バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第二章 僕と鍵と皆の使命(クエスト)
第一話 突然の再会


 ハルニア王国ノースロダン(こう)を出発してから丸一日。船はようやくガルバランド王国の港町リゼルに到着した。

 

「ん~っ……やっと着いたかぁ」

 

 港に降り立った僕は両腕を上げ、ぐっと背を伸ばす。両足が大地に吸い付く感じが心地良い。

 

「結構長く感じたわね」

「なんだかまだ揺れてる気がするよ」

「ウチもよ。なんだかふわふわした感じがするわ……」

 

 大型船のためあまり揺れは無かったのだが、やはり寝ているとそれなりに揺れを感じた。一日中ずっと揺さぶられていたので、さすがに軽く酔ってしまったようだ。両足が地面に着いているというのに、まだ身体にゆらゆらと揺れている感覚が残っている。まぁこれで船旅も終わりだし、じきに治るだろう。

 

「ここがガルバランド王国なのね。見た感じノースロダンとあまり変わらないわね」

 

 美波の言う通り、このリゼルという町はノースロダンによく似ていた。周囲の建物はどれも似たような感じの白い石造りの2階建て。広場を中心にして弧を描くように配置された建物はほとんどが店舗のようだ。

 

「同じ港町だからどうしても似たような構造になっちゃうのかもね」

「言えてるわね」

 

 僕はざっと周囲を見渡す。まず目に入ってきたのは、やはり一番大きな建造物。中央に(そび)え立つ塔だ。高さおよそ100メートルの巨大な塔。その塔の先端からは緑白色の光が膜状に放たれている。

 

 僕の記憶によるとあの光の正体はただひとつ。魔障壁。つまり魔なる者を退くための光の壁だ。あの装置の存在は、すなわち魔獣が存在することを意味する。平和な国であることを期待していたのだけど残念だ。

 

 塔の遥か向こう側には先端の尖った山が連なっているのが見える。ハルニア王国にも山はあったが、緑で覆われていた。しかし今見える山脈は全体が灰色で山頂付近は白く染まっている。あれは雪だろうか。

 

「ん?」

 

 何やら左手がカタカタと小刻みに震えている。僕の左手には美波の右手が繋がれている。つまり震えの根源は美波だろうか? そう思って隣に目を向けてみると、寒そうに身を縮こませている彼女の姿があった。

 

「美波? 寒いの?」

「う、うん……ちょっと……」

 

 肩を(すぼ)ませて美波が言う。そういえばハルニア王国に比べてここは気温が低いようだ。僕は平気だけど、ミニスカートで素足を晒している彼女には寒いのだろう。震えている彼女を放っておくわけにもいかない。何か寒さを防ぐようなものを持っていなかっただろうか。

 

 町を出る時に詰めた荷物を思い出してみる。ハルニア王国では日中ずっと制服を着ていたので、他に着る物など買わなかった。買ったのは寝巻くらいだ。さすがに寝巻を着て歩き回るわけにもいくまい。

 

 となれば、やはり防寒具を買うべきだろう。何か防寒具を売っているような店は無いだろうか? そう思って視界に映る店舗群を順に目で追っていく。するとひとつの店が目に留まった。旅の用品店だ。あそこなら何かあるかもしれない。

 

「美波、ちょっとあの店に寄って行かない?」

「いいわよ? 何か買うの?」

「うん。ちょっと寒くなってきたから防寒具をね」

 

 早速僕たちはその店に入ってみた。するとそこではお(あつら)え向きに外套(がいとう)が売られていた。ぐるっと身体に巻き付けて襟元で留める、いわゆるマントと呼ばれる物だ。これなら安いし機能的にも十分だろう。洒落っ気は無いけどね。

 

「僕はこれにするよ。美波はどれにする?」

「ウチもそれがいいわ」

「へ? こんなのでいいの? もっとお洒落なコートとかの方がいいんじゃないの?」

「ううん。ウチはこれがいいの」

「まぁ、美波がそう言うのなら……」

 

 僕は”ちょっと格好いいかも”と思って選んだんだけど、美波もこういうのが好みなのか。意外だな。

 

「他に欲しい物はある?」

「ううん。ウチはこれだけで十分よ」

「オッケー。それじゃ会計しよう」

 

 僕たちは会計を済ませ、店を出る。そして早速購入したマントを身体に巻き付けた。

 

「ふふ……あったかい」

 

 ベージュ色のマントから首を出した美波が嬉しそうに言う。ふ~ん……やっぱり美波はこういうのが趣味なのか。よし、覚えておこう。

 

(……やっぱりペアルックは基本よね……)

 

「ん? 何か言った?」

「ううん! なんでもないの! ところで土屋とどこで待ち合わせなの?」

「……あれ?」

 

 そういえば手紙に待ち合わせ場所なんて書いてなかったような? 確認のために手紙をリュックから出して開いてみる。やはり”先に行く”としか書いていない。

 

「どうしよう美波。待ち合わせ場所書いてないよ」

「そうなの? 土屋から何も聞いてないの?」

「うん」

「どうすんのよ。これじゃまた人探ししなくちゃいけないじゃない」

「ど、どうするって言われても……う~ん……困ったなぁ……」

 

 ムッツリーニのやつ、待ち合わせ場所も書かずに行っちゃうなんて慌て過ぎだ。まぁ今更言っても仕方ない。とにかくサンジェスタに行ってみるか。後のことは行ってから考えよう。

 

「とりあえずサンジェスタに行こうか。手紙に書かれてたのは町の名前だけだし」

「それしかなさそうね」

 

 この国の交通機関も馬車だけのようだ。早速僕たちは馬車乗り場を見つけ、サンジェスタ行きの馬車に乗り込む。乗客は結構多い。ほぼ満席だ。程なくして馬車はリゼル港を出発。サンジェスタに向かって走り出した。

 

 相変わらず馬車の乗り心地は悪い。少しは慣れたが、ガタガタと突き上げるような振動でやはり尻が痛くなってしまう。

 

 向かいの席には楽しげに話す男が2人。話の内容からして貿易商のようだ。その会話を耳にして知ったのだが、サンジェスタはこの国最大で王様の住む町。つまり王宮都市らしい。それを聞いた僕はレオンドバーグの大きさを思い出した。そして、

 

(あんなに広い町の中を捜し回るのは辛いな……)

 

 と、苦難の道のりを覚悟するのであった。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 馬車に揺られて約3時間。ようやくサンジェスタの町に到着した。

 

「いてて……やっぱり長時間馬車に乗ってると腰が……」

「ホントね。もうこれで終わりにしたいわ」

 

 美波も腰をトントンと叩きながら馬車を降りてくる。大丈夫。きっとここに元の世界に戻るヒントがある。もうすぐ帰れるさ。とはいえ、ここからどうしたものか。

 

 ムッツリーニの手紙によるとこの町で目撃情報があったというが、その情報はどこから入ったものなのだろう? この国にも情報局のようなものがあって、そこからの連絡だったのだろうか。

 

「ねぇアキ、これからどうする?」

「まずはムッツリーニを探そう。詳しいことを知ってるのはたぶんあいつだからね」

「そうね。でも探すって言ってもどうやって探すの?」

「う~ん……それが問題なんだよね」

 

 どうしたらいいんだろう。何か分かりやすい目印でも置いて行ってないかな。

 

 とりあえず駅馬車乗り場の広場をぐるっと見渡してみる。やはり一番に目に入ってくるのは他の建物に比べて飛び抜けて高い塔。そしてその背後にドンと(そび)える巨大な宮殿。更にその後ろにはいくつもの山が連なる”山脈”が見えた。どうやらこの町は山脈の(ふもと)に作られているようだ。

 

 周囲を歩く人々は皆コートを羽織り、吐く息も白い。さっきのリゼル港も結構寒かったが、このサンジェスタは更に寒いようだ。この国は全体的に気温の低い国なのだろうか。防寒具を買っておいて良かったかもしれないな。

 

 って、そうじゃなくてムッツリーニを探さなくちゃ。

 

「ちょっと見てアキ、あれって伝言板じゃない?」

 

 美波が道路の向かい側を指差して言う。彼女が指しているのは幅5メートルほどの白い板だった。そこには無数の黒い字が書かれていて、更に2人の髪の長い女性が肩を並べて何かを書いている。彼女の言う通り伝言板のようだ。

 

「うん。そうみたいだね」

 

 それにしてもかなりの量が書かれているな。大量の文字が模様に見えるくらいだ。そうか。この世界では携帯なんて無いから、連絡手段と言えばこういった掲示板しかないんだな。もしかしたらムッツリーニもあれに伝言を残しているかもしれない。

 

「あれに何か書かれてないかしら?」

「ちょうど僕もそれを考えてたところさ」

「行ってみましょ」

「うん」

 

 早速伝言板の前へ行き、書かれている文字を眺める僕たち。書かれている文字を端から順に目で追い、”明久”、”島田”、”土屋”の字を探していく。しかし板全体にびっしりと文字が書かれていて区切りが分からないし、斜めに書かれているものもあってとても読みにくい。

 

「う~ん……無いわね。アキ、そっちはどう?」

「こっちも見当たらないなぁ」

 

 ここに残してないのかな。となると、やっぱり聞き込みで探すしか無いんだろうか。ムッツリーニのやつ、もうちょっと気を利かせろよな。これじゃまた人探しの旅になっちゃうじゃないか。

 

「えっ? 明久……君?」

 

 その時、唐突に目の前にいた女性が振り向いた。

 

「ふぇ?」

 

 不意を突かれた僕は思わず間抜けな声を上げてしまった。はて。この声、どこかで聞いたことがあるような……?

 

「明久君! 明久君なんですね!?」

 

 彼女は目が合うと突然飛び付いてきた。

 

「えっ? あれ? えっ?? ひ、姫路さぁん!?」

 

 それは僕の良く知る女の子だった。

 

「明久君っ! 本当に明久君なんですね!? 明久君っっ!!」

 

 姫路さんは叫びながら僕の身体をぐいぐいと締め上げる。

 

「ちょ、ちょっとっ!? ひ、姫路さんっ!?」

「どこに行ってたんですか! 本当に、本当に心配したんですからね!」

「こら瑞希っ! ずるいわよっ!」

 

 今度は美波が後ろから抱きついてきた。

 

「本当に……本当によかった……!」

「ウチだって負けないんだからっ!!」

「っちょ、ちょっと美波まで!?」

 

 姫路さんと美波は張り合うように僕のボディを締め付ける。

 

「ぐ、ぐるじ……」

 

 おかしい。感動の再会ってこんなに苦しいものだっけ? こ、こういう時って女の子は目に涙を浮かべて、男は優しく微笑みかけるものなんじゃないの? 確かに姫路さんは涙声になっているけど、僕に微笑んでいる余裕がまったく無いんですけど!? っていうか、このままじゃ絞め殺されてしまう!!

 

「や、やめて2人とも! ご、ごめんなさい! ごめんなさいっ! なんでもするから許してぇぇーーっ!!」

 

 混乱した僕はなぜか謝っていた。だって他にどうしたら放してくれるのか分からなかったから。

 

「……瑞希。美波。吉井が苦しそう」

 

 そこへ落ち着いた静かな声で話しかける者がいた。

 

「えっ? あっ……す、すみません明久君! 嬉しくて、つい……」

「翔子! アンタも無事だったのね!」

 

 2人の死の抱擁から開放される僕。

 

「はぁ、はぁ、はぁ……し、死ぬかと思った……」

 

 本来ならば2人もの女の子に抱きつかれるなんて、この上ないほど幸せなことのはず。でもこの2人の場合、命の危険を感じるのはなぜだろう。

 

「……吉井、美波。久しぶり」

 

 黒く長いストレートヘアーの女の子が静かに言う。そう、この女の子も僕のよく知る人だった。

 

「そっか、霧島さんも来てたんだね」

「……うん」

「ところで瑞希、アンタたちこんなところで何をしてたの?」

 

 そういえば伝言板に何か書いていたような?

 

「明久君たちが来るというので、私たちのいる場所を書きに来たんです」

「……書いてる最中に遭えるとは思わなかった」

「そうだったのね。でも2人とも無事で良かったわ」

「それはこっちの台詞ですよ。私、本当に心配したんですからね?」

「ウチだって同じよ。見たこともない所だし、連絡手段も無くなっちゃうし……」

「美波ちゃんもですか? 私も携帯電話を失くしてしまって困ってたんです」

「でも携帯電話があっても使えなかったでしょうね。だってこの世界って電気が無いんだもの」

「それもそうですね。電気の代わりに魔石っていう不思議な石を使ってましたし」

「……瑞希」

「あ、はい? 何でしょう翔子ちゃん」

「……一度ホテルに戻るべき」

「そうですね。こんな所で立ち話じゃ体も冷えてしまいますし」

「アンタたちホテル暮らしなのね。じゃあそのホテルに招待してもらってもいいかしら?」

「はいっ、喜んで!」

「ありがと、瑞希」

「……こっち」

「アキ、行きましょ」

「うん」

 

 こうして僕たち4人は石畳の道を歩き出した。と言っても、前を歩くのは美波を真ん中にした女子3人。左に姫路さん、右に霧島さんが並び、3人は手を繋いで歩いている。3人とも仲がいいんだな。手を繋ごうものなら指相撲が始まってしまう僕ら男子とは大違いだ。

 

「こうして皆が揃ってるといつもと変わらないわね」

「そうですね。ふふ……」

「……雄二が足りない」

「そういえば坂本は? この世界に来てるの?」

「……うん」

 

 やっぱり雄二も来てるのか! よし、いいぞ! 希望がより現実的になってきた!

 

「宿泊先を書いてくるようにって私たちに指示をしたのは坂本君なんですよ」

「そうなのね。ウチらが来ることを知ってたってことは土屋にはもう会ったのよね?」

「はい、土屋君も合流してますよ。木下君も一緒です」

「木下も来てるの? なんかもう全員集合って感じね」

 

 なんだ。結局あの時教室にいた全員がこの世界に飛ばされていたのか。でも雄二が来ているのは不幸中の幸いだ。悔しいけど、あいつの冷静さはこんな未知の状況の時には頼りになる。僕の気付かなかったこともあいつなら何か気付いているかもしれない。

 

 そんなことを考えていたら僕の心は次第に高揚してきた。不思議なものだ。皆が一緒だとこんなにも心強いものなのか。

 

「なんだか嬉しそうですね。明久君」

「ん? そう?」

「きっと坂本に会えるのが嬉しいのよ」

「いや、雄二なんかどうでもいいよ。それより姫路さんがこうして無事だったのだ嬉しいんだ」

「アンタも素直じゃないわね。顔に書いてあるわよ? ”坂本に会いたい”って」

「ま、マジで!? どこどこ!?」

「嘘よ。アンタってホント馬鹿正直ね」

「なんだ嘘か……」

「でもそういうところが明久君らしいですよね。ふふ……」

「……雄二にも吉井くらい素直になってほしい」

「やめておいた方がいいわよ翔子。坂本がアキみたいになっちゃうのよ?」

「どういう意味さ。それ」

「胸に手を当てて考えてみなさい」

 

 とりあえず美波に言われた通り、胸に手を当ててみた。

 

 ……

 

「?」

 

 やっぱり分からなかった。

 

「「ハァ」」

「えっ? なんで2人して溜め息をつくの!?」

「やっぱり明久君ですね」

「いつも通りね。アンタは。ふふ……」

「???」

 

 なんだかよく分からないけど……まぁいいか。3人とも楽しそうだし。

 

 そんなこんなで20分後。

 

 僕たちは雄二たちがいるというホテルに到着した。

 


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