バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第三十二話 影

 翌朝。

 

 どこかの子供がわんわんと泣いている。騒々しくて眠れない。一体どこの子供だ? 俺はベッドから身を起こし、泣き声の方角を確かめた。

 

「……子供が泣いてる」

 

 翔子も目を覚ましたようだ。俺たちは一緒になって耳を澄ます。……近い。というかこの家の中だ。

 

「……雄二」

「あぁ。行くぞ!」

 

 ただならぬ雰囲気を感じ、俺たちは飛び起きてリビングに向かった。するとそこではルーファスが床に座り込み、大声で泣いていた。

 

「どうした! 何があった!」

 

 俺は慌てて駆け寄り、ルーファスの肩を掴んで揺らす。だがルーファスはただ泣き叫ぶだけで答えてはくれなかった。顔をしわくちゃにしながら泣きじゃくり、繰り返し父と母を呼び叫ぶ男の子。答えは得られなかったが、状況から何があったのかは察しがついた。

 

 父と母を呼び(むせ)び泣く子供。それは迷子だ。だがここは家の中であり、迷子などありえない。ならば理由はひとつ。

 

 嫌な予感がした。この予感が外れてほしいと願いつつ、俺は家中を走り回った。

 

 ――トーラスの姿を捜して。

 

 だが予感は的中してしまった。トーラスの姿がどこにもないのだ。寝室やトイレ、風呂場に至るまで隈無(くまな)く捜してもどこにもいない。彼の仕事は坑夫だ。もしや仕事に行ったのでは? と思ったが、昨晩一緒に食事をした時に今日の仕事は午後からだと言っていた。仕事はありえない。ならば買い物にでも出かけたのでは……と思った瞬間、俺は昨夜の出来事を思い出した。

 

「まさか……」

「……雄二?」

「いや、そんなバカな……しかしあの人影は……」

 

 昨夜、廊下で見たあの人影。今思えば体格がトーラスによく似ていた。もしやあれはトーラス本人だったのか? なぜあんな時間に外を? まさかリンナを捜しに行ったのか? いや、だとしても息子1人を置いて行くだろうか? まさか……まさか今度はトーラスまでもが行方を眩ませたというのか? これも俺たちが関ったせいだというのか……?

 

 泣きやまぬルーファス。それを懸命に(なだ)める翔子。子供の泣き声に俺の思考は乱され、考えがまとまらない。どうする……考えろ……! こんな時どうしたらいい……! 何もできず立ち尽くし、俺は握り拳にぐっと力を込める。

 

 ――ドンドンドン!

 

『トーラス! どうしたんだ! 何かあったのか!』

『ここを開けてくれ! トーラス! 聞こえないのか! トーラス!』

 

 その時、玄関の扉が乱暴に叩かれ。外から男の声が聞こえてきた。付近の住民だろうか。ルーファスの泣き声を聞いて駆け付けたのだろう。まずいぞこの状況。俺も翔子もこの町の住民に面識は無い。こんな状況を見られたら、俺たちが強盗に入ったように思われてもおかしくない。

 

 だがどうする? 家の出入り口は目の前の扉ひとつだけ。扉の外からは数人の声が聞こえてくる。ここから脱出するのは不可能だ。奥の部屋の窓から脱出しようと思えばできなくもないが、今は翔子がルーファスに付いて離れない。だからと言って翔子を引き剥がすわけにもいかないし、置いて行くこともできない。

 

「あぁくそっ! 俺にどうしろってんだ! 八方塞がりじゃねぇか!」

 

 焦りが俺の思考を乱し、イラつかせる。

 

『『どォりゃァァーッ!!』』

 

 ――バガァン!!

 

 そうして葛藤しているうちに扉がブチ破られ、5人の男たちが家の中になだれ込んできた。

 

「どうしたルー坊!!」

「な、なんだお前らは!?」

「さては貴様ら人さらいだな!? 今度はルー坊をさらおうってのか!」

「そうか! リンナちゃんをさらったのはこいつらか!」

「皆! こいつらをふん(じば)れ!!」

「「「おぅっ!!」」」

 

 入ってきた男どもは皆トーラスのような逆三角形の体格をした大男ばかり。奴らは俺を見るなり、人さらいの犯人と決めつける。疑われるのは仕方のないことだが、話を聞こうともしない態度にはさすがに頭に来た。

 

「上等だコラァ!! かかって来いやァ!!」

 

 俺は完全に頭に血が上っていた。腰を低く身構え、両拳にぐっと力を込めて迎え撃つ体勢を取る。さぁどこからでもかかって来やがれ!

 

「開き直ってんじゃねぇぞてめぇ!!」

 

 大男5人が一斉に襲いかかってくる。多勢に無勢? 体格差がありすぎて不利? 違うな。喧嘩の強さってのはな、人数や腕っぷしじゃねぇんだ。

 

 教えてやるぜ。本物の喧嘩の立ち回りってやつをな!!

 

 

 

 

          ☆

 

 

 

 

「いやぁ~すまなかった。そうならそうと早く言ってくれよ」

「ったく。言う間もなく襲いかかってきたのはアンタらだろうが」

「まったくもって面目ない。ルー坊の大ピンチだと思ったもんでなぁ」

「本物の人さらいならアンタらが扉をガンガン叩いてる時点で逃げてるだろ。普通」

「それもそうだな。ハッハッハッ!」

「笑いごとじゃねぇよ……」

 

 今、俺はリビングの真ん中で大男5人と共に円陣を組み、話し合っている。結局、俺たちは喧嘩には至らなかった。飛びかかってくる男どもの前にルーファスが飛び出し、俺たちを止めたのだ。泣きじゃくる子供に止められたのでは大男たちも止まらざるを得ない。そんなルーファスの勇気ある行動を見て、俺の沸騰した頭も急に冷めてきた。おかげで俺たちはこうして腹を割って話し合うことができるようになったのだ。

 

 しかし人さらいの疑いは晴れたが、トーラスが姿を消したことには変わりない。この5人の男たちもトーラスの行方に心当たりは無いそうだ。リンナを捜しにいったのなら帰ってくる可能性は高いが、どうにも嫌な予感がしやがる。この件、俺たちはもう関わるべきではないのかもしれない。

 

「翔子、帰るぞ」

「……どこに?」

「決まってんだろ。サンジェスタにだ」

「……この子を1人にしておけない」

「そうかもしれんが……けど連れて行くわけにもいかねぇだろ」

「……私はここに残りたい」

 

 ソファに並んで座るルーファスの頭を撫でながら翔子が言う。気持ちは分からんでもないが、受け入れるわけにはいかない。

 

「トーラスはいつ帰ってくるか分からねぇんだ。いつまでもここに留まっているわけにはいかねぇだろ。明久や姫路だって戻ってくるんだ」

「……でも放っておけない」

 

 翔子はいつものポーカーフェイスで俺を見つめる。その黒い瞳には確かな光が宿っていて、あいつの強い意思が込められているように思えた。確かに4歳の子供1人を残して去るのは心苦しい。しかしこれ以上関われば、今度はルーファスに被害が及ぶかもしれない。それだけはなんとしても避けたい。

 

「嬢ちゃん、その兄ちゃんの言うとおりだぜ。あんたたちはすぐにこの町を離れた方がいい」

「そうだぜ。これ以上この町にいたらまた疑われちまう。さっさと出た方がいいぜ」

「……でも……」

「心配すんなって。ルー坊は俺たちに任せてくれ。トーラスが帰るまで絶対に守ってやっからよ」

 

 大柄な彼らからこういった台詞が聞けると、ヤケに頼もしく聞こえる。ルーファスのことを「ルー坊」と呼んでいるということは親しい仲なのだろう。これなら任せられそうだ。

 

「翔子。その子は彼らに任せよう。いいな?」

「……」

「このおじさんたちを信じられないか?」

「……ううん」

「じゃあいいな?」

「……うん」

「決まりだな。聞いての通りです。ルーファスを頼みます」

「おう!」

「任せておけ!」

 

 彼らの威勢の良い返事は安心感を与えてくれる。ひとまずサンジェスタに戻って考え直すとしよう。

 

「お姉ちゃん、行っちゃうの?」

 

 ルーファスは目に涙を浮かべながら不安げな顔を見せる。すっかり翔子に懐いてしまったようだ。

 

「……大丈夫。お父さんがすぐに帰ってくるから」

「ホント?」

「……うん。だからいい子で待ってて」

「うん! わかった!」

 

 こうして俺たちはトーラスの家を後にし、メランダ行きの馬車に乗り込んで町を出た。これ以上関ることの無いように。

 

 

 

          ☆

 

 

 

「「……」」

 

 バルハトールからメランダへと向かう馬車の中、俺と翔子は何も言葉を発することなく、ただ押し黙って座席に着いていた。来る時は酷い揺れにすっかり乗り物酔いをしてしまった俺だが、この時は馬車の揺れなど気にも止めていなかった。

 

 ……俺のしてきたことは間違っていたのだろうか。腕輪を探すという行為がこの世界に影響を与え、この事件を引き起こしてしまったのだろうか。あの子供に悲しい思いをさせてしまったのは俺なのだろうか。答えの出ない疑問が頭の中を何度もぐるぐると駆け巡り、俺をイラつかせる。

 

 気になるのはバルハトールに至るまでの経緯だ。オルタロード、メランダでの手掛かり発見。そして辿り着いたバルハトールでの疾走事件。今思うと、どうにも腑に落ちない。追えば追うほど腕輪が遠ざかって行くのだ。まるで俺たちの行動をあざ笑うかのように。

 

 ―― 悪意 ――

 

 確証はない。だが俺はこれまでの経緯すべてに何者かの悪意を感じている。俺たちの行動自体、何者かにコントロールされているような気がしてならないのだ。一体誰が? 何の目的で? やはりババァ長の仕業か?

 

 確かに俺たちは今まで何度も研究のモルモットにされてきた。だがババァの目的は常に実験データを取ることだった。それを考えると、今回の件についてはどうもそんな感じがしない。ただ俺たちが右往左往するのを楽しんでいるように思えるのだ。

 

「……雄二。見て」

 

 腕組みをして考え込んでいると、翔子が覗き窓から外を見ながら俺の肩を叩いてきた。

 

「何だよ。今考え事してんだから邪魔すんなよ」

「……いいから見て」

「ったく、何だってんだよ」

 

 面倒だったが、俺は覗き窓から外に目をやり、翔子の指差す先に注目してみた。すると流れていく景色の遠くに、ひとつの建物が見えた。見たところ城のような造りの古い建物のようだ。

【挿絵表示】

 

 

「城か? あの城がどうかしたのか?」

「……怪しいと思う」

「はァ? 何がだ?」

「……この世界で暮らすには魔障壁が必要」

「まぁ、そうだな」

「……魔障壁は町の真ん中に立てられている塔が発するもの」

「そうだな。けどこの馬車にだってあるぜ?」

「……でも建物がひとつだけ外にあるのはおかしい」

 

 それも一理あるな。

 

「ん? 翔子、まさかお前……」

「……行方不明事件」

「あそこに行方不明になった人がいるってのか?」

 

 翔子は真剣な目をしながらコクリと頷く。まさかそんな……いや、可能性は否定できないが……。

 

「……」

 

 俺は流れる景色の中の城をじっと見つめる。城は森の中に建てられており、周囲に道は整備されていない。当然この馬車もあの城に寄ることはない。

 

 よく見ると2階のいくつかの窓には明かりが灯っているようだ。ふむ……町はずれの山の中に建つ城のような建物か。道楽好きな貴族でも住んでいるのか? それにしては怪しげな――どこか危険な雰囲気をかもし出している。

 

「……雄二?」

「ちょっと待て。今考えてンだ」

 

 仮に俺たちの行動がこの行方不明事件を引き起こしてしまっているのだとしたら、俺たちの手で解決してやるのが筋だろう。だが行動すれば更にややこしい事態を招いてしまう危険性もある。それに何者かが俺たちを誘い込もうとしている可能性だって無いとは言い切れない。どうする……。

 

 こうして悩んでいるうちにも馬車は走る。既にあの城は見えなくなり、周囲は緑の森だらけだ。

 

「御者のおっちゃん、すまないがちょっと止めてくれないか」

 

 俺は決断した。あのルーファスという男の子の泣き叫ぶ姿が脳裏に浮かんだ時だった。

 

『ハィ? 今なんと言いましたかい?』

「止めてくれと言ったんだ」

『落とし物でもしやしたか? 揺れる道で申し訳ないっすねぇ』

「いや、そうじゃない。俺はここで降りる」

『はぁ?? バカ言っちゃいけないよ。こんな所で降ろせるわけないじゃないか』

「いいから降ろせっつってんだよ!」

『そ、そんなことできやせんよ! あっしはお客さん全員の命を預かってるんですぜ!』

「うるせぇ! 四の五の言ってっとそこらへんブチ壊して出て行くぞ!」

『わーっ! や、やめてくだせぇ! 分かりやしたよ! 止まればいいんでしょ! 止まれば!』

「最初からそうしてくれればいい」

『まったく……強引な人でやんすね。どうなっても知りやせんよ?』

「ああ、俺のことは気にしなくていい」

「……雄二?」

「翔子、お前はこのままサンジェスタに戻れ。戻って皆の帰りを待て」

「……私も一緒に行く」

「ダメだ! 今回ばかりは俺の言うことを聞いてもらうぞ!」

 

 俺は思わず声を荒げる。それはあの城に危険を感じていたからだ。

 

「……どうしても?」

「どうしてもだ」

「……そう」

 

 翔子は俺の言葉に従ってくれた。こんな時いつもは言うことを聞かないが、今日は聞いてくれて助かった。

 

「すまねぇな」

「……ううん」

 

 話しているうちに馬車は速度を徐々に落とし、やがて道の真ん中で停車した。そして俺は乗客の婆さん2人と翔子の視線を背後に受けながら馬車を降りた。

 

「本当にいいんですかい? ここらへんは昼間でも魔獣が出て危険ですぜ?」

 

 道に降り立つと御者のおっちゃんが心配そうな目をして尋ねてきた。危険か。そうだな。確かに危険だ。けど――

 

「心配は無用だ。戦う力ならあるぜ」

 

 まだこの力を振るったことは無いけどな。

 

「――試獣装着(サモン)!」

 

 俺は召喚獣を()び出し、装着して見せた。真っ白な特攻服。両手には鋼鉄製のメリケンサック。我ながらなかなか暴れやすい格好だ。

 

「っ――そ、そうかい。じゃあ気を付けてな……」

 

 俺の変身を見たおっちゃんは目を丸くして驚いていた。驚くのも無理はない。俺だって最初にやってみた時は驚いたさ。

 

「乗客のことは頼んだぜ」

「へい」

 

 おっちゃんがピシッと手綱を振るうと、馬車は馬の(いなな)きと共に走り出す。そして馬車はあっと言う間に走り去り、すぐに点になって見えなくなった。

 

 こうして俺は1人、道の真ん中に取り残された。時刻は昼前。太陽も登り、森の中もある程度日の光が差していて明るい。これならあの城まで迷わず行けるだろう。

 

「さてと。行くとすっか」

 

 俺は城のある方を睨みつけ呟いた。すると――

 

「……うん。行こう雄二」

 

 突然そんな声が後ろから聞こえた。

 

「!? しょ、翔子ぉ!?」

 

 驚いて振り向くと、そこには鎧武者姿に身を変えた翔子が立っていた。

 

「なんでお前がここにいるんだ! 馬車を降りたのか!? サンジェスタに戻れと言っただろ!」

「……雄二のいる所が私のいるべき所」

「ふざけんな! そんなことで俺の命令を無視すんな!」

「……雄二は私がふざけてると思うの?」

 

 翔子がじっと、真っ直ぐに俺の目を見つめる。

 

「ぐ……」

 

 やめろ。そんな目で俺を見るな。俺はこの世界についてまだ理解していない。明久が襲われたように俺たちが襲われる可能性だって十分にある。もしそうなった時、俺は翔子を守りきる自信が無い。だからこそ今考えられる最善の策として翔子に戻るよう言ったのだ。

 

「……もう馬車は行ってしまった。だから私も一緒に行くしかない」

「お前なぁ……」

 

 やられた。翔子の性格を考えれば当然の行動だった。こいつが素直に俺の命令を聞くわけがなかった。今回は完全に俺の負けだ。

 

「チッ、仕方ねぇ。けど自分の身は自分で守れよ」

「……大丈夫。雄二は私が守る」

「ぬかせ。お前に守られるほど落ちぶれちゃいねぇよ。じゃあ行くぜ!」

「……うん」

 

 俺たちは森に入り、あの不審な城に向かって走り出した。

 


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