僕はムッツリーニから聞いていた経緯を皆に話した。
あいつが王宮の庭で目覚めたこと。ドルムバーグにて諜報員として職に就いていたこと。そしてミロードで別れた後、レオンドバーグの王宮諜報員として現れたことを伝えた。
「王宮諜報員だと? すげぇな……あいつ元の世界よりこっちの世界の方が
「僕もそう思ったよ。僕らの中じゃムッツリーニが一番上手く動いてるんじゃないかな」
「アキ、土屋をあんまり褒めないで」
「ん? なんで?」
「決まってるじゃない。調子に乗って変な写真撮ったりしないようによ」
「いないんだから別にいいじゃないか」
「それでも!」
「わ、分かったよ」
ムッツリーニだってたまには褒められてもいいと思うんだけどな。それに美波の写真なら欲しいし。
「それじゃ僕と美波のここまでの経験を説明するよ」
僕はこの二週間のことを思い出しながら、順を追って説明した。
ラドンの町から少し離れた草原で目を覚ましたこと。町を探して歩いていたら魔獣に襲われたこと。そして通りすがったマルコさんに助けられ、数日間お世話になったこと。そこでこの世界に関する様々なことを学んだこと。まずここまでを説明した。
「魔獣か。俺は見た事は無いが話は何度も聞いている。町の外はその魔獣ってのが生息していて人を襲うらしいな」
「うん。危うく僕も餌食になるところだったんだ」
マルコさんとルミナさんには本当に感謝している。あの時マルコさんが通り掛からなかったらこうして皆と再会することもできなかっただろう。これが僕の旅の始まりだった。
「話を続けるね」
数日後、元の世界に帰るための情報を求めてラドンを出発。王宮都市レオンドバーグを目指した。ところが次の町ハーミルで偶然”文月学園の制服を見た”という情報を耳にした。早速この情報を頼りにミロードの町へ向かったのだが、その道中、馬車の簡易魔障壁装置が故障。猿型の魔獣軍団に襲われてしまった。この時だった。召喚獣の力に気付いたのは。
「召喚獣だと? バカも休み休み言え。教師も召喚フィールドも無いのにそんなものが使えるわけないだろ」
「本当なんですか? 明久君」
雄二と姫路さんが疑いの目で僕を見る。秀吉と霧島さんも
「見せたほうが早そうだね。美波」
「そうね。それじゃ――」
僕と美波は互いに目を合わせて頷き、立ち上がる。そして僕は左手を。美波は右手を上げ、例のキーワードを口にした。
「「――
喚び声と共に足元にいつもの幾何学模様が浮かび上がる。そこから光が溢れ出し、僕たちの身体は光に包まれた。やがて光の柱は消え、僕は赤いインナーシャツに黒い改造学ラン姿に変身。美波も青い軍服姿に変身し、その場の全員を驚かせた。
「こいつは驚いたな……」
「た、確かに召喚獣じゃな……」
「召喚獣を……着ちゃったんですか……?」
雄二たちは皆、目を丸くして驚いている。一度こうやって雄二を驚かせてやりたかったんだよね。フフン。いい気分だ。
「……吉井。私達にもできるの?」
ただ1人、驚いた表情を見せていなかった霧島さんが真顔で尋ねる。いや、もしかしたらこれが彼女の驚いた顔なのかもしれない。
「たぶんできるんじゃないかな。ムッツリーニにもできたし」
「なんだと? あいつそんなこと一言も言わなかったぞ?」
一刻も早く帰ってエロ画像の入ったパソコンを保護したいムッツリーニにとって、召喚獣を装備できることなど些細なことなのだろう。
「……雄二、私達もやってみよう」
「だな」
「そうですね、皆でやってみましょう」
「んむ」
皆は立ち上がり、それぞれが片手を上げて叫ぶ。
『『――
4人の声が重なり、室内は眩い光に包まれる。そして次の瞬間、そこには変身した彼らの姿があった。
「おっほ! できたぜ!」
歓喜の声を上げて雄二が喜ぶ。メリケンサックを両拳に備え、前をはだけた真っ白な特攻服は頭の悪い暴走族のようだ。
「ほぉ……これは凄いのう。よもやこのようなことができようとは……」
紺色の袴に白い胴着の秀吉が溜め息混じりに言う。その手には身長よりも長い
「わぁ~っ! 本当に着ちゃいました! これ、すっごく可愛いですっ!」
姫路さんは大喜びして花が咲いたような笑顔を見せる。ロングスカートの赤いワンピースに銀色の胸当てと小手。頭に白い羽飾りを付けた彼女の姿は、僕から見てもとても可愛かった。
「これで召喚獣の力が奮えるってわけか」
「うん。でも鎧を着た大人の人も軽々投げ飛ばせるくらいの力を持ってるから注意がいるよ」
「それほどの力が付いたようには感じぬがのう」
「……吉井、この透明の板は何?」
頭に付いたバイザーを指でトントンと叩きながら霧島さんが問う。彼女は武者鎧にピンクのミニスカートというアンバランスな容姿をしていた。だがこれはこれで不思議な可愛らしさがある。
「見た目がバイザーだから僕はそのまま”バイザー”って呼んでるよ。そこに黄色いバーが表示されてるよね?」
「……うん。どんどん減っていってる」
「それがどうもエネルギーゲージの役目を果たしてるみたいでさ、その黄色いのが無くなると自動的に装着が解除されるんだ」
「……そうなの」
「僕も説明を受けたわけじゃないから経験で言ってるだけなんだけどね」
「なんだと? おい明久、じゃあこれって時間切れまでこのままなのか?」
「いや、それは大丈夫。美波が発見したんだけどね。こうするのさ。――
掛け声と共に僕の武装は煙のように消え、元の制服姿に戻っていく。
「なるほど。前にもそれで召喚獣を消したことがあったな。――
『『――
雄二に続いて皆が次々に解除していく。
「それにしてもなんでこんな力が使えるんだ? しかもこんな形で」
「それは僕の方が聞きたいよ。雄二なら何か知ってるんじゃないかと思ってここまで来たんだけど?」
「俺が知るわけねぇだろ。召喚できること自体、今初めて知ったんだからな」
「なんだよ、役たたず」
「ンだと! 喧嘩売ってんのかコラ!」
「だってそうじゃないか! 戦争が始まろうとしていた時も魔人に襲われた時も、肝心な時にいなかったくせに! 僕がどんな思いでここまで来たと思ってるのさ!」
「ん? ちょっと待て明久。なんだその戦争とか魔人ってのは」
「あ、うん。実はね――――」
僕は説明した。大変な思いをした2つの事件。ハルニア王国内での王子同士の内乱。そしてあの湖の
「お前な……この世界のことに関わり過ぎだぞ。俺たちはこの世界の住民じゃない。何が起ころうとも関わるべきじゃねぇんだよ」
「じゃあ戦争で沢山の血が流れても見て見ぬふりをしろって言うのかよ! そんなことできるわけないだろ!」
「仕方ねぇだろ! この世界に関与したら何が起こるか分かんねぇんだぞ!」
「やってみなきゃ分かんないんだろ! だったらやってみればいいじゃないか!」
「バカ野郎! その結果がその魔人とやらじゃねぇのか! お前の行動は軽率過ぎんだよ!」
「う……そ、それは……」
まいった。ぐぅの
僕が戦争に介入したことで魔人という存在が生まれたとは思えない。けれど100パーセント有り得ないかというと、そうとも言い切れない。ヤツの存在自体が謎なのだから。
それにあの時、僕は召喚獣の力を過信していた。負けるわけがないと思い込み、戦ってしまった。その過信の結果があの惨敗なのだ。
「アキ。坂本の言うとおりよ。これからはもっと慎重に行動すべきだわ」
「そうだね……分かったよ。ごめん……」
「ふ~む……しかしその魔人とやら、一体何者じゃ? 魔獣とは違うのか?」
「うん。確かに違うんだ。魔獣っていうのはサイズは何倍にもなってるけど、動物と同じ姿をしてるんだ。それと
「ほう。では魔人とはどのような姿をしておるのじゃ?」
「あいつは……魔人は人間の姿に似ていて……悪魔のような
話しているうちにあの時の忌まわしい記憶が甦ってくる。あの冷たく氷のような視線。戦いを楽しんでいるかのような下品な笑い。そして……美波の命を奪おうとした、血のように赤い、狂気に満ちた目……。
「……う……ぅ……」
「アキ? どうしたの?」
「ど、どうしたんですか明久君! 顔が真っ青ですよ!?」
ここには美波はもちろん、雄二や姫路さん、秀吉、霧島さんだっている。今はここにいないけど、ムッツリーニだってじきに戻ってくる。いつもの放課後のメンツ。同じ文月学園の制服を着たいつもの仲間。わいわいとゲームをしたりバカな話で盛り上がったりして、楽しい時間を過ごす。それが僕らの日常だったはず。
それなのに……僕は一体何の話をしている? 僕が殺されそうになった? それも学園の生徒ではなく、得体の知れない異生体に? いつものようなFFF団との追いかけっこではなく、本気で僕の命を狙っている?
なぜ? どうして? 僕が悪いことをしたのなら謝る。許してもらえるのなら土下座でもなんでもする。けれどヤツはそんなことを望んではいなかった。ただひたすらに戦い、命を奪うことに悦びを感じているようだった。そしてヤツは……助けに入った美波までも……手に…………掛けようと…………。
「ぁ……ぅ……はぁっ……は……っ……はぁっ……!」
急に言葉を発することができなくなり、ブルブルと腕が震え出す。
怖い。
なぜ僕が? なぜ美波が狙われる? もしあの時魔人が引き上げなかったらどうなっていた? もしあのままヤツの腕が振り下ろされていたら――――
「あ……あぁっ……! う、う、うわあぁぁぁーーーっ!!」
全身が硬直し、治っているはずの左足が急に痛みだし、力が入らなくなる。やけに冷たい汗が全身から噴き出し、震えが全身に広がっていく。両足で体を支えていることができなくなった僕は両膝を突いた。
「わぁぁーっ!! うわぁーーっ!! う、うわぁぁぁぁーーっっ!!」
僕は頭を抱え、喉が潰れそうなくらいに絶叫した。
『――アキ!?』
『――どうした明久!』
『――明久君!? どうしたんですか!? しっかりしてください! 明久君!』
「はっ、はっ、はっ、ぁ……ぐ……は……ぅく…………」
美波や皆の声はうっすらとだが聞こえていた。しかし僕の全身は痺れ、呼吸は乱れ、返事どころか息をするのがやっとであった。なんとか呼吸をしようと意識を集中しようとしても、ヤツの笑い声や顔のイメージが頭の中でぐるぐると駆け巡り、それを妨害する。僕にはもうどうすることもできず、ただ耐えるしかなかった。そうしているうちに頭の中が真っ白になっていって――――
「ぅ…………」
僕は床に身体を横たえた。
『――明久君!!』
『――明久! どうしたのじゃ! 気をしっかり持つのじゃ! 明久!』
『――……雄二、吉井をベッドに』
『――分かった!』
『――アキ! 返事をしなさいアキ! アキってば!』
皆の声がやけに遠くに聞こえる。でも視界がぐるぐる回り、全身が痺れて指を動かすことさえできない。
冷たい床の上。俯せに倒れ込んだ僕はガクガクと震える。そうしているうちに何も考えられなくなり、ついにフッと意識が途絶えた。
――――――
――――
――