バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第二十話 はじまりの町

 僕たちはついに目的の町、ラドンに到着した。久しぶりの町。この世界に来て初めて世話になった町。この異世界での生活はここから始まったとも言える。

 

 土が剥き出しの道。

 レンガや石造りの建物。

 薄緑色の膜で覆われた空。

 町の中央に聳え立つ白い円筒形の魔壁塔(まへきとう)

 

 内部の様子は以前ここを出た時と何ら変わりはない。すべてがあの時のままだった。

 

「ふ~ん……ここがラドンの町なのね」

 

 美波が周囲を見回しながら言う。

 

「そうだよ。いやぁ、なんだか懐かしいなぁ」

「なによ。レオンドバーグに着いた時にウチがそう言ったら”そんなことない”って言ってたくせに」

「へ? 僕が?」

「えぇそうよ。忘れちゃったの?」

「そうだっけ?」

 

 うーん。言われてみればそんなことを言ったような気がする。

 

「まったく……ホント忘れっぽいんだから。まぁいいわ。それで腕輪の在り処については心当たりはあるの?」

「それがまったく無いんだよね」

「えっ? そうなの? 王様は行けば分かるって言ってたじゃない」

「そうなんだよね。だから馬車を降りた所にでもあるのかと思ったんだけど……」

「この辺りにそれらしい物なんて何も無いわよ?」

「う~ん……ちょっと探してみようか」

 

 僕たちは2人がかりで駅周辺をくまなく探してみた。けれどこの停車駅にはベンチがひとつあるだけで、あとは6本の柱に支えられた小さな屋根が頭上に広がっているだけ。ベンチの周りや屋根の内側、それに屋根の上まで確認したけど腕輪なんてどこにもなかった。腕どころか美波が言うように何も無かったのだ。

 

「無いわね……」

「う~ん……それじゃどこにあるんだろう」

「アンタこの町で何日か過ごしたんでしょ? その時に何か見てないの?」

「あの時は腕輪の存在なんて知らなかったし、たとえ見てたとしても覚えてないと思うんだよね」

「まぁそうでしょうね。でもこうなるともう知ってそうな人に聞いてみるしかなさそうね」

「やっぱそうだよね……」

 

 やれやれ、また聞き込みか。この世界に来てからこればっかりだな。こういうところはまるでゲームそのものだ。片っ端から話し掛けてヒントを貰う”クエスト”みたいでさ。仕方ない。そこの商店街の中で聞いてみるか。

 

 ……でもその前に。

 

「あのさ美波、その前に一ヶ所寄りたい所があるんだけど、いいかな」

「寄りたい所?」

「うん。とってもお世話になった人の所なんだ」

「いいわよ。それじゃまずそこに行きましょ。でもちゃんと腕輪のことも聞くのよ?」

「分かってるよ」

 

 美波はその”寄りたい所”が誰の所なのかを聞かなかった。その寄りたい所に誰が居るのか。僕はその名を口にしていない。

 

 そこに居る人。それはルミナさんだ。ルミナさんはこの世界で僕が最初に出会った人、マルコさんの奥さん。途方に暮れている僕に生活の基礎を教えてくれた人だ。つまり僕にとってこの世界で一番の恩人になる。美波はこうした僕の思いを感じ取ってくれたのだと思う。

 

「場所は覚えてるの?」

「もちろんさ。案内するよ」

 

 このラドンの町は東側を主に農業地が占め、西側には商店などの商業地が広がっている。これは当時ルミナさんから教わった知識だ。マルコさんの家は西側。商店街の外れにある。今いるのは町の北側で、農業地区と商業地区のちょうど境目になっている。ここからマルコさん宅に行くには右手に見える商店街を抜けて行けばよい。確か歩いて30分くらいだ。

 

「こっちだよ」

 

 早速僕らは右手の商店街ゲートをくぐり、マルコさんの家に向かった。そこは以前と変わらぬ活気に溢れていた。沢山の買物客と飛び交う威勢の良い声。それらを耳にした瞬間、僕の胸には懐かしさのような感情が込み上げてきた。

 

 ……二度と戻ることはないと思っていたのにな……。

 

 そう思うとなんだか胸にジンと熱いものが込み上げてくる。これが”万感の思い”というやつなのだろうか。

 

「結構賑やかな町ね」

「うん。ここの人たちは愛想の良い人が多いんだ」

「国の(はじ)っこの町だから静かな所って思ってたわ」

「ははっ、ここは商店街だからね。どうせなら元気に売った方が買う方も嬉しいじゃん?」

「それもそうね」

 

 そんな話をしながら歩いていると――――

 

『ん? おいヨシイ! ヨシイじゃねぇか!』

 

 突然脇の店のカウンターから男が身を乗り出して声を掛けてきた。

 

「あ……ど、どうも」

『久しぶりだなぁ! ん? 隣の子は誰だ? 今日はルミちゃんと一緒じゃねぇのか?』

「えぇまぁ、色々ありまして……」

『そうか色々か。あんまりルミちゃん困らせるんじゃねぇぞ? ところで何か買っていくか?』

「いえ、今日は買い物に来たわけではないので」

『そんじゃしゃーねぇな。またうちで買ってくれよな!』

「はい。その時にまた」

 

 やれやれ驚いた。まさか僕のことを覚えている人がいるとは思わなかったな。さて、ではルミナさん宅へ……。

 

『あら! ヨシイちゃんじゃないの! アンタどこ行ってたのよ!』

 

 と思ったらそうはいかなかった。

 

「あ。こ、こんにちはおばさん」

『しばらく見なかったじゃないの。元気にしてんのかい?』

「は、はい……」

『おうヨシイ! 買い物か? 何探してンだ? ウチで買っていけよ!』

「いえ、今日は特に探しているというわけでは……」

『おおヨシイ! 久しぶりだな! 今日はいいネタ入ってるぜ! 見て行けよ!』

「すみません。今は先を急いでまして……」

『そうか。んじゃまた後で寄ってくれよ!』

 

 こんな具合に次から次へと声を掛けられてしまい、その都度足止めを食ってしまう。彼らはこの商店街の各店の店長やオーナーだ。ルミナさんと一緒に買い物に出た時に紹介されたので覚えられてしまったようだ。

 

 しかしこれではなかなか先に進めない。かといって無視するわけにもいかない。仕方なく当たり障りの無い言葉を選んで切り抜けようとする僕。そうして何人の人に話し掛けられただろう。ようやく商店街を抜けた頃には僕はすっかり疲弊してしまっていた。

 

「つ、疲れた……」

「凄いじゃないアキ。大人気よ」

「そうなのかな……それにしては、やたらとポンポン頭を叩かれたけど……」

「きっと愛情表現よ」

「そうかなぁ」

「ぜったいそうよ。間違いないわ」

「どうしてそんなことが分かるのさ」

「だってウチも前は――――な、なんとなくよ!」

「? いま何か言いかけなかった?」

「気のせいよ」

 

「「……」」

 

 気のせい……か? まぁいいや。今はそんなことより先を急ごう。

 

「ところでアキの言う寄りたい所ってどのあたりなの?」

「あぁ、すぐそこだよ。ほら、そこの角を曲がって真っ直ぐ行ったところさ」

 

 僕は道の数メートル先を指差す。あの曲がり角を曲がれば、赤いレンガの家が見えてくるはず。それがマルコさんとルミナさんの暮らす家だ。2人とも居るといいな。

 

「やっと着いたのね。結構時間が掛かったわね」

「色々と足止めを食っちゃったからね……」

 

 この町に到着してから既に1時間が経過しようとしている。商店街の人たちに絡まれなければ、これほど時間は掛からなかっただろう。でも彼らも悪気があってやったわけではない。恨んではいけないのだ。

 

「よし、もうちょっとだ。急ごう」

 

 僕らはこのまま道を進み、角を曲がった。すると予定通り赤い壁の一軒家が見えてきた。その家の前では1人の女性が洗濯物を取り込んでいる。あの長い茶色い髪の後ろ姿。間違いない。あれはルミナさんだ。

 

「行こう美波! あれがルミナさんだよ!」

「えっ? ど、どうしたのよアキ、そんなに急がなくてもいいじゃない」

「いいから早く早く!」

 

 僕は美波の手を引き、赤い家を目指して走る。

 

「ルミナさん!」

 

 そして洗濯物を手にしている女性に声を掛けた。

 

「えっ……? よ、ヨシイ君!?」

 

 振り向いた彼女は目を丸くして驚いていた。鳩が豆鉄砲を食ったような顔とは、まさにこういう表情のことを言うのだろう。

 

「どうしたのヨシイ君! あなた元の世界に帰ったんじゃないの!?」

 

 茶色い髪を腰まで伸ばしたストレートヘア。透き通るような青い瞳。ロングスカートのワンピースに包んだ細い身体も以前と変わりなかった。

 

「お久しぶりですルミナさん。実はその元の世界に帰るためにここに戻って来たんです」

「えっ? ど、どういうことなの?」

「えーとですね、実は――」

「待ってヨシイ君。話すのなら家の中でゆっくり話さない?」

「あ、そうですね」

 

 確かに少々長い話になりそうだし、落ち着いて話したほうがいいだろう。

 

「ところでそちらの方は?」

 

 ルミナさんが僕の隣に目を向けて尋ねる。そうだ、美波は初対面だった。紹介しなくちゃ。

 

「こちらは島田美波といいまして、僕の――」

 

 えーと……。

 

「僕の大切な仲間です」

 

 こう告げた瞬間、なぜか隣から凄まじい殺気を感じた。見ればすぐ横では美波が凄い形相で僕を睨みつけていた。何か恨まれるようなこと言ったかな……。

 

「まぁ、あなたがミナミさんなのね。ヨシイ君から聞いてるわよ。世界で一番大切な人だって」

 

 はいぃ!?

 

「ちょ、ちょっとルミナさん何言ってんですか!?」

「違ったかしら?」

「いや、違わないですけど……って! そうじゃなくて! と、とにかく家に入りましょう! さぁ早く!」

「どうしたのよヨシイ君そんなに慌てて」

「ほ、ほら、こんな所で立ち話していたら洗濯物を落っことしちゃうからさ!」

「それもそうね。それじゃ2人とも上がって」

 

 ふぅ……やれやれ。なんとか誤魔化せたかな。

 

「ね、ねぇアキ? せ、世界で一番大切な人って……」

 

 って誤魔化せてなかったーー!!

 

「なんでもないよ!? そんなことより早く家に上がらせてもらおうよ!」

「そうね。それじゃお邪魔してその話をゆっくり聞かせてもらおうかしら」

「こ、今度ね今度! さぁさぁ入った入った!」

 

 僕は美波の背を押し、家の中に入った。

 

「2人ともホットミルクでいい?」

 

 洗濯物を片付けたルミナさんはポットを手に僕たちに尋ねる。そういえば喉が渇いたな。馬車に3時間も乗っていたのだから当然か。

 

「「はいっ、それでお願いします」」

 

 まったく同時に同じ台詞を言ってしまう僕と美波。

 

「まぁ、あなたたち息ピッタリね。ウフフ……テーブルの席で待ってて。すぐ温めるわ」

 

 ルミナさんは顔を赤らめる僕たちを見て、クスクスと笑っていた。なんだかとっても恥ずかしい……。僕たちは赤面しながらテーブルの席に着いた。

 

(ちょっとアキ、真似しないでよ)

(美波の方こそ真似しないでくれよ)

(別にアンタの真似をしたわけじゃないわよ)

(僕だって……)

(それにしてもルミナさんって綺麗な人ね)

(うん。物腰も柔らかいし、とっても美人だよね)

(ふんっ、どーせウチはブスでガサツですよーだ)

(誰もそんなこと言ってないじゃないか。何か怒ってる?)

(怒ってないわよ)

(そうかなぁ)

(怒ってないって言ったら怒ってないの!)

(わ、分かったよ。そんなにムキになんないでよ)

(ふんっ)

 

 やっぱり怒ってるよね、これ。なんてことを小声で言い合っていると、いつの間にかルミナさんが戻って来ていた。

 

「なぁに? 2人で内緒話?」

 

 はぅっ! ルミナさんに聞かれた!?

 

「い、いや! そんなんじゃないです!」

「別に内緒ってわけじゃないんですよ!? ウチらはただ言い争ってただけで!」

「仲が良いのね。ウフフ……」

「「そ、そんな……」」

 

 な、なんか調子狂うなぁ……。

 

「それでヨシイ君、どうして戻ってきたの?」

 

 ルミナさんが向かいの席に座って尋ねる。そうだった。説明しなきゃ。

 

「実は元の世界に戻る鍵ってのが分かったんですけど、それがこの町にあるらしいんです」

「まぁ、そうなの。その鍵っていうのはどんな鍵なの?」

「美波、腕輪の絵を」

「うん」

 

 美波が鞄から霧島さんが書いてくれた腕輪の絵を取り出し、ルミナさんに見せて尋ねる。

 

「こんな感じの腕輪なんです。見た事ありませんか?」

「鍵って腕輪なの? 金属の棒でできたようなあれじゃなくて?」

「ウチらが鍵って呼んでるのは”手掛かり”って意味の鍵なんです」

「そういうことだったのね。あら? この腕輪、どこかで見たような……?」

 

「「ほ、ホントですか!?」」

 

 またも美波と僕の台詞が重なる。別に狙ってやってるわけじゃないんだけどな……って、そんなことはどうでもよくて、

 

「ルミナさん! どこで見たんですか!?」

「つい最近見たような気がするのだけど……ごめんなさいね。思い出せないわ」

「そうですか……」

 

 まぁそう簡単に見つかるわけがないか……。でもルミナさんが見たことがあるということは、この町にあることは間違いなさそうだ。彼女の行動範囲を考えると予想されるのは買い物をする商店街だ。見たことがあるとすれば、やはり商店街である可能性が高い。宝石店とかで売られていたということだってあり得るだろう。

 

「あ、ちょっと待って。そろそろミルクが暖まる頃だと思うから」

 

 ルミナさんはそう言うと席を立ち、キッチンへと静かに歩いていった。

 

 さて、この後どうするか。期限がある以上、ルミナさんが思い出すのを待っているわけにもいかない。となれば、僕らが取るべき行動はひとつ。聞き込みだ。

 

 日が落ちるまではまだ少し時間があるようだし、幸いなことにこの町の商店街の人たちには顔見知りも多い。先程手荒な歓迎を受けているし、彼らなら協力を得られるかもしれない。よし……。

 

「美波、この後商店街に戻って腕輪のことを聞いて回ろうと思うんだけど、どうかな」

「いいわよ。ウチもちょうどそう思ってたところなの」

「そっか、それじゃ決まりだね」

「ちょっと待ってヨシイ君」

 

 行動予定を決めたところで、ミルクカップを両手に持ったルミナさんが戻ってきた。

 

「なんでしょう?」

「今日はもう休んで明日にしたら?」

「ほぇ? なんでですか?」

「だって今日ずっと移動だったんでしょう? 疲れたんじゃない?」

 

 確かに今日は朝からずっと馬車で移動していた。ルミナさんの言うように疲れはある。しかしここまで来るのに既に3日を費やしている。ガルバランド王国へ帰るのにも3日掛かることを考慮すると、探索に使える日数は4日間だ。だから今日やれることは今日のうちにやっておきたい。

 

「大丈夫です。僕らまだ動けますから。ね、美波」

「えぇ。もちろんよ」

 

 軽くガッツポーズを作り、美波も同意してくれた。だがルミナさんはこんな僕らに反対してきた。

 

「ヨシイ君。私の言いつけを忘れたの?」

「言いつけ? えぇと……なんでしたっけ」

「焦ってはダメ。慌てて行動すると思わぬ失敗をしてしまう。前にそう言ったでしょ?」

「うぐ……」

「ミナミさん、あなたもよ。ヨシイ君と一緒ならなんでもできるって思ってない?」

「えっ? ウチは……そんなことは………………あるかも……」

 

 僕たちはルミナさんに(たしな)められ、すっかり意気消沈してしまった。テーブル席に座り、置かれたミルクカップを前に俯く僕と美波。そんな僕たちにルミナさんは今度は優しく語り掛けてくれた。

 

「自分や仲間を信じて行動することは良い事よ。でも勇気と無茶は別物。それだけは覚えておいてね」

「「……はい」」

「素直でよろしい。じゃあ今日はもうおしまいね。宿は取ったの?」

「いえ、これからです」

「それじゃうちに泊まっていく?」

「いいんですか?」

「もちろんよ。ヨシイ君なら大歓迎よ。あなたの”世界で一番大切な人”も一緒なら尚更ね」

 

 んがっ!?

 

「る、ルミナさん、その話は忘れてくださいよ……」

「あらどうして? いい話じゃない。私は好きよ?」

「あの……ルミナさん、ウチにもその話を詳しく聞かせてもらえませんか?」

「美波も何言ってんの!? そんなの聞かないでよ!」

「いいわよ? それじゃ一緒にお風呂に入りながらゆっくりお話ししましょうか」

「えぇぇっ!? ちょ、ちょっと待ってよ! そんなのダメだって!」

「何を慌ててるのよアキ。いいじゃない、恥ずかしい話でもないし」

「僕にとってはこれ以上ないくらい恥ずかしいんだけど!?」

「さぁ行きましょうミナミさん」

「はいっ!」

「あぁっ、ま、待って……お願いルミナさん、後生だから……」

「アンタは大人しくそこで待ってなさい。覗いたら殺すわよ」

「んのぉぉーーーーっ!!」

 

 美波とルミナさんは叫ぶ僕を置いて、楽しそうに話しながら出て行ってしまった。リビングに1人取り残された僕。

 

 あぁ……僕の恥ずかしい台詞が美波に知られてしまう……。

 


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