バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第二十六話 俺の交渉術

「お休みのところ失礼します。アレックス国王陛下であらせられますね?」

 

 俺は背筋を伸ばしたまま頭を下げ、(うやうや)しく尋ねる。

 

「……人違いだ。俺はアレンという名でね」

 

 男は微動だにせず、顔に帽子を乗せたままそう答えた。王がアレンと名乗っていることは明久から聞いている。あくまでも(しら)を切るというのか。だがここで引き下がるわけにはいかない。

 

「いえ。間違いございません。貴方様はアレックス陛下です」

「……」

 

 俺が少し語気を強めて言うと男は帽子をずらし、ジロリと片目で俺を睨みつけた。その眼光は異様に鋭く、俺や明久の嘘を見抜こうとしている時の鉄人の目によく似ていた。おかげで少しドキリとしてしまったが、俺はなんとか平常心を保ち、じっと睨み返してやった。

 

「……何者だ」

 

 4、5秒の沈黙の後、男は寝そべったまま低い声でそう言った。俺たちの素性を気にしたということは、少しは興味を持ったということだろう。よし、ここからが勝負だ。

 

「申し遅れました。私は坂本雄二と申します」

「……霧島翔子です」

 

 気付けば俺の隣では同じ姿勢で翔子が頭を下げていた。翔子も取るべき行動は分かっているようだな。気を良くした俺は交渉を開始した。

 

「本日は陛下にお尋ねしたいことがございまして参上いたしました」

「……ハァ……」

 

 寝転がっていた男は上半身を起こし、ボリボリと頭を掻きながら溜め息を吐いた。不精髭を生やし、髪はボサボサ。薄汚れたマントを(まと)ったその姿は、”みすぼらしい”以外に適切な表現が浮かんでこない。これが本当に王なのだろうか。どう見ても町の浮浪者にしか見えない。王とは豪華な衣装に身を包み、もっと威厳のある態度を示すものではないのか?

 

「なぜ俺のことを知っている」

 

 その容姿に俺の中の常識が揺らぎ始めていると、青い瞳で睨みながら王が問うた。見た目に反してこの鋭い眼光。この男、やはりただの浮浪者ではなさそうだ。

 

「ある者から事情をお聞きしました。アレックス陛下。しばしお時間をいただけませんでしょうか」

「やれやれ……俺はそういう堅っ苦しいのが苦手で城を抜け出してるんだがねぇ……」

「ですが陛下」

「アレンでいい。……ふむ。その格好からするとお前らはヨシイの関係者か?」

 

 俺たちの服装を見て言っているようだ。やはり文月学園の制服を着てきて正解だった。明久たちが王にこの姿を見せているから、仲間と思わせるにはこれが一番だからな。

 

「仰る通りにございます」

「あー。その堅っ苦しい喋りはやめてくれんかね。もっと自然に話してほしいんだが」

「ですが陛下にそのようなご無礼は――」

「いいから遠慮すんな。俺がいいって言ってンだからいーンだよ」

 

 こ……これが一国の王の台詞なのか……? 明久から気さくな王だとは聞いていたが、これは気さくというよりガラが悪いといった感じだ。だがこれはこれで話し易いかもしれない。

 

「承知しました。では……」

 

 俺は足を崩し、胡坐(あぐら)を掻いて座り直した。そして遠慮無くタメ口を利かせてもらった。

 

「アレン王。あんたに聞きたいことがあるんだ。俺の話を聞いてくれないか」

 

 すると王は唖然とし、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。俺の言葉遣いに驚いたようだが何を驚いている。遠慮するなと言ったのはそっちではないか。そう思った直後、王は天を仰ぎながら大笑いを始めた。

 

「ハッハッハッ! 気に入ったぞボウズ! お前のように遠慮のない奴は久しぶりだ!」

「俺も堅苦しいのは性に合わないんだ。けどいいのか? あんたはどう見ても俺より年上なんだが……」

 

 見た目、王の年齢は30代か40代。俺が17歳だから少なくとも一回りは違うことになる。いくら遠慮するなと言われても、多少は気が引ける。

 

「構わん。俺もこの方が話しやすい」

 

 アレックス王は片方の口角(こうかく)を上げ、嬉しそうに笑みを作る。どうやら本気で言っているようだ。では俺も気兼ねなくいつも通りの口調で話させてもらおう。

 

「そう言ってくれると助かる。では改めて自己紹介する。俺は坂本雄二。坂本と呼んでくれ」

「おう。俺のことはアレンと呼べ。おっと、王は付けるなよ? 他の奴にバレちまうからな」

「承知した」

「で、俺に何の用だ? サカモト」

「その前にまずは礼を言わせてほしい。昨日は明久と島田が世話になった。本当に助かった」

「アキヒサ?」

 

 明久では通用しないのか。ここは苗字で言うべきだったか。

 

「すまない。明久というのは吉井のことなんだ」

「あぁヨシイか。あいつもなかなか面白い奴だったな。今日はあいつは一緒じゃないのか?」

「ちょいと事情があってな、あいつは別の所に行っているんだ」

「そうか。そいつは残念だな」

「それで聞きたいことってのは明久――吉井に渡した腕輪のことなんだが……」

「腕輪? あれがどうした。爆発でもしたか?」

「いや、爆発はしてないんだが……ってちょっと待て! 爆発するのかアレ!?」

「知らん」

「知らねえのかよ!」

「……雄二。危険物取扱免許を取らないと」

「いや、爆発はしねぇだろ!」

「ヨシイにも言ったが使い方がわからんのでな。危険な物なのかすら分からん」

「そ、そうか。それもそうだな」

「……雄二。瑞希に取り扱いに注意って伝えないと」

「いやもう遅いだろ。ホテルの壁に大穴を開けた後だぞ」

「なんだと? 壁に大穴? あの腕輪にはそんな力があるのか!」

 

 アレックス王も腕輪の力は知らなかったのか。さてどうするか。腕輪の能力は隠した方がいいのか、それともありのままを伝えるべきか。問題は王がこの力をどう考えるか、だな。腕輪の力を欲して姫路の腕輪を取り返しに来るか、はたまた力を恐れて手放そうとするか。

 

 もちろん俺たちに都合の良いのは後者だ。”腕輪は力が暴走して木っ端微塵になった”とでも言えば諦めるだろうか。これが明久のようなバカならば騙すことも容易(たやす)い。だがこの王はどうなのだろう? ここまで話して感じたのは”大雑把な性格”をしているということだが、気になるのは先程の鉄人のような眼光。

 

 ……よし、やはりここは真っ向勝負だ。

 

「確かに腕輪には大きな力があった。実は俺の仲間がたまたま力の使い方を見つけたんだが、誤ってホテルの部屋の壁をぶっ壊しちまったんだ」

「ほう、そうなのか。一体どうやって使ったんだ?」

「あるキーワードを言っただけだ。”ブラスター”とな」

「なに? それだけなのか?」

「あぁ、それだけだ」

「こいつぁ驚いたな……城の学者が何年も掛けて結局解けなかったモンをたった1日で解いちまうとはな……」

 

 誰にも分からなかったのは当然だろう。なにしろ姫路にしか扱えない代物だったんだからな。

 

「どうやら特定の者にしか扱えないみたいでな。俺でもダメだった。唯一使えたのが俺の仲間の女子なんだ」

「仲間の娘か。そっちの子か?」

「いや、翔子ではなくて別の者だ」

「ほう。その娘は美人か?」

 

 何を言ってるんだこの男は……。

 

「まぁ、なんというか……」

 

 いかん。ここで俺が姫路のことを「美人」だと答えたりすれば、翔子のやつが黙っていない。ここは翔子に答えさせるのがベストだ。

 

「翔子、お前から見て姫路はどうだ? 美人だと思うか?」

「……うん。瑞希は私より可愛い」

「ほほう。それは興味深い。歳はいくつだ?」

 

 ……それを聞いてどうするつもりだ。

 

「クラスメイトだから17歳だと思うが……」

「17か……残念だ。あと3年早く生まれていればな……」

 

 さっきから何を言ってるんだこの王は。このままでは話が変な方向に行ってしまう。とにかく交渉を進めなくては。

 

「アレン王――じゃねぇや。アレンさん。やはり腕輪は返した方がいいだろうか。と言っても今は俺の仲間が持っていてここには無いんだが……」

「いや。もともとあれはヨシイにくれてやったモンだ。お前らが持っていればいい」

「いいのか? 強力な武器になるんだぞ?」

「武器なんぞいらん。俺にはこいつがあればいい」

 

 王は脇に立てている釣り竿に目を向け、白い歯を見せてニッと笑う。なるほど、明久の言う通り無類の釣り好きのようだ。

 

「それにしてもサカモトよ。お前とは美味い酒が交わせそうだな。どうだ、一杯付き合わんか?」

「残念ながら俺たちはまだ未成年でね、酒は飲めないんだ」

「未成年? 未成年とは何だ?」

 

 この世界には成人という概念は無いのか?

 

「俺たちの住んでいた世界では二十歳未満を未成年と言って、色々と制約があるんだ。酒を飲んではいけないってのもそのひとつだ」

「ほぅ……面倒なものだな」

「俺たちにとってはそれが当たり前になっているから面倒だとは感じないけどな」

「ふ~む。そんなものかね。まぁそれなら仕方ねぇな」

 

 王はボサボサの頭をボリボリと掻きながら表情を曇らせる。まったく、心境がよく表情に現れる人だ。こういう所はどことなく明久に似ているな。

 

「ところで、サカモトよ。聞きたいことってのはそれだけか?」

「あぁいや。実はここからが本題なんだが……」

「なんだ。これからなのか」

「実はあの腕輪なんだが、もうひとつ同じ物があったりしないか?」

「……なぜそれを知っている」

 

 俺が尋ねると王の表情から笑みが消え、目付きが鋭くなった。もしや触れてはいけないことだったのか?

 

「町の書物屋で見つけた古い書物に書いてあったんだ。この国に2つあるってな」

 

 内心動揺しつつも俺は理由を説明する。王のこの反応からするともうひとつの腕輪の存在は機密事項だったのだろうか。もしそうだとしたら俺は”国の機密事項を知る者”として口封じに消されるのではないだろうか。そう思わせるほどに王の青い瞳は鋭利な刃物のようだった。

 

 だがそれは杞憂(きゆう)に過ぎなかった。それどころか、とんでもない答えが返ってきた。

 

「確かにもうひとつ持ってたんだがな。けどなぁ、実はアレ、あげちまったんだわ」

 

 ………………は?

 

「な、何ぃ!? あげたぁ!? だ、誰にだ!!」

「いやぁ~それがな、名前も住んでる所も知らねぇんだわ」

「なんだと!? い、一体どこで渡したんだ!?」

「そうだなぁ、あれは北の方に行った時だったか。酒場で綺麗な姉ちゃんが働いててな。気立ても良くて俺ぁ気に入っちまってよ。その姉ちゃんに勢いであげちまったんだわ。もう何年前かも忘れちまったけどな」

「な、なんてことを……」

 

 こいつぁまいった……まさか人の手に渡っているとは……。しかもどこの誰かも分からないときた。さっさと終わらせて明久たちの帰る場所を確保するつもりだったが、完全に想定外だぜ……。

 

 だがここで諦めるわけにはいかねぇ。面倒だが、こうなったらその姉ちゃんを捜し出すしかない。手掛かりは酒場と綺麗な姉ちゃんか。”綺麗”の基準が分からんな。それに北の方というのも漠然とし過ぎている。もう少し手掛かりがほしいところだ。

 

「アレン王、せめてどの町か思い出せないか?」

「シーッ!! 王は付けるなと言っただろ!」

「おっと……す、すまねぇ」

「ったく、パティの部下に見つかったらどうすんだ」

 

 そわそわと落ち着かない様子で左右に目を向けるアレン王。パティとは何だ? 人の名前のようだが、部下を持っているということは役職者だろうか。おっと、そんなことは今はどうでもいい。

 

「それでアレンさん、どの町だったか思い出せないのか?」

「ん? あぁ腕輪の娘の話か。う~む……確か周りが山だらけだったから北の山岳地域だと思うんだが……メランダかバルハトールか……そういやオルタロードも周りは山だな」

「もう少し場所を絞れないのか?」

「あん時はかなり酔っていたからなぁ。よく覚えてねぇんだわ」

「他に一緒に行った者はいないのか?」

「おらん。なんせ1人で抜け出して町から町へと巡り歩いていた時だからな! ハッハッハッ!」

 

 笑い事じゃねぇんだが……。

 

「そんじゃあ、その姉ちゃんの特徴は?」

「年の頃は20歳くらいだったな。赤い髪を腰まで伸ばしていてな。そうそう。昨日ヨシイと一緒にいたあの子に似た感じの娘だ」

 

 明久と一緒にいたということは島田か。つまり島田似の20代の女性を探せということだな。

 

「山岳地域ってのは間違い無いと思っていいか?」

「あぁ、たぶんな」

「……」

 

 やれやれ、こいつは骨が折れそうだ。北の山岳地域の町か。確か地図には町が3つ書かれていたな。1つは港町だが。つまりこのうちのどこかにいる可能性が高いってことか。既に他の町に移動している可能性もあるが、今はそれを考えても仕方ない。とにかく足取りを追うしかない。何も手掛かりが無いより遥かにマシだ。

 

「アレン王、感謝する。俺はその赤毛の女を捜しに行く」

「……おめぇ、わざとやってんじゃねぇだろうな」

 

 思いっきりメンチを切られた。

 

「す、すまん! わざとじゃねぇんだ! どうしても”さん”付けだと呼び辛くて、つい……」

「ったく、しゃーねぇなぁ。今は周りに誰もいねぇからいいけどよ」

「すまなかった。以後気をつける」

「あぁ、そうしてくれ。俺の自由のためにな。しかし捜しに行くとか本気か? 名前すら分からねぇんだぞ?」

 

 俺の自由って、この男まだ遊んで暮らすつもりか? 国王としての仕事はどうすんだ。それから誰のせいだと思ってんだ。

 

「俺たちにはどうしてもあの腕輪が必要でな。諦めるわけにはいかないんだ」

「そうか……俺も一緒に行ってやりたいところだが、前に抜け出してからというもの、町から一歩も出してもらえなくてな。まったく、よく教育された衛兵たちだよ」

 

 そりゃそうだろう。国王が勝手に町を抜け出して一人旅なんて聞いたことが無い。衛兵たちの判断は俺でも正しいと思うぞ。

 

「なんとか俺たちで捜してみるさ」

「そうか。会えるといいな」

「ひとつ確認させてくれ。もし腕輪の持ち主を見つけて話がついたら腕輪は譲ってもらえるか?」

「あぁ構わん。どうせ俺らには使いこなせない物のようだからな」

「それを聞いて安心した。じゃあ俺たちは一旦帰るぜ。釣りの邪魔をしてしまったな」

「なんの。なかなか楽しい時だったぞ。縁があればまた会おう」

「あぁ、それじゃ」

「……失礼します」

 

 こうして交渉を終えた俺たちはアレックス王と別れ、帰路に就いた。

 

 それにしても人捜しか。面倒なことになっちまったな。

 




ここで本作品をご覧の皆様にお尋ねします。

これまで4作品を投稿してきましたが、雄二視点で描くのはこれが初めてになります。原作を参考に雄二らしさを出そうと試行錯誤を重ねて書いています。

いかがでしょう。ちゃんと雄二らしさが出せていますでしょうか? ご意見などありましたら感想欄にていただければ幸いです。

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