バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第二十四話 もう一つを求めて

「で、ヨシイ。一体何が起こったんだ?」

 

 マルコさんはテーブルの席に腰掛け尋ねる。その横ではルミナさんが針と糸で破れた僕の上着を補修してくれていた。

 

 そして僕はというと、マルコさんたちの向かいの席に座らされ、上半身を裸にされて美波にタオルで身体を拭かれている。なんだかこういうのってとっても恥ずかしい……。おっと、恥ずかしがってる場合じゃない。マルコさんの質問に答えないと。

 

「えっと、実は腕輪には特殊な力がありまして、今のは美波だけが使える力なんです」

「ん? 腕輪の力ってのは元の世界への扉を開くモンじゃなかったのか?」

「確かに僕たちが探していたのは――」

「アキ、ちょっと右腕上げて」

「こう?」

「そうそう。そのまま腕を上げてて」

「ぼ、僕たちが探していたのはその力を持った”白金の腕輪”ってやつなんですけど、どうもこれは違ったみたいです」

「つまりハズレってやつか」

「簡単に言うとそういうことです。……ちょ、ちょっと美波、くすぐったいんだけど」

「我慢しなさい。ほら、今度は左腕あげて」

「う、うん」

「ハハッ、見せつけてくれるねぇ」

「あ、あはは……」

 

 なにも話してる最中に拭かなくてもいいのに。なんか凄く話し辛いよ……。

 

「はい、おしまい。もう下ろしていいわよ」

「あ、うん」

「しかしせっかく見つけたのに違ったのか。そいつぁ残念だったな」

 

 確かに目的の腕輪じゃなかったけど、これはこれでいい物を見つけたような気がする。美波があんな竜巻を扱えるようになったのなら、万が一魔獣と戦うことになった時に大きな力となる。もう万が一にも戦いたくはないけどね……。

 

「で、どうすんだ? その腕輪は持っていくか?」

 

 そういえばこの腕輪はマルコさんとルミナさんの物なんだった。目的の物じゃなかったということは彼らに返した方がいいんじゃないだろうか。

 

「どうするアキ? 坂本からは白金の腕輪じゃなかった時のことは何も言われてないけど……」

「う~ん……そうだなぁ……」

 

 腕輪の力は強力だけど、魔獣と戦いさえしなければ無くても問題は無い。やはり僕らが持っていく必要は無いだろう。

 

「マルコさん、この腕輪はお返しします」

「いいのか?」

「はい。もともとお2人の物ですから僕らが持っていくわけには行きませんし。いいよね、美波」

「ウチはかまわないわよ。アキに判断任せるわ」

「そういうわけでお返しします」

 

 僕はテーブルに置かれた腕輪を押しやり、マルコさんの方へと寄せてやった。するとスッと視界に白い手が現れ、腕輪に添えた僕の手に重ねられた。透き通るように白くてしなやかな指先。だが美波の手ではない。なぜなら美波は今、横で僕の頬に絆創膏を貼っているからだ。

 

「ヨシイ君。これはあなたが持っていってちょうだい」

 

 それはルミナさんの手だった。彼女は手を添えたまま、柔らかな笑みを浮かべている。

 

「でもお世話になりっぱなしなのに、こんな物まで貰うわけには……」

「この腕輪はミナミさんにしか使えないんでしょう? だったら持って行って。きっとあなたたちの役に立つわ」

「いいのかルミナ? これはお前の……」

「構いません。私が持っていてもただの飾りにしかなりませんから。それに、おと――レナード陛下もヨシイ君に譲るつもりでこの町を教えたんだと思います」

 

 今、何か妙な言い直しをした気がする。けれど、それよりも今の話で気になったことがある。腕輪がここにあった理由だ。腕輪は王家に贈られた物だったはず。王様もこの町にあることを知っていたし、この家は王家と何か関係があるんだろうか? ……ちょっと聞いてみるか。

 

「あの……ルミナさん、ひとつ聞いていいですか?」

「何かしら?」

「昨日も話しましたけど、僕たちは王様から腕輪がこの町にあると聞いて来たんです。でも腕輪は王家の宝物だったはずですよね。それがどうしてここにあるんですか?」

「……」

 

 ルミナさんは僕の質問に答えなかった。何も言わず、片手を胸の前でぎゅっと握り、辛そうに俯いてしまった。この表情、何か辛いことがあったに違いない。なんとなくそれを悟った僕は質問を撤回しようと思った。

 

「……分かりました。お話しします」

 

 だがその前にルミナさんが口を開いた。

 

「お、おいルミナ、それは誰にも話しちゃいけないって……」

「いいんです。ヨシイ君なら信用できますから」

「しかし……それではお前の気持ちはどうなるんだ」

「大丈夫です。もうだいぶ前の話です。気持ちの整理はついています」

「だがこれを人に知られたら、またお前が特別な目で見られて……」

「ヨシイ君はそんなことをする子ではありませんよ。あなただって分かっているでしょう?」

「う、うむ。しかしだな……」

「それにこんな疑問を残したままではヨシイ君だって気になって帰れないでしょう?」

「うぅ~む……そうは言ってもな……」

 

 ルミナさんとマルコさんの押し問答を前にして僕は思う。そんなに重要なことなんだろうか。だとしたら聞かない方がいい気がする。ちょっと気になっただけで、腕輪の捜索に直接関係することではないし。

 

「ルミナさん、やっぱりいいです。どうしても聞きたいってほどのことじゃないですから」

「いいえ。聞いてくださいヨシイ君。この腕輪がここにある理由を」

「は……はい……」

 

 とても真剣なルミナさんの眼差し。その瞳に揺るぎない意志を感じた僕に断ることはできなかった。美波も彼女の意思を感じ取ったのか、僕の隣の席に静かに腰掛け、話を聞く姿勢を見せた。それを見届けたルミナさんは一度目を閉じ、小さく息を吐いた。

 

 そして――――

 

「私の本当の名はルミナ・エルバートン。レナード陛下は私の父です」

 

 目を開いた彼女は凜とした声で僕らにそう告げた。今までのおっとりとした声とは違う。まるで別人かと思うくらいに力強い言葉であった。

 

「「……はい?」」

 

 あまりの変貌ぶりに一瞬、彼女の言っていることが理解できなかった。同じ疑問の声を漏らした美波もきっと同じように理解できていなかったに違いない。

 

「「えぇぇーーっ!?」

 

 数秒して言葉の意味を理解した僕たちは揃って驚きの声を上げた。

 

「お、王様がちちち父って、どっ、どどどういうことなんですか!?」

「正確には父”だった”ですけどね。今の私は王家とは縁を()っていますから」

「そ、それじゃルミナさんって王女様!? す、すすすみませんっ! ウチら何も知らなくて!」

「いいえ。私は王女ではありません。私は鍛冶職人マルコの妻。ルミナです」

「へ? で、でも王様がお父さんなんですよね? それって王女様ってことじゃないんですか?」

「……少し込み入った事情があるのです」

「事情? 事情って何です?」

「それは……」

「ヨシイ君、すまないがそれくらいにしてくれないか」

 

 状況が飲み込めず、僕たちは無意識にルミナさんを質問責めにしていた。そのことに気付いたのはマルコさんの少し怒ったような口調に驚いた時だった。

 

「あ……す、すんません。なんか驚いちゃって……」

 

 そうか……ルミナさんは王女様だったのか。それなら腕輪を持っていたことも合点が行く。だから王様も腕輪がここにあることを知っていたんだ。しかし()せないのはルミナさんが王女様じゃないと言い張っていることだ。どうしてなんだろう?

 

「ルミナは確かに昔王家の者だった。だが(ゆえ)あって今はその関係を()っているのだ。腕輪を玄関先に飾っていたのはルミナがここで元気にやっていることを知らせるため。俺に話せるのはここまでだ」

 

 マルコさんが真剣な眼差しを僕らに向け、落ち着いた声でゆっくりと話す。いつもの大らかな感じとは対照的な静かな話し方。僕はその言葉に彼の思いの重さを感じ、謝るべきだと判断した。

 

「すみません。でしゃばりすぎました」

「ウチら無神経でした。ごめんなさい……」

 

 僕が頭を下げて謝ると、美波も同じようにペコリと頭を下げた。王家と縁を()っているということは余程の事情があるのだろう。無関係の僕らがしゃしゃり出るようなことじゃない。

 

「2人とも気にしないで。さぁ湿っぽい話はこれでおしまい。そろそろお夕食にしましょう」

「「はいっ」」

 

 とりあえず成り行きで腕輪は僕らが預かることになった。色々と聞きたいことはあるけど、これ以上聞くわけにもいかない。まぁ聞いたところで僕に何かできるとは思えないし、この話は忘れよう。

 

「あっ、そうだ! すっかり忘れてた! ルミナさん、今日はウチらがご馳走しようと思って材料を買ってきたんです」

「まぁ、そうなの? 何をご馳走してくれるのかしら?」

「はいっ、ウチらの世界で言う、”すき焼き”です!」

「すき焼き? 変わった名前ね」

 

 言われてみれば確かに変わった名前だ。今まで何の疑問も持たなかったな。でも名前なんてそんなもんだよね。美味しいから気にしないし。

 

「名前の由来は知らないんですけど、とっても美味しいんですよ。ウチらが作るのでルミナさんは休んでいてください」

「いいの?」

「はい、お世話になったお礼ですから。ね、アキ?」

「うん」

「それじゃお言葉に甘えさせていただこうかしら」

「任せてください! さぁアキ、作るわよ。手伝って」

「オッケー」

 

 僕らは先程買ってきた食材の袋を持ち、キッチンへと向かう。ルミナさんとマルコさんはソファに座り、その様子を楽しげに見守っていた。

 

「フ~ン。ネギと牛肉と卵と、それから……そいつはなんだ?」

 

 マルコさんが僕の手にしている袋を見て尋ねる。

 

「これはお米です。すき焼きにはご飯ですからね」

「ほぅ? 米とは珍しいな。こいつは楽しみだ」

「2人とも今日は僕らに任せてゆっくり休んでいてください」

「あぁ、そうさせてもらうぜ」

 

 キッチンに入った僕たちは早速すき焼きを作り始めた。レシピは美波が把握していたので僕は美波の指示に従うだけだ。

 

 まず肉に火を通し、砂糖と醤油で軽く味付け。その後、野菜や豆腐の類いを入れて美波が味付け。そして30分ほどですき焼きは完成。作るのはとても簡単だった。

 

 こうして、僕たちは久しぶりの和食を堪能することになった。マルコさんとルミナさんも初めての味に大喜び。僕たちも久しぶりに味わう和食に舌鼓を打った。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 楽しい食事が終わり、後片付けも終わった僕らは寝室に入った。今夜もこの家に泊めてもらうことになったのだ。だが寝る前にひとつ決めておかなければならないことがある。今後の行動についてだ。

 

「確か翔子が読んでた本によると、この国には腕輪が2つ贈られたのよね?」

「うん。そのはずだよ」

「じゃあこれ以外にもう1個あるってことよね」

「そうなんだけど、さっきルミナさんに聞いてみたら持ってないって言ってたよ」

「そうなの? それじゃどこにあるのかしら……」

「ん~……やっぱり王様に聞くしかないかなぁ」

「そうよね……でも答えてくれるかしら。この前の感じだと研究に夢中で話もできなかったけど」

「でもクレアさんも知らないみたいだったし、王様以外に聞くアテなんて無いよ?」

「とにかく一旦レオンドバーグに戻るしかなさそうね」

「だね」

「それにしてもこの腕輪、本当に貰っちゃっていいのかしら」

「う~ん……」

 

 なんだか悪いような気もするけど、あんまり王家の話をしてほしくないって感じなんだよね。それに今更返すと言っても断られると思う。

 

「ルミナさんがああ言ってるんだし、いいんじゃないかな」

「そうかしらね……」

「せっかくだから貰っておこうよ。それは美波が持っててくれる?」

「分かったわ。それで明日はどうする? すぐここを出る?」

「そうだね。レオンドバーグまでは1日半掛かるし、少しでも急いだ方がいいと思う」

「じゃあ明日の朝にはルミナさんたちともお別れね」

「……そうだね」

 

 別れは寂しいけど、だからといってここに(とど)まるわけにはいかない。雄二や姫路さんたちと一緒に元の世界に帰るためにここまで来たのだから。

 

「今日はもう寝ようか。明日は朝食前に出発しよう」

「そうね」

「それじゃおやすみ、美波」

「あ、待ってアキ」

「ん?」

「ほっぺの絆創膏取れかかっちゃってるわよ」

「え? べつに剥がれてなんか――っ」

 

 確認のために左頬に手を当てた瞬間、右の頬に熱い湿り気を感じた。

 

「……え、えっと……」

「ふふっ、嘘よ。おやすみアキ」

「う、うん。おやすみ」

 

 まったく……美波は不意を突くのが上手いな。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 翌朝。

 

 僕たちは町の北側にある馬車乗り場まで来ていた。既に馬車は待機していて、出発の時間待ち。僕と美波はその馬車に乗り込み、出発の時を待っている。馬車の後部出口の向こうではマルコさんとルミナさんが名残惜しそうにこちらを見ていた。

 

「気を付けて行ってねヨシイ君、ミナミさん」

「はい。ルミナさんもお元気で」

「腕輪、ありがとうございます。ウチ、大切にします」

「おしゃれに使うにはちょっとデザインが無骨だけどね。ウフフ……」

「大丈夫です。おしゃれ用はアキに買ってもらいますので」

「えぇっ!? ぼ、僕が買うの!?」

「嫌なの?」

「う……嫌じゃないんだけど、その……高いのは勘弁してよ?」

「分かってるわよ。アンタの財力は把握してるんだから、無茶な要求なんかしないわよ」

「あぁ良かった……」

「そうね。2万円くらいのがいいかしら」

「高いよ!? ものすっごく高いよ!!」

「なんてね。冗談よ」

「な、なんだ冗談か。ビックリしたぁ……」

「アンタもそろそろ冗談か本気かくらい判断できるようになりなさいよね」

「そんなこと言ったって分かんないよ……」

「まぁ、それでこそアキなんだけどね」

「悪かったね」

 

 しばし、あははと4人で笑う。すると馬車の出発時間だと御者(ぎょしゃ)のおじさんが声を掛けてきた。

 

「ヨシイ、残りの腕輪、見つかるといいな」

「見つけてみせますよ。必ず」

「言い切るねぇ。それでこそ男だ。……んじゃ、達者でな」

「はいっ! 色々とありがとうございました!」

「あの……ヨシイ君、ひとつだけお願いがあるのだけど……いいかしら?」

「はい? なんですかルミナさん?」

「レナード陛下にお会いになったら、伝えてほしいことがあるんです」

「いいですよ。なんて伝えればいいですか?」

「……ルミナは元気です。と」

 

 ルミナさんはそう言うと、目だけで微笑んだ。その表情は彼女の複雑な心境を現しているかのようだった。

 

「分かりました。任せてください! 必ず伝えます!」

 

 少しでも彼女を笑顔にしたい。そう思った僕は力一杯、返事をした。その直後、ヒヒィンという馬の(いなな)きと共に馬車が動き出した。出発だ。

 

「マルコさん! ルミナさん! お世話になりました! お元気で!」

 

 僕は美波と共に後部出口から身を乗り出し、手を振り続ける。手を振り返す彼らの姿はみるみる小さくなっていく。それでも僕たちは手を振ることをやめなかった。

 

 馬車は徐々に加速し、僕らを乗せて走る。やがて馬車は外周壁を出て、ついに彼らの姿は見えなくなってしまった。僕たちは腕を降ろし、後部に広がる草原をぼんやりと眺めた。

 

「……見えなくなっちゃったね」

「……そうね」

 

「「……」」

 

 彼らには恐らくもう二度と会うこともないだろう。そう思うと、胸がジンと熱くなってきてしまった。けれどここで寂しがっていては笑顔で送り出してくれた彼らの思いを無駄にしてしまう。今は悲しまずに前に進むことだけを考えよう。

 

「よし! 目指すはレオンドバーグ! 頑張ろう美波!」

「うんっ!」

 

 こうして僕たちはもうひとつの腕輪を求め、レオンドバーグへの道を走り出した。

 




次回、チームしょうゆ編。
ガルバランド王国に残った雄二と翔子の物語が始まります。

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