バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第三十七話 新たな大地へ

 僕らは家の鍵を返却するため、ホテル”サンドロック”に向かった。到着すると受付にはあの時のおじさんではなく、別の女性が立っていた。鍵を返すのならおじさん本人に返した方が良いだろう。そう判断した僕は受付の女性に事情を説明し、ニコラスおじさんを呼び出してもらった。

 

「おぉ君たちか。どうしたんだい?」

「鍵を返しに来ました」

「ん? もういいのかい?」

「はい。別の町に行くことになりましたので」

 

 僕はカウンターの上に鍵を置きながら町を離れることを告げる。こうしてひとつの生活が終わることを言葉にすると気持ちが引き締まる。

 

「そうかい。どこへ行くんだい?」

「ガルバランド王国のサンジェスタという町です」

「海を越えた先か。それはまた遠いところだね」

「はい。でもどうしてもそこに行かなくちゃいけないんです」

「そうかい。じゃあまた家が必要になったらいつでもおいで。君たちなら歓迎するよ」

「はい! ありがとうございます!」

「これ、余った食材で申し訳ないんですが、良かったら使ってください」

 

 そう言って美波が余った野菜を入れた袋を差し出す。昨日のシチューでは全てを使い切れなくて、結局余ってしまったので持って来たのだ。おじさんはこれを快く受け取ってくれた。

 

「ありがたく使わせていただくよ」

「それじゃ僕たちは行きます。お世話になりました」

「あぁ、気を付けてな」

 

 僕たちは共に深く頭を下げ、ホテルを後にした。

 

「また必要になったら、ね……。たぶんそんな機会はもう無いわね」

「そうだね」

 

 僕たちはお互いに手を差し伸べ、しっかりと繋ぐ。

 

「さぁ、行こうか!」

「うん!」

 

 しんみりとした空気を吹き飛ばし、僕たちは西地区へと向かった。まずは住宅街を通り抜け、商店街に入る。その途中で軽食の店で軽く朝食を取り、更に歩き進む。そうして歩くこと約1時間。僕たちは目的の西地区に到着した。

 

「美波が見てきた駅馬車乗り場ってのはどこ?」

「案内するわ。こっちよ」

 

 美波の案内のもと、僕たちは真っ直ぐ駅馬車乗り場へと向かった。それは歩いて5分ほどの所だった。乗り場では1台の馬車が待機している。御者のおじさん曰く、港町ノースロダンまでは馬車を飛ばして3時間ほど掛かるらしい。加えておじさんは「すぐに出す」と言う。これを逃したら次は4時間後だ。僕らは迷わず飛び乗った。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 3時間後。

 

 何事もなく馬車はノースロダンに到着した。町に降り立った僕たちは町の様子に目を配る。

 

 港町は思ったより小さかった。左右を見渡してそれぞれの外周壁が見えるくらいだ。恐らく(はじ)から(はじ)まで歩いても20分掛からないだろう。町の規模としては峠町サントリアと同じくらいの小さな町だ。

 

 しかし活気はあるようだ。見たところ多いのは行商風の人や家族連れだが、一番多いのは荷車を引いた馬車だ。先程から何十台もの馬車が目の前を忙しなく行き交っている。いわゆる貿易港というやつなのだろう。

 

 海の方に目を向けると、木造の大きな帆船(はんせん)が一隻、停泊しているのが見えた。あれがガルバランド王国に向かう船だろうか。

 

「アキ、あの人に聞いてみましょ」

 

 美波がそう言って(はしけ)を指差す。その指差す先には真っ白な服に茶色いブーツ姿の船員らしき人が1人立っていた。

 

 なんかよく見る服だと思ったら、あれセーラー服じゃないか。と言ってもあの人はスカートじゃなくて白いズボンを履いてるけど。あれなら格好良いし、着てもいいかな。ああいう服装なら写真だっていくらでも撮らせてあげるのに。

 

 さて、とりあえずあの人に聞いてみるか。見た感じ船乗りっぽいし、船のことなら何か知ってるだろう。

 

「あのーすみません。この船はどこ行きですか?」

「うん? ハハッ、そんなの決まってるじゃないか。リゼル行きだよ」

 

 なんかバカにされた……。

 

「この港からはリゼル行きの定期便しか出てないよ。というかこの国から行けるのはガルバランド王国だけさ」

 

 なるほど。そういうことか。

 

「君たちも乗るのかい? もう出港間際だから乗るなら早く乗船券を買っておいで。定期便は1日1本だからね」

「い、1日1本!?」

 

 少し町を見て回ってこようかと思ったけど、どうやらのんびりしている時間は無さそうだ。

 

「美波、乗船券を」

「うん」

 

 美波が2枚の乗船券を取り出し、船員に手渡す。

 

「はい、これでいいですか?」

「なんだ、乗船券を持っていたのか。えぇと、どれどれ……ファッ!?」

 

 券を見た船員のお兄さんが目を飛び出さんばかりに大きく見開き、奇声をあげる。

 

「こ、こここれは大変失礼しましたぁぁっ!!」

 

 そして上ずった声をあげ、ブンと勢いよく頭を下げた。それはもう頭が地面に着くんじゃないかと思うくらいに。

 

「えっ? 何? 何が失礼なの?」

「大変ご無礼申し上げましたこと、お詫び申し上げますっっ!!」

 

 僕が尋ねても船員のお兄さんは答えず、腰を折り曲げてひたすら頭を下げる。何なのさコレ……。

 

(ね、ねぇアキ、どういうことなの?)

(僕にだって分かんないよ……)

 

「ご案内いたします! こちらへどうぞ!」

「まぁ……行こうか」

「そ、そうね」

 

 僕らはわけが分からないままお兄さんに続いて乗船し、ひとつの客室に案内された。

 

「どうぞこちらをお使いください!」

 

 彼は木製の扉を開けてドアマンのように僕らを案内する。なんだか偉い人になった気分だ。

 

「ふぁっ!?」

 

 部屋に入ってみて仰天した。広さは20畳ほどだろうか。2つのベッドが設置され、ソファや鏡台などもある。壁は金銀に輝く装飾品で埋め尽くされ、天井では大きなシャンデリアが豪華な光を放っている。なんだこの部屋……まるでVIP扱いじゃないか……。

 

「あ、あの……こんな豪華な部屋を僕らが使っちゃっていいんですか?」

「もちろんです! 国賓(こくひん)の方とは知らず、大変失礼いたしました! 何卒ご容赦ください!」

「……は?」

 

 コクヒン? コクヒンってなんだ?

 

「ねぇアキ、コクヒンって何?」

「さぁ? 凄く貧乏ってことかな?」

「それは”極貧(ごくひん)”よ」

「だよねぇ。う~ん……それじゃ穀物が足りないって意味で”穀貧(こくひん)”とか? ほら、野菜が足りないって思われてさ」

「そんなことないわよ。ちゃんと毎日栄養バランスを考えたメニューにしてたんだから」

「そうだよね。僕もそれは意識してるし。う~ん……それじゃぁ……」

 

 コクヒン……こくひん……。

 

 ヒンってのはきっと漢字で書くと”(ひん)”だよね。この漢字から連想するのは……。

 

 ひん……(ひん)……。

 

 

 ……チラッ

 

 

「ア~キぃ~? アンタ今ウチを見てとっても失礼なこと考えたわね?」

 

 ギクッ!

 

「そそそそんなこと無いよ!? 別に美波の胸がひぎゃぁぁぁっ!!」

「どーせウチは貧乳よ!!」

「いだだだだだギブギブ! ギブだってば美波! ごめんごめんごめん! 謝るってばぁーーっ!」

「だから一生懸命牛乳とか豆乳を飲んでるのにどうしてちっとも大きくならないのよぉーーっ!」

「それは僕のせいじゃなぁぁぁ久々に関節がきしむぅぅーーっ!!」

 

 っていうか牛乳とか豆乳飲むと胸って大きくなるんだっけ!?

 

「あ、あのぉ……失礼ながら……」

「「はい?」」

 

 美波に関節技を極められていると、船員のお兄さんが恐る恐るといった感じに話し掛けてきた。僕たちはコブラツイストの体勢のまま、彼の言葉に耳を傾ける。

 

「その……国賓というのは国家のお客様という意味なのです。つまり国王陛下のご友人でありまして、国をあげておもてなしすべき方なのです」

 

 国のお客様? 王様の友達? 僕たちが?

 

「「……」」

 

 腕や足が絡み合ったまま、僕は美波と”信じられない”という顔で目を合わせる。

 

「「えぇ~……?」」

 

 そして今度は2人で”冗談でしょ?”という顔で苦笑いをする。だって僕らただの高校生だよ? こんな扱いを受けていいの?

 

「えーと……そ、それではごゆっくりどうぞ」

 

 船員のお兄さんは困ったような顔をして扉を閉め、去って行った。ここで美波は技を解いてくれた。やれやれ。まだアバラや腰がギシギシいってるよ。でも久しぶりの関節技でなんだかちょっと気持ち良かったかも……。あれ? おかしいな。僕ってこんなにマゾだっけ?

 

「なんか王様にお世話になりっぱなしね」

「あぁ、うん。そうだね。お礼も言わずに出てきちゃったのは失敗だったかな」

「そうね……」

 

 その時、船が大きな汽笛を鳴らした。出港かな? そう思って窓の外を見ると、ゆっくりと景色が動き始めた。やはり出港のようだ。

 

「あとでさっきのお兄さんに頼んで王様にお礼を伝えてもらおうか」

「そうね。とりあえず荷物を片付けましょ」

「うん」

 

 船は徐々に加速し、海上を進んで行く。時折ギギギと船体が”きしむ”ような音を立てるが、あまり揺れは無かった。荷物を片付けた後、とりあえずソファでひと息つく僕たち。それにしても部屋の中がキラキラしてて落ち着かないなぁ……。

 

「ねぇアキ、デッキに出てみない?」

「デッキ? あぁ、甲板?」

「うん。海を見てみたいなって思って」

「そうだね。行ってみようか」

 

 早速甲板に出てみると、空は薄緑色の膜で覆われていた。マストの一番上では町で見た魔壁塔と同じ色の光が膜を作り出し、船全体を覆っている。この船にも魔障壁が張られているのだ。

 

「向こうに誰がいるのかしらね」

 

 美波が甲板の柵に手を添え、水平線を見つめながら言う。

 

「ムッツリーニの手紙だけじゃ文月学園の制服を着た人がいたのか、このマークが付いた物なのかわかんないね」

 

 僕は彼女の横に行き、同じように柵に手を掛けながら答える。

 

「でも手掛かりになる何かがあるのは確かよね」

「そうだね。きっと行ってみれば分かるさ」

 

「「……」」

 

「ねぇ……アキ」

「うん」

「あいつ、また来ると思う?」

「あいつ?」

「……」

 

 言葉を詰まらせる美波。見ればその表情は思い詰めたように暗く沈み、唇を噛み締めていた。”また来る”という言葉に思い当たるのは、やはりあいつだ。

 

「魔人……?」

 

 美波は黙って頷く。ヤツはあの時、”次に会う時は”なんて言っていた。だからきっとまだ諦めていない。もしかしたらこの先、どこかでまた遭遇してしまうかもしれない。

 

「どうだろうね。できれば2度と会いたくないけど……」

 

 あいつがどこから来て、誰の命令で動いているのか。この世界に蔓延(はびこ)る魔獣と関係しているのか。分からないことだらけだ。

 

「でも」

 

 でもひとつ、確実に言えることがある。

 

「……でも?」

「もしまた会ってしまったとしても……絶対に美波だけは守るから」

 

 そう、この命に代えても。

 

「ダメよアキ」

「ん? ダメ?」

「今アンタ”命を張ってでも”なんて考えてたでしょ」

「うっ……な、なんで分かった?」

「前にテレビを見ていてそんな台詞を聞いたことがあるのよ」

「そ、そっか……でもなんでダメなのさ」

「決まってるじゃない」

 

 美波は口を一文字に結び、真剣な眼差しを僕に向ける。

 

「ウチは元の世界に帰るの。アキと一緒に。たとえ何があったとしても」

「美波……」

「もちろん土屋も。他の皆もいるのなら一緒に、ね」

 

 彼女はそう言うと今度は優しい笑顔を見せてくれた。

 

「……そうだね」

 

 確かにその通りだ。美波がいなければ僕は悲しい。同じように僕がいなければ美波は悲しいんだ。だから一緒じゃなきゃダメなんだ。

 

「ゴメン。僕が間違ってたよ」

「分かればいいのよ。ふふ……」

 

 美波は元気に返事をすると肩を寄せてきた。海の潮風が彼女のポニーテールの髪をサラサラとなびかせる。その横顔は希望に満ちていた。

 

 この1週間で僕の(わだかま)りは薄れた。あの時の夢の通り、美波はもっと触れ合いたいと思っていた。そんな彼女の望みを少しでも叶えてあげたい。そう思い、僕は美波の肩に手を回し、寄り添う彼女をそっと抱き寄せてみた。

 

 躊躇いは無いが、やはりドキドキしてしまう。こんなことを自分からするのはクリスマスイブの一件以来だ。僕のこの行動に驚いたのか、美波がこちらに目を向けたようだった。僕はそんな彼女と目を合わせないように空を見上げる。

 

 恋人同士ならばこうした触れ合いは当然なのだろう。でも僕にはまだ恥ずかしさが残っていて、どうしても目を合わせられなかった。そうして恥ずかしさを我慢していると、美波は僕の肩に頭を(もた)れかけてきた。僕の心臓は更に大きく脈を打ち始め、ムズ痒い気持ちを紛らすためにポリポリと頬を掻く。

 

「「……」」

 

 甲板の上で海風を浴びながら、僕たちは何も言わずに水平線を眺める。

 

 ガルバランド王国とはどんな国なのだろう。ハルニア王国と同じように魔獣の生息する地なのだろうか。それと魔人の動向も気になる。でもこれらはすべて異世界での出来事。本来僕らには関係のないことだ。

 

 僕たちは元の世界に帰らなくちゃいけない。そのためには、今はムッツリーニの情報を頼りにするしかないんだ。

 

「帰ろう美波。一緒に!」

「……うんっ」

 

 僕らは肩を寄せ合い、薄緑色の空を見上げた。

 

 まだ見ぬ新しい地への期待と不安を(いだ)きながら。

 




第一章 《僕と彼女と異世界生活》 -終-

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