「いつまでイチャついてやがんだこの能天気馬鹿が!!」
帰宅した途端、雄二に怒鳴られた。
「なんだよ。散歩してこいって強引に行かせたのは雄二じゃないか」
「そうよ。それにウチら別にイチャついてなんか……ね、アキ?」
「う、う~ん……」
「そこは同意しなさいよ!」
正直言って反論しづらい。散歩と言いつつも3時間も帰らなかったのだ。時間を忘れて美波と遊び回っていたと思われても仕方が無いような気がする。
「時間がかかったのはさ、なんて言うか、その……ちょっと事情があったんだよ」
「事情なんざどうでもいい! 携帯もねぇし行き先も分からねぇんじゃ連絡の取りようがねぇだろうが!」
「わ、悪かったよ。ゴメン……」
「チッ……まぁいい。とにかく入れ。お前らにも話すことがある」
「うん」
話すことってなんだろう? こっちも腕輪の話をしたいんだけどな。
「おかえりなさい、明久君、美波ちゃん」
「あ、姫路さん。ただいま」
「ただいま瑞希。ごめんね遅くなっちゃって。心配掛けちゃったわね」
「ちょっとだけ心配しちゃいました。でも美波ちゃんが一緒なので大丈夫だと信じてましたよ。それより聞いてください! 土屋君が凄い情報を持って来てくれたんですよ!」
「凄い情報? あ、ムッツリーニお帰り」
「…………うむ」
「で、凄い情報って?」
「ちょっと待ってください明久君。皆さん、明久君たちも戻って来たことですし、ゆっくり座ってお話ししませんか?」
「そうだな。明久、島田。お前らもマントを置いてこい」
「りょーかい」
それにしてもムッツリーニが持ち帰った凄い情報ってなんだろう? こっちの腕輪もかなり重要な情報だと思うけど……。そんなことを考えながらマントをハンガーに掛ける僕。
「アキ、これもお願い」
「うん」
美波のマントもハンガーに掛け、僕たちは円卓テーブルに向かう。皆は既に着席して待っていた。僕と美波は空いている席に着いた。すると今度は雄二が立ち上がり、
「ようやく全員揃ったな。じゃあ話を始めるぞ」
と、腕組みをしながら
「ちょっと待って雄二。その前にこれを見てよ」
僕は上着のポケットから腕輪を取り出し、テーブルの上に置く。
『『『えぇぇっっ!?』』』
するとその場の全員が同時に驚嘆の声をあげた。いや、霧島さんだけは驚いていなかったかもしれない。
「お、おい明久! お前こいつをどこで盗んできた!」
失敬な。僕が泥棒なんかするわけないじゃないか。
「違うよ。これはある人に貰ったんだ」
「嘘をつけ! このタイミングでそんな都合のいい話があるか!」
「いや、嘘じゃないよ? っていうかこのタイミングって何さ」
「坂本。アキを疑うのは分かるけど誓って盗みなんかしてないわよ」
「それ微妙にフォローになってないんだけど……」
「だ、誰から貰ったんですか明久君っ!」
「……学園長?」
「なんじゃと!? お主学園長に
「ちょっと待ってよ、落ち着いてよ皆。学園長じゃないよ?」
「じゃあ誰から貰ったんですか!?」
「誰って、アレンさんだけど……」
「アレン? 誰だそいつは!」
雄二を筆頭に皆が予想以上に興奮している。なんでだろ?
「ちゃんと説明しなさいよアキ。皆が混乱してるじゃない。実はね――」
美波が皆を落ち着かせ、池のほとりで出会った男の話をする。アレンさん――つまりアレックス王との出会い。王宮に案内され、この腕輪を譲り受けたこと。細かくすべてを話してくれた。
「そうか……なるほどな。どうやらムッツリーニの情報は本物のようだな」
「本物?」
「詳しく話そう。こいつを見ろ」
雄二がテーブルに一冊の古めかしい本を広げる。僕は言われるがままにそれを覗き込んでみた。美波も同じように身を乗り出し本を覗き込む。そこには7つの円筒形状の絵が描かれていた。手書きにしては上手い。でもこの形、どこかで見たような……。
!?
「こっ……! これ白金の腕輪じゃないか!」
「そうだ。偶然似た形の絵が描かれているだけかと思っていたが、お前がそいつを持ち帰ったことでこいつの信憑性が一気に高まった」
「ムッツリーニの情報ってこれだったのか……」
「そういうことだ」
「…………書物屋で埃をかぶっていた」
「ずいぶん古い本ですよね。いつ頃書かれた物なんでしょうか……。明久君、その腕輪ってそんなに歴史のあるものなんですか?」
「いや。そんなはずは無いよ。だって学園長が作ったものなんだから」
「じゃがこの本は見たところ書かれてから百年以上経っておるように見えるぞい? 学園長とて百歳は越えておるまい」
「ちょっと待って。木下、アンタどうしてこれが百年も経ってるなんて分かるのよ」
「演劇で古文書などをよく扱うのでな。このような状態の本ならば百年から二百年昔の物じゃ」
「ふ~ん……そうなのね。アンタのその知識もたまに役に立つのね」
「”たまに”だけ余計じゃ」
「坂本君、この腕輪が白金の腕輪なんですか?」
「そうだ。常にポケットに入れていたはずなんだが、こっちの世界に来た時には失くなっていたんだ。問題はなぜ王家の宝物庫に入っていたのか、だな」
「…………王様が拾った」
「いや、ムッツリーニそれは違うよ。これをくれたアレンさんは子供の頃に既にあったって言ってたから」
「それはおかしいのう。雄二よ、本当にそれは白金の腕輪なのか?」
「あぁ、形を見る限りは間違いない」
「……長年の研究の末、魔石より力の抽出に成功せり。
「あ? なんだそりゃ? 翔子、お前何を言ってるんだ?」
「……本にそう書いてある」
「ほう? 他に何が書いてある? 読んでみろ」
「……されど
『『『…………』』』
霧島さんが読み終わると部屋の中は静寂に包まれた。この文章からすると、これは昔の研究者が作った腕輪であって、白金の腕輪ではない。皆それを感じ取って言葉を失ったんだと思う。
「どうやらここに書かれておるのは白金の腕輪のことではなさそうじゃな」
「そうですね……」
「まだ分からないわよ。こっちには現物があるんだから。坂本、とにかく試してみない? ウチやアキじゃ反応しなかったけどアンタなら使えるかもしれないし」
「やってみる価値はありそうだな」
美波に言われ、雄二は腕輪を右腕に装着。そしてその手を上げ、キーワードを口にする。
「――
…………………………
何も起こらない。
「何も反応せぬな」
「アウェイクン! アウェイクン! アウェイクゥン!」
雄二が壊れたレコードのように繰り返し叫ぶ。うん。
「くそっ! なんで動かねぇんだ!」
「坂本でもダメなのね……」
「やはり白金の腕輪ではないのかのう」
もともと白金の腕輪は僕と雄二に与えられた物だ。それが僕が使っても雄二が使っても動かなかったということは、やはり別物なんだろうか。でも……それじゃなんで文月学園のマークなんか入ってるんだろう?
「……雄二。私にやらせて」
皆が落胆していると霧島さんがそんなことを言い出した。いつもは何が起きても驚きもせず、静観していることが多い霧島さん。そんな彼女がやってみたいと言うのは意外だった。
「構わんが……たぶん動かないと思うぞ?」
「……試してみる」
霧島さんは雄二から腕輪を受け取ると右腕に装着。そして右手をあげ、
「……
静かに、とても静かにキーワードを呟いた。その様子に皆が真剣な眼差しを注ぐ。
…………
…………
…………
腕輪は何の反応も示さない。やはり動かないようだ。
「……ダメみたい」
「霧島よ。次はワシにやらせてくれぬか」
「……うん」
霧島さんから腕輪を受け取った秀吉はそれを腕に装着する。そして、
「では行くぞい。
『『『…………』』』
――――微妙な空気が部屋を包み込んだ。
「……間違えたわい。
仄かに頬を赤く染めながら頬を掻く秀吉はとても可愛かった。
「コホン。ではもう一度行くぞい。――
…………
…………
…………
やはり何も起こらないようだ。
「ワシでもダメなようじゃな。ムッツリーニよ。次はお主の番じゃ」
「…………なぜ俺」
「この際全員で試してみるのもよかろう?」
「そうですね。それじゃ土屋君の次は私にやらせてください」
「…………分かった」
この後、ムッツリーニと姫路さんが続けて試してみたが、腕輪に反応は無かった。結局全員ダメだったか。これは諦めた方がいいかな……。
「どうして動かないんでしょうね……」
「むう。ただ偶然同じ形をしておるだけなのかのう……」
「仕方ないよ。きっとこれは僕らの知ってる腕輪じゃないんだよ」
「悔しいわね……せっかく手掛かりが見つかったと思ったのに」
「……瑞希」
「はい? なんですか? 翔子ちゃん」
「……それ。光ってる」
霧島さんが腕輪を指差して言う。良く見なければ分からないくらいだったが、確かに腕輪にぼんやりとした光が宿っていた。なんだか無気味な光だ……。
「あ、本当ですね。明久君、何ですか? これ」
「いや僕も知らないんだけど……」
「ウチが付けた時は光ったりしなかったわよ?」
「ワシもじゃな」
「もしかしたら今なら動くんじゃない? 瑞希、試してみてよ」
「分かりました。――
……………………
腕輪は音もなく光を放ち続けている。だが他には何も起こらないようだ。
「ダメみたいですね……」
「何なのかしらね。瑞希、それちょっと見せてくれる?」
「はい、今外しますね」
姫路さんは右腕から腕輪を外す。すると腕輪を包んでいた怪しい光はフッと消えてしまった。
「光らなくなっちゃったわね」
「なんか姫路さんだけに反応してない? この腕輪」
「そのように見えるのう」
ホント、何なんだろうコレ? 少なくとも白金の腕輪にこんな機能は無かったから、やっぱり違う物なんだろうけど……。
「なるほどな。こいつぁもしかすると……」
皆がクエスチョンマークを頭の上に浮かべている中、雄二がボソリと呟いた。見ればあいつは目をギラつかせ、顎をさすりながら笑みを浮かべていた。こいつがこういう顔をする時は何かを閃いた時だ。けど信用していいんだろうか。今までこの顔に騙されて散々な目に遭わされてきたからな。
「姫路、もう一度腕輪を装着しろ。それから召喚獣を喚び出してみろ」
「えっ? 召喚獣ですか?」
「そうだ。試獣装着しろ」
「なんだかよく分かりませんけど……とにかくやってみますね」
「はい瑞希、腕輪よ」
「ありがとうございます美波ちゃん。それじゃ――
再び腕に腕輪を装着し、姫路さんは召喚獣を
「どうだ姫路。腕輪に変化はあるか?」
「やっぱり光ってますね。……あら?」
「どうしたの姫路さん? 他に何か変化があった?」
「明久君、こんなところに文字なんて書かれていましたか?」
「文字?」
「はい。ここに」
姫路さんが手首を上にして腕輪を見せる。そこにはうっすらといくつかの文字が浮かび上がっていた。
「う~ん。どうだったかな。覚えてないや」
「ウチが見た時はそんな文字無かったわよ?」
「そうか、やはりか。俺の思った通りだ」
雄二はニヤリと口元にいやらしい笑みを浮かべ勝ち誇る。何か分かったのだろうけど、こういう顔をされると聞きたい気持ちが失せてしまうな。
「姫路よ。何と書いてあるのじゃ?」
「えっと、B、L、A、S、T。繋げて読むと、
文字を読み上げた直後、姫路さんは腕輪を見て小さく驚いた。彼女の腕輪が急に激しい光を放ち始めたのだ。そして、
キュボッ
という、なんだか可愛らしい音がして、赤い閃光が目の前を横切った。
――次の瞬間、凄まじい爆音と共に壁に大きな穴があいた。
「きゃーーっ!? か、壁が壊れちゃいましたぁーーっ!?」
「な、なんじゃこれは!? 一体どうなっておるのじゃ!?」
「…………レーザー光線」
「ぼ、僕にもレーザーに見えたけど……」
「ちょっとアキ! 何なのよこれ!」
「いや僕に聞かないでよ」
「わ、私壊すつもりなんてなかったんです! 腕輪に書かれている文字を読んだら急に光り出して、気付いたらこんなことにっ……!」
姫路さんが目に涙を浮かべながら叫ぶ。思いも寄らぬ事態に完全に動揺してしまっているようだ。
「……瑞希、落ち着いて」
「で、でもでもっ! こんなことをしてしまって! 私どうしたらいいんでしょう!」
霧島さんが
『何だ今の爆発は?』
『おい、何だあれ? 壁に大穴があいてるぞ?』
『うわっ、こりゃひでぇ! 誰がこんなことをしたんだ?』
『爆発事故?』
『分かんねぇ。魔石の実験事故か?』
空いた穴の外からガヤガヤと話し声が聞こえてくる。向こうは道路側。廊下側でなくて良かったけど、爆音を聞き付けて人が集まってきてしまったようだ。
「まずいな。騒ぎが大きくなる前に穴を塞ぐぞ。翔子、姫路を頼む」
「……うん」
「明久、お前は一階にいるホテルのオーナーに謝ってこい」
「なんで僕が!?」
「お前が嫌だというのなら仕方ない。島田、頼めるか?」
「僕が行くよ!」
「そうか。じゃあ任せる」
謝りに行ったら怒られるに決まってる。きっとネチネチと嫌味を言われるか、酷く怒鳴られるに違いない。そんな役を美波にやらせるわけには――――って……。
「雄二」
「なんだ?」
「覚えてろよ」
「何のことだ? 他の者はこの穴を塞げ! いいな!」
「了解じゃ!」
「…………了解」
「アキ、そっちは頼んだわよ」
「う、うん」
くそっ、雄二の策にまんまと乗せられてしまったじゃないか。仕方ない。今回は僕の負けだ。諦めて叱られに行ってくるか……。