バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第三十三話 森の城主

 俺は翔子と共に風のように走る。落ち葉を巻き上げ、不規則に生え立つ木々を避けながら、あの城に向かってひたすら走った。さすが召喚獣の力を得ているだけのことはある。凄まじいスピードだ。100メートルを2、3秒ってとこだろうか。間違いなくギネス更新記録だぜ。

 

「翔子! 木の枝に気をつけろよ! このスピードだと鋭い(やいば)と変わりない!」

「……うん」

 

 あの城に行方不明事件の元凶があるという証拠は無い。俺もこの国のすべてを見ているわけではないから、まったくの見当違いである可能性も高い。そもそも俺は警察官ではないし、この世界の住民ですらない。本来ならばこの件に関る理由は無いのだ。

 

 ただ……。

 

 ただ、どうにも胸の奥がモヤモヤしやがる。まるで真っ黒な雲が常に視界を覆っているような気分だ。俺はこの気分を晴らしたい。スカッと気を晴らしたい。こんな時に明久がいればからかってやるのだが、ハルニア王国に向かわせた今、それもできない。

 

 いや、たとえ明久とバカ騒ぎをしてもこの気分は晴れない気がする。なぜならこの気持ちの原因はあのルーファスの涙なのだから。やはり今俺がやるべきことはこの可能性に賭けることだ。行方不明者があの城に幽閉されているかもしれないという、この可能性に――

 

「……雄二」

「ん? なんだ? 翔子」

「……何かが追ってくる」

「なんだと? 何が追ってくる?」

「……分からない。動物みたい」

「動物だと?」

 

 そんなバカな。今の俺たちの速度は時速140キロくらいは出てるはずだ。この速度に追いついてくる動物なんて存在するのか?

 

 俺はチラリと後ろに目を向け、そいつの正体を確認してみた。すぐ後ろには黒い髪をなびかせて走る翔子がいる。その更に向こう側からは、確かに毛むくじゃらの茶色い物体が追いかけて来ていた。どうやら四足動物のようだ。それもかなりデカい。ってちょっと待て! 今の俺たちの速度についてくる森の動物っておかしいだろ!? チーターでさえ時速110キロが限界だぞ!?

 

「……たぶんあれが魔獣」

「魔獣だと? ……なるほど。そういうことか」

 

 姿からして猪だろうか。明久の言うように通常の猪と比べてケタ違いにデカい。なるほどあれが魔獣か。しかも俺たちを狙って追って来ているようだ。この機にじっくりと見てやりたいところだが、今はあの建物を調べるのが目的。相手をしている暇は無い。

 

「翔子! このまま振り切るぞ!」

 

 俺はまだ全力を出し切っていない。翔子の表情にも余裕がある。あいつもまだ余力があるのだろう。追って来る魔獣は1匹。ならばここは全力を出して一気に引き離――

 

「……雄二! 前!」

 

 翔子が叫んだと思ったら突然目の前に大きな顔が現れた。口の両脇から短い牙を突き出したブサイクな面構え。後ろから追って来ている魔獣と同じ顔だった。

 

「ッ!」

 

 しまった! 前方からも!? そう思うよりも速く、俺は反射的に右(こぶし)を突き出していた。

 

 ――ドッ

 

 拳の先に肉を叩く感触がして、目の前の巨大な猪の顔が消えた。直後、バキバキバキッと、樹木が折れるような激しい音がした。俺は急停止し、前方の様子を確認する。

 

 数メートル先に茶色い毛に覆われた物体が転がっている。そして俺とその物体の間には、なぎ倒された5、6本の木が横たわる。幹の太さは太いもので直径約50センチ。綺麗にカウンターが決まったとは思ったが、俺はあんなでかいモンをぶっとばしたのか。しかもあんなに太い木を何本もへし折って。我ながらなんて力だ……。

 

 それにしてもデカい猪だ。全長3メートルほどあるぞ。大きさだけで見ればまるで象や(サイ)のようだ。あれだけの大きさがあれば30人分の”ぼたん鍋”が作れそうだな。

 

 そんなことを考えていると、大きな猪の身体はスゥッと黒い煙となって消滅した。跡には10センチほどの水晶のような鉱石が転がっていた。これが魔石というやつか。これも明久の言う通りだ。

 

 ――ザッ

 

 その時、背後で乾いた落ち葉を踏む音がした。翔子か? いや違う! 後ろの魔獣が追い付きやがったのか!?

 

 危険を感じて後ろを振り向くと茶色い巨大な毛玉が空中にあった。奴は跳び上がり、今まさに翔子に襲い掛かろうとしていた。まずい! あの巨体に体当たりをされたらいくら召喚獣を(まと)っていても一溜まりもない!!

 

()けろ翔子ォーッ!!」

 

 俺は咄嗟に腕を伸ばし、翔子を突き飛ばそうとする。ダメだ! 間に合わない!

 

「……っ!」

 

 

 ――ザシュッ

 

 

 一瞬の出来事だった。

 

 翔子が腰を落としたかと思った次の瞬間、あいつの前方で何かが輝いた気がした。直後、空中に飛び上がっていた猪の巨体が瞬時にして黒い煙となって消滅したのだ。い、今のは一体……?

 

「しょ……翔子……?」

「……何?」

 

 パチンと刀を(さや)に収めながら翔子が振り向く。その表情はいつもの静かなポーカーフェイスであった。

 

「いや、その……なんだ」

 

 今のは翔子の抜刀なのか? なんて速度だ。まったく見えなかったぜ……それにあのタイミングで落ち着いて対処できるなんて、肝が据わっているにも程があるだろ……。

 

「……?」

 

 何を驚いているの? と言わんばかりの表情で翔子は俺を見つめる。あいつにとってはどうってことないのかもしれない。これも召喚獣の力のおかげってやつか。やれやれ。これじゃ俺が守ってやる必要もねぇじゃねぇか。

 

「よしっ! 先を急ぐぞ翔子!」

「……うん」

 

 俺たちは再び森を走り出した。例の城まではあと数分で到着するだろう。と考えながら走っているうちに、また数匹の魔獣が襲い掛かってきた。だが(ひる)む必要はない。今、俺たちの身体能力は超人の域に達している。ただ突進してくるだけの獣など俺たちの敵ではない。

 

 俺は速度を落とさず真っ直ぐに突き進み、すれ違いざまに一撃を浴びせる。すると魔獣の巨体は軽々と吹っ飛び、断末魔の叫びをあげる間もなく煙となって消え去る。

 

「イャッハー! こいつはすげぇぜ!」

 

 この世界で魔獣の話を聞いた時、俺がこうして戦うことなど想像すらしていなかった。それが今、こうして魔獣を圧倒している。このことが俺には爽快で堪らなかった。今までの悶々とした気分が一気に晴れていくようだ。

 

 気を良くした俺は森を疾走。目的の城に向かって突き進んで行った。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 暴れ回りながら5分ほど走っただろうか。この頃になると木々の間からあの城が見え隠れするようになってきた。そろそろ到着のようだ。辺りにもう魔獣の気配はない。襲ってくる奴は(ことごと)くブチのめしてやったから恐れをなして逃げたのかもしれないな。それなら好都合だ。

 

「翔子、帰りの分もある。装着解除するぞ」

「……うん」

「「――装着解除(アウト)」」

 

 装着を解除した俺たちは慎重に進み、ついに目的の城に辿り着いた。

 

 目の前には不気味な城がひとつ、ドンと(そび)え立つ。あの行方不明事件。ただの失踪とは考えにくい。恐らく何者かが関与している。確証は無いが、俺のカンがそう言っている。そして最も怪しいのがこの辺境にポツリとひとつだけ建っている城だ。

 

「十分注意しろよ。何が出てくるか分からんからな」

「……うん」

 

 ――トントン

 

「ごめんください。どなたかいらっしゃいますか?」

 

 

 ………………

 

 ………………

 

 ………………

 

 

 扉を叩いて呼び掛けるも、中から返事は無い。そのまま数秒待ってみたが、それでも人が出てくる気配はない。馬車から見た時は明かりが灯っていたのだから誰かがいるはずだ。大きな城だから聞こえないのだろうか?

 

「すんませーん。誰かいませんかー?」

 

 呼び掛けながら再度扉を叩こうとすると、

 

 ――ギィィ……。

 

 と、いかにも古めかしい音を立てて扉が開き始めた。そして少しだけ扉が開くと、中から1人の男が顔を出した。

 

『……どちら様でしょうか』

 

 高い鼻に色白の肌。目は藍色で金色のサラサラの髪を肩まで伸ばしている。顔立ちも整っていて、いわゆるイケメン面というやつだ。彼は扉の隙間から顔だけを覗かせ、俺たちをじっと見つめている。この男が主人だろうか。

 

「あー。えーっと」

 

 そうか、まずは自己紹介か。

 

「はじめまして。俺は坂本雄二といいます」

『……サカモト……ユウジ……』

「はい。それでこっちは翔子――霧島翔子といいます」

「……よろしくお願いします」

『……サカモト……ユウジ……キリシマ……ショウコ……』

 

 扉の陰でボソボソと呟く色白の男。こいつ、まともにコミュニケーション取れるんだろうか。

 

「失礼ですが、あなたはここのご主人でしょうか?」

『……はい』

「そうですか。では少々お話を伺いたいのですが、よろしいでしょうか?」

『……どうぞ』

 

 ……なんか暗い男だな。それに扉の隙間から顔だけを出したまま話を聞くつもりか? 失礼な奴だな。まぁいい。話を進めるか。

 

「実は人を捜しているのですが、何かご存じないかと思い、お邪魔した次第です」

『……どのような方ですか?』

「1人は赤い髪の女性。もう1人は俺くらいの身長の体格のいい男です。女は20歳くらい。男は30歳くらいです」

『……』

 

 彼はすぐには返事をしなかった。代わりに舐め回すように俺たち2人を眺め、その後で、

 

『……申し訳ありません。そのような方は存じ上げません』

 

 と丁寧に返事をした。言葉は丁寧でも、顔だけ出して答えるのは失礼だと思うのだが……。

 

「そうですか。分かりました」

『……お役に立てず申し訳ありません』

「いえ。ところで失礼ですがあなたのお名前を教えていただけますか?」

『……ネロスと申します』

「ここで暮らしていらっしゃるのですか?」

『……はい』

「1人で?」

『……はい』

「見たところ魔障壁が無いようですが……魔獣に襲われませんか?」

『……いえ』

「そりゃおかしいですね。魔獣は見境無く人間を襲うと聞きますが?」

『……不思議と襲われません。ご覧のとおり私の影が薄くて存在感が無いからではないかと』

 

 確かにこうして目の前で話していても存在を感じないくらいの男だ。しかしそんなことが魔獣に襲われない理由になるだろうか?

 

『……私もひとつお聞きしたいことがあるのですが……よろしいですか?』

 

 ほう。ただ受け答えをするだけの暗い奴かと思ったが、ちゃんと話もできるんだな。

 

「何でしょう?」

『……貴方はどうやってここまで来られたのですか?』

「どうやってと言われても……普通に歩いて来た、って感じですかね。馬車を途中下車して」

『……貴方は魔獣に襲われなかったのですか?』

「そりゃ襲われましたよ。けど撃退してやりました。こう見えても俺たち、結構強いんですよ」

『……そうですか』

 

「「「………………」」」

 

 ん? それだけか?

 

「質問はそれだけですか?」

『……はい』

 

 なんだ。拍子抜けだな。もっとあれこれ聞いてくるのかと思ったのによ。ま、今回はこれくらいにしておくか。

 

「そうですか。では俺たちは帰ります。突然お邪魔して申し訳ありませんでした」

『……いえ』

 

 俺が頭を下げると、男はそう言いながら首を引っ込めた。そしてすぐにパタンと扉が閉まり、辺りは再び静寂に包まれた。

 

「翔子、一旦王都に戻るぞ」

「……ここを調べないの?」

「あぁ、もう十分だ」

 

 そう。もう十分だ。今は手を出すべきじゃねぇってことが分かったからな。

 

 奴は1人で暮らしていると言ったが、馬車から見た時は複数の窓に(あかり)()いていた。それが今はすべて消されている。それにあの男、まるで人形のような冷たい目をしていた。存在感が薄いというより生気そのものを感じなかった。自我がなく、何者かに操られているかのようにも見えた。

 

 そしてこれが最大の疑問。先程翔子も疑念を抱いていたが、この城には魔障壁が無い。にもかかわらず魔獣に襲われた様子がないのはなぜだ? ここに来るまでに俺たちはあれだけ襲われたというのに。あの男は存在感が薄いからと言っているが、そういう問題では無いだろう。

 

 ……どうにも嫌な予感がしやがる。行方不明事件に関係しているのかもしれないが、今首を突っ込むのは得策ではない。明久たちと合流した後に作戦を練るべきだろう。

 

「よし、まずは馬車の通る道まで戻るぞ。そこで馬車が通れば乗せてもらう」

「……うん」

 

 こうして俺たちはこの城を離れ、先程馬車を降りた道まで戻ることにした。道中は静かなものだった。あれから魔獣は一切襲ってこなかった。風に木々がざわめき、葉擦(はず)れの音が耳をくすぐる。かなりの高山のはずだが、あまり寒さは感じない。軽い森林浴の気分を味わいながら俺たちは森を歩いた。

 

 そして30分ほどして、俺たちは開けた道に出た。土の道には2本の車輪の後が無数についている。ここが馬車の通る道だ。

 

「……ここで待つ?」

「いや。待っていても馬車が通る保証はない。この道を辿ってメランダまで行くぞ。召喚獣の力を使ってな」

 

 メランダまでは確か馬車で1時間弱。召喚獣の力を借りれば、馬車と同等かそれ以上の速度で走れる。途中で時間切れになるだろうが、ここで野宿するより自力で移動すべきだろう。

 

「じゃあ行くぜ! 試獣装着(サモン)!」

「……試獣装着(サモン)

 

 俺たちは試獣を装着。メランダの町に向かって馬車道を走り出した。

 


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