バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第三十六話 俺たちの10日間

 3日後。

 

 今日はパトラスケイル大臣との約束の日だ。俺は翔子と共に再び王宮を訪れていた。

 

「ったく、なんでついて来んだよ。留守番をしていろと言っただろ」

「……一緒に行くべきと思ったから」

 

 先日と同じ部屋。相変わらずダダっ広い空間の真ん中にソファとテーブルが置かれているだけの部屋。俺は王宮内の応接室で、翔子と話しながら大臣が来るのを待っている。

 

「ただ状況を聞きに行くだけだろうが。ガキの使いじゃねぇんだから1人で行けるっての」

 

 今日は捜査状況を聞くだけ。わざわざ2人で出向く必要もない。それに先日のように余計なことを言わないようにと、俺は翔子に留守番を命じたのだ。ところが俺が王宮前に着いた時、あいつは既にそこにいた。先回りしてやがったんだ。どうりでやけに素直に応じると思った。こいつめ、最初から俺の言うことなんて聞くつもりがなかったんだ。

 

「……雄二が迷子になるとは思ってない」

「あ? じゃあなんでついて来んだよ」

「……王宮のメイドに浮気しないように」

「するかっ!」

「……でも前にここに来た時にメイドの女の人をじっと見てた」

「あれは本物のメイドを見るのが初めてだから珍しくて見てたんだよ」

「……じゃあ私が本物のメイドになったら雄二は見てくれる?」

「いんや」

「……じゃあナースなら見たい?」

「全然」

「……巫女なら見たい?」

「お前なぁ……何なんだそのチョイスは。マニアック過ぎるだろ」

「……男子はこういう制服に興味があると聞いた」

「誰から聞いた」

「……土屋」

「あいつか……」

 

 ムッツリーニめ。余計なことを吹き込みやがって。俺にそんな趣味はねぇよ。明久はどうか知らんけどな。

 

「……違うの?」

「まぁ、なんだ。人によるんじゃねぇかな」

「……雄二は?」

「俺は制服フェチじゃねぇっ!」

 

 ――トントン

 

 こんなバカな話をしていると、応接室の扉をノックする音が聞こえ、

 

「失礼するよ」

 

 綺麗な顔立ちの優男が部屋に入ってきた。パトラスケイル大臣だ。俺たちは立ち上がり、彼に軽く会釈をした。

 

「やぁサカモトくんにキリシマくん。待たせてしまったね」

「いや、そうでもないさ」

「まぁ掛けてくれ」

 

 彼は何枚かの紙を手にし、向かいのソファに腰掛けた。それを見ながら俺たちも着席する。

 

「早速本題に入ろう。君たちが捜しているのは赤い髪の20代の女性だったね」

「あぁ。名前はリンナ。旦那と4歳くらいの息子が1人いる」

「間違いないようだね。確かに報告が入っていたよ。報告書によるとこの女性は10日前の夕刻、突然消息を絶っている。それと君たちの言う通り夫のトーラスも3日前から行方不明で今もなお見つかっていない」

「そうか……」

 

 やはりトーラスも戻っていないのか。両親共に行方不明とは、あのボウズも可哀想にな……。

 

「ただ、1つだけ目撃証言がある」

「本当か! どこで!?」

 

 願ってもない情報に俺は思わず立ち上がり、バンと思い切りテーブルを叩いていた。両手の手の平がビリビリと痺れるくらいに。

 

「まぁ落ち着きたまえ。そんなにテーブルを叩くと紅茶が零れてしまうよ?」

「おっ……す、すんません……」

「話を続けよう。目撃されたのはバルハトールとメランダの間。運搬業の男性が森の中に長い赤い髪をした女性が歩いているのを目撃している」

「それはいつのことなんだ?」

「正確な日時は分からないが、10日ほど前の早朝だったそうだ」

「時期的にも一致するな……」

「うむ。あの辺りは魔獣も多く、人が外を歩けるような場所ではない。危険だと声を掛けようと馬車を止めたが、その女性は森の中へと消えてしまったと男性は証言している」

「その場所は分かっているのか?」

「待ちたまえ。……そうだね。報告書によるとメランダから馬車で1時間半ほど西に行った所のようだ」

「そうか……」

 

 メランダから1時間半と言えば例の城がある辺りだ。やはりあの城には何かありそうだな。

 

「……雄二。あの城」

「あぁ、やっぱあいつが怪しいな」

 

 あの城のいたネロスという青白い顔をした男。どうも奴が臭い。だがこれまで10人を超える人が行方不明になっている。あんなひょろっとした奴がこの人数を誘拐なんてできるのか?

 

「あいつ? 何か心当たりがあるのかい?」

「実は俺らが赤毛の女を探している時に、その目撃証言のあった付近で怪しい城を見かけたんだ」

「あぁ、あの城なら調査済みだよ。誰も住んでいない廃屋さ」

「なんだと? そんなバカな。俺たちはあの城でネロスと名乗る男に会っているぞ?」

「それはおかしいね。調査報告によると城主が亡くなってから既に30年以上経っていて今は所有者もいないはずなんだが……」

「実際に行ってみたのか?」

「ちょっと待ってくれたまえ」

 

 大臣は眼鏡を指で押し上げ、手元の紙をペラペラと(めく)っていく。

 

「…………そうだね。”廃墟。居住者なし”と報告されているね」

「廃墟……?」

 

 おかしい。俺たちが行った時は立派な石造りの城であって、廃墟という感じはしなかった。大臣の言っている城は俺たちが見たものとは別の城なのか? あの付近に城といえばあれしか無かったと思うが……。

 

「どうやらその城には何かありそうだね。サカモト君、この件は我々に任せてくれないだろうか。君たち一般市民を危険な目に遭わせるわけにもいかないからね」

「一般市民というか異世界人だけどな」

 

 明久たちとの待ち合わせまで、あと3日。もう一度メランダまで行ってくるだけの時間はあるが、あの城に何があるのか分からねぇ。それに明久や姫路が白金の腕輪を持ち帰る可能性だってある。ならばここは焦って行動するより、専門の国家機関に任せるべきだろう。

 

「分かった。俺たちもこの世界のことにあまり首を突っ込むべきではないと考えている。よろしく頼む」

「うむ。しかしすぐにというわけにはいかない。時間が掛かると思ってほしい」

「あぁ、承知の上さ。じゃあ俺たちはこれで。帰るぞ翔子」

「……雄二。連絡先」

「おっと、そうだったな」

 

 俺たちはパトラスケイル大臣に連絡先を伝え、王宮を後にした。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 大臣との話を終え、俺たちはホテルに戻ってきた。これで赤毛の女の捜索に関しては今のところ俺たちにできることが無くなった。あとは残りの時間をどうするか、だ。と言っても既に日が暮れているので今日は終いだ。

 

 そんなわけで俺たちはひとまず夕食を取ることにした。そして夕食の後、今後の方針を翔子に説明した。

 

「いいか翔子。リンナとトーラスのことは一旦忘れろ。ここから先はあの大臣に任せるんだ」

「……どうして?」

「この世界は恐らく召喚システムが変異したものだ。明久にも言ったが、俺たちの行動がどう影響するのか分からねぇ。だから関与はできるだけ避けるべきなんだ」

「……ルーファスが可哀想」

「それも忘れろ。俺たちにやれることはない。あの事件はこの世界の人間が――」

「……雄二は冷たい!」

 

 翔子が急に立ち上がり、テーブルをバンと叩いて俺の言葉を遮るように大声を上げた。普段静かに喋るこいつからは想像できないほど強い言葉だった。

 

「まぁ少し落ち着け」

 

 そう。俺は冷たい。そんなことは昔から知っている。こんな時、明久のバカならすっとんで行って両親を捜すか子供の世話をするだろう。だが今俺たちがやるべきことはそんなことじゃない。今は冷静な判断が必要だ。

 

「繰り返すが、俺たちはできるだけこの世界に関与すべきじゃない。お前の気持ちが分からないわけじゃない。だが今はパトラスケイル大臣に任せるんだ」

「……」

 

 翔子は珍しく感情を(あらわ)にし、俺をキッと睨みつけている。これほど他人に関心を(いだ)く翔子も珍しい。だがここは俺も引くわけにはいかない。

 

「明久を襲ったという”魔人”のこともある。この世界で下手に動くわけにはいかないんだ。お前にだって分かるだろ? これ以上関わればルーファスにだって被害が及ぶかもしれないんだ」

「……」

 

 翔子は少し寂しそうな表情をした後、黙って腰を下ろした。どうやら納得してくれたようだ。やれやれ。まさかこんなことで神経を使うとは思わなかったぜ。

 

「すまんな翔子」

「……ううん」

「でだ、この明久たちとの待ち合わせにはまだ3日あるわけだが、明日は書物屋を尋ねてみようと思う」

「……どうして?」

「ムッツリーニが持ってきた古文書があるだろ? あれの著者を探す」

「……?」

「つまりこういうことだ。あの本には腕輪のことが書かれていた。それもあの書き方からして作った本人が書いている。だから著者は腕輪製造の関係者……つまりババァの関係者ってことになる」

「……本当に?」

「100%間違いない……とは言い切れないが、可能性は高いと思う」

「……文月学園の先生?」

「それは分からん。血縁者かもしれん。とにかく会って話を聞いてみるんだ。そうすれば何か手掛かりが掴めるかもしれないだろう?」

「……うん」

「んじゃ決まりだな。けどバイトもあるから空いている時間だけな」

 

 よし、方針は決まりだ。あとは……。

 

「それとな翔子、明日朝は例の公園に行くぞ」

「……王様の所?」

「そうだ。恐らく大臣から報告は受けているだろうが、やはり俺たちからも状況を説明すべきだ。俺たちは一応王の許可を得て動いてたわけだしな」

「……分かった」

「よし、そんじゃ今日はもう寝るとするか」

「……うん」

 

 こうして俺たちはその日を終え、明日に備えた。

 

 

 

          ☆

 

 

 翌朝。

 

 俺たちは早速アレックス王がいるであろう公園に向かった。

 

 本来王とは国の最高責任者であり、この国で言えば王宮で指揮を執るべき人だ。だがパトラスケイル大臣は言っていた。アレックス王は王位を継承してもほとんど王宮におらず、毎日を町の中で暮らしているのだと。そして週に1日だけ執務室に戻り、仕事をするらしい。だが仕事が終わるとまた王宮から姿を消してしまうのだそうだ。

 

 そんな王でこの国は大丈夫なんだろうか。大臣の話を聞いた時、俺はそう思い、公園に向かって歩いているこの時もまだそう思っていた。

 

 

 

 公園に着くと、池の畔にあのカウボーイハットが寝そべっていた。アレックス王が戻って来ているようだ。俺たちは早速彼の元へと行き、赤い髪の女が行方不明であることを説明した。だが王は状況を知っていたようだった。関心が無いように見えてしっかりと把握している辺りは、やはり王たる者の責任感だろうか。

 

 俺たちは話ついでにこの数日間どこにいたのかと聞いてみた。すると王はルルセアの町で釣りをしていたと笑って答えた。

 

 なんとも能天気な王様だ。俺はそう思って呆れていた。しかし話を聞いていると、彼は事件に関しての調査をしていたと言い出した。彼は彼なりに、町人に成りすまして情報を集めていたらしい。まるでどこぞの藩主が世直し旅をする時代劇を見ている気分だ。

 

 この時、俺の王に対する印象は”呆れ”から一種の”憧れ”のようなものに変化しつつあった。

 

 

 ―― こういう国家のトップは面白い ――

 

 

 アレックス王と話しているうちに、いつしか俺はそう感じるようになっていた。

 

 彼の話は面白かった。冗談を交えて話しているが、内容は至極真面目なのだ。このまま色々な話を聞いていたかったが、そろそろバイトの時間が迫っている。ひとまず報告を終えた俺たちは王と別れ、一旦ホテルに戻ることにした。

 

「へへっ、面白い王様だよな。あの人」

「……そう?」

「あぁ。国のトップをこれほど身近に感じたことはねぇぜ」

「……確かにアレンさんは少し変わってる」

「少しってレベルじゃねぇけどな。はははっ!」

「……雄二、楽しそう」

「そうか? 俺はいつもと変わらないつもりだけどな。おっと、そろそろ仕事に行かねぇとな」

「……うん。急ごう」

「おう!」

 

 こうして俺たちは仕事先へと向かった。この日の残り時間はすべてバイトに当てた。そして翌日の空いた時間を使って書物屋を訪問。店主に古文書の著者に会いたいと願い出てみた。だがそれは叶わぬ願いだった。

 

 店主曰く、この本は店主の爺さんが若い頃から存在しているらしいのだ。やはり見た目通り百年以上昔に書かれたもののようだ。となると、著者はとっくに亡くなっているだろう。

 

 ではその子孫に会えないか? と尋ねてみたが、この本には署名が無く、誰が書いたものなのかさっぱり分からないらしい。残念だがこれも手詰まりだ。

 

 それにしてもこれが本当に百年以上前に書かれた物だとしたら、学園長は妖怪なのだろうか。それとも文月学園とはまったくの無関係で偶然の一致なのか? だが腕輪に文月学園のマークが刻まれているところを見ると無関係であるはずがない。しかしこれ以上手掛かりが……。

 

「あぁクソッ! イラつくぜ!」

 

 書物屋からの帰り道。あまりの苛立ちに俺は道端の石ころに八つ当たりをしてしまった。

 

 たった1つの腕輪を探して8日間。北西の僻地(へきち)にまで足を伸ばしても腕輪を得ることができなかった。リンナは腕輪を持ったまま行方不明。トーラスも後を追うように姿を消して帰らない。古文書の著者を追おうとすれば、すぐに手詰まり。

 

 何ひとつ上手くいかない。明久には2つ。姫路には3つもの回収を命じておきながら、なんという体たらくだ。もうすぐあいつらが帰ってくるというのに、これでは格好がつかないではないか。

 

「……雄二のせいじゃない」

「ンなこたぁ分かってんだよ!」

 

 頭に血が上っていた俺は思わず翔子にまで当たり散らしてしまった。翔子は何も悪くないというのに。

 

「……すまん」

 

 ダメだ。冷静になれ。苛立っても何も解決しない。俺は自分にそう言い聞かせた。

 

「……ううん。雄二の悔しい気持ち。私にも分かる」

 

 こんな時は常に沈着冷静な翔子の性格が羨ましい。こいつがいなかったら今頃俺は形振(なりふ)り構わず周囲に当たり散らしていたかもしれないな。

 

「うっし、そんじゃ帰ってバイトに行くとすっか」

「……その後は?」

「ホテルに戻って待機だ。約束の期限まであと2日だからな。明久や姫路が帰ってくるかもしれねぇだろ? あいつらが帰ってきた時に迎えてやらねぇとな」

「……そうね」

「そういうわけだ。さ、帰るぞ」

「……うん」

 

 こうして、俺たちの10日間は過ぎ去っていった。何の成果も上げられなかったのは(はなは)だ不本意ではあるが、嘆いても仕方がない。事実、俺たちは腕輪を得られなかったのだから。

 

 とはいえ、頭では理解していても、やはり胸の奥には鬱憤(うっぷん)が溜まっている。トーラス夫妻は無事なのだろうか。ルーファスはどうなったのだろうか。あの城に一体何があるのだろうか。どうにかして忘れようとしても、この気持ちは増大するばかりだった。

 

 ただ、不満ばかりかというと、そういうわけでもない。アレックス王との出会い。彼との出会いは俺に意識改革を促した。国のトップは堅苦しい奴ばかりではない。このことが俺の世の中に対するイメージを大きく塗り替えたのだ。

 

 

 そして2日後、俺は仲間たちとの再会を果たした。

 

 

 再会したあいつらは一回りも二回りも大きくなっていたように見えた。それに比べて俺はどうだ。何も変わっていないではないか。そう思うと、俺の中の鬱憤(うっぷん)は更に大きくなっていった。そしてこの鬱憤(うっぷん)は明久たちとの合流直後、一気に爆発することになる。だが今の俺は冷静ではない。それはまた後日、落ち着いた時に語ることにしよう。

 




次回、チームひみこ編。
サラス王国に向かった瑞希、秀吉、ムッツリーニの物語が始まります。

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