バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第七話 バカも歩けば棒に当たる

「こちらでお掛けになってお待ちください。すぐお茶をご用意します」

 

 僕たちを部屋に案内すると、パトラスさんはそう言って去って行った。ダダっ広い応接室に取り残された僕と美波。長めの階段を上がって来たので恐らくここは3階あたりだろう。

 

 部屋に入ってまず目に飛び込んできたのは、大きなシャンデリア。天井から吊り下げられたそれは全体をガラスで作られ、多数の腕木を有していた。その上ではいくつもの魔石灯に火が灯り、室内を柔らかな灯で照らしている。

 

 僕は部屋の真ん中に設置されたソファに座り、ぐるりと室内を見回してみた。壁には大きな絵画がいくつか掛けられていて、部屋の隅にはピアノも設置されていた。正面には数個の窓があり、カーテンの合間から日の光が差し込んでいる。床は全面褐色のじゅうたん。踏んでみると押し返してくるような弾力があった。

 

 さすが王宮。バカみたいに広くて、天井もやたらと高い。なんと豪華な部屋だろう。まるでホテルのパーティーホールだ。

 

「なんか……落ち着かないわね……」

 

 隣では美波が肩をそわそわと揺らしている。その気持ちは僕も同じだ。

 

「僕もだよ。やっぱりFクラスの教室に見慣れてるせいかなぁ」

「あの教室ホントに酷いわよね。せめて透き間風が入らないようにしてほしいわ」

「だから言ったじゃないか。僕の隣は寒いよって」

「いいのっ! ウチはアキの隣がいいんだから!」

「でもそれじゃ授業に身が入らないんじゃない?」

「そうなのよね。さすがに雪が降ったりすると体の芯まで冷えちゃうわ」

「帰ったらなんとかするように鉄人に言ってみようか?」

「アンタの言うことなんて聞いてくれるかしら?」

「まぁ、聞いてくれないよねぇ……」

「ふふ……大丈夫よ。ウチが瑞希と一緒にお願いしてみるから」

「なるほど。鉄人も女子の言うことなら聞いてくれるか」

「そういうことよ」

 

 帰ったら……か。ホントに帰れるのかな。僕たち……。って言うか、こんなことしてる場合じゃない気がする。

 

「いやー待たせちまったな。やっと見つけたぜ。ずいぶん昔に見た物だったからどこに置いたか分からなくなっちまってな」

 

 その時、アレンさん――じゃなかった。アレックス王が戻ってきた。いや。言いづらいからアレンさんでいいか。そのアレンさんは頭や肩から灰色の粉をこぼしながら歩いてくる。酷いくらいに埃だらけだ。それに頭から蜘蛛の巣も糸を引いているようだ。ボロボロのマントなんかを着ているから余計に見窄らしく見えてしまう。これが本当に国王なんだろうか。なんだか騙されているような気がしてきた……。ん? 手に持っているあれは何だろう? 何かリング状の……。

 

「ほれっ」

 

 ぼんやりと眺めていたらアレンさんはそれを放り投げてきた。

 

「うわったったぁっ!?」

 

 お手玉をしながら僕はなんとかそれをキャッチする。

 

「な、投げないでくださいよぉ!」

「へへっ、まぁいいじゃねぇか。ほれ、見せたい物ってのはそいつだ」

 

 まったく、ホントいいかげんな王様だなぁ。で、これがどうしたって?

 

 

 ……

 

 

「えぇっ!? こ、これは!?」

 

 それは腕輪だった。それも見覚えのある腕輪。

 

「ちょっとアキ! それってアンタがいつも持ってた腕輪じゃないの!?」

 

 そう。美波が言うように、これは僕が肌身離さず持っていた物。

 

  ”白金の腕輪”

 

 学園長から受け取った時、これはそう呼ばれていた。これは召喚者の腕に装着し、特定の単語を声に出して言うことで特殊な能力を発動する(アイテム)だ。試召戦争において僕たちFクラスはこれのおかげで何度も窮地を脱している。だから常時ポケットに入れていつでも使えるようにしていたのだけど、この世界で目を覚ました時には携帯電話と共に失くなっていたのだ。でもそれがなんでこんなところに?

 

「その反応からするとやはりお前たちに関係のある物みてぇだな」

「もちろんです! なんでこんな物を持ってるんですか!?」

「ンなこと知るかよ。俺が物心付いた頃には宝物庫でホコリを被ってたんだからよ」

「へ? そんな昔から……?」

 

 おかしい。これは間違いなく学園長が作った腕輪だ。確かにあの妖怪ババァなら百年生きててもおかしくないけど、これを作ったのは僕らが2年生になってからのはず。それに僕がこれを失くしたのは2週間ほど前の話だ。一体どういうことなんだ?

 

「俺がガキの頃にそいつには強大な魔力が込められてるって親父から聞かされてな。けど、どうすればその魔力ってのが発現するのかちっとも分かんねぇんだ。そもそもどんな力かも分かんねぇし、危ねぇ代物かもしんねぇってんで諦めて宝物庫にブチ込んでおいたってわけさ」

「そうだったんですか……でもどうしてこれが僕たちに関係すると分かったんですか?」

「そいつをよく見てみな」

 

 言われた通りもう一度腕輪をじっと見つめる。金属製の丸い腕輪。非常にシンプルなデザインで洒落っ気などほぼ無い。しかしそれにはひとつだけ僕の知っている腕輪であることを示す物があった。文月学園の校章だ。

 

「そこにお前たちが胸に付けてる文様と同じ文様が彫ってあるだろ? そいつを見てピンと来たってわけさ」

「なるほど……そういうことだったんですか」

 

 それにしても僕の腕輪がこんなところにあるとは思わなかったな。でもこれを回収できても帰る方法が分かったわけじゃないんだよな。ただ二重召喚できるだけだし……。

 

「そういえばその腕輪って2種類あるのよね? アンタのと坂本のと」

「ん? あ、そうか。確かに2種類あるね」

「それはどっちなの?」

「どっちだろ? っていうか、そもそも雄二も失くしたのかな」

「見た目で分からないの?」

「それが見分けつかないんだよねコレ」

「じゃあ試してみたら?」

「それもそうだね。それじゃ早速……」

 

 僕は腕輪を右腕に装着。なんか少しキツい気がする。まぁいいや。まずは――――

 

起動(アウェイクン)!」

 

 …………

 

 …………

 

 …………

 

 美波やアレンさんが息を呑んで見守る。だが腕輪は何の反応も示さなかった。

 

「反応しないってことは坂本の腕輪じゃないのね」

「そうみたいだね。ってことは僕のってことかな? ――二重召喚(ダブル)!」

 

 …………

 

 …………

 

 ……?

 

「あれ? これも反応しない?」

 

 おかしいな。起動(アウェイクン)でも二重召喚(ダブル)でもないってどういうことなんだろう?

 

「アンタの発音が悪いんじゃないの?」

「う~ん……そんなことないと思うんだけどなぁ。いつもこんな感じで使ってたし。ってそうか。二重召喚(ダブル)は召喚獣を出してなきゃダメか」

「そうなの?」

「うん。たぶんね。やってみれば分かるさ。試獣装着(サモン)!」

 

 喚び声と共に足元に幾何学模様が現れ、そこから光が溢れ出す。光の柱は僕の衣装を改造学ランに変化させるとすぐに消えていった。よし、装着完了っと。これなら発動するはずだ。

 

「そんじゃもう一回。二重召喚(ダブル)っ!」

 

 …………

 

 …………

 

 …………

 

 やはり反応しない。

 

「う~ん……ダメかぁ」

「壊れてるのかしら。それとも偽物とか?」

 

 もし壊れてるのだとしたらどうにもならない気がする。だってこの世界にはババァ長なんていないだろうし、他に直せる人がいるとも思えない。いや、もしかしたら美波の言うように偽物……というか本物を模したレプリカだったりするのかもしれない。

 

「なぁヨシイ、さっきからアウェイだのダボルだのわけ分からんこと言ってるが、そりゃ何なんだ?」

 

 装着を解いて腕輪をまじまじと見つめているとアレンさんが尋ねてきた。

 

「これは腕輪の力を引き出すための合い言葉みたいなものなんです。この腕輪が本物ならこれで力が発動するはずなんですけど……」

「動かねぇのか?」

「はい……」

「フーン……合い言葉が間違ってるってことはねぇのか?」

「それは間違いないです。前に僕が使ってた時はこうすると腕輪が光って力が発動してたんです」

「じゃあシマダがやってみたらどうだ?」

「えっ? ウチ?」

「美波もやってみる?」

「そうね、やってみようかしら。アキ、ちょっと貸してくれる?」

「うん」

 

 腕輪を渡すと美波は右腕に装着。そしてその手をスッと上げ、キーワードを口にした。

 

「じゃあやってみるわね。――起動(アウェイクン)っ!」

 

 

 …………

 

 

 室内はシンと静まり返っている。

 

「やっぱり召喚獣が必要なのかしら。試獣装着(サモン)っ!」

 

 彼女の足元から光の柱が立ちのぼり、衣装を変化させる。やっぱり美波の青い軍服姿は何度見てもかっこいいな。

 

「行くわよっ! 二重召喚(ダブル)っ!」

 

 

 …………

 

 

 やはり何も反応しない。

 

「やっぱりウチでもダメみたい……」

 

 肩を落とし、しゅんと落ち込んでしまう美波。心なしかリボンも(しお)れたように見える。

 

「美波のせいじゃないよ。きっとこれは白金の腕輪を模した作り物なんだよ」

「そうなのかしら……」

「うん。きっとね」

 

 でもこの腕輪、間違いなく文月学園に関係する物だ。校章が入ってるから間違いない。仮に偽物だとしても、これを作った人が文月学園の関係者であることは確実だ。もし僕らの他にも文月学園の関係者がいるのならこの世界について何か知っているかもしれない。もしかしたら帰る方法だって……。

 

「あの、王様」

「あー。ヨシイよ、その呼び方はやめてくんねぇかな。ガラじゃねぇんだ」

「ほぇ? そうなんですか? じゃあなんて呼べばいいですか?」

「アレンでいい。1人で街に出る時はこの名前を使ってるんでな」

「分かりました。それじゃアレンさん、この腕輪を作った人って分かりますか?」

「んにゃ、知らねぇ。さっきも言ったが俺が物心付いた頃には既にあった物だからな」

「そうですか……」

 

 こういう時ゲームなら城の中にいる人に徹底的に話を聞いてヒントを見つけるんだけど……。さすがにそんなことをしたら怪しまれるよね。それに実は本物で壊れてるだけって可能性もあるし。う~ん……どうしたものかな。

 

「ねぇアキ、皆を呼んで相談したほうがいいんじゃない?」

 

 なるほど。確かに雄二なら何か思いつくかもしれないし、もし壊れているのだとしたらムッツリーニなら直せるかもしれない。あいつは無駄に手先が器用だからな。

 

「そうだね。それがいいかもしれない。よしっ、王様! じゃなくてアレンさん、ここに仲間を呼んで来てもいいですか?」

「んー。そいつはやめておいた方がいいな。俺は構わんが城の者がいい顔をしねぇ」

「そうですか……」

 

 まぁ当然か。僕が逆の立場だったら、王家と無関係の者が城の宝物を弄っていたらいい気はしない。とはいえ、やはり雄二には見せておきたいな。

 

「じゃあコレ、一晩お借りしてもいいですか?」

「ん? あぁ、そいつはお前らにやるよ」

「は?」

「だから、お前らにやるって言ってんだよ。どうせ俺が持ってても何の役にも立たねぇし」

「え……で、でもこれって城の宝物なんじゃないんですか?」

「さぁな。長年宝物庫にあっても誰も気に留めなかったようなモンだし、いいんじゃね?」

「いや、いいんじゃね? って、そんな軽々しく……」

「まぁ気にすんなって。それにその文様からしてもともとお前らの物だったんじゃねぇのか?」

「それはそうかもしれないですけど……」

 

 ホントにいいんだろうか。確かに僕らに関係するものだとは思うけど、城の宝物を貰うなんて……。

 

「アキ、アレンさんがこう言ってくれてるんだからご厚意に甘えましょ」

「……そうだね。分かったよ。アレンさん、ありがとうございます」

「いいってことよ。そんじゃ俺はそろそろ行くわ」

 

 王様はそう言うとカウボーイハットを頭に乗せ、窓の方へ歩いていく。行くってどこへ行くんだろう? そっちには窓しかないけど……。

 

「お待たせしました。お茶をお持ちしま……アレックス! 何処(どこ)へ行くのです!!」

 

 ちょうどその時、ポットを乗せたワゴンを押しながらパトラスさんが戻ってきた。そして窓の縁に手を掛けるアレンさんを見るなり、凄い剣幕で怒鳴りつけた。

 

「やべっ! もう戻って来やがったか!」

 

 アレンさんは慌てて窓に片足を掛け、身を乗り出す。って! ちょっと待った! ここ3階だよ!?

 

「待ちなさいアレックス! 溜まっている仕事はどうするつもりですか!」

「そいつはお前に任せる。頼りにしてるぜパティ」

「そうはさせません!」

 

 ダッ! とパトラスさんが窓に向かって走り出す。

 

「へへっ、あばよっ!」

 

 しかしアレンさんはそれよりも早く窓から飛び降りてしまった。ま、まさか自殺を!? 大変だ!!

 

「「アレンさん!!」」

 

 僕と美波も慌てて窓に駆け寄る。そしてその窓から下を見下ろすと……?

 

「あ、あれ?」

 

 見下ろす先には何も無かった。いや、カーテンを結び合わせたロープ状のものが一本吊るされていて、風に舞っている。なんだコレ?

 

『ちゃんと2人を送り出してやってくれよパティ~っ! じゃあな~っ!』

 

 緑色の庭園にそんな声が響き渡る。見ればその庭には裏門に向かって走って行くひとつの影があった。

 

「アレックスゥーッ!! 貴方という人はどこまで身勝手なのですかァーッ!!」

 

 僕の横ではパトラスさんがこめかみに青筋を立てて怒りを顕にしている。どうやらアレンさんはこのカーテンのロープを伝って降りたらしい。いつの間にこんなものを用意したんだろう。

 

「まっっったく!! あの人ときたら!!」

 

 パトラスさんの怒りは治まらない。肩を尖らせ、ずんずんと歩いて部屋を出て行こうとする。こ、怖い……。

 

「おっと、これは失礼。大変お見苦しい所をお見せしました」

 

 扉の前で立ち止まり、パトラスさんが振り返って言う。その表情は元の冷静なイケメン顔に戻っていた。先程の鬼神のような顔が嘘のようだ。

 

「あ、いえ。何と言うかその……が、頑張ってください」

 

 僕は持ち得る語録を総動員し、返事を考え出す。もうちょっと気の利いた返事が出せればよかったのだが、僕の知識ではこれが限界だった。

 

「お心遣い感謝いたします。まったく、国王陛下にも困ったものです」

「あ、あはは……」

「それでは私は執務がありますので失礼させていただきます。すぐに代わりのメイドを呼びます。お掛けになってお待ちくださいませ」

 

 パトラスさんはそう言って軽く一礼する。

 

(アキ)

 

 すると美波が小声で呼び掛け、小さく首を横に振った。”これ以上ここにお邪魔するのは良くない。もう帰ろう”。そう言いたいのであろう。僕も賛成だ。姫路さんが心配してるだろうし。

 

「パトラスケイルさん、僕たちそろそろお(いとま)しますので、どうぞおかまいなく」

「おや、そうですか? せっかくですし、せめてお茶だけでも召し上がっていきませんか?」

「実は友人たちを待たせているんです。たぶん僕らの帰りを心配して待っていると思いますので……」

「そうですか。何のおもてなしもできず申し訳ありません」

「ウチらこそ突然お邪魔してすみませんでした」

「ではお茶はまたの機会に。門までご案内いたします。こちらへどうぞ」

 

 

 こうして僕たちは正門まで案内され、王宮を後にした。

 

 

「なんか圧倒されちゃったわね」

「そうだね……けどまさかアレンさんが王様だったなんてビックリだよ」

「レナードさんも仕事そっちのけで研究に夢中になってるみたいだし、もしかして王様って案外楽な仕事なのかしら?」

「え……そ、そうなのかな」

 

 なんか僕の中で常識が音を立てて崩れていくような気がした。国王様ってもっと威厳があって、ビシッと仕事をこなすような人だと思ってたのに。

 

「それにしてもその腕輪が王家の宝物になってたなんて不思議ね」

「まったくだよ。でもなんで動かないのかなぁ」

「ねぇアキ、それってもしかしたら元の世界に戻る手掛かりになるんじゃないかしら」

「この腕輪が?」

「動かないにしても形はそっくりなんでしょ? 文月学園の校章も入ってるし、何か別の使い方があるんじゃないかしら」

「なるほど……確かにそうかもしれない。よし! 戻って雄二たちと相談しよう!」

「そうね。坂本なら何か分かるかもしれないわね」

 




腕輪はアニメでは”黒金の腕輪”とされ、召喚フィールドタイプは明久が持つことになりました。本作では小説版に準拠し、白金の腕輪として召喚フィールドタイプを雄二が。二重召喚タイプを明久が持っていることにしています。

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