バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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ここからは雄二と翔子のチームの様子をお届けします。視点は雄二になります。



第二章 僕と鍵と皆の使命(クエスト) ―― チームしょうゆ編 ――
第二十五話 塩と大豆とチームしょうゆ


 ―――― 時は遡り、明久たちが出発した直後のサンジェスタ ――――

 

 俺たち7人はチームを分け、腕輪の捜索に当たることにした。構成はこうだ。明久と島田のペア。姫路と秀吉とムッツリーニのトリオ。そして俺と翔子ペアの計3チームだ。

 

 あいつらはつい先程、旅立った。新天地である姫路のチームに多少の不安はあるものの、今はあいつらに任せるしかない。

 

「さてと。俺たちも行動開始しねぇとな。部屋に戻って準備するぞ」

「……うん」

 

 それにしても……。

 

「なぁ翔子。この名前なんとかなんねぇのか?」

「……名前?」

「チーム名だよチーム名」

「……なんとかって?」

「だからかっこわりぃんだっつってんだろ。なんかこう、もっと気合いの入る名前は無いのか?」

「……可愛いくて気合いが入る」

「ンなわけあるかっ! 醤油だぞ! 大豆と小麦と塩を発酵させた日本の食卓に欠かせないアレだぞ!? それのどこが可愛いってんだ!」

「……その醤油じゃない」

「はぁ? じゃあどの醤油だってんだ?」

「……雄二が言ってるのは調味料の醤油。チーム名はしょうゆ」

「俺には同じに聞こえるんだが……」

「……調味料は漢字。チーム名は平仮名」

「書かなきゃ分からんだろうが!」

「……ちゃんと言い分けられる」

「ほう。そんじゃ教えて貰おうじゃねぇか。その違いを」

「……名前のしょうゆは語尾が少し上がる」

「調味料の醤油を言ってみろ」

「……しょうゆ」

「名前の方は?」

「……しょうゆ」

「すまん翔子。俺が悪かった」

「……納得した?」

「あぁ。これ以上の議論は無駄だと分かった」

「……雄二。勉強しよう。違いが分かるまで何時間でも」

「バカ言え! これ以上付き合っていられるか!」

「……雄二が覚えるまで頑張る」

「分かった! 俺が悪かった! もう名前に文句は言わん! だから勘弁しろ!」

「……残念」

 

 ったく……翔子のやつ、妙なところに(こだわ)りを持ってやがる。こんなモンに付き合わされたら堪らんぜ。

 

「さて、そんじゃ出かける前にまずは宿の交渉だ。翔子、お前は先に部屋に戻ってろ。俺はオーナーと交渉してくる」

「……私も行く」

「俺1人で十分だ。いいからお前は戻ってろ」

「……雄二はすぐ喧嘩腰になる。だから私も行く」

 

 こいつ、俺に喧嘩売ってンのか? まぁいい。翔子がいようがいまいが、俺の交渉術に変わりは無い。

 

「勝手にしろ。けど交渉するのは俺だからな」

「……分かってる」

 

 俺たちは早速オーナーのいる一階の管理室へと向かった。オーナーは洋ナシのような体型をした中年太りのチョビヒゲを生やしたオヤジだ。これで愛想の良い奴ならまだ可愛げがあったが、無愛想なあのオヤジは救いようがない。正直言って俺はああいった人間とあまり話したくない。だが明久たちが帰ってくる場所を確保しなければならない以上、やむを得ん。俺は自分にそう言い聞かせて交渉に臨んだ。

 

 管理室に入って事情を話し、頭を下げて部屋の確保を頼むとオーナーは渋々了承してくれた。ここまでは良かったのだが、この後が余計だった。部屋を壊されたことを根に持っているのか、オヤジは交渉が終わった後もネチネチと嫌味を言ってきやがった。さっさと話を終らせばいいのに、いつまでもグチグチと鬱陶(うっとう)しい男だ。

 

 だがここで機嫌を損ねればせっかくの交渉が無駄になる。そう思って俺は黙って聞いていた。ところがあの野郎はそれすら気に入らないのか、俺が何も言わないことに対してもケチを付けてきやがった。

 

 さすがに俺の堪忍袋も限界に近かった。翔子のやつが気転を利かせて目眩がすると言い出したおかげであの場を離れることができたが、もしあれ以上続けられたら『パンチから始まる交渉術』に切り替えてやるところだった。

 

「あぁクソッ! あのヒゲオヤジめ! いつまでもグチグチと文句を垂れやがって!」

 

 苛立ちを隠せなかった俺は部屋の扉をバンと乱暴に閉めた。だがこれくらいで俺の怒りは治まらない。本当にブン殴ってやればどれだけスッとしたことか。

 

「……悪いのは私達。部屋を壊してしまったのだから」

「んなこたぁ分かってンんだよ! だからこうして頭下げて謝ってンだろうが!」

「……ごめんなさい」

 

 俺は思わず翔子に当たり散らしてしまった。悪いのは翔子じゃない。熱線を放ったのは姫路だが、あいつのせいでもない。強いて言うならば不用意に「使え」と言った俺のせいだ。

 

「すまねぇ翔子。あんまり頭に来たもんで当たっちまった」

「……ううん。私は平気」

 

 こいつはどうしてこんなに冷静でいられるんだ。あれだけ嫌味を言われたってのに何も感じないのか? イラついてるのは俺だけだってのか? クソッ……。

 

「……雄二。嫌なことは忘れるのが一番」

 

 翔子のやつ、涼しい顔をして言いやがる。1人でイラついてる俺がバカみてぇじゃねぇか。あーあ、バカバカしい。翔子の言う通り忘れちまおう。

 

「うっし、気を取り直して俺たちのやるべきことをやるとすっか」

「……うん」

「と言ってもこの国の腕輪はあとひとつだ。恐らく明久や姫路たちより早くカタが付くだろう。それも国王との交渉次第だがな」

「……王宮に行くのね」

「いや、行くのはそこじゃねぇ」

「……どうして?」

「明久が言っていただろう。王は釣りが趣味で日がな一日を町の池で過ごしている。とな」

「……じゃあ行くのは吉井の言っていた池?」

「そういうことだ。早速出掛けるぞ。準備しろ」

 

 準備と言っても俺は特に用意する物はない。だが翔子は女子だ。何かと準備することもあるだろう。

 

「……その前にひとつ教えて」

「ん? 何だ?」

「……どうして瑞希をサラスに向かわせたの?」

「気に入らねぇのか?」

「……瑞希は体力が無い。だから移動の少ないこの国を担当するべきと思った」

 

 そんなことは百も承知だ。姫路に限らず、クラスメイト全員の体力や点数は把握している。こういった情報は試召戦争では重要になるからな。それでも姫路を別の国に行かせたのは、この国に置けなかった理由があるからだ。

 

「それはな、ちょいと事情があるんだよ」

「……事情?」

「そうだ。お前も聞いただろ? この世界に来て最初の町で聞いた噂を」

「……どんな噂?」

「あの町――ルルセアの町を歩いている時に墓地の前を通りかかったことがあるだろ? その時そこに(たむろ)していた奴らが話していたんだ。”墓が荒らされている”ってな」

「……私は聞いてない」

「そうなのか。じゃあこの話は知らねぇか? これはここサンジェスタを歩いていて聞いた噂なんだが、墓の中にいるはずの奴。つまり死人が夜中に町を歩いているのを見た者がいるそうだ」

「……ゾンビ?」

「普通に考えたらそんなことはまず有り得ん。だがこの世界は俺たちの常識が通用しない部分も多い。中世ヨーロッパを思わせるような景観。生活に深く浸透している魔石。そして魔獣の存在。何が起こっても不思議はないだろう」

「……死人が甦ることも?」

「分からん。根も葉もない噂である可能性も高い。だがこの話を姫路や島田が聞いてみろ。どうなるか分かるだろ?」

「……?」

「やれやれ……お前には分からねぇか。あいつらは幽霊だとかお化けが苦手なんだよ。あんな噂を耳にしてみろ。怖がって動けなくなっちまうだろうが」

「……そうなの?」

「普通の女子はそうなんだよ。お前も少しは普通の女子らしく怖がっ――!」

 

 しまった! と思った時には、時既に遅し。目の前が暗くなって、こめかみに万力で締め付けられるような痛みが走っていた。

 

「しょ、翔子……や、やめ……」

「……普通の女子らしく、何」

「す、少しはしおらしく――」

 

 ギリギリと更に顔面に食い込む翔子の指。

 

「あだだだだっ!!」

「……もう一度言ってみて」

「な、なんでもねぇっ! 撤回する! 忘れてくれ!」

「……そう」

 

 翔子のアイアンクローから開放されたものの、こめかみに激しい痛みが残る。

 

「いっててて……お前は手加減というものを知らんのか……」

「……手加減ならしてる」

 

 これで手加減してるってのか。本気を出したら一体どうなるんだ? 翔子を本気で怒らせたら俺の命は無いかもしれんな……。

 

「まぁそんなわけで姫路にはサラスに行ってもらったってわけだ。そうなれば消去法で俺たちがこの国を担当するしかないだろ?」

「……そう。分かった」

「んじゃ納得したところで出掛けるとするか」

「……準備してくる」

 

 翔子は部屋の隅に設置されている鏡台の椅子に腰掛けると、髪を()かし始めた。あいつの黒い髪はこの世界でも健在だった。きっとこうして毎日欠かさず手入れをしているのだろう。

 

 それにしても墓荒らしか。もし本当だとしたら趣味の悪い奴がいるものだ。だが俺たちには関りのないこと。この世界の事件はこの世界の住民が解決すればいい。それよりも気になるのは明久の言う魔人の存在だ。あいつだけを狙っているのか、俺たち全員がターゲットなのかは不明だ。だが少なくとも明久を敵視する意思がこの世界に存在していることは確かだろう。

 

 島田が言うには、そいつは背中に翼を持ち、頭に2本の(ツノ)を生やしていたという。俺には言葉から想像することしかできないが、聞いた限りでは少なくとも人間ではないだろう。魔獣の変異体か、もしくは人間が悪魔と化したもの……? まさかな。考え過ぎだ。

 

「……お待たせ」

「ん? おう。準備できたか」

 

 ワインレッドのトレンチコートに身を包み、頭には赤いリボンが巻かれたキャノチェ帽。これら翔子が着ているものは俺たちが西の町ルルセアにいた時に買い揃えたものだ。

 

 この世界は気温が低い。昼間の太陽が昇っている時間でも風が吹けば身震いするほどだ。さすがに文月学園のミニスカートでは寒かろう。そう思って適当に見繕ったのがこのコートや帽子だ。ちなみに今俺が着ているワインレッドのコートもその時一緒に買わされたものだ。本当はもう少し丈が短くて動きやすいジャンパーの類いが良かったんだがな。

 

「よし、そんじゃ行くか」

 

 目的地は町の外れにあるという、池のある公園。地名や番地すら分からんが、島田の説明によるとここから商店街に出て道を真っ直ぐだという。道筋は単純だ。行ってみれば分かるだろう。

 

 俺たちはホテルを出て町に繰り出した。白い石畳の道。茶褐色のレンガや石で作られた建物。景観はこの世界で最初に目を覚ましたルルセアの町とほとんど同じだ。違うことと言えば人の多さ。

 

 この町サンジェスタはガルバランド王国で最大規模の町らしい。確かに西の海岸町ルルセアに比べ、通行人の数が桁違いに多い。ぶつかりこそしないものの、歩いていて邪魔だと思うほどだ。明久もこんな道をよく1時間以上も歩けたものだ。

 

 ……フ。

 

 それにしてもまさか明久もこの世界に来ていたとはな。俺や翔子、それに秀吉と姫路が来ていた時点で想定はしていたが、つくづくこういうことには期待を裏切らない奴だ。

 

「……雄二?」

「おう。何だ?」

「……なんだか嬉しそう」

「あ? 誰が嬉しいって?」

「……雄二が」

「はァ? ンなわけあるか。人通りが多過ぎてこういう道は好きじゃねぇんだ」

「……でも笑ってる」

「気のせいだろ。そんなことよりさっさと行くぞ。俺は一刻も早くこの人ゴミを抜けてぇんだよ」

 

 俺が笑ってる? そんなバカな。確かにムッツリーニから明久が来ていると聞いた時は妙に胸が踊りやがった。だがあれはあのバカが共にいることを喜んだわけではない。俺がこんな目に遭っているのに、あいつが平穏に暮らしていたわけではないと分かったからだ。

 

「……雄二は素直じゃない」

「ケッ、言ってろ」

 

 俺たちは(くだん)の公園に向かってサンジェスタの町を歩く。町並みは相変わらず石の建物ばかりだ。しかし3、40分ほど歩くと店が(まば)らになり、人通りも減ってきたように感じた。そろそろ商店街の末端のようだ。

 

「……雄二。公園はどこ?」

「分からん。正確な位置を聞いておくべきだったかもしれねぇな」

 

 行けども行けども同じような風景ばかりが続く。一体どこまで行けばその池に辿り着くのだろう。そもそも方向はこっちで合っているのだろうか? まぁ明久ではなく島田の言うことだ。恐らくこっちで正しいだろう。

 

「このまま真っ直ぐ行くぞ」

「……うん」

 

 島田の説明を信じて進む俺たち。すると大きな十字路を境についに店がなくなった。代わりに2階に洗濯物が干されているような建物が並ぶ”住宅街”が始まった。ここまで約1時間。あいつら散歩と言いながらずいぶん遠くまで歩いていたんだな。

 

「……雄二。あれ」

 

 その時、翔子が前方に何かを見つけたようだ。指差す先に目をやると道の脇に多くの木が植えられている空間が見えた。あれは……公園か? 時間的にも島田の説明と一致する。間違い無さそうだ。あれが目指している公園だろう。

 

「よし、あの公園に行くぞ」

「……うん」

 

 早速公園に入ってみると、そこはやたらと殺風景な公園だった。広い土地の外周に高さ4、5メートルほどの木々が植えられ、他にある物といえばベンチと池くらいだ。公園といえば普通は子供が遊ぶための遊具がひとつくらいあるもんじゃないのか? まぁこの世界には遊具を作るような技術は無いのかもしれん。だが今はそんなことはどうでもいい。問題の王はいるのだろうか?

 

 俺は隅の池に目を向ける。一見、誰もいないように見えた。まさか今日に限って王宮にいるのか? それともこの公園ではないのか? そう思いながらもう一度じっくりと池の周囲に目を配る。すると池のすぐ脇のベンチに人の影があることに気付いた。

 

 その者はボロボロのカウボーイハットを顔に乗せ、自らの腕を枕代わりにして寝そべっていた。焦げ茶色のみすぼらしいマントを身体に巻いている姿も島田の情報通りだ。それによく見ると脇には釣り竿が立てられ、池に糸が垂らされている。風貌(ふうぼう)や状況からしてあれがアレックス王だ。しかし王にしてはずいぶんとみすぼらしい格好だな。

 

「いいか翔子。俺が交渉する。お前は黙って見ていろ」

「……うん」

 

 あんな身なりをしているが相手は王。ましてや腕輪を譲ってもらおうというのだ。ここは徹底的に敬うべきだろう。

 

「翔子、帽子とコートを脱いで手に持て」

 

 翔子は黙って俺の指示に従ってコートを脱ぐ。俺もコートを脱ぎ、背筋を伸ばして気を引き締めた。

 

 そしてゆっくりと王の元へと歩み寄り、2メートルほど離れた場所で立ち止まる。この時点で王の反応は無い。眠っているのだろうか。俺はその場に片膝を突き、(ひざまず)いた。

 




※キャノチェ帽について

劇中に”キャノチェ帽”という帽子を登場させています。あまり聞き慣れない言葉の方もいらっしゃるかと思いますので、簡単に説明をします。

この帽子は”つば”や上面部分が平らであることが特徴の帽子です。ボーター帽やカンカン帽とも呼ばれるそうです。ネット検索をすればすぐイメージ画像が出てきますので、興味のある方は調べてみてください。

美波はポニテなのであまり帽子をかぶらせることがありませんでしたが、翔子にはこういった帽子が似合いそうだと思い、今回の話に組み込んでみました。

以上、余談でした。

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