背を丸くし、ポケットに手を突っ込んで道を歩くアレンさん。一体どこへ行くつもりなんだろう?
「あの……アレンさん、どこに行くんですか?」
「ん? なーに、ついて来れば分かるって」
尋ねてみてもこんな答えしか返ってこない。本当に信用していいんだろうか……。
そんな心配を余所に、彼はふらふらと身体を左右に揺らしながらガニ
そうしてしばらく歩いていると、次第に道が開けてきて人通りが多くなってきた。どうやら追い剥ぎやカツアゲをするつもりではなさそうだ。でもどこに向かってるんだろう?
「ここだ」
30分ほど歩いただろうか。アレンさんは大きな建物の前でピタリと立ち止まり、親指で前方の建物を指差した。
「え……こ、ここですか!?」
僕は動揺を隠せない。
目の前には天を仰ぐほどに巨大な建物が
とてつもなく広大な敷地と建物。どう見てもお城だ。それも町中のどの建物よりも立派な、まるで王宮のようなお城。っていうかコレって……。
「あ、あの……アレンさん? ここって王宮じゃないんですか?」
オドオドする僕を見てアレンさんはニカッと笑みを浮かべる。そして何も答えずに背を向けると、
「よっ、ごくろうさん」
と、門の警備をしている兵士に軽々しく声をかけた。
「なっ!? ぶ、無礼者! 貴様何者だ!」
「ここは国王陛下アレックス王の宮殿なるぞ! 我らへの愚弄は陛下への愚弄と同等と知れ!」
戸惑いながらも槍を突き出す2人の兵士。こんな挨拶をされては警戒するのも当然だろう。ところが、目の前に槍を突き付けられてもアレンさんは身じろぎひとつしなかった。なんて肝の据った人なんだろう。
「よしよし。それでいい。まったくパティの部下は優秀だな」
腕組みをして満足げに”うんうん”と頷くアレンさん。パティというのは人の名前だろうか。それにしてもアレンさんの行動の真意が掴めない……。
「えっ……? そ、そのお声はまさか……」
「ま、まさか……そんな!」
何かに気付いたのか、銀の鎧姿の兵士2人は急に表情を強ばらせ、槍を下げた。どこからかカタカタと音が聞こえてくる。震えで彼らの着ている銀色の鎧が音を立てているようだ。彼らの顔からはみるみる血の気が失せていく。
「俺だよ、俺」
そんな彼らにアレンさんは帽子を脱いで見せた。
「「あ、アレック――!」」
「シーーッ! 大声を出すな!」
アレンさんが声をあげようとした2人の兵士の口をそれぞれ手で塞ぎ、黙らせる。そして兵士たちの耳元でヒソヒソと何かを話し始めた。話を聞きながら何度か頷く兵士のおじさんたち。
「「しっ、失礼しましたッッ!!」」
2、3、言葉を交わした後、2人の兵士の態度は急変。ビシッと背筋を伸ばし、アレンさんに対して敬礼をした。もう何がなんだかさっぱりだ……。
「あー。謝んなくていいから門を開けてくんねぇかな」
「「はっ! ただいま!」」
兵士のおじさん2人は慌てて鍵を開け、黒い金属製の門を重そうに押して開く。僕は美波と一緒にただ呆然とそのやり取りを眺めていた。
「おーい、ヨシイ、シマダ。行くぞー」
……ハッ
「い、行こうか」
「そ、そうね……」
☆
王宮内に入り、広くて長い廊下を堂々と歩いていくアレンさん。わけがわからず、肩身の狭い思いでついて歩く僕と美波。途中に出会う人たちは皆が驚き、「お帰りなさいませ!」と頭を下げる。ひょっとしてアレンさんって……。
(ねぇアキ、もしかしてアレンさんって……)
美波がこっそり耳打ちをしてくる。どうやら美波も気付いたようだ。周囲の人からこういった態度で見られるということは、王宮内で身分の高い人だろう。こうして誰からも
そんなことを考えているうちに赤いじゅうたんの道は扉に突き当たった。アレンさんは金属製の扉に両手を当て、おもむろに押す。大きな扉は音も立てずにゆっくりと開いていった。
「――っ!」
するとその部屋にいた法衣のような服を着た男がすっ飛んできて、突然怒鳴り始めた。
「連絡もなしに一体どこへ行っていたのですか! 出掛ける時は行き先を伝えるようにとあれほど言ったでしょう!!」
「わーっ! ご、ごめんなさい! ごめんなさいっ!!」
目の前で突然怒鳴られた僕は両手で頭を抱え込み、平謝りする。って、あれ? なんで僕が叱られるんだ? しかも見ず知らずの人に。
「アキ、違うみたいよ。アレンさんみたい」
「ほぇ?」
頭を上げて見てみると、アレンさんが白い法衣の男に話しかけていた。
「よぉパティ。久しぶりだな」
「久しぶりだな、じゃありません! 仕事をほったらかして今まで何をやっていたのですか!」
「あー。まぁ、なんだ。ちょっと釣りをしに行ってた」
「ちょっとじゃないでしょう! 何日
「まぁ堅いこと言うなよ。息抜きだよ息抜き」
「息抜きで1週間も城を空ける国王がどこにいますか!! 貴方はまるで息抜きの合間に仕事をしているみたいじゃないですか!」
「ハッハッハッ! うまい事を言うなぁパティ」
「笑い事じゃありません! ちゃんと反省してください!」
「いいじゃねぇか。ここにはお前のような優秀な大臣がいるんだからよ」
「っ……! そ、その手には乗りませんよ! そうやっておだててまた何もかも押し付けようって魂胆でしょう!」
「ヘヘッ、バレたか」
「まったく貴方という人は……。いいですかアレックス。あなたは国王なのです。もっと自覚を持っていただかないと困るのです」
「わーってるよ。その説教はもう耳にタコができるほど聞いてるよ」
「ぜんぜん分かっていないから言っているのです!」
「まぁそう目くじら立てんなよパティ。あんまり怒るとハンサムが台なしだぜ?」
「誰に怒っていると思っているのです!! それにその呼び方はやめてくださいと言ったでしょう! 私はパトラスケイルです!」
「いいじゃねぇか。パティの方が呼びやすいんだからよ」
「ハァ……まったく。貴方は気楽でいいですね……」
「そんなことよりパティ、客人が来てるんだ」
「客人? あぁ、後ろのお2人ですか」
「あぁ、ちょいと釣り場で知り合ってな。なぁお前ら。って……何してんだ?」
えっと……僕ら入ってもいいのかな? あの人があんまり怒ってるもんだから入り辛くて……。
「そんな扉の陰に隠れてねぇで入ってこいよ」
「は、はい……」
だ、大丈夫かな。怒られたりしないのかな。僕たちは恐る恐る部屋に入り、ペコリとお辞儀をして挨拶をする。
「は、はははじめまして! 吉井といいます!」
「パティさん、はじめまして。ウ、ウチは島田です。よろしくお願いします……」
「ヨシイ様にシマダ様ですね。はじめまして。ですが私はパティではなくパトラスケイルです。お間違いなきよう」
「あっ……す、すみません! アレンさんがそう呼んでいたので、ついウチも……」
「……お2人ともあまりこの人に関わらない方がいいですよ。ガラの悪いのが移ってしまいます」
パトラスケイルさんは静かに言う。
やや面長の顔に切れ長の目。瞳は空のように青く、肩に掛かるほどの長い栗色の髪。鼻の頭にちょこんと乗せた小さな丸い眼鏡は知性を感じさせる。
法衣のような白い服も似合ってるし、格好いい人だなぁ。それにもう怒ってないみたいだ。
「パティ、そいつらを応接室に案内してやってくれ。俺はちょいと倉庫に行ってくる」
僕たちが挨拶している間にアレンさんはそう言い、スッと部屋を出て行ってしまった。
「アレックス! 貴方また逃げるつもりですか!」
パトラスケイルさんがそう叫んだ時にはもうアレンさんの姿は無かった。っていうか、アレックスさんって呼んだ方がいいのかな? それとパトラスケイルさんはちょっと名前が呼びにくいな。パトラスさんでいいかな。
「パトラスケイルさん、たぶん大丈夫だと思います。ウチらに見せたいものがあるって言ってましたから取りに行ったんだと思います」
「……そうですか。ならば良いのですが……」
彼はハァと大きく溜め息を吐き、肩を落とす。なんだかとても疲れた顔をしている。ずっと苦労してきたんだろうなぁ。それにしてもアレンさんは王様だったのか。ハルニア王国のレナード王に比べると、ずいぶんいいかげ……フリーダムな人みたいだな。
「王の命とあらば仕方ありません。ご案内します。ヨシイ様、シマダ様。こちらへどうぞ」
「「はい」」
”様”付けはやめてほしいなぁ。そんなに敬われるほど偉くないし。
「行きましょアキ」
「うん」
僕たちはパトラスさんの後について歩き、赤いじゅうたんの道を進む。こうしているとガラムバーグでジェシカさんに案内されて歩いた廊下を思い出すな。……ジェシカさん、元気にしてるかな。戦争もなくなったんだ。もう争いの種は無いはず。きっと相変わらず豪快に笑っているよね。
それにしてもアレックスさんが見せたい物ってなんだろう? 帰るための手掛かりかと思ったけど、あの王様のことだからザリガニの魚拓かもしれない。もしくは釣り具自慢をしたかったとか。そんな物を見せられても僕には善し悪しなんて分からないし、反応に困るだろうな……。