バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第六話 旅立ちの時

 異世界に来てから4度目の朝を迎えた。今日はマルコさんの仕事は休みらしい。

 

 昨晩、ルミナさんは「おさらいをする」と言っていた。しかしせっかくマルコさんが休みなのだから今日くらいはマルコさんと一緒に過ごしてほしい。けれど僕がそう願い出るとルミナさんは、

 

「それじゃあ今日はお買い物を兼ねて町の見学に行きましょう」

 

 ポンと両手を合わせ、こう言ってきた。最初は話が通じていないのかと思った。けれどよく聞くと”3人で町に出掛けよう”という意味だったらしい。それを聞いたマルコさんは即座にこれに賛同。そういうことなら話は別だ。今日までずっとこの家に籠りっぱなしだったので外の様子を見てみたかったし、マルコさんが一緒なら僕も異存はない。そんなわけで意見は満場一致。今日は3人で外に出て町の様子を見ることになった。

 

「まずは商店街かしらね」

 

 家を出た僕らはルミナさんの案内の元、商店街へと向かった。商店街は歩いて10分程度の所にあるらしい。早速行ってみると商店街は大勢の人で賑わっていた。しかし商店街といってもアーケードのような屋根も無く、やはり道も舗装されていないようだ。両側には石やレンガで作られた建物がずらりと並び、様々な看板が下げられている。

 

 こういった光景を見ても、もう最初にこの町を見た時ほどの衝撃は受けない。見るのが2度目だからというのもあるが、それ以前にこの光景が当たり前であると考えるようにしたからだ。だから今は店で売られている物や、町行く人々の様子などに目が行く。

 

 ただ、こうして町を歩いていると、どうしても美波と一緒に買い物をしていた時のことを思い出してしまう。目の前で楽しそうに話すマルコさんとルミナさんを見ていると胸が締めつけられてしまう。

 

 心配してるだろうな……美波……。

 

 町を見学中に何度こう思ったことか。できることならすぐにでも飛び出して行きたい。帰る手段を一刻も早く探したい。でもルミナさんの教えも守りたい。揺れ動く気持ちを僕はぐっと抑え込み、我慢する。

 

 ――焦るな。今はこの世界の生活を目に焼き付けるんだ。

 

 そう自分に言い聞かせて。

 

 

 

 昼過ぎには買い物と町見学を終わらせ、僕たちはマルコさんの家へと戻った。その後は2人に教わりながらこの2日間で教わったことを復習した。

 

 僕が目指すべきはレオンドバーグ。そこまでの道のりは結構長い。まずハーミルへと移動し、そこから山道を上り峠町サントリアへ。更に西側の町ミロードへと移動し、そこから北に行ってようやくレオンドバーグだ。移動はすべて馬車になるだろう。だが1日では移動しきれない距離だ。ルミナさんの説明によると1日で行けるのはサントリア辺りが限界だという。サントリアで一度宿を取り、翌日移動することになるだろう。

 

 ここで僕は重大なことを忘れていたことに気付いた。

 

 馬車や宿には当然お金がかかる。でも僕は無一文だ。だからまずお金を稼ぐ必要があるのだ。

 

 お金を稼ぐには、やはり働くしかないだろう。幸い今日見た飲食店の1つに”ウェイター募集”の張り紙があったのを見た。まずはそこで働かせてもらい、レオンドバーグに行くのに必要なだけの資金を得よう。大丈夫。ウェイターならラ・ペディスで経験している。きっとなんとかなるさ。あの時は店長が大暴れして結局バイト代貰えなかったけどね。

 

「ヨシイ」

「はい?」

「ほれ」

 

 そんなことを考えていたらマルコさんが封筒のようなものを手渡してきた。

 

「これは?」

「旅の路銀だ。目的地に行くくらいの(かね)は入れてある。持って行け」

「え……い、いいんですか!?」

「あぁ。けど俺にできるのはここまでだ。そこから先は自分でなんとかしな」

 

 ニカッと歯を見せて笑うマルコさん。

 

「…………ありがとう……ございます……!」

 

 この世界に来てからマルコさんとルミナさんには多数の恩を受けている。だというのに僕はその恩を1つも返せていない。明日、旅立てば恐らくもう2度と会えないだろう。こんなにも恩を受けているのに、僕には礼を言うことしかできないのだ。悔しさと嬉しさが混ざり合い、胸の中をもみくちゃにする。

 

「まぁ気にすんな。たいして入ってねぇからよ」

「……すみま……せん……!」

 

 深く頭を下げる僕。そうしていると思わず目尻が熱くなってきてしまった。

 

「おいおい、泣くヤツがあるか。お前の帰りを待ってるヤツがいるんだろ? とっとと帰ってやんな!」

 

 マルコさんはガハハと笑いながら僕の背中をバンバン叩く。正直、叩かれた所がジンジンするくらいに痛かった。でもそれは不快な痛さではなく、どこか暖かさのある痛みだった。

 

「あなた、そんな力で叩いたらヨシイ君が壊れてしまいますわ」

「お? そうか、こりゃすまんかった。はっはっはっ!」

「ごめんねヨシイ君。ほんとこの人ったら加減を知らないんだから」

「いえ……大丈夫です」

「そう? それなら良かったわ。ふふ……」

 

 この日の夜、僕は2人への感謝の気持ちを込めて夕食を用意した。僕にできる恩返しがこれしか思いつかなかったから。2人はこれを美味しいと、とても喜んでくれた。これで少しは恩返しできただろうか。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 翌朝。旅立ちの時が来た。

 

「このご恩は一生忘れません!」

 

 家を出たところで送り出すマルコさんとルミナさん。僕は2人に向かって深々と頭を下げた。それはもう膝に(ひたい)をぶつけるくらいの勢いで。

 

「達者でな。ちゃんと元の世界に帰るんだぜ」

「はいっ!」

「ミナミさんによろしくね」

「はいっ! マルコさんルミナさんもお元気で!」

 

 僕はもう一度、今度は頭を地面に付けるくらいの気持ちで頭を下げる。そして2人を見ることなく身体を反転させて歩き出した。……見れば涙が溢れてしまいそうだったから。

 

 懐中時計を懐に忍ばせ、弁当と封筒を入れた革のリュックを背負い、僕は力強く歩く。リュックと懐中時計はマルコさんが譲ってくれたものだ。彼は「使い古してもう捨てようと思っていたものだ」と言っていた。でも見た感じそれほど古いものでもない。きっと気を遣ってくれたのだろう。本当に”感謝”の気持ちしかない。

 

 ……絶対に元の世界に帰ってやる!

 

 この決意を胸に、僕は駅馬車の乗り場へと向かった。

 

 

 乗り場へは歩いて約30分。町中の様子に気を配り、目に入ったあらゆる物を覚えるつもりで歩いた。町人の着ている服は無地のものが多く、派手な格好をした人はいなかった。僕の着ているブレザーのような服も見かけない。たまに「お。これは?」と思う人がいると思えば、銀色の甲冑に身を包んだ鎧騎士だったりする。

 

 こうして町の様子を見ながら歩いていると思わず目的を忘れそうになってしまう。けれどそれは手に持った地図が思い出させてくれた。この地図は「道に迷わないように」とルミナさんが書いてくれたものだ。

 

「ここを左に曲がる、と」

 

 地図の通りに歩いて行くと馬2頭の姿が見えてきた。その後ろにはアーチを描いた屋根を持つテントのようなものが見える。茶色い布で覆われたそれは4つの木製の車輪に支えられ、車の形状をしていた。どう見ても教科書に載っていた”馬車”だ。どうやらあれがハーミル行きの馬車のようだ。本当に馬車が交通手段なんだ……。

 

 驚きを隠しつつ運賃を払い、早速乗り込もうとする僕。するとその時、御者(ぎょしゃ)のおじさんに「珍しい格好だね。どこから来たんだい?」と尋ねられた。この格好が珍しい? と我が身を見下ろしてみる。

 

 黒いジャケットに淡い紺色のスラックス。僕にとっては見慣れた文月学園の制服。確かに昨日町中を歩いていてもこういう格好をした人は見かけなかった。この世界の住民にとっては珍しいのかもしれない。

 

 で、どこから来たかって? それはもちろん、

 

「異世界です」

「はぁ?」

「異世界です!」

「あ、うん。そ、そうか。異世界か。なるほどね……ハハハ……」

 

 苦笑いをするおじさん。おじさんには僕の答えが理解できないようだった。そりゃそうだろうね。僕だっていきなりこんなことを言われたら頭がおかしいんじゃないかと思ってしまう。でも本当のことなんだからしょうがない。

 

「ほれ、乗るなら早く乗りな。おいて行くぞ」

 

 御者台(ぎょしゃだい)に昇ったおじさんがあまり関りたくなさそうに言う。

 

「わーっ! 待って待って! 乗ります、乗ります!」

 

 お金を払ったのにおいて行かれては堪らない! 僕は慌てて客車に乗り込む。すると馬が「ヒヒン」とひと声鳴き、馬車は走り出した。

 

 馬車は徐々に加速しながら町中を走る。茶褐色のレンガで作られた家が並ぶ町並み。その合間を馬車は風のように駆け抜ける。車窓から町を眺めていると、しばらくして馬車は町の外周壁に到着した。2人の甲冑姿の兵士が大きな門を開け、馬車はそこから町を出る。

 

「ここから先は揺れますぜ。気をつけてくだせぇ」

 

 御者のおじさんが客車の僕らに声を掛ける。ラドンの町ともお別れだ。

 

 乗客は僕を合わせて4名。馬車は荒れた道を進み、ガタガタと突き上げるように揺れる。しばらくすると初日に魔獣に襲われた木が見えてきた。

 

 ……あそこでマルコさんに助けられたんだ。

 

 そう思いながらじっとその木を見つめていると、馬車はあっという間にその場所を通り過ぎてしまった。僕は後方に流れて行く木を見送りながらこの数日間の出来事を噛み締めるように思い起こした。

 

 マルコさん……助けてくれてありがとうございました。

 

 ルミナさん、色々なことを教えてくれて、ありがとうございました。

 

 ……

 

 美波……待っててくれ! 必ず帰るから!

 

 

 

 流れゆく草原を眺めながら、僕は強く心に誓った。

 




次回、物語は動き出します!

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