翌朝。
「んぅ……?」
チラチラと目に掛かる光に僕は起こされた。
「ふぁ……あぁ……もう朝かぁ……」
結局あのあと寒くて何度か起きてしまい、美波と自分のマントを重ねて掛けることでなんとか寒さを凌いだのだ。おかげで風邪を引くことはなかったが、正直あまり寝た気がしない。ちくしょう。こうなったのも雄二がベッドを独り占めしたりするからだ!
朝から憎たらしいあいつの顔なんか拝みたくはなかったが、昨晩の怒りが沸々と湧いてきてしまい、思わずゴリラのベッドをキッと睨みつけた。
「あれ?」
しかしベッドはもぬけの殻だった。雄二だけではない。秀吉とムッツリーニの姿もベッドどころか部屋の中にすら無かった。今この部屋の中に動くものは無く、窓のカーテンの隙間から朝日が静かに差し込むのみ。皆どこへ行ったんだろう?
――ガチャリ
その時、後ろの扉が開き、誰かが入ってきた。
「む? 起きたか明久よ」
「あ、おはよう秀吉」
「んむ。おはようじゃ」
相変わらず秀吉の朝の挨拶は不思議な感じだ。
「こんな朝早くからどこに行ってたのさ」
「ちと
「発声練習?」
「んむ。演劇では喉を使うからの。ワシの日課じゃ」
「へぇ~。異世界でも秀吉の生活は変わらないんだね」
「こういったことは日々の鍛練が大事じゃからな」
こんな世界に飛ばされても練習を欠かさないなんて、素直に凄いと思う。やっぱり秀吉は演劇が何より好きなんだな。
「ところで雄二とムッツリーニは?」
「あやつらならば朝食の買い出しに行ったぞい」
「皆起きるの早いなぁ」
「お主が遅いのじゃ。昨夜何をしておったのじゃ?」
「あぁ、ちょっと姫路さんと話てたんだ」
「ほう? どのような話じゃ?」
「えっ……」
まさかそれを聞かれるとは思わなかった。いくら秀吉とはいえ、昨日姫路さんと話した内容を教えるわけにはいかない。
「そっ、そそそれはほら! アレだよアレ!」
焦ってしまって誤魔化すようなネタが浮かんでこない。えぇい! 開け僕の言語録!
「なるほどのう。つまりワシには言えぬ内容ということじゃな?」
「うぐ……」
完全に見透かされてしまった。どうして秀吉はこういうことには鋭いんだろう。
――ガチャリ
「ふぅ。やっぱ朝は冷えるな」
するとその時、赤毛ゴリラが茶色い紙袋を胸に抱えて戻ってきた。ムッツリーニも一緒のようだ。
「お、おかえり雄二! ムッツリーニ!」
「おう」
「…………ただいま」
「んあ? なんだお前、その赤い顔は」
!?
「な、なんでもない! なんでもないよ!」
「まぁいい。朝食の準備をするぞ。お前も手伝え」
「う、うん」
昨夜の話をこいつらに知られたら面倒なことになる。あとで姫路さんにも秘密にするよう言っておかなくちゃ。それはさておき、朝食の準備だ。コンロは僕たち男子の部屋にしか無い。なので調理場は必然的にこの部屋ということになる。
早速調理を始める僕たち。と言ってもパンを主食とした洋食メニューだから作る物は少ない。玉ネギと黒胡椒のオニオンスープに、ベーコンと野菜を一緒に炒めた野菜炒めの2種類だ。7人分なのでちょっと量は多いが、調理自体はとても簡単。調理を始めて30分もすれば、ほぼ準備は整った。
「よし、そろそろいいだろう。明久、女子連中を呼んでこい」
「りょーかい」
言われた通り、僕は美波たち女子を呼びに隣の部屋へと向かった。ところが部屋を出たところでバッタリ3人と遭遇。美波が言うには、朝食をどうするか相談しに来たのだと言う。もちろん相談などする必要はない。既に7人分の準備はできているのだから。
そんなわけで美波たちを部屋に招き入れ、僕たちは朝食を取ることにした。
『『『いっただきま~す』』』
今、この場にはいつものメンツが揃っている。一緒にゲームをしたりバカな話で盛り上がれる、気の合う仲間。でもこの後、僕らはそれぞれの使命を受けて各地へと飛ぶ。こうして皆で一緒に取る食事もしばらくお預けだ。昨日やっと再会を果たしたばかりだというのに、なんとも慌ただしい展開だ。
けれど不思議と寂しさは感じなかった。美波が一緒だということが一番大きな理由なのは間違い無い。ただ、昨夜の”皆の気持ちはひとつ”という姫路さんの言葉の影響も少なからずあったと思う。
「お食事の準備、結局全部坂本君たちにお任せしちゃいましたね。すみません……」
「ん? そりゃ俺だって命――いや、好きでやってるだけだ。気にするな」
「そうそう。雄二の言う通りさ。僕らは好きでやってるんだよ」
好きって言うか、命にかかわるからなんだけどね。
「そうなんですね。ちょっと安心しました」
「それにしても相変わらずいい腕ね。坂本」
「へへっ、聞いて驚くなよ? 実はな、今日の野菜炒めは秀吉の手料理なんだ」
「えっ? そうなの? 木下って料理なんかできたっけ?」
「雄二に教わったでな。ワシもこれくらいの炒めものならできるようになったのじゃ」
「へぇ~やるじゃない。美味しいわよこれ。ね、瑞希?」
「はい。塩胡椒も均等に行き渡ってますし、とっても美味しいです」
「そうかの? そう言ってもらえると嬉しいぞい」
「帰ったら優子ちゃんに振る舞ってあげたらどうですか?」
「姉上じゃと? むぅ……姉上がワシの手料理なぞ喜ぶとは思えぬが……」
「そんなことないですよ。心の籠もったお料理はどんな高級料理より美味しいんですから」
そうだね姫路さん。でもね、君の心が籠もった手料理は僕らには刺激が強すぎるんだ。全身が痺れるくらいにね……。
「そうじゃな。では試してみるとするかの。……無論、帰ったらじゃ」
皆は黙って頷いた。
雄二、秀吉、ムッツリーニ。美波に姫路さん、それに霧島さん。皆の表情に不安や迷いは無い。もちろん僕にも。この先、やるべきことが見えているからだ。
白金の腕輪があれば元の世界に帰れるという、雄二の推理が正しいという保証は無い。でも今はこれを信じて突き進むしか無いのだ。大丈夫。きっと道は開ける。そう信じて。
☆
朝食を終え、僕たちは各自部屋に戻って出発の準備を始めた。と思ったらあっという間に皆準備を済ませ、部屋を出て行ってしまった。皆持ち物は少ないようだ。既に僕以外の全員がホテルの外で待っている。よし、それじゃ――――
…………
これでよしっと。さて、皆のところに急がなくちゃ。これ以上遅れたらまた雄二にバカにされそうだし。
僕はいつものリュックを背負い、上からマントを羽織って皆の元へと急いだ。
「お待たせ皆」
「遅いぞ明久」
「ごめんごめん。ちょっと封筒を探しててさ」
「封筒? なんでそんなモン探してんだ?」
「まぁいいじゃないか。それより皆、忘れ物は無い?」
「一番忘れ物をしそうなのはお前だろ」
「失礼な。僕がいつ忘れ物をしたって言うのさ」
「週に1回は必ずしてたわね」
「そうじゃな。ノートや教科書。いつも授業に必要な物ばかり忘れておったな」
「へ? そうだっけ?」
「それすら忘れてるのかお前は……」
どうやら僕の記憶からはそういった汚点に関する事柄は抹消されているようだ。
「あははっ! ま、まぁいいじゃないか! それじゃ皆そろそろ行こうか!」
「誤魔化したわね」
「誤魔化しよったな」
「…………誤魔化した」
美波を筆頭に秀吉やムッツリーニがジト目を僕に向ける。そんなに追求しなくたっていいじゃないか……。
「も、もう勘弁してよ……」
どうやら笑って誤魔化す作戦は失敗のようだ。なんだか恥ずかしくなってきた……穴があったら入りたい気持ちで一杯だ。
「ふふ……それじゃ皆さん、出発しましょうか」
「そうね。馬車の時間もあるし、アキをいじるのはこれくらいにしておくわ」
あぁ良かった……姫路さんのおかげでこの話題から逃れられそうだ。まったく、美波も変にツッコミを入れないでほしいよな。秀吉やムッツリーニが調子に乗って増長するじゃないか。
「……待って」
「忘れ物ですか? 翔子ちゃん」
「……ううん。皆に渡したいものがある」
「渡したい物……ですか?」
「……うん。吉井、これを持って行って」
霧島さんはそう言って一枚の紙を差し出してきた。何か筒状のものが
「これは?」
「……腕輪の絵。昨日の夜に
僕が尋ねると霧島さんはさらりとそう答えた。
「こっ、これ霧島さんが
「……うん。急いで
「いや、どこらへんが歪んでるのかさっぱり分からないんだけど……」
曲線もすっごく綺麗だし、まるで写真みたいだ……。
「……腕輪を探すのなら絵があった方が説明しやすい」
「昨日の夜に一生懸命何かを
「……瑞希も持って行って」
「ありがとうございます。翔子ちゃん」
それにしても凄いなこの絵。鉛筆のようなもので
「……皆の役に立てばと思って
「すまねぇな翔子。助かるぜ。それとな皆、借りていた部屋のうち奥の部屋は返却する。帰ったら2階の一番手前の部屋に戻れ。いいな」
「オッケー。それじゃこの国の腕輪は頼んだよ雄二」
「おう。任せろ」
「瑞希、しっかりね」
「はいっ。美波ちゃんも無茶はしないでくださいね」
「大丈夫よ。ウチらには目的があるんだから。皆で元の世界に帰るっていうね」
「そうですね。私も絶対に帰って来ます。ここに」
「坂本、翔子と2人きりだからって襲っちゃダメよ?」
「むしろ俺が襲われそうなんだが……」
「……頑張る」
「お前は何を頑張るつもりだ!?」
「……? 腕輪探し」
「っ……! ま、まぁ……そうだな……」
「なんだと思ったの坂本?」
「う、うるせぇっ!」
「秀吉、ムッツリーニ、姫路さんを頼んだよ」
「んむ。心得ておる」
「…………言われるまでもない」
「お主こそ島田を困らせるでないぞ」
「善処するよ」
「そこは”分かってる”とか”任せろ”とか言うところでしょーがっ!」
「いだだだだっ! じょ、冗談だよ冗談! 耳引っ張んないでよ!」
いつもの流れ。
いつもの仲間。
僕たちはしばし”あはは”と笑い合う。
「よし、お前ら頼んだぞ! 何があっても必ずここに戻ってこい! いいな!」
『『『おうっ!』』』
こうして僕たちはサンジェスタの町を出発。それぞれの道に就いた。
―――― 10日後の再会を誓って ――――
次回からは各チームの様子を個別に描いて行きます。最初はチームアキになります。