バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第十八話 ハートの掴み方

 翌朝。

 

 僕らは予定通り朝のうちにミロードの町を出発。峠町サントリアに向けて移動を始めた。馬車の出発時刻は昨日のうちに調べてある。今日の第1便に間に合うようにホテルを出て、予定通り馬車に乗る。こうした段取りを整えたのはすべて美波だ。まったく、これじゃどっちがリーダーなのか分からないじゃないか。

 

 馬車はガタガタと激しく音を立て、山道をひたすら走った。乗客は家族連れやご老人など僕らを合わせて9人。ほぼ満席だ。しかし誰一人として声を出す者はおらず、皆座席に腰を下ろし静かに到着を待っていた。僕が思うに、こうして全員が沈黙している理由として考えられるのはひとつ。喋ると舌を噛むからだ。

 

 なぜそう思うのか? それは僕自身が経験したから。美波と話そうとした瞬間、下から突き上げるような揺れで舌を噛んでしまったのだ。血は出なかったけれど、とっても痛かった……。

 

 そんなトラブルがあったものの、他には特に障害も無く馬車は無事峠町に到着。乗客は全員降りてサントリアの町中へと消えていった。僕らも馬車を降り、まずは「ふぅ」とひと息つく。

 

「ねぇアキ大丈夫? 舌、噛んだんでしょ?」

「あぁ、なんとかね。血は出てないし、たぶん大丈夫さ」

「まったく、気をつけなさいよね」

「ごめんごめん。さて、それじゃこのまま次の町に向かおうか」

「そうね」

 

 今日は一気にラドンまで移動する予定だ。現在位置は町の西端。ハーミル行きの馬車乗り場は町のちょうど反対側にある。僕たちは早速そこに向かって歩き始めた。

 

 この町も例に(たが)わず、上から見ると円形をしているらしい。そしてその中央には大きな道が真っ直ぐ東西に伸びていて、ハーミル行きの馬車乗り場へはこの道を真っ直ぐ進めば到着するというわけだ。サントリアは小さな町だ。(はじ)から(はじ)まで歩いても20分掛からないだろう。

 

 ただしひとつ問題がある。以前この町を通った時は道の途中に高い柵が建てられ、完全に封鎖されていた。もし今もまだ封鎖されているとしたら面倒なことになる。さて、どうしたものか……。と悩みながら歩いていると、例の封鎖されていた場所が見えてきた。

 

 ……あれ?

 

 やけに視界がクリアだ。薄緑色の空と、遥か遠くには灰色の山肌が連なっているのが鮮明に見える。理由は単純だった。あの10メートルはあろうかという高い柵が無いのだ。それにあの時のような警備の兵士もいないようだ。

 

 気がつけば通りは大勢の人で賑わい、自由に行き来している。そうか、閉鎖は解かれたのか。それでこんなに人が多いのか。

 

「ねぇアキ、本当にここが封鎖されてたっていう町なの?」

 

 美波が周囲をキョロキョロと見回しながら言う。

 

「そうだよ。でももう封鎖は解かれてるみたいだね」

「ふ~ん……こうして見ると普通の賑やかな町に見えるわね」

 

 確かに今の様子からは封鎖されて兵士が見張っていたなんて想像できないだろう。当時の様子を目にしている僕でさえ、夢でも見ていたんじゃないだろうかと思うくらいなのだから。でもあの時、この道が大きな柵で閉鎖されていたのは紛れもない事実なのだ。ムッツリーニと一緒に兵士に変装して、すり抜けたのだから。

 

「王子同士で争わなくなったからもう封鎖する必要がなくなったんだろうね。これがこの町の本来の姿なんじゃないかな」

「ふ~ん……」

「とりあえずここでお昼ご飯にしようか。また馬車に数時間乗ることになるし」

「そうね」

 

 そんなわけで付近の飲食店に入り、軽くランチタイム。店は大勢の人で賑わい、満員御礼状態だった。今まで通りたくても通れなかった人たちが一斉に押し寄せてしまったのだろうか。そう思わせるくらいの混み具合だった。

 

 混雑の中、とりあえず作るのが簡単そうなパスタランチを注文。しかし長居しては申し訳ないと思えるほど混んでいたので、僕たちは食事を終らせるとすぐに店を出てきてしまった。

 

「なんだか慌ただしかったわね」

「しょうがないよ。この混雑じゃ」

「まぁウチらも先を急ぐからいいんだけどね」

「そういうことだね。さ、行こうか。次はハーミルの町だ」

「うん」

 

 僕らは手を取り合い、ハーミル行きの馬車乗り場に向かって歩き出した。するとその直後、

 

『おーい! ヨシイ! ヨシイじゃねぇか!』

 

 と、後ろから親しげに話し掛ける者がいた。誰だ? こんな所に知り合いなんていないと思ったけど。もしかして新手のオレオレ詐欺か?

 

 少し警戒しながら振り向くと、大きな剣を背負い、青い鎧に身を包んだ男がそこにいた。

 

「ウォーレンさん!」

「おう! 久しぶりだなヨシイ!」

「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」

「おいおい、ンな堅苦しい挨拶はナシだぜ。俺とお前の仲じゃねぇか。いや~それにしても久しぶりだな! どうだ、しっかり剣の修行してっか?」

「ほぇ? 剣の修行?」

「あ~ン? その様子じゃサボってやがるな?」

「いや、だって僕剣士じゃないし……」

「何言ってンだよ! お前ならいい剣士になれるって! しっかり修行を積めば俺を超えるくらいに強くなれるさ!」

「は、はぁ……」

 

 この男の名はウォーレン。手練(てだ)れの剣士であり、馬車の警護を生業(なりわい)としている。無造作にかき上げた茶色い髪と不精髭が特徴のノリの軽い人だ。最初に彼と出会ったのは、ハーミルからサントリアへ向かう馬車の中だった。

 

(ねぇアキ、誰なの? 知り合い? ずいぶん親しそうだけど……)

 

 僕の肩をバンバンと叩くウォーレンさんに戸惑っていると美波が小声で話し掛けてきた。そうか、美波は初対面だっけ。

 

「えっと、このおじ――」

「お兄さんだ」

「お、お兄さんはウォーレンさんと言って、魔獣から僕を守ってくれた恩人なんだ」

 

 おじさんと呼ばれるのは嫌なんだな。歳は30くらいだと思うけど、そういうのが気になる年頃なんだろうか。

 

「いやぁ~恩人だなんて大げさだぜ。あん時はお前だって大活躍だったじゃねぇか」

「いや……あの時はもう無我夢中で何がなんだか分かんなかったし……」

 

 あの時とは、ハーミルから乗った馬車の魔障壁装置が故障し、魔獣の群に襲われた時のことだ。召喚獣を使えることが分かったのはこの時だった。この時、やけくそになって「召喚(サモン)」と叫んだら服が召喚獣の装備に変わったのだ。そして僕はその召喚獣の力を使い、ウォーレンさんと共に魔獣を追い払ったというわけだ。

 

「謙遜すんなって。で、どうだヨシイ、本気で修行してみねぇか?」

「修行って……もしかして剣のですか?」

「ったりめーよ。他に何があるってんだ」

 

 料理とか?

 

「だから僕は剣士になる気は無いんですってば」

「そうか? 勿体ねぇなぁ。お前ならいい相棒になれると思うんだがな」

「そ、そう言われても……」

 

 僕が木刀を持っていたのは召喚獣のスタイルなだけで、僕自身、剣士になるつもりは毛頭ない。ウォーレンさんは僕を仲間にしたいみたいだけど、受け入れるわけにはいかないのだ。だって大して筋肉も付いてない僕に剣士が務まるとも思えないし、そもそも僕らは元の世界に帰るつもりだから。

 

「ん? ところでヨシイ、そっちの子は誰だ?」

 

 ウォーレンさんがチラリと美波に目を向けて尋ねる。そういえば美波に紹介している途中だった。

 

「こっちは美波……じゃなかった、えぇと、島田美波といって――」

「はじめまして。島田といいます。アキが大変お世話になりまして、本当に感謝しています」

 

 僕がドギマギしている間に美波がペコリと頭を下げて挨拶をする。よくそんなに落ち着いて対応できるなぁ。初対面の人なのに。

 

「アキ? なんだ? アキってのは?」

 

 美波の挨拶に対し、ウォーレンさんは頭にクエスチョンマークを浮かべている。当然だ。”アキ”なんて呼び方は仲間の間でしか通用しないのだから。こんなやりとり、前にもあった気がする。

 

「あっ、す、すみませんっ! アキじゃなくて吉井でした!」

「あぁそうか。ヨシイアキヒサだからアキか。ん? なんだ、女の子か?」

「そうですけど……」

 

 あ……美波の目がスッと細くなった。この表情、ムッとしているに違いない。

 

「あ、あははっ! なに冗談言ってんですか! どこからどう見たって女の子じゃないですか!」

「ふ~ン……なるほどねぇ」

 

 僕が慌ててフォローすると、彼は自らの顎をしゃくりながらニヤニヤと笑みを浮かべた。なんだ、このいやらしい目つきは……。

 

「おいヨシイ、ちょっと耳を貸せ」

 

 そう言って彼は僕の腕をぐぃっと引っ張る。

 

「いてててっ! ちょ、ちょっと、そんなに強く引っ張んないでくださいよ!」

「いいからちょっと来い!」

 

 僕はウォーレンさんに強引に引っ張られ、美波から遠ざけられてしまった。

 

「分かりましたよ。耳でも何でも貸しますよ。で、なんですか?」

(よく見ればなかなか可愛い子じゃねぇか。こんな嫁さん連れて来るなんて思わなかったぜ。やるねぇコイツぅ)

 

 はぁ!?

 

(ちょ、ちょっと待ってくださいよ。お嫁さんなんかじゃないですよ?)

(なんだよ、照れんなって。名前を愛称で呼ばせてるなんて仲が良いじゃねぇか。羨ましいねぇ)

(や、やめてくださいよ……僕たちまだそんな関係じゃないですから……)

(あァん? なんだ、まだなのかよ。お前さんも奥手だなァ)

(奥手っていうかなんていうか……その……)

 

 は、恥ずかしい……。確かに今までも美波との未来像を考えたことは何度かあったけど、他人にこうして言われると凄く恥ずかしい……。

 

「しっかりしろヨシイ! 大事にしてぇ子には変わりねぇんだろ? だったらおめぇが守ってやんなきゃな!」

 

 ガハハと豪快に笑うウォーレンさん。こんな人前でそんな恥ずかしいこと言わなくてもいいじゃないか……。

 

「それにしても結構可愛い子じゃねぇか。一体どこで見つけて来やがったんだ? 胸の辺りがちょっと残念だけどな」

「見つけたっていうかクラスメイト? それよりウォーレンさん、胸のことは美波の前では絶対に言わないでくださいね。凄く気にしてるから……」

「なぁに、女の価値は胸じゃねぇよ。昔から言うだろ? ”女は度胸”って」

 

 悪いけど初耳だ。それを言うなら”男は度胸”だろう。

 

「あ。けど”胸”って文字が入ってンな。ならやっぱり女は胸にちげぇねぇな。ハッハッハッ!」

「……」

 

 これってやっぱりバカにされてるんだろうか。どう反応したらいいのか分からない……。

 

「ま、俺を睨みつけるなんざ、なかなかいい度胸してるじゃねぇか。俺は気に入ったぜ?」

「は、はぁ……」

「んで、どうすんだ? いつ挙式上げンだ?」

「ぶっ!?」

「ンだよその反応は。その気はねぇってのか?」

「い、いや……そういうわけじゃないんですけど……」

「煮え切らねぇヤツだなぁ。さっさと決めちまえよ」

「うぅ~……」

 

 だってまだ僕は高校生なわけで……確かに18歳になれば結婚はできるんだろうけど、今の僕じゃまだ……。

 

「まぁそんなに悩むなよ。とりあえずお前にその気が無いわけじゃないってのは理解したぜ」

「す、すみません」

「いいってことよ。おめぇの気持ちも分からないでもないからな。……けどな」

「ふぇ?」

 

 急に声色を変えたウォーレンさん。何か違う雰囲気を感じ取った僕は彼の目を見てみた。すると彼は地面を見るように俯き、どこか寂しげな目をしていた。

 

「けど……なんでしょう?」

「人生ってのは何があるか分からないんだ。だから……」

 

 ウォーレンさんは真剣な目を僕に向け、告げた。

 

「後悔だけはすんなよ」

 

 と。

 

 彼の言葉はどこか自戒の念が込められているようにも感じた。過去に何かあったのだろうか。気にはなったが、聞いてはいけないような気がした僕は、

 

「はい」

 

 とだけ、返事をした。

 

「よし! 戻ってやんな! あの子が待ってんぜ!」

 

 バンと凄い勢いで肩を叩かれ、僕は無理やり身体を180度回転させられた。

 

「いってぇ~……な、何すんですか」

「ほれほれ! いいから戻った戻った!」

「ちょ、ちょっと、そんなに押さないでくださいよ」

 

 ウォーレンさんが僕の背中をぐいぐいと押し、僕を歩かせる。来いと言ったり戻れと言ったり、一体何だっていうのさ……。

 

「いやぁ悪かったなお嬢ちゃん、ヨシイは返すぜ」

 

 僕の肩越しにウォーレンさんが美波に話し掛ける。返すって、僕は物じゃないぞ。

 

「ウチ、お嬢ちゃんなんかじゃありませんっ! ちゃんと名前で呼んでください!」

 

 美波がぷぅっと頬を膨らませて不服を表す。確かに美波はお嬢ちゃんって感じじゃないよな。葉月ちゃんくらいの年齢ならまだしも。

 

「おっと、こいつぁすまねぇ。えーっと、確かシダマだったか?」

「島田です! シ・マ・ダ!」

「ワリぃワリぃ。シマダな。覚えておくぜ」

「もうっ! 失礼しちゃうわ!」

 

 腕組みをして美波が怒っている。比較的見慣れた光景だ。それにしても美波は初対面の人にも容赦ないな。まぁそれはウォーレンさんも同じか。

 

「そう怒んなよ。可愛い顔が台なしだぜ?」

「ふぇっ!? そ、そんな……ウチ、可愛くなんて……」

「へへっ、そういう照れた所もキュートだぜ?」

「~~~っ……!」

 

 美波が今度は顔を真っ赤にして照れている。怒ったり喜んだりと忙しいことだ。

 

(そんじゃヨシイ、あとは任せたぜ)

 

 可愛らしい美波の様子を眺めていたら、ウォーレンさんが耳打ちしてきた。

 

(ほぇ? 任せるって、何を?)

(お前今のを見てなかったのか? あの子のハートを掴むんだよ)

 

「はぁっ!? な、何言ってんの!?」

 

(ば、バカやろう! 大声出すんじゃねぇ!)

(だ、だってハートを掴めだなんて……)

(なに躊躇(ためら)ってンだよ! さっき後悔するなって言ったばかりだろ!)

(そ、そんなこと言ったって急には……)

(ったく、しゃーねぇなぁ。そんなことじゃ――って!)

 

 ボソボソと小声で話していたウォーレンさんはいきなり背を伸ばし、大声を張り上げた。

 

「やっべぇ! 仕事の時間過ぎてるじゃねぇか!!」

 

 なるほど、馬車の警護の仕事に行く所だったのか。

 

「ヨシイ、それにシマダ! 縁があったらまた会おうぜ! じゃぁな!」

 

 ウォーレンさんはガシャガシャと鎧を鳴らしながら、町の中へ駆けて行く。僕らはその様子を2人で見守っていた。

 

「……なんだか変わった人ね」

「そ、そうだね」

 

 この世界に限らず、僕の周りには変わった人ばかりな気がする。

 

「ウチらも行きましょ。今日中に目的地まで行きたいし」

「うん」

 

 僕らはウォーレンさんとは反対方向――ハーミル行きの馬車乗り場に向かって歩き出した。

 

 それにしてもハートを掴めって言われても、どうやったらいいんだろう。そんな経験無いし、さっぱり分かんないよ……。

 


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