バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第七話 仲間の影

 ラドンの町を出て3時間ほど経過しただろうか。馬車はようやくハーミルに到着した。ここでしばらく休憩するらしい。

 

「うぅ~っ……! はぁ~……」

 

 窮屈な馬車を降り、僕は思いっきり背中を伸ばす。休憩に入ってくれて助かった。これ以上乗っていたら壊れてしまいそうだ(主に尻が)。さてと。休憩は1時間ほどだと言うし、少しこの町を見て回ろうかな。僕はリュックを肩に掛け、繁華街の方に向かって歩き出した。

 

 ……ラドンとあんまり変わらないんだな。

 

 外周を高い壁で囲まれた円形の町。建物や道路の様子もラドンの町とほとんど変わりはない。遠くにはラドンにあった物と同じ形をした塔が(そび)え立っている。あれは魔壁塔(まへきとう)かな。この町もああやって魔獣から守ってるんだな。

 

 僕は周囲に目を向けながら中世ヨーロッパに似た感じの繁華街の町を歩く。そうしてぶらぶらと歩いていると、不意に気になるものが目に入ってきた。

 

 野菜を詰め込んだ袋を重そうに運んでいるお婆さんだ。数歩進んでは袋を降ろして休憩し、また数歩進んでは休憩といった具合に歩いている。見るからに重くて大変そうだ。

 

 ……馬車の時間まで暇だし、手伝ってあげようかな。

 

「お婆さん、大丈夫ですか? 僕が運びましょうか?」

「ふぇ? 何だい? お前さんは?」

「えっと……」

 

 ”異世界の者です”なんて言ったら怪しまれるよね。ここはひとつ……。

 

「旅の者です。馬車が休憩時間に入っていて暇なものでして」

「あぁそうだったのかい。ありがとうね。でも大丈夫だよ。アタシだってこれくらいっ――――」

 

 お婆さんはぐっと力を入れて袋を持ち上げようとするが、ちょっとだけしか上がらない。コレ、無理だよね。

 

「お(うち)はどこですか? 僕が運びますよ」

「そうかい? 悪いねぇ」

「いえ、暇だったし全然構いませんよ」

 

 僕は誰かの手伝いができることが嬉しかった。マルコさんやルミナさんに出会って、親切にされるとどれだけ嬉しいかを知った。だから僕も誰かの役に立てるのなら……できることがあるのなら、何でもしてあげたい。

 

「お前さん変わった格好だね。どこの子だい?」

 

 一緒に歩いているとお婆さんが話しかけてくる。さて困った。何と答えよう? 強いて言うならば”ラドンの町出身”ということになるのだろうか。でもこの文月学園の制服を見て言っているのだとしたら、ラドンの町に対して変な偏見を生んでしまうかもしれない。ならばここは正直に答えるべきだろうか。でも……ん? そうだ!

 

「実は僕、この国の者じゃないんです」

 

 これなら変な誤解は与えないで済む。嘘は言ってないし。

 

「おや、異国の人じゃったか。こんな所に何をしに来たんだい?」

「ちょっとラドンの町に観光を……」

「そうかいそうかい。どうだったねラドンの町は」

「はい、とても素晴らしい町でした」

 

 うん。とっても素晴らしい人たちだったよ……。

 

「そいつは良かったのう。それでこのハーミルに来たってことはもう帰るのかい?」

「……はい」

「そうかい。でもこの町だって結構いい町なんだよ? 良かったらゆっくりしていっておくれ」

「ありがとうございます。でも、僕の帰りを待っている人がいるんです」

「おや。それじゃアタシの手伝いなんかしてる場合じゃないんじゃないのかい?」

「今は馬車が休憩時間なんですよ。だから行きたくても行けなくてですね……」

「あぁそうだったね。この歳になると物覚えが悪くてねぇ。ホッホッホッ。あ、アタシの家はここだよ」

「あ、はい」

 

 家に上がるお婆さんに僕は袋を渡す。これでお手伝いは終了だ。

 

「それじゃ僕はこれで」

「あぁ、ちょいとお待ち」

 

 僕が立ち去ろうと背を向けるとお婆さんが呼び止めた。何だろう? と振り向くと、

 

「こいつはお礼だよ。持って行きな」

 

 そう言うと大きくて真っ赤なリンゴを放り投げてきた。

 

「ど、どうも……」

「助かったよ。ありがとうね」

 

 白髪をお団子頭にしたお婆さんが優しく微笑む。礼を言われるのはあまり経験がない。だからこうして笑顔で礼を言われると思わず戸惑ってしまう。

 

「いえいえ……それじゃ僕はこれで……」

 

 でも何か返事を返さなくては。そう思い、ありったけの語彙力(ごいりょく)を総動員した。そうして返した僕の返事がこれだった。まったくひねりのない返事で少し恥ずかしかった。僕はペコリと一度頭を下げ、そそくさとその場を後にしてきた。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 お婆さんと別れ、僕は再び町を歩き出す。

 

 うーん。冷静になって考えてみると「どういたしまして」とか「おやすいご用です」とか返す言葉はいくつかあるよな。どうも僕は慌てると言葉が出てこないな……どうしたら雄二みたいにスッと言葉が出てくるようになるんだろう。

 

 そんなことを呟きながら僕は町を歩く。手には先程受け取った赤い玉が握られている。

 

 ……リンゴか。お弁当のデザートにするかな。そういえばお腹が空いてきたな。そろそろお昼か。ちょうど目の前に公園があるようだ。ここでルミナさんの用意してくれたお弁当を食べるとしよう。

 

 僕は公園中に入り、ベンチに腰かける。公園には遊具などの子供が遊ぶための施設は何一つ無かった。あるのは周囲に植えられた木々や、その前に備えつけられたベンチ。中央には噴水があり、小さく水を吹き上げていた。その周りでは2人の男の子がボールを蹴って楽しそうに遊んでいる。

 

 ふ~ん……この世界にもサッカーがあるんだな。そんなことを考えながら僕は弁当を広げる。包みを開くと4つに切られたサンドイッチが出てきた。これは美味しそうだ。

 

「はむっ……もぐもぐ……」

 

 レタスのパリパリした歯応えとハムの塩味、それに胡椒の少しピリッとした味が美味しい。さすがルミナさんだ。

 

「はむっ……もぐもぐ……?」

 

 美味しいサンドイッチを頬張っていると、サッカーをしていた子供たちがこちらに寄ってきた。何だろう。まさかこのサンドイッチを狙って!? ダメだっ! これは僕の昼ご飯なんだから!

 

「兄ちゃん珍しい格好してんな。旅のモンか? どっから来たんだ?」

「へ?」

 

 食べ物を要求されるのではと警戒していたら、違う質問を受けた。というか、また格好のことを言われてしまった。そんなに変かな、この文月学園の制服。確かに黒いジャケット風の服を着ている人は今まで見てないけどさ……。

 

「えっとね、僕は異世界から来たんだ。あっちの世界じゃこういう格好が普通なんだよ」

「イセカイ?」

「そうだよ。こことは違う次元の世界のことさ」

 

 相手は子供だし、変に怪しまれることも無いだろう。そう思って僕はありのままを伝えてみた。すると男の子は、

 

「ふ~ん。よくわかんねぇや。アハハッ!」

 

 と、白い歯を見せて笑った。まぁ分かんないよね……。子供たちに分からなくたって仕方ないさ。こんな話、大人だって分からないだろうし。なんてことを考えていたら、もう1人の男の子が重大な証言をした。

 

「あ! おれ、この格好見たことあるぜ」

 

 この格好を見た事がある? おかしいな。僕はこの子とは初対面なんだけど……。ひょっとしてラドンの町で見られたのかな?

 

「君もラドンの町から来たんだね? お兄ちゃんもラドンから来たんだよ」

「ううん違うよ。おれはミロードだよ。ラドンは行ったことないな~」

「えっ……?」

 

 ラドンじゃない町でこの服を見た? 僕はラドン以外の町に行ったことなんて無い。だってこのハーミルがこの世界で2つ目の町なんだから。

 

 ということは……? まさか!!

 

「君! それをいつどこで見たんだ!」

 

 この世界に来ているのが自分だけではない!? まさか美波が――それか他の誰かがこの世界に来ているのか!?

 

「どこなんだ! 教えてくれ!! 早く!!」

 

 僕は男の子の両肩を鷲掴みにして夢中で揺らす。

 

「い、痛いよ、兄ちゃん」

「あ……ご、ごめん!」

 

 すっかり動揺して力を入れ過ぎてしまった。子供にこんな脅迫じみた聞き方をしちゃダメだよね……。

 

「ごめんね。君が見たのはもしかしたらお兄ちゃんの大事な友達かもしれないんだ。だから教えてくれるかい?」

 

 今度は優しく、しゃがんで目線を合わせながら男の子に尋ねる。すると男の子は機嫌を直してその場所を教えてくれた。

 

「んと、確か4日前くらいだったかな。サントリア……じゃないや。ミロードだったと思うよ」

「ミロード……?」

「うん。兄ちゃんと同じくらいの背丈だったよ」

「どんな髪型をしてた? 長かったり、リボンで髪を結わえたりしてなかった?」

「う~ん、よく覚えてないや」

「そっか……」

 

 身長からして少なくとも雄二では無いだろう。でも身長以外のことは何も分からない。この世界に来ているのは僕だけじゃないのか? いや待てよ? もしかして似たような格好をしたまったく無関係の人ってことは無いのか?

 

「ねぇ君、君が見たのは本当にこの格好だった?」

「うん。そうだよ。だってこの変な矢印みたいなマーク付けてたし」

 

 男の子はそう言って僕の左胸を指差す。その指先にあるのは文月学園の校章。間違い無い。文月学園の誰かがこの世界に来ているんだ。

 

 美波かもしれない。だとしたら助けに行かなくちゃ! いや、それが例え美波じゃなかったとしても行かなくちゃ! とにかくミロードに行こう! 行けばきっと他にも目撃者がいるはずだ!

 

 僕は残りのサンドイッチを一気に頬張り、立ち上がる。

 

「あふぃふぁふぉう!」

「アハハッ! 兄ちゃん、何言ってるか分かんないよ。口の中のもの飲み込んでから言ってくれよ」

 

 もぐもぐもぐ……ゴクン。

 

「ありがとう君たち! すっごく貴重な情報だよ!」

「そうなの? えへへ……」

「これはお礼だよ! 2人で分けて食べてね!」

 

 僕は先程貰ったリンゴを男の子にポンと手渡し、駅馬車乗り場に向かって走り出す。

 

 

 ―――― 仲間が来ている ――――

 

 

 そう思ったら、不思議と心が踊った。

 

 なんとしても元の世界に帰ると決心した。でも本当に帰る方法なんてあるのだろうか。ほぼ手がかりのないこの状況で、その方法を一人で探し出すなんて本当にできるのだろうか。不安は大きかった。けれど皆がいれば――仲間がいればきっとなんとかなる。そう思うと不安が吹き飛び、大きな希望が湧いてきた。

 

 僕は無我夢中で走った。目指すはミロード。仲間の元へ!

 

 そしてハーミルの町中を疾走すること約10分。駅馬車乗り場に戻ると、客車には既に2頭の馬が繋がれ、準備万端状態であった。僕は御者のおじさんに紙幣を突き出し、サッと客車に乗り込む。

 

 さぁ早く出してくれ! 仲間の元へと急ぐんだ!

 




次回、序盤最初の山を迎えます。

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