バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第二十八話 北の町の攻防

 捜し始めてから20軒ほどの飲食店を回っただろうか。既に2時間が経過している。この間、ずっと歩きっぱなしだ。俺はこの程度どうってことないが、この頃になると翔子の表情に疲れが見え始めていた。

 

「翔子、少し休むか?」

「……ううん。平気」

 

 そう言う翔子は薄く口を開け、顔色も少し青白く見える。やせ我慢しやがって。どう見ても平気な顔じゃねぇだろが。

 

 よし、どこかで休憩するか。時計が無いから時刻は分からんが、太陽の位置からすると14時過ぎってところか。ふむ。なら休憩場所は決まりだ。

 

「あー。そういえば腹が減ったな」

「……お昼ご飯にする?」

「そうだな。そろそろ何か食っておくか。お前も腹減っただろ?」

「……うん」

 

 本音を言うとそれほど腹が減っているわけではなかった。だがこうでも言わないと翔子は休むと言わないだろう。そして予想通り翔子は反対しなかった。誘導は成功だ。

 

 せっかくの休憩だ。どうせなら座って食える店がいいだろう。そうでないと休めないからな。幸いなことにこの辺りは飲食店だらけでランチタイムの店がほとんどだ。食う所に困ることはない。

 

「ここにしようぜ」

「……うん」

 

 早速俺たちは適当な店に入り、休憩を取ることにした。メニューは肉系をメインにパスタなど数種類。一般的な洋食屋だ。

 

「俺はこのハンバーグで」

「……私も」

「かしこまりました」

 

 さすがに2時間歩き通しだと喉も乾く。ウェイターの男に注文をした後、俺は出されたコップの水を一気に飲み干してしまった。

 

 美味い。普通の水だが、こういった状況の時は命の水だ。前の席に座った翔子もほぼ飲み干したようだ。

 

「ウェイターさん、水をもう一杯くれないか」

「かしこまりました。少々お待ちください」

 

 俺は通りすがりの蝶ネクタイの男に声を掛け、水を要求。そして料理の到着を待つ間、翔子と他愛のない雑談で時間を潰すことにした。

 

 最初は本当にくだらない話に終始していた俺たち。いつしか話題は試召戦争の戦略談義に変わっていた。

 

 翔子はAクラスの代表だ。こいつはこいつなりに戦略を練ってきたようだ。だがやはり作戦の立案には秀吉の姉、木下優子や久保の存在が大きいようだ。なるほど。今後はこれを念頭に置いて作戦を立てるべきかもしれないな。

 

「兄ちゃん旅のモンかい? どこに行くんだい?」

 

 そうしてしばらく話をしていると、どこからか見知らぬ男が現れ、俺たちに話し掛けてきた。小柄でやせ形。頭には毛糸の帽子。見た感じ4、50代のオッサンだ。へらへらといやらしい笑みを浮かべ、背を丸くして手揉みをする仕草はどう見ても物売りだ。

 

 それにしてもこの文月学園の制服を見て旅の者と思うとは、どういう感性の持ち主なのだろう。一瞬そう思ったが、よく考えればこの世界にこうした服装をした者は見たことがない。恐らく彼には[変わった服を着た人=旅の者]と映るのだろう。まぁ退屈しのぎに少し相手をしてやるか。

 

「あぁ。ちょいとこの町と北の町に用があってな」

「北の町? メランダのことかい? あの町は坑夫の町だから観光するような場所は無いよ?」

 

 坑夫の町だと? そいつは初耳だ。だがどんな町だろうが関係のないことだ。俺たちは別に観光に行くわけじゃない。

 

「観光しに行くわけじゃねぇんだ。ちょいと人捜しでな」

「ほう、人捜しかい。そいつは大変だねぇ。親御さんでも捜してるのかい?」

「いや。赤の他人だ」

「フム……そうかい。長旅になりそうかい?」

 

 なぜ見知らぬ男にそんなことを話さなくてはならないのか。退屈しのぎにと思ったが面倒になってきたな。

 

「さっさと見つけて帰るつもりだ」

「そうかい。でも旅には何かと用要りだろう。何か必要な物はないかね?」

 

 やはりそう来たか。俺たちに近付いてきた理由なんざお見通しだ。

 

「悪いな。今は特に無いんだ。他を当たってくれないか」

 

 路銀も潤沢にあるわけじゃない。こんなところで無駄遣いするわけにはいかないからな。

 

「……雄二、この人にも聞いてみよう」

「ん? 聞く? あぁ、それもそうだな」

 

 確かにこの男が行商なら色々な町に出向いているだろう。ならば赤い髪の女の情報を持っている可能性もある。聞いてみても損は無いかもしれないな。

 

「なぁあんた、あんたはメランダやバルハトールには行ったことがあるのか?」

「あぁ、どっちも何度か商売で行ってるよ」

「そいつはちょうどいい。実はこういう腕輪を持った女を探してるんだが、見たことはないか?」

 

 俺は腕輪の絵を見せて尋ねてみた。

 

「う~ん……腕輪ねぇ……」

 

 行商は自らの顎をしゃくりながら絵を見つめる。

 

「歳は20歳くらいで長くて赤い髪をしている。もし知っていたら教えてくれないか」

 

 ここまで話すと男は歯を見せてニィッとほくそ笑んだ。そしてこんなことを言ってきやがった。

 

「そうだねぇ。何か買ってくれたら思い出すかもしれないねぇ」

 

 この野郎……何か知ってやがるな? 悪どい商売をしやがる。俺がいつも取るような作戦なだけにカンに触る。ブン殴って吐かせてやろうか。そう思っていると、翔子が男の話に乗ってしまった。

 

「……おじさん。商品を見せて」

「おっ? お嬢さん話が分かるねぇ。それじゃ早速」

 

 男は後ろに隠していた荷物を広げ、いくつかの商品をテーブルに置いた。商品は日用雑貨ばかりで、俺たちの旅に要りそうなものはほとんどなかった。だが何かを買わないと情報は出さないだろう。そこで俺は治療帯をひとつ購入。役に立ちそうな物がこれしかなかったからだ。少し割高だったが、翔子が話に乗ってしまった以上、仕方がない。

 

「へっへっ、まいどど~も。そういえば赤い髪の女のことなんですがね――」

 

 男は上機嫌で話し始めた。

 

 この男は見た目どおり行商で、主にこの国の北側を拠点に商売をしているらしい。そして2週間ほど前、メランダの町で露店を開いていた際に赤い髪の女を見たというのだ。それも向こうが客として現れたらしい。

 

 ビンゴか! と一瞬喜んだ。だがそれは本当に俺たちにの求める者なのだろうか。珍しいとはいえ、赤い髪の持ち主なら他にもいるのではないか? 俺たちの仲間にだって島田という赤い髪がいるのだから。かくいう俺の髪だって赤い。

 

 そこで俺は容姿について詳しく聞いてみた。すると男は腕を組ながら目を閉じ、しみじみと語り始めた。

 

 その女は見惚れるほど綺麗で真っ赤なストレートヘアだったそうだ。身体の線は細く、服装は極一般的なワンピース型のロングスカート。肩には赤いチェックのケープを羽織っていたらしい。あまりに美しい女なので軽く世間話をしてみると、彼女は酒場で働いていると答えたそうだ。

 

 そしてこれが決定的な情報だった。この女が腕輪をしていたというのだ。それも翔子の書いたこの絵のデザインそのもの。容姿に似合わないアクセサリだと思って記憶していたらしい。間違いない。アレックス王が腕輪を渡したという女だ。

 

「サンキューおっさん! まさに求めていた情報だぜ!」

「そうかい? なら礼ついでにもうひとつくらい何か買ってくれると嬉しいんだけどねぇ」

 

 まったく、商魂たくましいオッサンだよ。

 

「翔子、何か要りそうな物があれば買ってやってくれ」

「……私が選んでいいの?」

「あぁ。俺は特に必要な物は無いからな」

「兄ちゃん話が分かるねぇ。それじゃお嬢さんどれがいい?」

「……じゃあこれ」

 

 翔子は5センチほどの小さな木箱を手に取った。どうやらハンドクリームの類いのようだ。この程度ならコートのポケットにも入るし、邪魔にはならないだろう。

 

「へへっ、まいどど~も。それじゃお2人さん、良い旅を」

 

 満足げに引き上げて行く行商の男。どこへ行くのかと思い目で追っていると、今度は別の客にちょっかいを出し始めたようだ。まだ商売を続けるつもりか。根っからの商売人って感じだな。まぁそんなことはどうでもいい。余計な出費があったが、とにかくいい情報を得た。目的の女はメランダの町だ。

 

「こいつは思わぬ収穫だったな。飯を食ったら早速移動するぞ」

「……見惚れるほどの凄い美人」

「あぁ。そうらしいな」

「「……」」

 

 向かいの席に座る翔子。その全身からは黒いオーラが立ちのぼる。ヤバイ。店で暴れられたら飯どころじゃなくなっちまう。

 

「翔子、俺たちの最大の目標は何だ」

「……雄二の貞操を守る」

「そりゃお前の目標だろ! そうじゃなくて俺たち7人全員の目標だ」

「……元の世界に帰ること」

「そうだ。そのためには何としても白金の腕輪を見つけなきゃなんねぇ。だから赤い髪の女を捜し出す必要がある」

「……うん」

「絶世の美女だろうが何だろうが関係ねぇ。俺は腕輪を取り戻すために赤毛の女に会いに行く。それだけは分かってくれ」

 

 俺は真剣な眼差しを翔子に向ける。もちろん言い訳なんかじゃねぇ。本気で思っていることを言っただけだ。

 

「……雄二を信じる」

 

 翔子の全身を覆っていた黒いオーラが消えた。やれやれ。女の話をする度にこれじゃ身がもたないぜ。

 

「お待たせしました。ハンバーグランチになります」

 

 ちょうどそこへウェイターが料理を運んで来た。ウェイターの持つ皿の上でジュウジュウと音を立ててデミグラスソースを跳ねるハンバーグ。なかなか美味そうだ。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 

 ランチを終えた俺たちはここでの捜索を打ち切り、北の町メランダに向かって移動を開始した。移動手段はもちろん馬車。しかもここから山道になるらしく、所要時間は4、5時間だという。ウンザリするが他に手段が無い以上、耐えるしかない。

 

 早速馬車に乗り込み、俺たちはオルタロードを後にした。町を出ると道はすぐに山道となり、馬車は岩山の合間を縫うように走った。右左どちらを見ても灰色の山肌ばかり。植物も小さな雑草や岩に張り付く(こけ)の類いしか生えていない。

 

 こんな光景ばかりが続き、馬車は右へ左へとうねりながら進む。今まで乗ってきた馬車の中でも最悪の揺れだ。だがこの先の町に腕輪の女がいる。そう思い、辛抱に辛抱を重ねた。

 

 途中で休憩を挟みながら、馬車は山道をひた走る。上下左右に激しく揺れる客車。乗客は俺たちの他に体格の良い大柄な男が3人。このガタイから想像するに、恐らく肉体労働者だろう。たとえば坑夫のような。向かいの座席に座る彼らは3人とも腕組みをし、微動だにしない。車内に響くのはガラガラという車輪の音のみ。おかげでこちらも声を出しづらくなってしまい、俺も翔子も押し黙り到着を待っていた。

 

 

 ――そしてオルタロードを出て約5時間。

 

 

 馬車はようやく北部基点の町メランダに到着した。周囲を高い山で囲まれた町。山道を登ってきたので標高はそれなりに高いはずだが、周囲の山は更に高い。なるほど。これほどの山脈があったのではサンジェスタからの直通は無理だ。

 

「……体がふわふわする」

「こんだけ長時間揺られてりゃそうなるだろうな。少し休むか?」

「……ううん。私は平気」

「いい根性だ。そんじゃ始めるぞ」

 

 馬車を操っていた御者(ぎょしゃ)のオッサンの話によると、このメランダの町の繁華街は中央付近らしい。酒場も当然そこにあるだろう。俺たちは早速中央の繁華街に向かった。

 

 ざっと見渡したところ、この町も外周を高い塀でぐるりと囲っているようだ。恐らく他の町と同様に上空から見れば円を描くような構造をしているのだろう。それはもちろん中央の魔壁塔(まへきとう)から発せられる魔障壁で効率良く町を守るためだ。そして道路はこの構造に合わせて、リング状の環状線になっている。まるでバウムクーヘンのように、中央の塔から外側に向かって道が幾重にも連なっているのだ。

 

 馬車で到着したのは町の東の端。中央へは徒歩だがすぐに辿り着きそうだ。何しろこの町は小さい。サンジェスタが直径約10kmなのに対し、見たところこの町はその1/5程度しかない。徒歩で横断しても20分も掛からないと思われる。

 

「……人が少ない」

「あぁ。ちょうど俺もそれを思っていたところだ」

 

 俺たちは商店街ゲートをくぐり、繁華街に入った。……はずだった。だがほとんどの店は消灯され、営業している店は極僅か。人の姿もチラホラとしかなかった。

 

 理由は単純。見上げれば空は闇に包まれ、俺たちの歩いている道は魔石灯の灯火(ともしび)で橙色に染まっている。そう、既に夜が訪れているのだ。

 

 だが酒場は娯楽施設。夜遅くまで経営しているはずだ。目的は酒場での聞き込みなのだから問題ない。そう思い、俺たちは夜の町を歩いてみた。

 

 ところが開いている店がない。明かりが灯っている店は数カ所あるが、閉店作業をしている店かホテルの類いだった。この町では娯楽である酒場ですら早々に店を閉めてしまうのか。これでは聞き込みもできやしないではないか。

 

「こりゃ今日はもう無理だな。終わりにして宿を取ろうぜ」

「……うん。ホテルはこっち」

 

 翔子は回れ右をすると、そそくさと歩き始めた。その動きに迷いは感じられない。もう宿の目星は付けてたってことか。こういう所はしっかりしてやがるな。ま、今夜は翔子の案内する宿でゆっくり休むとしよう。町の規模も小さいし、これなら明日中には目的の女の情報も得られるだろう。

 

「……ここがいい」

 

 しばらくして翔子がひとつの建物の前で立ち止まって言った。そこは三階建ての建物だった。入り口の木製の扉には、『Welcome』と書かれた(ふだ)が掛けられている。

 

「なるほど。お前のお目当てはここってわけか」

「……いくつか見た中ではここが綺麗でいいと思った」

「いいぜ。ここにしようぜ」

 

 俺に異論はない。どこだろうと大差ないからな。

 

「……ダブルを――」

「ツインひと部屋を頼む!」

「ツインでございますね。かしこまりました。ただいま準備しますので少々お待ちください」

 

 ホテルの受付カウンターで翔子が予約を入れようとしたのを、俺は慌てて阻止した。翔子のやつ、これが目的だったのか。危なかっ――!!

 

「……雄二。どうしてツインにしたの」

 

 目の前が突然暗くなったと思ったら、翔子に顔面を掌握されていた。こめかみにギリギリと指が食い込んでくる。いつものアイアンクローだ。

 

「まっ、待て翔子ッ……! こ、これには理由(わけ)があるんだッ……!」

「……理由(わけ)って何」

「そ、その前に手を放せ!」

「……いいから話して」

「いでででっ!! そ、その方が、ゆったりして、休めると思ったからだッ!」

 

 主に俺が。

 

「……私は雄二と一緒に寝たかった」

「お、俺はっ……! お前が疲れているだろうと……思って……!!」

「……」

 

 頭蓋骨に掛かっていた圧力がフッと消えた。どうやら翔子が手を放してくれたようだ。いてて……いつもながらこいつ、どういう握力してやがんだ……。

 

「……私の……ため?」

 

 ズキズキと痛むこめかみを押さえながら目を開くと、翔子は”意外だ”と言わんばかりの顔をしていた。

 

「馬車ばかりの長旅で疲れただろ? だから今夜はしっかり疲れを癒してほしいんだ。明日も歩き回ることになりそうだからな」

「……雄二……」

「それに料金表をよく見てみろ。ここはツインの方が安いんだ」

「……気付かなかった」

「路銀は極力節約したい。分かるだろ?」

「……うん」

「じゃあツインでいいな?」

「……それならシングルを2人で使うべき」

「う゛っ……」

 

 し、しまった。そう切り返されるとは思わなかった……。

 

「い、いやほら、なんだ。ベッドは1人1つの方が寝返りとか気にしなくて済むだろ?」

「……私は寝返りしない」

「しかしだな……」

「サカモト様。お部屋の準備が整いました。こちらをどうぞ」

「あ? あ、あぁ」

 

 翔子にどう言い訳をつけたものかと困り果てていると、受付の男が鍵を差し出してきた。こいつは助かったぜ……。

 

「とりあえず今夜はツインで泊まろうぜ」

「……うん」

 

 やれやれ。さっさと赤い髪の女を捜して帰りたいぜ。でなきゃこれから毎日こんなやりとりをすることになっちまう。

 


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