バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第三十五話 予兆

 王宮から戻った後、俺たちはまず生活の準備をすることにした。これから約5日間、このホテルの部屋が俺たちの家になる。だがここで生活するには掃除用具や洗剤、衣類が足りない。まずは生活用品の買い出しだ。

 

 早速俺は翔子と共に町に繰り出し、生活に必要なものを買い揃えた。金はルルセアで働いていた時にそれなりに稼ぎ、5日間の生活用品を買うくらいはある。それに明久から聞いた通り、メランダ付近の魔獣を倒した時に拾っておいた魔石を売って金にしたのだ。

 

 だが拾ったのは数個だったので1万ジンにしかならなかった。ホテルの部屋を借り続け、尚且つ壊れた壁の修理をするには全然足りない。生活を維持するには、やはり金を稼ぐ必要がある。こんなことならもっと拾っておけばよかった。

 

 後悔しても仕方がない。そこで俺たちは短期で働ける店を探した。最も時給が高いのは馬車の護衛に当たる職らしい。命を張る仕事なのだから当然だろう。次いで高いのが魔石加工職。これには専門知識が必要だ。

 

 ではこれが俺たちにできるかと言うと、答えはNo(ノー)だ。まず魔石加工職には国家資格が必要なので論外。護衛職は召喚獣の力を使えば可能ではあるが、装着に時間制限があるのでこの職には向かない。これ以外の働き口となると運搬業や飲食店くらいしか思いつかない。やはり俺たちには飲食店のバイトが適しているだろう。

 

「とりあえず働き口は見つかったな」

 

 バイト先はすぐに見つかった。ホテルから歩いて30分ほどの所にある洋食店だ。結局、俺たちはルルセアでのバイトと同じ構成になった。俺はウェイターとなり接客。翔子は調理場担当だ。

 

「……また雄二と別」

「仕方ねぇだろ。お前が接客が苦手だと言うからだ」

「……雄二も厨房担当にすればいい」

「無理言うな。募集はホールと調理場1人ずつだったんだ。まぁいいじゃねぇか。2人で働ける場所が見つかったんだからよ」

「……我慢する」

「よし、んじゃあとは夕飯の買い物をして帰るか」

「……うん」

 

 こうして俺と翔子のバイト生活が再び始まった。

 

 

 

 

 ――その夜のことだった。

 

 

 

 

「ぅ……く……」

 

 寝苦しい。胸がムカムカする。この感覚……まるで風邪を引いて熱を出した時のようだ。まさか俺は風邪を引いてしまったのか? 明日からバイトなんだ。風邪なんか引いてる場合じゃねぇぞ。あぁっ……クソッ! ダメだ! 寝ていられねぇ!

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ…………」

 

 俺は身体を起こし、ベッドの上で大きく呼吸をする。

 

「う……く、クソッ……」

 

 身体が熱い。頭もカッカと燃えるように熱い。間違いなくこれは風邪の症状だ。なんてこった……。

 

 と、とにかく明日の仕事は休むわけにはいかねぇんだ。なんとか薬で抑えるしかない。まさか今日買った薬をすぐ使うことになるとはな。買っておいて良かったぜ……。

 

「うぐっ……!」

 

 ベッドから降りて立ち上がると、側頭葉(そくとうよう)(耳の上辺り)がズキリと痛む。こいつは本格的にやべぇ……もし明日の仕事を休むことになっちまったら翔子にも迷惑を掛けちまう。

 

 ……ん? 翔子?

 

「翔子?」

 

 その時、あいつが寝ているはずのベッドが空っぽになっていることに気付いた。

 

「おい翔子、どこだ?」

 

 呼び掛けにも返事がない。この部屋にはいないようだ。こんな夜更けに何処に行ったんだ? トイレか?

 

「いっつつ……し、翔子?」

 

 頭痛を堪えながら俺は洗面所へと移動してみた。だが洗面台にもトイレにも灯は点いていなかった。ここにもいないようだ。一体何処へ行ったんだ?

 

 ……嫌な予感がした。

 

 夜中に突然、人がいなくなる。俺は数日前にその現場を経験している。

 

「しょ……翔子!!」

 

 俺は前回の経験を思い出し、慌てて道路側の窓から外を見下ろす。

 

 !

 

 誰かが夜道を歩いている。あの黒いストレートヘアにグレーの寝巻き姿……間違い無い! 翔子だ! 俺は窓を開け、身を乗り出して大声で呼び掛けた。

 

「翔子! どこへ行くんだ! しょ……ぐっ!」

 

 声を張り上げるとズキズキと激しく頭が痛む。クソッ! 熱なんかに負けてんじゃねぇぞ俺!

 

「戻ってこい翔子! おい翔子!」

 

 頭を押さえながら俺は必死に呼び掛ける。だがあいつは反応することもなく、上半身を揺らしながらフラフラと夜道を歩き続けた。俺の声が聞こえていないのか? どうなってやがるんだ……こうなったら強引に連れ戻すしかねぇ!

 

「待ってろ翔子! 今行くからな!」

 

 バンと乱暴に扉を開け、廊下を走り、階段を駆け降りる。

 

 あの時と同じだ……バルハトールの町でトーラスが姿を消したあの夜と! このままでは翔子までもが姿を消してしまう! そう直感した俺は必死に翔子を追った。ガクガクと震える膝を無理やり動かし、走った。普段なら2階から飛び降りるくらいしていただろう。けれどこの時の俺はそんなことができる状態ではなかった。ただ、あいつの歩みが遅かったのが幸いだった。

 

「待てって言ってるだろ! 聞こえないのか!」

 

 やっとの思いで追い付き、俺は翔子の肩を掴んで引き止める。

 

「…………」

 

 だがそれでも翔子は歩みを止めなかった。俺の手を払うこともなく、そのまま歩き続けた。俺が触れていることすら感じていないようだった。

 

「お、おい……翔子……?」

 

 これだけ近くで大声を出しているのに気付かないだと? 一体どうなってんだ? まるで催眠術にでも掛かっているみたいじゃねぇか。クソッ!

 

「翔子! 待てって!」

 

 俺は前に回り込み立ち塞がって声を張り上げる。するとようやく翔子は立ち止まってくれた。だが俺に反応してくれたわけではなさそうだ。翔子は目をトロンとさせて半分閉じ、虚ろな目をしている。

 

「どうしたんだ翔子! 返事をし……うぅっ……!」

 

 頭痛を堪えながら俺は翔子の肩をゆさゆさと揺さぶる。だがこれにもまったく反応する様子がない。心ここに有らずといった感じだ。明らかにおかしい。こうなったら仕方がない……!

 

「すまん翔子!」

 

 ――ペチッ!

 

 できるだけ弱く、それでいて衝撃を与えるよう加減をして、俺は翔子の頬を叩いた。女に手をあげるなど俺の主義に反する。けれどこの時はこれ以外の方法が思いつかなかった。

 

「………………ゆう……じ……?」

 

 すると翔子の目に光が戻った。正気に戻ったのか……?

 

「翔子、俺だ。分かるか?」

「……うん」

 

 どうやら元に戻ったようだ。はぁ……焦ったぜ。やれやれ……。

 

「……どうしてこんな所に?」

「それは俺の台詞だ。お前、一体どこへ行こうとしていたんだ?」

「……私が?」

「あぁ。呼び掛けても全然反応しなかったじゃねぇか」

「……?」

「覚えていないのか?」

「……うん」

 

 無意識に歩いてたってのか? こいつは本当に催眠術とかそういった類いのものかもしれねぇな。けど今までそんなものに掛かるタイミングはなかったと思うが……。

 

「なぁ翔子、何か覚えてることは無いのか?」

「……夢?」

「夢だと? なんだそりゃ?」

「……たぶん……夢。……雄二がどこかへ行ってしまう……夢」

「俺が?」

「……うん。だから……雄二を追ってた……夢の中で」

 

 なんだ夢かよ。人騒がせだな。余計な心配しちまったじゃねぇか。

 

「ハァ……まぁいいや。とにかく部屋に戻――ぐっ……!」

 

 気が緩んだらズキリと頭が痛んだ。やべぇな。さっさと薬を飲んで寝ねぇと……。

 

「……雄二? どうしたの?」

「あ、あぁ。ちょっと頭痛がな……こんなもの、薬を飲んで寝ればすぐ治る」

「……ごめんなさい」

「なんでお前が謝る」

「……私を追ってきて風邪を引いてしまった」

「ンなことねーよ。いいから帰るぞ。俺も早く寝てぇんだ」

「……うん」

 

 けどリンナのように行方不明にならなくて良かったぜ……あとは俺のこの風邪をすぐに治さねぇとな。

 

「……雄二。掴まって」

「い、いらねぇよ。自分で歩ける」

「……いいから」

「……すまん」

 

 俺は翔子に支えられながら部屋に向かった。そして部屋に戻った俺はすぐに解熱剤を飲み、眠りについた。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 翌朝。

 

 不思議なことに俺の頭痛は完全に治っていた。発熱もすっかりおさまっている。昨晩あれほど熱くて痛かったのが嘘のようだ。だがこれで仕事を休まなくて済む。これはこれで喜ばしいことだ。薬が効いたのかもしれないな。

 

「……雄二。これを見て」

 

 朝食を終えて着替えていると、翔子が封筒のような物を持ってきた。

 

「なんだそりゃ? 封筒か?」

「……うん。お金が入ってる」

「金だと? いくらだ」

「……8枚」

「8枚と言われても分からんだろうが……どれ、見せてみろ」

 

 翔子から封筒を受け取って開いてみると、そこには8枚の紙切れが入っていた。確かに金のようだ。これはこの世界での通貨では一番高額な紙幣。1枚につき1万ジンだ。ということは……8万ジンだと!?

 

「お、おい翔子! これどこにあったんだ!?」

「……雄二の枕の中」

「はぁ? 俺の枕の中だと? なんでそんな所に……」

 

 ハッ!

 

「ちょ、ちょっと待て翔子! これは俺のへそくりなんかじゃねぇからな!?」

「……分かってる。この手紙が一緒に入ってた」

「手紙?」

「……うん」

 

 翔子が四つに折り畳まれた紙を差し出す。受け取って内容を確認すると、その紙にはこう書かれていた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 雄二へ

 

 お金に少し余裕があるので置いて行く

 壊れた壁の修理に使ってくれ

 でもこのお金のことは絶対に姫路さんには言うなよ!

 

                   明久

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 なるほど。この金は明久が置いていった物なのか。あの野郎……旅立つ前は何も言ってなかったじゃねぇか。こんな大金持ってやがるなら言えってんだ。それにしても枕の中とは、あいつもバカだな。俺以外に知らせたくなかったんだろうけど、それじゃ俺だって気付かないだろうが。まったく……本当にバカな奴だ……。

 

「……雄二?」

「ん? なんだ?」

「……なんだか嬉しそう」

「あァ? ンなことねぇよ。あいつのバカさ加減に呆れてたところだ」

「……これで壁を修理できる?」

「そうだな。釣りが来るくらいだ」

 

 けど今頃こんな金が出てきても手遅れだ。もうバイトの契約しちまったからな。今更「やめます」なんて言えねえよ。まったく、無駄なことをさせやがって。

 

 けどまぁ、これで壁の修理代に関しては心配なくなったな。へっ……あいつもなかなか粋なことするじゃねぇか。少しだけ見直したぜ明久。こいつは遠慮無く使わせてもらうぜ。

 

「……雄二」

「ん? なんだ?」

「……私の枕の中にはこれが入ってた」

 

 そう言って翔子は再び1枚の紙を差し出してきた。どうやらこれも手紙のようだ。

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 霧島さんへ

 

 そういえばこの前のクリスマスイブの日のことなんだけど

 教室に入ったら雄二と姫路さんが2人きりだったんだよね

 見つめ合ってたみたいだけど、何をしていたんだろうね

 よけいな栓索はしない方がいいのかな?

 

                       明久

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 

 前言撤回!! 戻って来たらぶっ飛ばしてやるあのバカ!! あん時は姫路のケーキから逃れるために必死だったのは説明しただろうが! それにそもそも漢字が間違ってんだよ! ”栓索”ってなんだ!? コルク栓でも探してんのか! ”詮索”だろ!

 

「……雄二」

 

 ギクッ!

 

「待て翔子! 落ち着け! こいつは明久の罠だ! 落ち着いて俺の話を聞け!」

「……瑞希と何をしていたの」

「そ、それはだな……あいつがケーキを食べてほしいと――(ガッ)」

「……瑞希のケーキを食べたの」

「お……落ち着け……姫路のは……く、食ってねぇ……」

「……正直に言えば怒らない」

「あだだだっ! う、嘘じゃねぇ! つぅかお前怒ってるだろ!?」

「……怒ってない」

「じゃ、じゃあ俺の顔を鷲掴みにしているのはなぜだっ!」

「……雄二が逃げないように」

 

 ギリギリと細い指が頭蓋骨をきしませる。

 

「あだだだだっ! 待て待て待て! ちゃんと説明するからとにかく放せ!」

「……逃げない?」

「あ、当たり前だ! この世界に他に居場所なんかねぇよ!」

「……本当に?」

「本当だ! 神に誓う!」

「……分かった」

 

 ようやく翔子は俺の顔面を放してくれた。そしてこの後30分ほどかけた説明で翔子はようやく納得してくれた。あの時は俺も被害者だってのに、なんでこんなくだらねぇことに時間を費やさなきゃなんねぇんだ……明久の野郎、帰ってきたらタダじゃおかねぇからな!

 

「……雄二。バイトはどうするの?」

「どうするってのはどういう意味だ?」

「……その修理代があるのならバイトには行かない?」

「いや。生活費は要るし、この部屋を借りるための金も要る。そもそも5日間働くって契約しちまったから今更やめるとは言えねぇよ」

「……じゃあ急がないと」

「ん? おわっ! やべぇ遅刻しちまうじゃねぇか! 急ぐぞ翔子!」

「……うん」

 

 こうして、俺たちの慌ただしい1日が始まった。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 ~~~~こちらは5日前のサンジェスタを出発した馬車の中~~~~

 

 

「にっししし……」

「なによアキ、その変な笑いは」

「いゃあ、雄二にちょっとした置き土産をしてきてね」

「置き土産?」

「うん。あいつ、今頃慌ててるだろうなぁと思ったら楽しくなってきちゃってさ」

「アンタまさか何かいたずらしてきたんじゃないでしょうね」

「へへっ、内緒さ」

「やっぱりいたずらなのね。まったく……子供っぽいんだから」

「だって雄二だけガルバランドに残って楽をしてるなんて許せないじゃないか」

「ウチらももうすぐ3年なんだから、そろそろ大人になりなさいよね」

「まぁいいじゃないか。今回だけさ」

「アンタ今まで”今回だけ”を何回使ったのよ」

「さぁ? 数え切れないくらい?」

「アンタねぇ……ほどほどにしなさいよ?」

「ほーいっ」

「ホント分かってるのかしら……」

 


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