バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第十二話 瑞希の想い

 僕は借りたマントを手に階段を下り、1階へと降りた。降りた先はロビー。そこはほとんど何も見えないほどに暗く、シンと静まり返っていた。既に照明は消され、部屋の片隅では小さな魔石灯が常夜灯の如く極僅かな光を放っている。どうやら受付も終了しているようだ。

 

 出口はどこだろう? と目を凝らすと、暗闇の中にいくつものソファやテーブルが見えた。その先の突き当たりでは金色のドアノブが光を反射している。あれが出口か。これは気を付けて歩かないと足をぶつけてしまいそうだな。足元に気を配りながら暗いロビーを通り抜け、正面の扉から外へと出る。

 

 ホテルの正面には大きな道路が通っている。馬車が2台並んで走れるくらいの幅がある道だ。両脇の歩道には街路樹がそれぞれ等間隔に植えられ、木の幹に備え付けられた魔石灯の光は周囲の建物に木々の影を映し出す。その揺らめく橙色の光と影は怪しくも美しく、幻想的な夜景を作り出していた。

 

 そしてその木々のうちの1本の(たもと)(たたず)む人影がひとつ。黒い長袖ジャケットに赤いミニスカート。その人は文月学園女子の制服を着ていた。間違いない。姫路さんだ。彼女は先程僕が窓から見た時と同じ姿勢のまま、じっとホテルの2階を見上げている。その姿は頭を冷やしているというより、何か思い悩んでいるように見えた。

 

「姫路さん」

 

 僕は彼女に歩み寄りながら声を掛けた。

 

「……明久君……」

 

 すると姫路さんはこちらを向き、小さな声を出した。魔石灯の明かりでは暗くてよく見えなかったが、彼女は申しわけなさそうに沈んだ表情をしているようだった。

 

「こんなところでどうしたの? そんな格好じゃ風邪を引いちゃうよ?」

 

 僕は話し掛けながら姫路さんの肩にマントを巻いてやった。

 

「……ありがとうございます」

 

 彼女は少し驚いたような表情をした後、目を細めて笑みを浮かべた。けれど僕にはそれが無理に作った笑顔……作り笑いに見えた。姫路さんのこんな表情を見ていると心が痛む。いつもの笑顔を取り戻してほしい。僕はそう願った。

 

「あの壁のことを気にしてるの?」

 

 ホテル2階の布が詰められている壁を見上げ、僕は尋ねた。茶褐色の壁に白い布が詰められているせいか、外から見るとまだ壁にぽっかりと穴が空いているように見える。

 

「はい……」

 

 姫路さんは俯き、消え入りそうな声で答えた。

 

「さっきも言ったけどさ、あれは姫路さんのせいじゃなくて美波の言うように不可抗力なんだ。だから気にしなくていいんだよ」

「そうかもしれませんけど……」

「それに元はと言えば雄二が余計なことを言ったからなんだし、姫路さんが気に病む必要なんかないって」

「でも……私がやってしまったことには変わりありませんから……」

 

 姫路さんは小さな声で呟くように言い、顔を上げてくれない。揺らめく明かりに照らし出された彼女の表情は周囲の暗さも手伝い、一層沈んで見えた。

 

「姫路さん、元気出してよ」

「すみません……」

 

 ぎゅっと口を一文字に閉じて視線を落とす姫路さん。そんな顔しないでほしいな……姫路さんには笑顔が似合うのに。どうしたら元気になってくれるんだろう。そうだな……やっぱり姫路さんのせいじゃないって思ってもらうしかないかな。

 

「ねぇ姫路さん。僕思うんだけどさ、あの壁、壊れかかってたんじゃないかな」

「えっ? 壁が……ですか?」

「うん。だってさ、いくら腕輪の力が強くたってあんな石の壁を簡単にぶち抜けるわけがないと思うんだ」

「……そうでしょうか……」

「僕も前にBクラスと戦った時に召喚獣で教室の壁をぶち抜いたことがあるんだけどさ、何十発もパンチを入れてやっと壊れたくらいなんだ」

 

 姫路さんの召喚獣と僕の召喚獣では力の差は歴然。なにしろ総合得点で言えば姫路さんは僕の10倍もの力を持っているのだから。僕の召喚獣で苦労した壁の破壊だって、姫路さんなら簡単にこなせるだろう。だから先程壁を貫いた熱線も姫路さん自身の力だと思う。でも、ここは多少強引にでも彼女のせいではないと思い込ませるんだ。

 

「うん。やっぱりそうだ。どう考えても壁が壊れかかってたとしか思えない。そうさ! そうに決まってる! だから姫路さんに責任はないんだよ。それに壁なら直せばいいんだからさ」

「明久君……」

「さ、もう忘れよう! 壁のことは後で雄二に頼んで修理を手配してもらうからさ」

「はいっ……!」

 

 姫路さんはにっこりと微笑み、元気に返事をする。それは先程のような作り笑いではなかった。そう、僕は姫路さんのこんな笑顔が見たかったんだ。

 

「そういえば明久君の召喚獣って痛みとか返ってくるんですよね? 壁なんか叩いて痛くなかったんですか?」

「もちろん痛かったさ。でも気にしてる余裕は無かったよ。どうしても勝ちたかったからね」

「そうだったんですね……あんまり無茶をしないでくださいね?」

「ん? 別に無茶をしたつもりなんて無いよ?」

「でも校舎の壁を壊しちゃったんですよね?」

「うん」

「清涼祭でも校舎を壊してませんでしたか?」

「うぐっ……」

 

 嫌なことを思い出しちゃったじゃないか。清涼祭はもう半年以上前のことだけど、あの時のことは今でも鮮明に記憶に残っている。あの後鉄人に捕まって、頭の形が変わるんじゃないかってくらい殴られたから。

 

「だっ……大丈夫! もうあんなことしないよ!」

「ホントですか?」

「もちろんさ!」

「ふふ……約束してくださいね」

「うん。約束するよ。これ以上鉄人やババァ長に目を付けられたら進級も危ういからね」

「進級……ですか……」

 

 せっかく明るくなった姫路さんの笑顔がまた曇天のように暗くなってしまった。何かマズいことでも言ったかな。普通に会話を楽しんでいたつもりなんだけど……。

 

「ごめん姫路さん。僕、何か余計なこと言った……?」

 

 美波と付き合い始めてから相手の気持ちを理解するように努めている。でも、どうしても僕にはまだ無神経なところが残っているようだ。

 

「あっ……いえ、そんなことないですよ? 進級するには元の世界に帰らなくちゃって思っただけです」

 

 姫路さんが取り繕ったような笑顔を見せて言う。

 

「……そうだね。でも手掛かりが見つかったんだ。きっと帰れるさ」

「そうですね……」

 

 

「「…………」」

 

 

 会話が途切れ、冷たい風が吹き抜ける道端で僕たちは2階の壁を見上げる。

 

 白金の腕輪。

 

 明日、僕らはそれを探すためにそれぞれの道に進む。僕は美波と共にハルニアに戻り、姫路さんは秀吉、ムッツリーニと共にサラスという国へ。姫路さんともしばらくお別れだ。遅くとも10日後には再会できるとはいえ、ちょっと寂しい気がする。

 

「せっかく皆一緒になれたのに、またばらばらになっちゃうね」

 

 沈黙の重苦しさと寂しさに耐えられなくなった僕はこんなことを言ってしまった。そして言った直後、反省した。こんな寂しさを助長させるようなことを言うべきではないと。

 

「……いいえ。そんなことありませんよ」

 

 けれど意外にも姫路さんの返答は前向きだった。

 

「でもさっきチーム分けして行き先決めたよね?」

「行き先は違いますけど、皆の気持ちはひとつです。だから……ばらばらなんかじゃありません」

「……そっか。そうだね」

 

 姫路さんの言う通りだ。この世界に放り出された時は皆の状況が分からなかった。自分だけがこの世界に来てしまったんだろうか。美波は無事なんだろうか。1人でこの世界で生きて行かなくちゃならないんだろうか。そんな不安ばかりが頭の中を駆け巡り、何も分からず、頭の中がぐちゃぐちゃだった。

 

 でも今は違う。雄二の指揮のもと、腕輪を探し出すという目標が定められた。それぞれ行き先は違うけど、皆が同じこの目標に向かっている。だから寂しがる必要なんてなかったんだ。10日後には皆使命を果たしてここに集結するのだから。

 

「ところで明久君、ひとつ聞いてもいいですか?」

「ん? 何?」

「美波ちゃんとは上手くいってますか?」

「ほぇ? どういうこと?」

「ちゃんとお付き合いできてますか?」

「あぁそういうこと。う~ん……どうなんだろう。上手くいってるかどうかなんて考えたことないからなぁ……」

「上手くいってないんですか?」

「そんなことないと思うよ。……たぶん」

「自信無いんですね」

「そりゃそうだよ。今でも僕なんかを好きだって言ってくれたのが信じられないくらいなんだから」

「美波ちゃん……言ったんですね。好きって」

「うん」

「そうですか……」

 

 その時、姫路さんが唇を噛んで辛そうな顔をしたように見えた。どうしてそんな顔をするんだろう?

 

「えっと……姫路さん? 大丈夫?」

「……はい。大丈夫です。それで明久君はどうなんですか?」

「ん? どう、って?」

「美波ちゃんのこと、好きですか?」

「うん。好きだよ」

「――っ! そ、即答ですね……」

「いまさら隠してもしょうがないからね。皆もう知っちゃってるし。それに…………」

「それに……なんですか?」

「いや、やっぱりやめておくよ」

「そんな……気になるじゃないですか。最後まで言ってください」

「でも誰かに言うようなことじゃないし……」

「誰にも言いませんから」

「……分かった。絶対に誰にも言ったらダメだよ?」

「はいっ、約束します!」

「そ、それじゃ言うよ」

 

 こんなことを他人に言うのは初めてだ……。

 

「美波に好きだって言われて気付いたんだ。1年生の時に出会って……友達になってからずっと……僕もずっと美波のことを大切に思ってたってことをさ」

 

「……そう……ですか……」

 

 姫路さんはまた俯き、今にも涙を溢しそうな表情を見せる。なんだかよく分からないけど、この話題はやめた方が良さそうだ。僕も恥ずかしくてこれ以上話したくないし。

 

「あ、あははっ! ご、ごめん。変な話ししちゃって……」

「いいえ。そんなことないですよ。明久君の気持ちを聞けて良かったです」

「そう? それならいいんだけど。でもこんなこと姫路さん以外には話せないな」

「えっ? どうしてですか?」

「どうしてって、そりゃ恥ずかしいからさ」

「私だと恥ずかしくないんですか?」

「恥ずかしいことは恥ずかしいけど……でも姫路さんは他の人と違って冷やかしたり攻撃したりしないじゃない? だから落ち着いて話ができるんだよね」

「そうでもないですよ? 私だって冷やかしちゃいます」

「えぇっ!? や、やめてよそんなの!」

「ふふ……冗談です」

「ホント冗談にしておいてよ……」

「でも大丈夫なんですか? 須川君や清水さんが毎日のように追いかけてますけど……」

「ああ、あれなら平気だよ」

「でもなんだか皆さん過激になってきちゃって、いつか明久君が怪我をしちゃうんじゃないかって心配なんです」

「んー。大丈夫じゃないかな。清水さんも鉄人に叱られてからはあんまり無茶なことはしないし。須川君もね」

「それならいいんですけど……」

 

 正直言って、今の僕には清水さんやFFF団の連中の行動が可愛く見える。彼らのアレはただの遊びであり、ちょっと過激なコミュニケーション。そう思えるんだ。あの魔人に出会ったおかげでね。

 

 魔人か……。あいつ、まだハルニア王国にいるのかな。それでまだ僕を探していたりするんだろうか。でも空を飛べるようだったし、もしかしたらこの国に来てたりするのかもしれないな……。

 

 ……

 

 やめよう。今こんなことを危惧してもしょうがない。今僕らがやるべきことは腕輪の獲得なのだから。そうさ。あいつが何者であろうが構いやしない。僕たちの目的は変わらないんだ。

 

「そろそろ戻ろうか。出発は明日の朝だからね」

「そうですね。……でも私、ちょっと不安です」

「ん? 何が不安?」

「こんな見たこともない世界で探し物なんてできるんでしょうか……それに私がリーダーだなんて……」

「大丈夫だよ。僕でさえこうして1つ見つけられたんだし、もっと自信を持っていいと思うよ。姫路さんは僕なんかよりずっと強いんだからさ」

「私、強くなんてないです……」

 

 彼女の不安な気持ちは痛いほど分かる。僕だってこの世界で1人だった時は同じように不安だったから。でも美波やムッツリーニと再会できて勇気が湧いてきたんだ。

 

「大丈夫。秀吉やムッツリーニだっているんだ。2人とも試召戦争じゃあんまり目立ってないけど、いざという時は頼りになる奴らさ。だから困ったらあいつらを頼りにしてよ」

「……はいっ」

「よし、じゃあ戻ろうか」

「はいっ!」

 

 姫路さんは元気に返事をしてくれた。この様子なら大丈夫だろう。気を良くした僕は姫路さんと一緒にホテルの中へと戻った。

 

「暗いから足元に気を付けて」

「はいっ、ありがとうございます」

 

 相変わらずロビーは真っ暗だ。その暗いロビーを慎重に歩いて通過し、僕たちは階段を登る。2階に上がって一番手前の部屋が僕たち男子の部屋。その1つ奥が女子の部屋だ。更に奥にもまだいくつか部屋があるが、それは別の客が借りているらしい。

 

「明久君、これ、ありがとうございました。とっても暖かかったです」

 

 階段を上がったところで姫路さんはそう言ってマントを手渡してきた。

 

「そう? 持ってきた甲斐があったよ」

「それじゃおやすみなさい。また明日」

「うん。おやすみ」

 

 僕がマントを受け取ると、姫路さんはタタッと隣の部屋へと駆けて行った。その様子を見守りながら僕は手を振る。

 

 すっかり元気を取り戻してくれたみたいだな。姫路さんの役に立てたみたいで良かった。これで美波に顔向けが――って、しまった! これ美波のマントだった!

 

「姫! ……じ……さん……」

 

 呼び止めようとしたが、時既に遅し。僕が声を発したのはパタンと扉が閉まった瞬間だった。まぁいいか。明日の朝返せば。今すぐ必要になるわけでもないし。さ、僕も寝よう。

 

 僕は美波のマントを手に男子が寝る予定の部屋に戻った。

 

 

 

          ☆

 

 

 

「ぐおぉ~~……くかぁ~~……」

 

 部屋に戻ると僕の寝る予定だったベッドを赤毛ゴリラが占領し、大の字になって寝ていた。

 

 こ、こんの……バカゴリラがあぁぁーーっ!! なんで1人でベッドを占領してるんだよ! これじゃ僕が寝られないじゃないか! くそっ! 叩き起こしてやる!!

 

「おい! ゆ――!」

 

 思いっきり怒鳴りつけてやろうと思ったが、ふと思いとどまった。今ここで大声を出して雄二を叩き起こしたら、こいつは間違いなく反撃してくる。だが僕だって黙ってやられたりはしない。そうなれば乱闘になって、また大騒ぎになる。結果、また美波が怒鳴り込んでくるだろう。もう美波に叱られるのは御免だ。

 

「ハァ……」

 

 暗い部屋の中で溜め息を吐く僕。もうひとつのベッドを見ると、秀吉とムッツリーニが背を向け合って寝息を立てていた。2人とも寝ちゃったか。この部屋にはソファも無いし、こうなったら床で寝るしかなさそうだ。冷たそうだなぁ……。仕方ない。できるだけ毛布に包まって寝るか。

 

 僕は毛布で身体をぐるぐる巻きにし、床に寝転がった。やっぱり少し寒いな……。うぅ……雄二め……この恨み、必ず晴らしてくれようぞ……。

 

 僕は窓から見える月に雄二への復讐を誓い、眠りにつく。

 

 

 こうしてサンジェスタの夜は更けていった。

 

 

 

 ――――へっくしぃっ!

 


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