バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第二十九話 手掛かり発見!

 翌朝。

 

「っ……!」

 

 ホテルを出た俺は思わず息を止めた。外の空気を吸った瞬間、氷のように冷たい空気が一気に肺に流れ込んできたのだ。まるで冷凍庫に頭を突っ込んでいるかのようだった。

 

「うぅっ……や、やっぱ寒いなこの世界は……」

「……標高が高いから寒い」

「そ、そうか。そうだったな」

 

 ここは山岳地帯の町メランダ。オルタロードから5時間かけて山道を登った所にある町だ。正確な高さは分からんが、感覚的には2000メートル級の山の上にあるように思う。いわゆる高山(こうざん)の町というやつだ。ルルセアやサンジェスタの朝も冷蔵庫のように寒かったが、ここはもはや冷凍庫の中だ。

 

「……大丈夫?」

「これくらいどうってことねぇよ」

「……でも震えてる」

「き、気のせいだろ」

 

 と強がってみせたものの、やはり寒い。じっとしていると歯がガチガチと鳴ってしまいそうだ。この気温じゃトレンチコートでは薄すぎる。買う時にダウンコートにすりゃ良かったな。けどあの時は金に余裕は無かったからな。

 

 って……。

 

「お、おい、翔子?」

「……こうすれば寒くない」

 

 翔子のやつはそう言いながら俺の左腕を両腕で包み込むように抱き締めている。……(ぬく)い。体の緊張が解け、次第に寒さが和らいでいく。しかし……。

 

「や、やめろよ翔子。()ずいだろ……」

「……私は平気」

「俺が()ずいんだよ!」

「……どうして」

「どうしてってお前……目立つというか周りに誤解を与えるというか……っておい、引っ張んなって! お前人の話を全然聞いてないだろ!」

「……聞き込みを始める」

「こ、この体勢でか!?」

「……もちろん」

「もちろんじゃねぇよ!」

「……嫌?」

「うっ……」

 

 な、なんだ? 翔子がいつもと違う。今までこういう時は俺の話を無視して突っ走るかアイアンクローだった。なのに今日に限って涙目なんかを見せやがる。一体どうしたってんだ? なんかやりにくいぜ……。

 

「し、しゃーねぇな。…………少しだけだぞ」

「……うん」

 

 嬉しそうに顔をほころばせながら、ぴったりと身を寄せる翔子。俺はそんな翔子の表情を見て、体の芯がジンと熱くなるような感覚を覚えた。こいつ、たまにこんな顔をするんだよな……。

 

「まだ開いてる店が少ないな。通行人にも当たってみるぞ」

「……うん。雄二に従う」

「お、おう」

 

 なんか調子狂うぜ。けど……こういうのも悪くねぇかもしれねぇな。俺も年貢の納め時か?

 

 ……

 

 いやいや待て待て! そんなはずはない! こんなことで俺の未来が決まってたまるか! そうだ、これは吊り橋効果ってやつだ。そうに決まってる! 逆境に立たされて弱気になっているだけに違いない!

 

「……雄二? どうかした?」

「い、いや。なんでもない」

「……変な雄二」

 

 変なのはお前だ翔子。その純真無垢な笑みは何なのだ……。

 

「……雄二。この町、何か変」

「ん? 何が変だ?」

「……見て。お年寄りばかり」

「年寄り?」

 

 冷静になってよく見ると、確かに町中は腰の曲がった年寄りばかりが歩いている。

 

「そうだな。けどそれのどこがおかしいんだ? 年寄りってのは朝が早いもんじゃないのか?」

「……他の町はそんなことなかった。それに開いてないお店が多い」

 

 翔子のやつ、本当に良く見てやがるな。なるほど。言われてみれば多少違和感を覚える。ここは港町ラミールと山岳奥地のバルハトールへの言わば中継点のはず。普通に考えれば各町への行き来で賑わっていてもおかしくない。しかしこの(さび)れようはどうだ? 通行人も(まば)らで、太陽は結構な高さまで昇っているにもかかわらず開けていない店も多い。

 

「もともとこういう町なんじゃねぇのか? 山の中で交通の便もあまり良くねぇしな」

「……そうだと良いのだけど」

 

 この時、翔子は町の雰囲気に何かを感じ取っているようだった。だが俺にとってそんなことはどうでもよかった。一刻も早く赤い髪の女を見つけて腕輪を取り返したかったのだ。

 

「そんなことよりそろそろ飲食店も開け始める頃だ。聞き込みを再開するぞ」

「……うん」

 

 俺たちは開店準備をする店に手当たり次第に入り、(くだん)の女についての情報を求めた。一軒入っては腕輪の絵を見せて尋ね、知らないと言われる。また一軒入っては尋ね、見たことがないと言われる。こんな具合にひたすら地道な努力を重ねていった。

 

 ――そして1時間が経過。

 

 未だ何の情報も得ていない。この頃になると、さすがに俺もこの町の状況がおかしいと感じ始めていた。今まで入った店で俺たちを出迎えたのがすべて老人だったのだ。子供どころか4、50代の大人もいない。まるで老人だけの町のようだ。

 

 少しだけ興味を引かれた俺は、次の店でこのことについて店主に尋ねてみた。すると杖を手にした店主の爺さんはこう答えた。

 

「それが最近、若いモンが忽然(こつぜん)と姿を消す事件が10件ほど相次いでねぇ……それで皆は気味悪がって町を出て行ってしまったのじゃよ。残ったのは我々老人ばかりじゃ」

「……皆どこへ行ったの?」

「町を出ていった人かい? そうさのう……ラミールという話もちょくちょく聞いたが、やはりサンジェスタに行った者が多いかのぅ。まぁ、皆もう戻ってくるつもりは無いじゃろう」

「……そうですか……」

 

 翔子は悲しそうに表情を曇らせる。町がこうして過疎化し、寂れて行くのは悲しいことだ。だが俺たちが悲しんだところで何かできるわけでもない。とりあえず老人ばかりである理由は分かった。これ以上の余計な詮索は不要だ。

 

「爺さん邪魔したな。翔子、次に行くぞ」

 

 しかしルルセアで聞いた墓荒らしといい今回の失踪事件といい、この国は何かと物騒だな。妙な事件に巻き込まれる前にさっさと元の世界に帰りたいぜ。それには一刻も早く赤い髪の女を捜さないとな。

 

「次は向かいのあの店だ。行くぞ翔子」

「……うん」

 

 俺たちは聞き込みを再開した。だがこの通りはもう粗方聞いて回った。次はもう1周外側の道だ。

 

 先にも述べた通り、この町の道路はリング状の環状道路。泊まったホテルは町の中心付近にあり、俺たちはそこから外周に向かって攻めている。当然ながら内周の道は短く、外周に行くほど道は長くなる。次第に長くなる道程にいい加減うんざりしながら、俺は翔子と共に店を巡り歩いた。

 

 

 ――そして聞き込みを始めて2時間ほどが経過した。

 

 

「あぁ、そりゃきっと向かいの店で働いてたリンナちゃんだねぇ」

 

 ある飲食店にて、店長を名乗る白髪の婆さんがこう答えた。俺たちはついに赤毛の女の情報に辿り着いたのだ。

 

「本当か! 間違いなくこの腕輪をしていたのか!?」

「あぁ間違いないよ。この飾り気のない無骨な感じに見覚えがあるからね」

「マジか!!」

 

 よっしゃ! ついに見つけたぜ! これで面倒な人捜しも終わりだ!

 

「似合わないからやめとけって言っても王様から貰った物だって言って聞かなくてねぇ」

「ん? ちょ、ちょっと待ってくれ婆さん、今なんと言った?」

「うん? なんだい、若いのに耳が遠いのかい?」

「いやそうじゃねぇよ! 王がどうとか言ってなかったか?」

「あぁ。王様から貰ったモンだから外せないって言ってたってことかい?」

「な、なんだと!?」

 

 おかしい。なぜ腕輪を与えた者が王だと知っている? アレックス王はお忍びで町を出たんじゃなかったのか? 公園で聞いた王の説明と食い違うではないか。

 

「婆さん教えてくれ。そのリンナって女は本当に王から貰ったと言っていたのか?」

「そうだよ? アレンって名乗ってたらしいから、アレックス陛下に間違いないね」

「何ィ!? なぜそれを知っている!」

「アンタこそ何言ってんのさ。陛下がアレンって名前で飲み歩いてることなんて誰でも知ってることじゃないか」

「……」

 

 俺は思わず言葉を失った。あのボンクラ王め。身分を隠してるどころか、正体バレバレじゃねぇか。

 

「リンナちゃんは美人だからねぇ。陛下の目に留まったんだろうね。アタシも20歳若ければ勝負できただろうに、残念だよ」

 

 そりゃ”50歳若ければ”の間違いだろ。どう見たってこの婆さんは70代だ。いや、そんなことはどうでもいい。

 

「で、そのリンナって人は今どこにいるんだ? 教えてくれ」

「それが1週間ほど前に店を辞めちまってねぇ。確かバルハトールに行くって言ってたよ」

「バルハトール? この西の奥地にある町か」

「あぁ。そこに旦那と一緒に移り住むって言ってたね」

 

 く……なんてことだ。ここまで来て入れ違いか。だが足取りは掴めた。こうなったらとことん追いかけてやるぜ!

 

「婆さん、リンナって人がバルハトールのどこに住んでるか知ってるか?」

「さぁねぇ。そこまでは聞いてないねぇ」

「そうか……じゃあ旦那の名は?」

「何て言ったかねぇ。坑夫をやってる……そうそう、確かトーラスだよ」

「坑夫のトーラスだな? よし分かった! 恩に着るぜ!」

「なんだかよく分からんけど頑張んなよ」

「おう! サンキューな婆さん! 行くぞ翔子!」

 

 俺は店を飛び出し、西に向かって走った。王が腕輪を見知らぬ女にくれてやったと言った時は目の前が真っ白になっちまった。それが2日目にしてもう足取りが掴めるとは正直思わなかったぜ。へへっ、ツイてるぜ! さっさと女を捕まえて腕輪を取り返してやる!

 

「……雄二……ちょっと……痛い」

「ん? 何か言ったか?」

「……そんなに引っ張ると……痛い」

 

 苦痛に震えるような声で言われ、ようやく気付いた。俺は翔子の手を引き、全力で走っていたのだ。翔子が俺の全力疾走についてこられないことにも気付かずに。

 

「す、すまねぇ翔子。大丈夫か?」

「……うん。平気」

 

 俺としたことが、すっかり興奮しちまった。少し冷静にならねぇとな。これじゃ翔子の身がもたねぇ。

 

「焦っちまって悪かったな。ここからはゆっくり歩こうぜ」

「……うん。でも嬉しい」

「あ? 何が嬉しいって?」

「……雄二が、手を握ってくれた」

 

 !

 

「い、いや、まぁその……なんだ……は、早くやるべきことを済ませちまいたかったからよ……」

 

 そういえばすっかり夢中になって気付かなかったが、俺は今、翔子と手を繋いで走っていたのか? な、なんて()ずいことを……。

 

「……私は吉井と美波が羨ましかった」

「な、なんだよ。なんでここで明久が出てくんだよ」

「……2人はお互いに想い合っていて、手を繋ぐのが当たり前になってる」

「島田が告白して明久が受け入れた。それだけのことだろ」

「……吉井と美波は信じ合ってる。でも私はまだ雄二に手を繋いでもらえない。私はまだ信じてもらえてない」

 

 翔子は寂しそうに目を潤わせ、いつになく強い口調で俺に訴える。いつも無表情で沈着冷静。何事にも動じないくせに、時折こうして感情を(おもて)に出す。何がトリガーになるのか、俺には未だよく分からない。ただ、たまに見せる翔子のこんな表情は俺の心を掻き乱す。

 

「べ、別に俺は……し、信じてねぇわけじゃ……ねぇよ……」

 

 なんだよ……そんなに手を繋ぎたかったってのか? そんならそうと言えばいいだろうが。つっても俺は明久のようなバカじゃねぇから、て、手を繋いで歩くなんて……。

 

 ……

 

「バカなこと言ってねぇでさっさと行くぞ」

「……?」

「なんだよ。手、繋ぎたいんじゃねぇのか?」

「……いいの?」

「まぁ、なんだ。……ば、馬車乗り場に行くまでだからな!」

 

 ここからバルハトール行きの乗り場までは恐らく残り約5、6分。幸いこの場に異端審問会や明久たちの目は無い。見られたとしても見知らぬ爺さんや婆さんだけ。それくらいは我慢できるだろう。

 

「……やっぱり雄二は素直じゃない」

「ほっとけ。いいから行くぞ」

「……うん」

 

 翔子は顔をほころばせ、差し出した俺の手をそっと握る。あいつの手は暖かかった。手の平に自分以外の温もりを感じる。こんなことは初めてだった。この時、俺はなんとなく理解した気がした。翔子の気持ち。そして明久の気持ちを。

 

 そうか、あのバカもこの温もりを知って変わったってわけか……。

 

 ……

 

 なるほど。悪くない気分だ。

 

 俺は少しだけ歩幅を小さくし、再びメランダの町を歩き出した。

 


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