第十四話 ハルニア王国への道
再びペアの旅となった僕と美波。僕たちは早速馬車に乗り、港町リゼルに向かった。もちろんハルニア王国に渡るためだ。
「それにしてもまさか引き返すことになるなんて思わなかったよ」
「そうね。でもこれでレナードさんのところに行けるし、お礼も言えるから良かったじゃない」
「なるほど。それは言えてるね」
「……腕輪、すぐ見つかるといいわね」
「大丈夫だよ。王家に贈られたっていう確かな情報があるし、きっとレナードさんの所にあるさ」
「アンタのそういう楽観的なところ、変わらないわね」
「ん。そう?」
「でもそういうところ嫌いじゃないわよ」
「えっと……ありがとう。で、いいのかな?」
「そうよ。ふふ……」
僕ら7人はチーム分けをして各国へと旅立った。目的は白金の腕輪の入手だ。姫路さんをリーダーとする秀吉、ムッツリーニの3人は北へ向かい、海を渡ってサラス王国へ。雄二と霧島さんのペアはガルバランド王国に
「ところでアキ、昨日の夜、瑞希とどんな話をしたの?」
「え……」
「なによその反応は。まさかウチに言えないようなことでも話してたんじゃないでしょうね」
「い、いや! そんなことないよ!?」
秀吉といい美波といい、どうして僕と姫路さんの話を聞きたがるんだろう。それにしても困った。”美波と上手くいっているか”なんて話をしてたなんて言えるわけがない。あれは姫路さんだからこそ話せたんだ。それを美波本人に言えるわけが……って、そうか。
「実は姫路さん壁を壊しちゃったことをまだ悩んでたみたいでさ、それと自分がリーダーの役目を果たせるのかって不安だったみたいなんだ」
何も困る必要なんてなかったんだ。そもそも最初に話した内容はこれだったんだから。美波もそれを心配してたわけだし。
「やっぱりそうだったのね。でもあの子、戻ってきた時には元気になってたわ。アキが励ましてくれたのね?」
「まぁそんなトコかな」
「やっぱりアキに行ってもらって良かったわ。ありがとねアキ」
「お安い御用さ。僕も姫路さんには元気になってもらいたかったからね」
待てよ? まさか姫路さん、あの時話した僕の想いを美波に言ったりしてないよね……?
「あ、あのさ美波、姫路さん部屋に戻った時に何か言ってた?」
「何かって?」
「いや……その……僕と話した内容について?」
「そうね。確かに言ってたわよ」
「えぇっ!? ま、マジで!?」
し、しまった……! 先に口止めしておくべきだった……!
「そ、それで姫路さんなんて言ってた?」
「んー。知りたい?」
「うん! 知りたい!」
「ふ~ん……アキも女の子同士の話に興味あるんだ」
「いや、興味というかなんというか……」
「でもダメよ。これはウチと瑞希の2人だけの秘密なんだから。あ、翔子も聞いてたから3人の秘密かしらね」
げげっ! 霧島さんにまで僕の恥ずかしい情報が!?
「ね、ねぇ美波、教えてよ。姫路さんなんて言ったのさ」
「ダ~メっ。誰にも言わないって3人で約束したんだから」
「くぅっ……や、約束か……」
「そうよ。だから諦めなさい。ふふふ……」
美波はニコニコと楽しげに笑みを浮かべる。この表情。絶対何か聞いてるよね……。
「でも安心して。アンタに都合の悪い話じゃないから」
「本当に?」
「えぇ。本当よ」
「う~……わ、分かった。それならいいよ」
美波は約束を破るのが大嫌いだ。このまま聞き出そうとしても絶対に言わないだろう。何を話したのか気になるけど諦めるしかない。とほほ……昨日話した時に秘密だって言っておけばよかった……。
「それでね、瑞希ったら酷いのよ? ウチを差し置いてまた胸が大きくなっちゃって」
「ぶっ!?」
「なによ。どうして吹き出すのよ」
「いや、だ、だっていきなり変なことを言い出すから……」
「何が変なのよ! ウチにとっては切実な問題なのよ! まったく、どうして瑞希ばかり大きくなるのよ。ウチはむしろ減ったくらいだって言うのに」
むしろ減る余地があったことに驚きだ。でもこんな時ってどうフォローしたらいいんだろうか。こういう話題になる度に返答に困ってしまうんだよね……。
「え~っと……なんでそんな話を?」
「昨日の夜は瑞希と一緒に寝たの。ベッドが2つだったから1つは翔子に譲って、ウチは瑞希と一緒にってことになってね」
「へ、へぇ~」
そういえば僕は結局ベッドでは寝られなかったな。でもあの
「その時にちょっと胸を触らせてもらったら前より大きくなってたのよ。ホント、悔しいったらないわ」
!?
「そ、そうなんだ……」
べ、ベッドの中で姫路さんの胸を触ってって……くぅっ……! ヤバイ、か、顔が熱い……! このままじゃのぼせて鼻血を吹いてしまいそうだ……!
「それでね、何か特別なことしてるんじゃないのかって聞いたら、何もしてないって言うのよ。でもウチは絶対に何かやってるって思うの」
そんな僕の様子はおかまいなしに美波は語り続ける。なんだか今日はとても機嫌が良いようだ。もともと美波はこんな風に元気に話をするのだけど、この日は普段以上に楽しそうだった。なぜだろう? もしかして姫路さんと話した内容が関係しているんだろうか? しかしこの話題は僕には刺激が強すぎる……。
☆
なんとかバストサイズの話題を回避し、更に雑談を重ねながら馬車に揺られること約3時間。僕たちはようやくガルバランド王国南端の町、リゼル港に到着した。
「さてと。次は船だね」
「今日は1日移動しっぱなしね」
「それもあと少しの辛抱さ。窓口はあっちだね。さ、行こう」
「うん」
僕は早速乗船の手続きをする。どうやら午後に1便が出るようだ。ちょうどいい。これに乗ることにしよう。ここに来る時は特別乗船券があったから、とんでもなく豪華な客室だった。でも今回はもうあの乗船券は無い。ということで乗船券を買わないといけないのだ。
「えーと、大人2枚ください」
乗船券の販売窓口でこう伝えた時、思った。
――また美波と映画を見に行きたいな。
と。
普通乗船券を2枚受け取り、僕らは帆船に乗り込んだ。部屋は6畳ほどの一般客室。木製のテーブルや椅子が設置されているだけのシンプルな内装だった。決して広いとは言えないが、僕にとってはこれくらいの方が落ち着く。
荷物を片付けた後、僕らは前回乗った時と同じように甲板に出てみた。空は前回と同じ薄緑色。船は魔障壁に守られながら青い海を進んでいた。
「ねぇアキ、向こうに着いたら真っ直ぐ王様の所に行く?」
「ん? どこか寄りたい所でもある?」
「あっ、ううん。そういうわけじゃないんだけど……」
じゃあなんでそんなことを聞くんだろう。
「できるならさっさと腕輪を手に入れて戻りたいからね」
「……そうよね。ウチが間違ってたわ。忘れて」
「? うん」
言いたいことがあるなら遠慮なく言ってよ。喉までそんな言葉が出かけた。けれど唇を噛み締めて寂しそうな目をする彼女の表情を見た時、声を出すことができなかった。
美波は何かを我慢している。なんとなくだけど、彼女の発言からそう感じた。それはきっと今の状況からして難しいことなのだろう。だから美波は何も言わなかったんだ。ならばこれ以上このことに触れるべきではない。僕がそう判断したからだ。
☆
夜が明け、しばらくすると船はノースロダン港に着港した。ハルニア王国に戻って来たのだ。ここからはまた馬車に乗り、レオンドバーグへと向かう。恐らく昼過ぎには到着するだろう。サンジェスタを出発してから1日半。あと少しで目的地だ。
僕らは早速レオンドバーグ行きの馬車に乗り、港町を後にした。今回の目的は王家に贈られたという2つの腕輪。見つけても見つけなくても期限は10日間。しかし王都まではもうあと数時間だ。腕輪の所在は分かっているし、順調に行けば1週間と掛からずガルバランドに戻れるだろう。
――2時間後。
何事も無く馬車はレオンドバーグの西地区に到着。ここから王宮までは徒歩だ。
「なんだか懐かしい気がするわね。3日前にここを出たばかりなのに」
美波がそう言って僕の手を握ってくる。
「そう? 僕はあんまりそんな感じはしないけど」
答えながら僕は彼女の手を握り返した。こうしているといつもの学校帰りやデートの時のような気分になってくる。そういえばこの世界で美波と再会してから、ずっと美波と一緒にいるんだっけ。つまり毎日デートしているようなものだったんだな。
「なによ、つれない返事ね。せっかくロマンチックな気分に浸りたかったのに」
「へ? そういう話の流れだったの?」
「ハァ……もういいわ。もともとアキにロマンチックな話なんて期待してないから」
「むっ……」
ロマンチックなことくらい僕にだって少しは考えられるよ! そう反論しようと思ったけど、「例えば?」と聞かれたら困るのでやめておいた。だって思いつかないし。
「じゃあ美波は僕に何を期待するの?」
「えっ? アキに期待? ん~……そうねぇ……」
考えないとすぐ出てこないくらいに期待されてないのだろうか。ちょっと泣きたくなってきた……。
「いろいろあるけど、やっぱり……」
「ん? やっぱり、何?」
「……こうしてウチの傍にいてくれること、かな」
美波がこちらに笑顔を向けながら言う。その可憐な微笑みを目にした瞬間、僕の心臓は一度大きく脈打った。
「う、うん」
そう返事をするのが精一杯だった。恥ずかしくて、体中が熱くなってきて、心臓がドキドキして堪らなかった。美波って時々こんな風に不意打ちしてくるんだよな。
「黙り込まないでよ。こっちまで恥ずかしくなっちゃうじゃない」
「ご、ゴメン……」
「もう。アキったらこういう話をするとすぐそんな風に真っ赤になっちゃうのね。ふふふ……」
「うぅ……」
僕だって好きでこんなにガチガチに緊張してるわけじゃない。慣れようとしても、どうしても恥ずかしくなっちゃうんだよ……。
「あっ、ねぇ見てアキ、あれって前に入ったことがあるお店じゃない?」
急に僕の腕をぐいっと引っ張り、美波が道の先を指差す。しかしその指の先には多数の店が並んでいて、どれを差しているのか分からない。
「ど……どれ?」
「ほら、あれよあれ。赤い旗が立ってるトコ」
「旗?」
じっと道の先を見つめると、確かにひとつだけ赤い旗を店頭に掲げている店があった。見た感じ飲食店だろうか。けれど申し訳ないが全然記憶にない。
「ん~っと……前に入ったっけ?」
「なによ。忘れちゃったの?」
「ゴメン……」
「あっ、そういえばあの時のアンタ寝不足で悩んでたんだったわね」
「ん? 寝不足? ……あー!」
やっと思い出した。悪夢に悩まされてぼんやり歩いてた時か。あの時は頭が一杯で周りのことなんかぜんぜん見えてなかったんだよな。そうか、あの時お昼ご飯のために入った店か。だんだん思い出してきたぞ。
「思い出したよ。確か珍しいってドリアを注文したんだっけ」
「そうよ。やっと思い出したのね」
「いやあ面目ない」
「まぁいいわ。それでね、またあの店に入らない? あのドリアが食べたくなっちゃった」
「うん。いいよ」
「やったっ! それじゃ急ぎましょ!」
「うわっ!?」
手を繋いだまま美波が急に走り出す。ガクンと身体だけ持って行かれ、ムチウチになりそうになってしまった。
「そ、そんなに走ったら危ないよ」
主に僕が。
「だってお腹空いちゃったんだもん。ほら急いでっ」
「分かった、分かったから慌てないでよ」
引きずられるように店内に入る僕。店はあまり混雑しておらず、すぐに席に案内してもらえた。僕ら2人はもちろん例のドリアを注文。しばらく待っていると、店員さんがチーズの香りと共にドリアを運んで来た。こんがりきつね色の表面と、ぐつぐつと内側から沸き立つホワイトソースが美味しそうだ。
「「いっただっきま~す」」
あつあつのドリアはとても濃厚かつクリーミーで、文句なしに美味しかった。今度は純粋に炊き立てご飯を食べたいな。でもそれをこの世界に求めるより、元の世界に帰った方が早いのかもしれないな。