「ただいまぁ~……」
部屋に戻ると、壁に空いた穴は木の板で塞がれていた。その塞がれた壁の前で木づちを手に振り向くのは2人の女の子だった。
「おぉ、無事に戻ったか明久よ」
「あ、おかえりアキ。どうだった?」
「こってり30分、怒鳴られて罵倒されて嫌みを言われたよ」
「説教のフルセットじゃな……雄二がお主を行かせた理由も分かる気がするのう」
「理由? ただ僕に嫌な役を押し付けただけじゃないの?」
「それもあるじゃろうが、そもそもお主は叱られ慣れておるからな。相手の神経を逆撫でせずに叱られるというのも意外と難しいものじゃ。それはお主が一番
「アキの特技ってところね」
「そんな特技いらないんだけど……それでそっちはどう?」
「ちょうど今穴を塞ぎ終えたところよ」
「とりあえずこれで雨風はしのげるじゃろう」
「そっか」
穴の大きさは直径1メートル強。屈めば僕でも通り抜けられるくらいの大きさだった。今、その穴には布が詰め込まれ、上から板を張り合わせた補修が施されている。ちょっと不格好だけど、大工じゃない美波や秀吉がやったことを考えると良い出来なんじゃないかな。
「それにしても木材なんかよく見つけたね」
「土屋がどこからか拾ってきたのよ」
「ムッツリーニもこういうことは得意だね。僕の特技なんかよりよっぽど役に立つじゃないか」
「戻ったか明久。どうだ、オーナーは何と言っていた?」
美波たちと話していると雄二が部屋に入ってきた。
「あぁ雄二。えっと、色々言われたけど簡単に言うと『弁償するか責任を持って直せ』だってさ」
「まぁそうだろうな。けど俺たちに弁償するほど金に余裕は無いから直すしかないな」
一応僕には魔石を売って得たお金があるから弁償もできるけど……。どうするかな。ここで僕が代金を払ってカタを付けてしまった方が姫路さんも気が楽になるのかな。
「そうだ、姫路さんの様子はどう?」
「心配無用だ。もう落ち着いている。今は隣の部屋で休ませている」
「そっか。良かった」
「島田、こっちはもう終わったのか?」
「えぇ。ご覧の通りよ」
「ふむ……応急処置にしては上出来だ。よし、全員向こうの部屋に集まれ。作戦会議を開くぞ」
「作戦会議じゃと? ということは何か思いついたのじゃな?」
秀吉の問いに雄二はニッと笑みを返し、背を向けて部屋を出て行った。あの顔。持論に自信ありといったところか。果たして期待して良いものだろうか。
「行きましょアキ」
「うん」
「どのような作戦か楽しみじゃな」
僕らは雄二に続いて隣の部屋に移動した。そこにはベッドに腰掛ける姫路さんと霧島さんの姿があった。姫路さんは肩を落とし、俯いて暗い顔をしていた。
「あっ、明久君……」
僕が部屋に入ると姫路さんは一瞬パッと明るい表情を見せた。しかしすぐにまた俯いてしまい、表情を曇らせてしまった。まだ罪悪感に
「姫路さん、元気出してよ。さっきのは姫路さんの責任じゃないんだからさ」
「そうよ瑞希。あれは、えっと……なんて言ったかしら。フカ、ふか……そう! フカコウリキってやつよ!」
「島田よ。それは
「う、うるさいわね! そんなの分かってるわよ! ちょっと瑞希を元気づけてあげようと思ってわざと間違えただけなんだからっ!」
……絶対ウソだ。
「ふふ……」
秀吉たちがそんなやり取りをしていると、姫路さんが笑ってくれた。美波の思惑は図らずも成功のようだ。
「……やっぱり瑞希は笑った顔の方が似合う」
「えっ? そうですか?」
「……皆もそう思ってる」
霧島さんの言う通りだと思う。僕も姫路さんは笑顔の方が断然可愛いと思っている。姫路さんだけじゃない。美波も、秀吉だって笑顔の方が可愛いんだ。雄二はどんな顔をしていてもブサイクだけどね。
「そ、そんなに見つめないでください。恥ずかしいです……」
恥ずかしがって両手で顔を隠してしまう姫路さん。そんな彼女の頭を霧島さんは優しく撫でている。なんだかとても微笑ましい光景だった。
「……もう気にするのはおしまい」
「はい。ありがとうございます翔子ちゃん。美波ちゃん、皆さん、ご迷惑をおかけしました」
座ったまま姫路さんがペコリと頭を下げる。どうやら吹っ切れたようだ。この様子ならもう大丈夫かな。
「すまなかったな姫路。だがお前のおかげで俺の考えが正しいことが証明された。感謝するぞ」
「私のおかげ……ですか?」
「そうだ。今からそれを説明する。皆、座って楽にしてくれ」
いよいよ作戦会議か。雄二のあの顔からすると、きっと何か有効な手掛かりを見つけたんだろう。ここまで長かったな……。1人草原に放り出され、マルコさんやルミナさんに助けられて。ジェシカさんは元気にしてるかな。王様のレナードさんには世話になったのにお礼も言えなかったな……。
僕はこの世界で出会った人たちの姿を思い浮かべながら席に向かった。この部屋はわりと広くて、20平方メートルほど。僕の家のリビングと同じくらいの広さだ。部屋の構造は隣の部屋と同じ。真ん中に大きな円卓テーブルが一つ置かれているところまで一緒だった。
僕と美波、それに秀吉とムッツリーニが円卓の席に着く。壁際にはベッドが2つ。そのうちの1つには姫路さんと霧島さんが並んで座っている状態だ。
「まずはここまでの話を整理するぞ。だがその前に確認しておきたいことがある」
テーブルの前に立ち、片手をポケットに突っ込んで話し始める雄二。その言葉に全員が黙って頷いた。そして雄二は一瞬満足げな笑みを浮かべると、すぐに真面目な顔をして声を張り上げた。
「お前らに問う! 俺たちの最終目的は何だ!」
何をいまさら。そんなこと聞かれるまでもない。
「元の世界に帰ること!」
僕の答えにその場の全員が真剣な目をして、力強く頷く。
「全員一致のようだな。いいだろう。では次の質問だ。なぜ俺たちがこの世界に飛ばされたか分かるか?」
『『『…………』』』
雄二の問いに誰も答えない。誰にも分からないのだ。
「そうだな。正直言って俺にも分からん。だがこの謎を解く鍵がある」
「…………召喚獣」
「それもそのうちの1つだ。だが鍵となるのは、あと2つある。何か分かるか?」
「なんだよ、勿体ぶらずに言えよ」
雄二は僕に目を向けると、ニヤリと勝ち誇ったような笑みを浮かべた。コイツのこういうところは相変わらずだな。
「1つはムッツリーニが言ったように召喚獣だ。2つ目はこの腕輪の存在。そして最後の3つ目は……明久、秀吉、ムッツリーニ。お前らなら気付いただろ」
「気付いた? 何に?」
「名前だよ名前。町の名前に見覚えがあるだろ」
「あぁ、うん。そうだね」
「んむ。確かに覚えておるぞ」
「…………ハンターズフロンティア」
「そうだ。あの時、俺たちがやっていたゲームだ」
「召喚獣と腕輪は関係あるから分かるけど……でもゲームはどう関係するのさ」
町の名前の件はラドンの町でマルコさんと話していて気付いた。最初はゲームの中に入り込んでしまったのかと思ったけど、どうもそんな感じがしない。一致しているのが名前くらいしか無いからだ。
ゲームの世界の建物は木造。でもこの世界は石やレンガで作られている。それに剣を持ち、鎧を着てモンスターと戦っているファンタジー要素は似ているものの、この世界の
「ゲームとの関係については後で説明する。その前にこの世界に飛ばされた理由だ。まず、この世界で召喚獣が使えたことが大きなポイントだ。それに加えてこの白金の腕輪の存在。つまりこの世界には召喚システムが大きく関わっている。もうこの時点で首謀者の見当が付くだろ」
「そうね。今まで何度も召喚獣に絡んだ変なことに巻き込まれてるわね」
「そういえば僕たち巻き込まれる度に酷い目にあってるよね」
「本音を喋る召喚獣に2人の子供の召喚獣。それに大人になった召喚獣なんてのもあったのう」
「…………つまり犯人は学園長」
「そういうことだ」
「じゃあ学園長先生が私たちにお仕置きするためにこんなことをしたんですか?」
「そんな! 僕たちならともかく姫路さんや美波がお仕置きされるなんてありえないよ!」
「まぁ待て、慌てるな。話にはまだ続きがある」
「あ、うん」
「明久の言うとおり姫路たち女子に罰が下されるとは考えにくい。罰せられる理由が無いからな。ここで関係してくるのがさっきのゲームだ」
「? ゲームがどう関係するのさ」
「いいか、この世界の状況をよく考えてみろ。召喚獣、白金の腕輪、俺たちのやっていたゲーム内の町の名前。これらのことから想像できることと言えば何だ?」
「……召喚システムとゲームと現実の融合」
!
「そんな……それじゃまさか……!」
霧島さんの言葉で僕は思い出した。この世界に飛ばされる直前のことを。あの時、ブレーカーが落ちたような音と共に目の前が真っ暗になった。そしてビリッと体中に電気が走って気を失い、目が覚めると大草原だった。
あの直前にやっていたこと。それは携帯ゲーム機の充電だ。それも見慣れないコンセントを使って。まさかやっぱりあのコンセントが原因なのか……?
「ちょっと待って坂本。じゃあこの世界ってアンタたちが遊んでたゲームの中ってことなの?」
「いや、それは違うな。この世界の町並みやモンスターは俺たちのやっていたゲームとはまるで違う。同じなのは町の名前くらいだ」
「そうなの? アキ」
「う、うん。ゲームのモンスターは架空の生き物ばかりだし、町だってこんなに丸い形はしてないよ」
「? 何を
「べ、べ、別に
この世界に飛ばされたのって、ひょっとしなくても僕のせいだよね……皆には黙っておこうっと……。
「つまりゲームの影響度は低いということじゃな。それにしても学園長の道楽にも困ったものじゃのう」
「確かに学園長先生がやったことなのかもしれませんけど……でも2週間もこのままっておかしいと思いませんか? 何か今までと少し違うような……そんな気がするんです」
「姫路の言うことも
「事情? 事情とは何じゃ?」
「ンなもん、また
「あり得る話じゃな」
「…………あり得るというか間違いない」
「え~っと……つまり元に戻せなくなったってことかしら」
「簡単に言うとそういうことだ」
「え……ちょっと待ってよ雄二。もしあの妖怪ババァにも手が出せない状況なんだとしたらさ、僕たちが何をしても無駄なんじゃないの?」
「さぁな。だとしても俺はただ待つだけなんてまっぴら御免だ」
「僕だって嫌だよ。でもどう考えても打つ手が無い気がするんだけど……」
「ねぇ坂本、そう言うからにはアンタには何か考えがあるんでしょ?」
「まぁな」
「へ? そうなの? なんだよ。それならそうと早く言ってよ。で、その考えって何さ」
「この世界には召喚システムが深く関係している。確証は無いが十中八九間違い無いだろう。ババァが何をしたのか知らねぇけどな。けど仮にそうだとした場合、この状況を打破する可能性があるのは恐らく――こいつだ」
雄二はテーブルの真ん中に置かれた腕輪を指差す。これって、さっき姫路さんがレーザー光線みたいなのを出したやつ?
「これがどう関係するのさ。さっきも散々試して姫路さん以外誰にも反応しなかったじゃないか」
「慌てるなと言ってるだろ。話は最後まで聞け単細胞」
「うん」
……
「最後の一言は余計だろ!」
「いいから黙って聞け」
「くっ……」
いつかこいつにギャフンと言わせてやりたい。
「確かにこいつは姫路だけに反応し、しかも石の壁をブチ抜くほどの力を持った兵器だった」
「すみません……」
「……瑞希。もう気にしなくていい」
「はい……」
「だがこの形は紛れもなく白金の腕輪だ。能力からしても作った奴は同じだろう」
「ふむ。するとやはり学園長ということになるのかの?」
「そうだ。思い出してみろ。400点オーバーした者にのみ許されるという召喚獣の腕輪の力を」
「そういえばそんなのあったわね。前に土屋が愛子と戦ってる時に見たわ」
「…………俺の腕輪効果は高速移動」
「そうそう。それで愛子を一瞬で倒しちゃったのよね」
「懐かしいのう」
そういえばあの時が工藤さんとの初顔合わせだったっけ。あの時は結局あと一歩のところで負けてしまって悔しかったなぁ。それも雄二が油断して小学生問題で霧島さんに負けたりするからいけないんだ! って、そうじゃなくて。
「雄二、それが元の世界に帰ることとどう関係するのさ。さっぱり分かんないんだけど?」
「いいか良く聞け。さっき姫路が放った熱線は姫路の召喚獣の腕輪が持っていた力だ」
「うん」
「つまり召喚獣の腕輪の力を俺たち自身が使えるというわけだ。だがこいつはこのとおり白金の腕輪の形をしている。これは召喚獣の腕輪と白金の腕輪が融合したものと考えられる」
「うん」
「仮にこの世界が召喚システムとゲーム、そして俺たちの現実が融合したものだとしたら、俺やお前が使っていた白金の腕輪の力も融合してどこかに存在している可能性がある」
「なるほど」
「アキ、本当に分かってる?」
「ううん。ぜんぜん!」
「ハァ……そんなことだろうと思ったわ。坂本、いいから話を進めて」
「お、おう……」
だって世界の融合だとか、突拍子もない話で実感湧かないんだもん。
「つまりだな、俺が思うに、ここに書かれている7つの腕輪の中に白金の腕輪が含まれている可能性が高いってことだ」
「ふ~ん……でも白金の腕輪って2種類あるよね。僕のと雄二のと」
「鍵になるのは俺の召喚フィールドを作る方だ」
「もしそれがあったとして、どうやって元の世界に帰るのさ」
「いいか、まず召喚獣は召喚フィールドが無ければ召喚できない。俺らの間では常識だ。だがこの世界では召喚フィールドなしで
「なるほど……確かにそう考えると召喚獣を
「そういうことだ。これは仮定に過ぎないが、かなり確度は高いと思う。そしてこの仮定の上で白金の腕輪が鍵になる」
えっと……この世界が召喚フィールドであって、鍵になるのが白金の腕輪で……召喚フィールドと……白金の腕輪……?
「そうか! フィールド同士の干渉か!」
「正解だ明久。召喚フィールドがあるところに白金の腕輪で新たなフィールドを形成すれば両方のフィールドが打ち消し合い消滅する。もしこの世界が召喚フィールドそのものだとしたら、白金の腕輪を発動させることで相殺され、元の世界に戻れる可能性が高い」
「なるほど! そういうことか! 凄いよ雄二! さすがFクラス代表だよ!」
僕は興奮のあまり立ち上がり、拳を握って思わず雄二を誉めてしまった。通常なら僕が雄二を誉め称えるなどありえない。しかし今回ばかりはさすがに感服した。今まで皆目見当も付かなかった”帰る方法”が雄二により具体的に示されたのだから。
この時の僕の心は、かつてないほどに踊っていた。心なしか皆の表情も明るく輝いているようだった。その中でも取り分け姫路さんの笑顔が嬉しそうに見えた。
「それじゃ私たち元の世界に帰れるんですね!」
「まぁ待て姫路。これはあくまでも仮説だ。俺の考えが正しいとは限らない。仮に正しいとしても大きな問題が残っている」
「問題? 何が問題だっていうのさ」
「バカかお前は。この7つの腕輪がどこにあると思ってる」
「どこって、そりゃ……あ」
「……腕輪は王家の宝物」
「そういうことだ。そんなものを簡単に譲ってくれると思うか?」
「で、でもちゃんと説明してお願いすればきっと分かってくれるよ! アレンさんは譲ってくれたし!」
「だといいがな。何にしても今はこの腕輪を手に入れることが俺たちの取るべき行動だ」
「でも腕輪って全部で7つもあるのよね? それも3つの国に。坂本の言う腕輪ってこのうちのどこにあるのか分かるの?」
「翔子、本に腕輪の種類について書かれているか?」
「……詳細は書かれてない」
「そうか。書かれていないのなら行ってみるしかないな。なにしろこの世界じゃメールどころか電話すら無いんだからな」
「やっぱりそうなるのね……」
つまり手当たり次第に探せってことか。非効率だなぁ。でも今度は探すものがはっきりしてるし、探し易そうだ。
「ところでムッツリーニ、さっきから何も言わないけど意見は無いの?」
「…………無い。帰れるなら何でもいい」
「そっか」
「よし、皆目的は理解したな? では手分けして各国に行ってもらうぞ」
「えっ? 皆一緒に行くんじゃないんですか?」
「確かにそれが望ましいが、それだと何ヶ月掛かるか分からんからな」
「それは……そうですけど……」
「姫路。あまり時間を掛けていると出席日数が足りなくなって俺たち全員留年することになるぞ」
「そ、それは困りますっ! 分かりました! 私、頑張ります!」
「その意気だ。それじゃチーム分けを決めるぞ。今回は俺の割り振りに従ってもらう」
「なんでさ。皆で相談して決めればいいじゃないか」
「遊びならそれでいいが、今回は急ぐ必要があるからな。効率重視だ」
「そっか……なら仕方ないね」
行き先は3つの国。メンバーは僕、雄二、美波、姫路さん、秀吉、ムッツリーニ、霧島さん。この7人を少なくとも3つのチームに分ける必要があるってことか。普通に考えれば2、2、3の人数構成になるだろう。できれば姫路さんや秀吉の力になりたい。
そうなるとこの3人チームに配属されるしかないけど、美波とも別になりたくない。う~ん。悩ましい。雄二はどう分けるつもりなんだろう?