バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第三十一話 リンナの行方

 家の中は暖かかった。暖炉で焚かれている火による暖房のおかげだろう。他に部屋にあるのはソファやテーブル、それに食器棚。壁にはウォールランプが掛けられ、魔石灯の炎が室内をゆらゆらと照らしている。ごく一般的なリビングだが、落ち着いた感じの良い部屋だ。

 

「とーちゃん、この兄ちゃんたちだぁれ? お客さま?」

 

 室内を見渡していると、先程のおかっぱ頭の男の子が俺たちを見上げて尋ねてきた。まさに純真無垢と呼ぶに相応しい綺麗な目をしていた。

 

「そうだよ。父さんはこの人たちと少し話があるからお前は部屋で待っていなさい。すぐ終わるからね」

「はぁい」

 

 男の子はトーラスの言葉に従い、タタッと部屋を出て行く。素直で良い子じゃねぇか。

 

「とりあえず掛けてくれ。今暖かい飲み物を出す。酒は行けるか?」

「あ……いや。俺たちは酒はやらないんだ」

「そうか。酒以外だとミルクしかないが、いいか?」

「問題ない。むしろそれでお願いしたい」

「分かった。少しだけ待っててくれ」

 

 トーラスはそう言うと部屋を去って行った。

 

「とりあえず話ができそうだな」

「……うん」

「しかしあの様子だと行方不明ってのは本当のようだな。それも子供には隠しているようだ」

「……子供にお母さんが行方不明なんて言えない」

「まぁ、そうだろうな……」

 

 静かなリビングで俺たちはトーラスの戻りを待つ。ふむ……リビングに腕輪が飾ってあったりしないかと思ったが、ざっと見渡したところ無いな。ま、そんなに都合よく見つかるわけがないか。

 

 そうして室内を眺めていると、トーラスが2つのカップを手に戻ってきた。

 

「待たせたね。ちょっと熱いかもしれんから気を付けて飲んでくれ」

 

 そう言って彼はカップをテーブルに置いた。

 

「わざわざ申し訳ありません。いただきます」

「……いただきます」

 

 早速カップに口を付けてみると、確かに冷まさないと飲めないくらいの熱さだった。こんなに熱かったら子供ならヤケドしちまうぜ。

 

「そういえば腕輪がどうとか言ってたな。すると君たちは王宮の関係者なのか?」

 

 フゥフゥとカップに息を吹き掛けていると、トーラスがこんなことを言ってきた。この口ぶりからすると、腕輪が王家に関係するものと知っているのだろう。ならばここは王家の名を出して腕輪の返却を求めてみるか。

 

「直接の関係者ではありません。ですが国王陛下の許可を頂いて動いている者です」

「そうだったのか。それは大変失礼なことを……おっと。大変ご無礼いたしました」

「あー。俺たちは国王の許可を得ているが王宮の者ではないんだ。そんなに気を遣わないでほしい」

「そ、そうか。それは助かる。何せ俺はこんな(かしこ)まった言い方をしたことはほとんどなくてね。ハハハ……」

「俺も普通にしてくれた方が話しやすい。気にしないでくれ」

「そうか。すまない。で、腕輪のことだったな」

 

 もちろん腕輪は最大の目的だが、行方不明というリンナのことも気になる。まずはこちらを聞いてみることにしよう。

 

「その前に奥さんのことを聞いてもいいだろうか。なんでも行方不明だとか……」

「あぁ……そうなんだ」

「……おじさん、何があったのか教えてください」

「ハハハ……おじさんは勘弁してくれないかな。俺はこう見えてまだ20代だぜ?」

 

 マジか。身体はデカイし、生やした口髭と顎髭を見たらどう見ても30後半から40代のオッサンだ。人は見かけによらないもんだな。

 

「……あれはここに引っ越してきて3日目のことだった。俺は朝から仕事に出ていて――――」

 

 トーラスは語り始めた。

 

 その日、彼はいつものように仕事に出て、いつものように帰宅した。ところが家に帰るとなぜか息子が1人で留守番をしていたという。リンナは息子ルーファスを溺愛していて片時(かたとき)も傍を離れたことはない。ルーファス1人に留守番をさせることなど、あるはずがないのだと彼は言う。不思議に思ったトーラスは妻リンナのことをルーファスに尋ねた。するとルーファスは「買い物から帰った後にいなくなった」と答えたそうだ。

 

 トーラスは息子に詳しい状況を聞いた。その日、リンナは夕食の買い出しのため、ルーファスと2人で買い物に出たらしい。だが帰った直後からリンナが胸を押さえて苦しみ始めたという。

 

 そこでルーファスは母をソファに寝かせ、水を汲みに部屋を出たそうだ。しかし戻った時、そこに母リンナの姿は無かった。玄関の扉が開け放され、冷たい風が室内に流れ込んでいたのだという。

 

 息子の言うことが本当ならばリンナは家を出てどこかへ行ったとしか考えられない。実際、家中どこを探してもリンナの姿はなかった。しかしあのリンナがルーファス1人を置いて出かけたりするだろうか。4歳の子供が言うことだ。どこかに見間違いや勘違いがあるに違いない。きっと買い物途中に何かを落としたか忘れ物をして取りに行ったのだろう。トーラスはそう思い、妻の帰りを待った。

 

 ところが夜遅くになっても妻が帰らない。心配になった彼は町に捜しに出たが、近所の人も見ていないという。不安が募り、焦りが彼を必死にさせる。更に足を延ばして商店街で手当たり次第に尋ね歩いたが、それでも見つからない。そうして捜し回るうちに深夜になり、町の人も寝静まるような時間になってしまった。

 

 暗い夜道で途方に暮れるトーラス。妻のことは心配だが、これ以上4歳の息子を独りにするわけにはいかない。止むなくその日は家に戻り、妻の帰りを信じて待つことにしたそうだ。

 

 だが翌朝になってもリンナは帰らなかった。いても立ってもいられなくなったトーラスはその日は仕事を休み、息子を連れて妻を捜しに出たのだという。そして町の人に聞いて回ってみると、あの日の夜遅くにリンナの姿を見たという人がいた。その人が言うには「どこへ行くのか」と呼び掛けても彼女は返事をせず、何かに誘われるようにフラフラと東の方に歩いて行ったという。

 

 それ以外に目撃証言は無く、仕事をこれ以上休むわけにいかなかったトーラスはどうすることもできず、今に至るのだという。

 

「リンナ……一体どこに行っちまったんだよぉ……」

 

 トーラスはテーブルに両肘をついて頭を抱える。心の底から心配しているのだろう。大きな肩をブルブルと震わせ、涙を堪えているようだった。

 

「すまねぇ……弱音を吐いちまった」

「いや。気持ちはよく分かるぜ」

「……感謝する」

 

 しかし気持ちは分かるが、俺たちにはどうしようもない。サンジェスタほどの規模の町で行方不明ならば町中のどこかにいるのかもしれないが、この程度の規模の町で行方不明となると考えられる場所はただひとつ。町の外だ。しかも何日も帰らないということは……リンナはもう……。

 

「そうだ、腕輪だったな。君たちはあれを取り戻しに来たんだろう?」

「いや……まぁ……正直に言うとその通りなんだが……」

「すまない。腕輪はあの日も妻が身につけていたんだ。だからここには無いんだ」

「そうか……」

「本当にすまない。国王陛下にも謝罪に行かなければならないと思っている」

「いや、気にしないでくれ。もともとあれは王があんたの嫁さんに譲った物だ。大変な時に突然訪れてすまなかった」

 

 しかしこうなるともう絶望的だな……。諦めるしかないのか? ようやくここまで来たというのに……。

 

「「「……」」」

 

 慰めの言葉も見つからず、俺は両手を膝に置いてただ黙する。(いきどお)り。悲しみ。無力感。俺の胸の内にはこれらの感情が入り乱れている。だが俺には消沈するトーラスをただ見ていることしかできなかった。それは翔子も同じようだった。

 

「……とーちゃん?」

 

 重苦しい空気の中、突然そんな声が聞こえてきた。息子のルーファスが戻ってきたようだ。

 

「おぉ、ルーファスか。どうした?」

 

 暗く沈んだ表情を見せていたトーラスは息子の登場に笑顔を見せた。しかしそれはどう見ても取り繕ったような作り笑いであった。

 

「えっとね、ボクお腹すいちゃった」

「おぉそうか。すまんすまん。すぐにご飯を作るからな」

「……雄二。私たちは帰ろう」

「あぁ、そうだな」

 

 これ以上彼に聞けることはない。腕輪もここに無い以上、引き上げるしかないだろう。この後どうするかは明日考えることにしよう。

 

「トーラスさん、俺たちはこれで失礼させていただく」

 

 席を立つ俺たち。すると、

 

「こんな時間に帰るのか? 良かったらうちに泊まっていかないか?」

 

 トーラスがこんなことを言ってきた。確かに今から宿を探すというのも難しいかもしれない。しかし……。

 

「いいのか? 俺たちは王家の関係者だと嘘を言っているのかもしれないんだぜ?」

「お前さんは嘘なんか言わないさ。目を見れば分かる」

 

 ……俺はそんな純粋な目はしてねぇよ。

 

「それにその服」

「ん? 服? これがどうかしたか?」

「そのワッペンだよ。リンナの腕輪と同じマークが付いている。だから関係者だってのはすぐに分かったぜ」

 

 なるほど。やはり文月学園の制服は色々な所で役に立つな。

 

「どうする? 翔子」

「……私は雄二に従う」

「そうか。それじゃトーラスさん。一晩世話になります」

「あぁ、大したもてなしはできないが、ゆっくりしていってくれ」

 

 とりあえずここで一晩休んで、明日引き上げるとするか。

 

「……雄二」

「ん? どうした翔子」

「……ご飯、作ってあげたい」

「何? 晩飯?」

「……うん。お母さんの代わり」

 

 ふむ。そうだな。先程のミルクの温め具合から見ても、彼が料理が得意には見えない。きっと毎日の食事にも苦労しているだろう。

 

「よし翔子、俺たちでやるか」

「……うん!」

 

 翔子のやつ、嬉しそうだな。ま、こんなのも(たま)にはいいだろ。

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ君たち。客人にそんなことはさせられないよ」

「まぁ任しといてください。こう見えて俺たち料理はそこそこできるんだぜ」

「それは助かるが……いや、でも……」

「いいからいいから。あんたは息子さんの相手でもしてやってくれ」

「しかしだな……」

 

 ゴネるトーラス。意外に面倒な男だ。そんな会話をしている中、後ろでは翔子がルーファスに話し掛けている。

 

「……お父さんと遊んで待ってて。お姉ちゃんがご飯を作ってあげる」

「お姉ちゃんが? どんなご飯?」

「……今は内緒。いい子で待ってたら沢山作ってあげる」

「ホント!? じゃあボクいい子にする!」

 

 あいつは男の子の頭を撫でながら、こんなやりとりをしていた。翔子のやつ、結構子供の扱いが上手いじゃねぇか。

 

「とーちゃん、あそぼ、あそぼっ!」

 

 父の服を引っ張りながら嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねるルーファス。こういう光景は見ていて心が和む。

 

「分かった分かった。でもご飯ができるまでだからな?」

「うんっ!」

 

 トーラスは困ったような笑顔を見せ、息子を抱き上げる。その抱き方もどこかぎこちない。やはりこの男、不器用だ。

 

「すまないサカモト君。君たちの厚意に甘えさせてもらっていいだろうか」

「あぁ、もちろんだ」

 

 こうして俺たちはこの親子のために晩飯を作ることになった。一晩タダで泊めさせてもらうのだ。これくらいの礼は当然だろう。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 俺たちは保冷庫にあった食材で、でき()る限りの料理を作った。残っていた食材は残り物の焼いた牛肉と野菜が少々。あとはソーセージやハム類ばかりだった。翔子はもっと食材がほしいと言うが、もう夜も更けてきている。この時間では店などとっくに閉まっているだろう。そこで俺たちはこれら有り合わせの食材で野菜炒めを作ることにした。

 

 正直、あまり豪勢な食事とは言えなかった。パンとスープ、それにソーセージを使った野菜炒めは、ほぼ朝食メニューだ。それでもルーファスは「とーちゃんの料理よりおいしい」と、喜んで食べてくれた。こうして喜んでくれるってのは結構嬉しいもんだな。

 

 

 食事が終わり、俺たちは寝室を借りた。トーラスは息子と一緒に寝ると言い、子供部屋へ。俺たちはトーラス夫妻の部屋を借りることになった。ベッドは2つ。俺たちはそれぞれのベッドに入り、睡眠を取ることにした。

 

 

 ……

 

 ……

 

 ……

 

 

 寝つけなかった。リンナの行方不明事件がどうしても気になってしまい、考えていたからだ。

 

 事の発端(ほったん)はアレックス王が腕輪をリンナに譲ってしまったことだ。王がきちんと保管していれば俺たちがこんなに苦労することもなかっただろう。まぁ過ぎたことをとやかく言っても仕方が無い。それよりも気になるのはこの状況だ。

 

 最初は持ち主の名前すら分からない状態だった。それが次々に手掛かりが見つかって、このバルハトールにまで辿り着いた。こうして行方を追って目的の物を探すなど、ゲームで言うクエストそのものだ。クエストには必ずゴールが設定されている。もしこの世界が召喚システムとゲームの融合なのとだしたら、俺たちの目的も必ず達成の道筋があるはずだ。

 

 だがここに来て行き詰まってしまった。現実はそれほど甘くないということなのだろうか。それともまだ解決の糸口が残されているのだろうか。いや、むしろここまでの流れが都合が良すぎる気がする。これほど順調に手掛かりが見つかってきたことに何者かの意思を感じる。

 

 ここまで考えた時、俺は明久に言った言葉を思い出した。

 

 ―― この世界に関与したら何が起こるか分かんねぇんだぞ ――

 

 あの時、俺は明久にこう言った。だが今思えば俺たちが腕輪を探しているこの行為自体、この世界に関与していることになるのではないか? リンナはその影響で行方不明になったのではないのか? だとしたら、もうこれ以上この件を追うのは止めた方が良いのではないか?

 

 けど俺は……翔子を元の世界に返してやりたい。

 

 ……

 

 翔子はどう思っているのだろう。俺が挫折しかけた時もあいつは積極的に腕輪を追う行動を見せた。それを思えば元の世界に帰りたいと思っているのだろうが……。

 

「……翔子、起きてるか?」

「……うん」

「起きてたか」

「……うん」

「ひとつ聞きたいんだが、いいか?」

「……うん」

「お前、元の世界に帰りたいか?」

「……うん」

「そうか」

 

「「……」」

 

「やっぱり向こうの世界の方がいいか?」

「……ううん。別に」

「なんだと? じゃあどうして帰りたいんだ?」

「……雄二が帰りたがっているから」

「はァ? 俺が?」

「……うん。雄二が帰りたいなら私も帰りたい」

「ちょ、ちょっと待て。俺はお前が元の世界に帰りたいだろうと思ったから、こうして帰る手段を探してるんだぞ?」

「……そうなの?」

「じゃあ何か? お前は元の世界に帰れなくてもいいってのか?」

「……私がいるべき所は雄二がいる所。雄二がいるのならそれがどんな世界でも私は構わない」

「そ、そうか……」

 

 翔子のやつ、そんな風に思っていたのか。ハハッ、こいつは傑作だ。俺は勝手に翔子が帰りたいだろうと思っていて、翔子はそんな俺を手伝っていたってわけだ。何やってんだろうな。俺たち。

 

 ……

 

 どうすりゃいいんだろうな。俺たち……。明久や姫路に腕輪の獲得を命じた手前、元の世界に帰るのを諦めろとは言えない。かといって、これ以上関れば明久を襲ったという魔人のような存在を作りかねない。翔子も俺も元の世界に帰ることを望んでいるわけではない。ならば俺たちは諦めるべきなのかもしれないな。明久たちには悪いが……。

 

 ん。なんだか尿意をもよおしてきたな。

 

「……雄二? どこへ行くの」

「ちょっとトイレだ」

「……リンナさんに会いに――」

「ンなわけあるかっ!」

 

 ったく、まだ俺を疑ってるのか? そもそも行方不明の相手にどうやって会うってんだ。常識で考えてほしいぜ。

 

「ま、行ってくるわ」

 

 俺は寝室を出て廊下を歩き、トイレへと向かった。

 

 

 

 ―― しばらくおまちください ――

 

 

 

 出すものを出した俺は再び廊下を歩き、寝室へと急いだ。うぅっ……夜は息まで凍りつきそうなくらい寒いな……ジャケットを羽織ってくればよかったぜ……。

 

 ……ん? なんだ? 人影?

 

 ふと廊下の窓に目をやると、誰かが外の道を歩いていた。こんな夜更けに通行人だと? この世界の人間にしちゃ珍しいな。ま、俺たちの世界じゃ夜中だろうと人が通ることなんざ珍しくないがな。う~寒っ……さっさと部屋に戻って寝るとするか。

 

 この時、俺はまだ分かっていなかった。これがどのような事態に発展するのかを。

 


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