バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第二十七話 とある酒場のウェイトレス

 俺たちは王の遊び場である公園を後にし、拠点(ホテル)への道を歩いている。

 

 しかし王らしからぬ王だったな。アレックス王か。ああいう王ってのもなかなか面白いもんだ。いや、王というよりむしろ兄貴分のような感じだったな。もし俺にもあんな兄貴がいたら面白い毎日を過ごしていたかもしれないな。

 

「……雄二。これからどうするの?」

「決まってるだろ。腕輪を持っている女を捜しに行く」

「……でもどこにいるのか分からない」

「そうだな。けど北の方だってのは分かってる。だったら行ってみるしかねぇだろ。他に当てなんてねぇんだからな」

「……そうね」

「あーあ。それにしても面倒くせぇな。簡単に終わると思ったのによ」

「……でも帰るためには必要なこと」

「まぁな。それにしたって手掛かりが少な過ぎるぜ」

「……腕輪の持ち主は赤い髪の女の人」

「あぁ。そうだな」

「……美人のお姉さん」

「そうらしいな」

「……浮気は許さない」

「話の繋がりがまったく分からん。俺はただ腕輪を譲ってもら――あだだだっ!!」

 

 突然左腕が(ねじ)られ、ギリリと音を立てた。

 

「は、放せ翔子! 何のつもりだ!」

「……浮気しないと約束する?」

「浮気も何も俺はあだだだだっ! わ、分かった! 浮気はしない! だ、だから放せ!」

「……本当に?」

「あぁ本当だ! 男に二言は無い! 約束する!」

「……じゃあ今すぐ結婚してくれる?」

「断るッ!!」

 

 グキッ

 

「あぎゃぁぁぁーーーッ!!」

「……どうして嫌なの」

「ま、待て翔子! 落ち着け! 今はそんなことを議論している場合じゃないだろ!」

「……いいから答えて」

「だから今はそんなことより(ゴキッ)うぎゃぁぁぁーーーッ!!」

 

 

 

 

 ――この後、俺はありとあらゆる関節技を掛けられた。

 

 

 

 

「っててて……ったく、相変わらず容赦ねぇな、お前は」

 

 とりあえず今回は”実印が無いから帰ってから”という話で決着した。この場はおさまったが、帰ったらやはり俺の部屋に鍵を掛ける必要がありそうだ。

 

「……手加減してる。本気を出したら病院送り」

「なっ……!?」

 

 この台詞を聞いた時、俺は心底ゾッとした。そして理解した。こいつを本気で怒らせてはいけない、と。

 

「そ、そうか……しかしお前、ずいぶん色んな技を知ってんだな。まさかドラゴンスリーパーで締め上げられるとは思わなかったぜ」

「……美波に教わった。他にも沢山」

「ンなもん教わってんじゃねーよ……」

 

 なるほど、今のは島田直伝の技ってことか。どうりで技に切れがあると思った。明久のやつ、いつもこんな技を受けていたのか。楽しそうにしてやがるから大したことないのかと思ったが、とんでもねぇ。全身の骨が砕かれて軟体生物にされるかと思ったぜ……。

 

 それにしても翔子のやつ、俺が他の女の話をするとすぐにこれだ。腕輪の持ち主を捜すってだけでどうして浮気に繋がるんだ。そもそも浮気というのは結婚なり付き合うなりしている者が――――あ。

 

(……何かしらあれ。夫婦喧嘩?)

(……そうみたいだな。それにしても男の方が一方的にやられてないか?)

(……きっと亭主が悪いのよ。浮気って言ってるし)

(……けど何か事情があるみたいだぜ?)

(……どんな事情があっても浮気なんて許せないわ)

 

 気付くと周りの通行人がこちらをジロジロと見ていて、小声で陰口をたたいていた。俺たちが夫婦であるかのように思われている声も聞こえてくる。()ずい。この上なく()ずい。だから翔子と一緒に外を歩きたくないんだ……。

 

「と、とにかく一旦ホテルに戻るぞ」

「……うん」

 

 俺たちはそそくさとその場を去り、帰路を急いだ。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 そして俺たちはホテルの部屋に戻ってきた。当然だが、壁にはまだ痛々しい補修の跡が残されている。しかしそれ以外はテーブルやベッドなどが設置されている普通の宿だ。やれやれ、やっと帰ってきたか。往復で2時間とか散歩の域を超えてるぜ。

 

「よし、それじゃこれからの予定を説明するぞ」

「……北の町に行く」

「そうだ。まずはその経路を説明する」

「……分かるの?」

「この世界に来た時に情報を得ておいたからな。ちょうどここに島田が置いて行った地図がある。これを元に町の場所を説明する」

 

 この絵は今朝方、島田が「よかったら使って」と言って置いていったものだ。明久と旅をしている間に書いたものらしい。南の町リゼルとここサンジェスタに丸印がしてあるだけの絵だ。ちょうどいいのでこれに加筆させてもらう。俺はこれをテーブルに広げ、説明を始めた。

 

「最初に俺たちが居た町がここ、西の海岸沿いの町ルルセアだ。そこからこう東に移動して……ここ。ここが今いる王都サンジェスタだ」

「……うん」

「でだ。アレックス王が言っていた町はメランダ、バルハトール、それにオルタロード。つまりこことここ、それとここの3つだ」

「……一番近いのはオルタロード」

「そうだ。俺たちはまずここを目指す」

「……近い所から当たる?」

「それもあるが、このサンジェスタとメランダの間はこう……険しい山脈になっていてな、馬車はおろか徒歩でも通れないらしい」

「……じゃあオルタロードを経由する?」

「そういうことだ。メランダやバルハトールに行くには一度このオルタロードに行き、そこからこうやって北上する必要があるってわけだ」

 

 俺は地図に線を引きながら翔子に説明していく。

 

【挿絵表示】

 

 

 以前調べた情報ではオルタロードへは馬車で2、3時間。今から移動すれば昼過ぎには到着するだろう。もし仮にバルハトールまで行く羽目になったとしても期限は10日間ある。さすがに10日間あれば往復することも可能なはずだ。そんな奥地に行く前に見つけ出したいところだがな。

 

「よし、すぐ出発するぞ。行けるか翔子?」

「……うん。準備する」

「それじゃ俺はオーナーに留守にすることを伝えてくる。お前は準備して待ってろ」

「……待って雄二」

「何だ?」

「……喧嘩はダメ。何を言われても平常心」

「あぁ。分かってる。んじゃ行ってくるぜ」

 

 俺は一階に降りて管理室に向かった。今朝のことがあるから、正直言ってオーナーとはあまり話したくない。今でも朝のことを思い出すとイラついてあのタプついた頬をぶん殴ってやりたくなる。けれどやはりこいつは俺の仕事だ。翔子に甘えたくはないからな。

 

 俺は管理室に行き、事情を説明して部屋の確保を依頼した。オーナーは嫌味ったらしく「あんな状態の部屋を他の客に貸せるわけがないだろう」と言う。そんなことは分かっている。だからこそ好都合だと思っていたのだから。

 

 とにかくオーナーの了承は得た。俺は余計なことを言われないように、さっさと管理室を出てきた。そして部屋に戻ると、翔子が赤いコートを羽織って待っていた。

 

「準備できたか」

「……うん。オーナーには話せた?」

「あぁ。もちろんだ。一応一週間の確保を頼んできた」

「……喧嘩しなかった?」

「しねぇよ。俺だってそこまでガキじゃない。んじゃ行くぞ」

「……うん」

 

 こうして俺と翔子は王都サンジェスタを出発した。まずは北の玄関口とも呼ばれる町オルタロード。そこへはもちろん馬車で行くことになる。

 

 しかしこの馬車というのは思っていた以上に乗り心地の悪い乗り物だ。木で作られた車輪なのだから、衝撃が直に伝わってしまうのは当然。しかも馬が引いているので速度も自動車ほど出ない。おかげで長時間をこの突き上げるような揺れの中で過ごさなければならない。こんな揺れの中では寝ることもできやしない。まったく不便な世界だ。

 

 馬車の中でそんなことを考えている俺の横では、翔子が涼しい顔をして座っている。相変わらずどんな状況でも落ち着いてやがるな。

 

 ……

 

 こいつ、こうしていると可愛いんだけどな……。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 馬車は2時間ほどしてオルタロードに到着した。町に降り立った俺はまず周囲の状況を確認した。

 

 なるほど。アレックス王の言う通り、町の西側一面には山脈が(そび)え立っている。しかしその反対側には何もなかった。(ひら)けた視界には薄緑色の空と雲のみが映る。そのまま視線を下げてみると、万里の長城のように長く連なる高い壁。耳を澄ませば僅かに波の寄せる音が聞こえてくる。きっとあの壁の向こうは海なのだろう。

 

 町の中は相変わらず赤褐色の建物が並び、所々に針葉樹の緑色の葉が見え隠れする。他の町とあまり変わらない光景だ。この様子だと町の大きさはサンジェスタの半分にも満たないだろう。山と海の合間の地に作られた町なのだ。当然とも言える。

 

 さて、まずはこの町で捜索だ。捜すのは酒場で働く島田似の胸の小さい赤毛ロングの女。いや待てよ? 胸のサイズのことは言っていなかったか? まぁいい。とにかく赤毛のロングだ。

 

 ちょうど目の前には繁華街が広がっている。北と南を繋ぐ中継点に当たるためだろうか。かなり人の量が多いように見える。見れば行き交う人々は皆大きな荷物を背負ったり、茶色い毛並みの馬を連れていたりする。恐らく旅行客か行商の者がほとんどだろう。

 

「よし翔子、おっぱじめるぜ」

「……雄二。あれ」

「ん?」

 

 翔子のやつが何かを指差している。その指先にはひとつの店があった。どうやら酒場を見つけたようだ。

 

「でかした翔子。まずはあの店からだ」

「……うん」

 

 早速俺たちはその酒場に向かった。

 

 

 ――チリンチリン♪

 

 

 扉を押して開けると、金属の鈴が鳴った。俺たちの世界でもよくある、客の入店を知らせる鈴だ。

 

「いらっしゃいませ~」

 

 するとウェイトレス風の黒い服を来た女が笑顔で迎えた。だがこの女は目的の人ではない。なぜなら髪の色がブラウンだからだ。それに体型もややふっくらとしていて、島田というよりむしろ姫路似だ。

 

 それにしてもこの店、酒場に間違いは無さそうだが、どうも雰囲気が酒場っぽくない。ほとんどのテーブル席は埋まっていて店内も騒々しいくらいに賑やかだ。しかも目に映るのは家族連ればかり。そして誰もがフォークとナイフを手にしていて、食事をしているように見える。

 

「2名様でよろしいですか?」

 

 先程のウェイトレスがお盆を片手に尋ねてきた。この様子からすると昼間は飲食店をメインに経営しているのだろう。

 

「いや、俺たちは人探しで来たんだ。店長に話を聞きたいんだが、取り次いでもらえるだろうか」

 

 やはりこういったことは店長に聞くのが一番だ。このウェイトレスはバイトだろうからな。俺も生活費のためにウェイターのバイトをしたから分かる。この女も生活のためにこうしてバイトしているのだ。

 

「はい? なんでしょう?」

「いや、だから店長に話を聞きたいんだ」

「えぇ。それは聞きました。それで何でしょう?」

「いやだからそうじゃなくてだな……」

 

 このウェイトレス、わざとボケてるのか? こんな漫才に付き合う暇は無いんだがな……。

 

「いいか、よく聞いてくれ。店・長・を・頼む!」

「だから私が店長なんですけど?」

「………………はぁ?」

 

 思わず耳を疑った。目の前にいるのはどう見ても料理を運ぶスタイルのウェイトレスだ。その女が自分は店長だと言う。こんなバカな話があってたまるか。店長が料理運びの仕事をする店がどこの世界にあるというのだ。

 

「悪いんだが、俺たちは冗談に付き合ってる暇がなくてな……」

 

 軽く目眩を覚え、眉間を押さえながらなんとか冷静に話を進めようとする。ところがこの後、意外な事態に俺は今までの常識を覆されてしまった。

 

『店長~! 6番お願いしま~す!』

 

 奥の厨房と(おぼ)しき場所からそんな声が聞こえ、

 

「あ、は~い! 今行きま~す!」

 

 目の前のウェイトレスがそう答えたのだ。嘘だろ……? この軽いノリの女が本当に店長だってのか……? いやまさか……そんなことがあるわけが……。

 

俺は動揺を隠せず、頭を掻きむしっていた。すると、

 

「ちょっと店長! この忙しいのに何やってんスか!」

 

 追い打ちを掛けるように別の男性店員がやってきてウェイトレスに声を掛けた。信じられんが、もう信じるしかない。そうだ、この世界は俺たちの住む世界とは違う。何が起こっても不思議は無いのだ。

 

「ごめんなさいね。ちょっと待っていただけますか?」

「あ、あぁ……」

 

 ウェイトレスは小走りに厨房の方へと駆けて行く。両脇を締め、腕を左右に振って走るその姿は、まさに女子だった。まったく驚いたぜ……こんな世界もあるんだな……。

 

「……雄二? どうしたの」

「あ? あぁ……なんだか狐につままれたような気分だぜ……」

「……何が?」

「お前はこの状況をおかしいと思わないのか?」

「……?」

「いや……いい。どうやら俺が間違っていたようだ」

 

 とりあえず俺は状況を受け入れることにした。俺も自分たちの世界のすべてを知っているわけではない。もしかしたらウェイトレス店長ってのも世界のどこかには存在するのかもしれない、と。

 

「はいお待たせしました。それでどなたをお探しですか?」

 

 そうこうしているうちにウェイトレス……いや、店長が戻ってきた。ようやく話ができるな。

 

「実はこんな腕輪を持った赤くて長い髪をした女を探しているんだ。年齢は20代だ」

 

 俺は腕輪の絵を見せながら店長に尋ねる。

 

【挿絵表示】

 

 

「ん~……そうですねぇ……」

 

 店長は絵をじっと見つめ、頬に人差し指を当てて考えている。過度な期待は禁物だが、やはり期待してしまう。

 

「酒場で働いていたらしいんだが……見たことはないだろうか?」

「店員ですか。うちに赤い髪の人はいないですねぇ」

 

 ま、一軒目で見つかるわけがないか。

 

「そうか。分かった。それじゃ他を当たってみる」

「お力になれず、すみません」

「いや、仕事の邪魔をして悪かった」

 

 俺たちは店を出て、次の店を探すことにした。この辺りは飲食系の店が多い。隣や道路の向かい側も飲食店だらけだ。そういえばアレックス王は酒場と言っていたが、本当に酒場だったのだろうか。夜になればこういった飲食店も酒を出すだろう。ましてや泥酔していたともなれば”酒場”という情報も怪しい。

 

「……雄二。どうしたの」

「ん? あぁ。これからどう捜したものかと思ってな」

「……酒場を探す」

「そうなんだが、どうも嫌な予感がしてな」

「……予感?」

「このまま酒場に限ってしまっていいもんだろうかと思ってな。何せあの王の言うことだからな」

「……?」

「つまり酒を飲んでたってだけで酒場じゃなかったってオチなんじゃねぇのかってことだ」

 

 そうだな。やはり先入観念は捨てるべきだろう。先程のウェイトレス店長のこともある。変に対象を絞って目的の女とすれ違いでもしたらシャレにならん。

 

「よし翔子、とにかく酒を飲めるような店を徹底的に当たるぞ」

「……雄二がそう言うのなら」

「決まりだな。んじゃあ手当たり次第に行くぜ」

 

 視界に映るだけでもその類いの店は20軒はありそうだ。俺たちはその言葉通り、手当たり次第に飲食店を当たった。

 

 一軒ずつ入っては店長に聞き、ダメだと分かれば次の店へ。地道な聞き込みだ。こうしているとまるで刑事にでもなった気分だ。いや、もしこの世界がゲームと召喚システムの融合なのだとしたら、これはゲームでいうクエストの部類に入るのか? どちらにしても俺たちが今できることはこれしかない。

 

 だが何軒回っても、誰もが赤い髪の女性など見たことがないと答えた。そういえばこの国の人たちはほとんどが栗の皮のような茶色い髪をしている。赤い髪どころか翔子のような黒い髪だって見かけやしない。しかしこれはむしろ好都合かもしれない。希少であればそれだけ人の目に留まることも多い。目撃証言を得やすいだろう。

 

「よし、次はあそこだ」

「……うん」

 

 見ず知らずの女の所在を求め、俺たちは昼下がりのオルタロードの町を捜し歩いた。

 


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