいんだろう? 土屋君とはあまり共通の話題もないし……明久君の写真や抱き枕の時はお世話になりましたってお礼を言う? でもそれって今言うようなことでもないような気がする。

 

 と思い悩んでいると、土屋君はプイと顔を背け、

 

「…………(ボソボソ)」

 

 と、何かを呟いた。でも声が小さくてよく聞き取れない。

 

「はい? なんですか?」

「…………」

 

 私が聞き返すと土屋君は言い辛そうに頬をポリポリと掻いて黙り込んでしまった。何を言いたいんだろう? そう思っていると、今度はハッキリと聞こえる声で彼は言った。

 

「…………あと少しだ。頑張れ」

「えっ?」

 

 一瞬、何を言っているのか分からなかった。明久君以外の男の子から”励まし”の言葉を貰うことなんて滅多に無いし、まさか土屋君がこんな言葉を掛けてくるなんて夢にも思っていなかったから。そしてこの時、気付いた。

 

 馬車を降りてからこの1時間、土屋君が私の視界に現れることは無かった。それはつまり土屋君はずっと私の後ろを歩いていたということ。彼のことだから不純な動機が無いとは言い切れないと思う。けれども、先程の台詞にはどこか優しさのようなものを感じる。

 

 それに疲労困憊していた私の(あゆ)みはいつもより更に遅かったはず。にもかかわらず、木下君は常に私のすぐ前を歩いていた。そして木下君は今もああして立ち止まり、私が追いつくのを待ってくれている。

 

 2人はそうやって私を気遣っていてくれたんだ。今まで気付かなかったけれど、2人とも優しい男の子だったんだ。

 

「はいっ……!」

 

 そんな彼らの優しさに気付いた時、私の足は少しだけ軽くなった気がした。もちろん実際に軽くなったわけではない。たぶん私の気持ちがそう感じさせてくれたのだと思う。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 私たちはついに王宮の前に辿り着いた。正面には幅10メートルはあろうかという柵状の門。今歩いてきた道は真っ直ぐその門に吸い込まれ、奥には緑溢れる中庭が広がっていた。それは砂ぼこりの舞う町中とは別世界のようだった。更にその奥には、馬車から見えたあの巨大な宮殿がまるで山のように(そび)えている。

 

 門の前には銀色の鎧を来た人が左右に1人ずつ、槍を手に立っている。きっと王宮を警備している兵士さんですね。でも見たところこの辺りに受付は無いみたい。王様への面会申し込みはどうしたらいいのかな……?

 

「君たち、何か用かね?」

 

 困っていると、門の前に立っていた警備のおじさんが話し掛けてきた。この人に聞いてみようかな。

 

「あの、すみません。王様……いえ、国王陛下にお目通りをお願いしたいのですが」

「国王陛下に何用だ?」

 

 即、聞き返された。考えてみれば名乗りもせずにいきなり面会を申し込んでも通してくれるはずがなかった。

 

「私は姫路瑞希といいます。実は国王陛下にお尋ねしたいことがありましてサンジェスタより参りました」

「ほう。それは遠いところからご苦労なことだ。して、陛下に尋ねたいこととは何かね?」

 

 ……包み隠さずすべてを話すんでしたね。木下君。

 

「実は私たち、こういう腕輪を探しているんです」

 

 私は翔子ちゃんから貰った腕輪の絵を鞄から取り出し、警備の兵士さんに見せた。

 

「信じられないかもしれませんけど、私たち別の世界から飛ばされてきたんです。それで元の世界に帰りたいんですけど、それにはこの腕輪が必要なんです。この話を国王陛下にさせていただけませんか? お願いします!」

 

 腕輪の絵を見せながら、私は切に願った。こんな話を簡単に「はいそうですか」と信じてくれるとは到底思えない。けれど今の私にできるのはこうして願うことだけ。とにかくありのままを話して信じてもらうしかない。そう思い、真剣に願った。

 

「はぁ? 別の世界ぃ? 何だそれは?」

「何て説明したらいいんでしょうか……別の次元とか、別の空間とか……と、とにかくそんな感じの所です!」

「あー。お嬢ちゃん、何の遊びか分からないけど遊ぶならお友達と一緒にね。陛下はもちろん、我々も暇ではないのだよ」

 

 やはり信じてはもらえなかった。それどころか遊びだと思われてるみたい。私がちゃんと説明できてないのがいけないのかな……。

 

 自分の説得力の無さに私は情けなくなり、悲しくなってきてしまった。もうこれ以上どう説明したらいいのか分からない。私は立ち尽くし、ただ唇を噛み締めて俯くことしかできなかった。

 

「横からすまぬ」

 

 そんな時、木下君が横にやってきて、スッとしゃがんだ。そして片膝を突いて(ひざまず)き、落ち着いた声でゆっくりと話し始めた。

 

「ワシは木下秀吉と申す者じゃ。主様が信じられぬのは無理もない。実はワシらとて未だに信じられぬのじゃ。じゃが姫路の言葉に嘘偽りはござらぬ。無理を承知でお願い申し上げる。どうか信じてほしいのじゃ」

 

 木下君の姿勢は驚くほど綺麗だった。しゃがみながらも背筋をピッと伸ばし、胸を張って頭を下げるその姿は、テレビや映画で見たような国王を(うやま)う家臣の姿そのものだった。

 

 それを見て思い出した。礼儀とは、こうやって尽くすのだということを。それに気付いた私は木下君と同じように膝を突き、背筋を伸ばし頭を下げる。そして心の底から願った。

 

「お願いします! 国王陛下にお目通りをお願いします!」

 

 けれども願いは聞き入れてもらえなかった。

 

「やれやれ……別の次元から来たとか、そんな話が信じられるわけがなかろう。さぁ帰った帰った。遊ぶなら他でやってくれ」

 

 まるで相手にしてもらえない。どうしたらいいんだろう……。この世界に飛ばされた時の出来事を細かく説明してみる? でも今のおじさんの態度からして、それを話しても信じてもらえそうにない。坂本君みたいに誰でも説得できる力強さがほしいな……。

 

「…………こいつらの話を聞いてほしい」

 

 すると今度は土屋君が私の左側にやってきて、帽子を取り(ひざまず)いた。

 

「君は?」

 

 と、土屋君に問う警備のおじさん。これに対し、土屋君は意外な答えを返した。

 

「…………レナード王直属。諜報局員、土屋康太」

 

 何かのお芝居かと思った。木下君なら演劇部なので分かるけど、土屋君が演技を? なんて思ったけれど、ハルニア王国での土屋君の肩書きを思い出し、すぐに納得した。そういえば土屋君はハルニア王国の諜報員として働いていたんだっけ。

 

「レナード王だと? ハルニアの国王、レナード陛下か?」

「…………御意」

「ハッハッハッ! バカを言っちゃいけない。ハルニア国王が君のような子供をお召し抱えになるわけがなかろう」

「…………これを」

 

 笑うおじさんに対し、土屋君はマントの内側から1枚の紙を取り出し、スッと差し出した。

 

「やれやれ。今度は何だ? 伝令ごっこか?」

 

 おじさんは笑いながらそれを受け取ると、バカにした様子で紙に視線を降ろした。すると――

 

「何っ!? こ、これはっ!?」

 

 おじさんは目を見開いて大きな声をあげ、驚きを(あらわ)にした。一体何が書かれているんだろう?

 

「なんだ? どうしたんだ?」

 

 私と同じ疑問を持ったのか、警備をしていたもう1人の兵士さんがこちらに寄ってきた。

 

「おいちょっと見てくれ! このサイン、本物のハルニア国王のサインじゃないのか!?」

「何? レナード王のサインだと? どれ、見せてみろ」

 

 2人の兵士さんは顔を寄せ合いながら1枚の紙をじっと見つめている。この人たちの話から想像すると、紙にはハルニアの王様のサインが書かれているように思う。気になった私は小声で土屋君に聞いてみた。

 

(土屋君、あの紙って何なんですか?)

(…………証明書)

(証明書? もしかして身分証明書のようなものですか?)

(…………似たような物)

(それで王様直筆のサインが書かれているんですね)

(…………うむ)

(そういうことだったんですか。でも王様のサインなんてどうやって手に入れたんですか?)

(…………普通に書いてもらった)

(えっ? 国王様とそんなに親しい仲だったんですか?)

(…………親友)

 

 土屋君はそう言うと真顔で親指をぐっと立てた。王様とお友達って……どうやったらそんな親しい関係になれるんだろう。ひょっとして土屋君って友達を作るのが上手なのかも。

 

「申し訳ありません土屋様! 大変なご無礼、ご容赦ください!」

「知らぬこととはいえ、大変失礼いたしました!」

 

 2人の兵士さんは態度を急変させ、私たちに平謝りを始めた。すっかり立場が逆転してしまったみたい。土屋君って実は凄い人だったんですね……。

 

 結局この後、私と木下君は土屋君の部下ということで話が進み、王妃様への面会を許可された。まさかこんな形で信じてもらえるなんて思いもしませんでした。でもこれで一歩前進。腕輪の獲得に向けて頑張らなくちゃ!

 




姫路さん視点は地の文に悩みますね……違和感を感じたら遠慮無くご指摘ください。

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