バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第三十六話 さらばマイホーム

 程なくして朝食の準備は完了。乗船券のことであれこれ話していたせいで少し遅くなったが、腕に寄りを掛けて作ったという美波のご飯は本当に美味しかった。そして朝食の片付けを終えた時、美波がこんなことを言い出した。

 

「ねぇアキ、ウチ今から書物屋に行ってこようと思うの」

「書物屋? あぁ、本屋のこと?」

「うん。知らない国に行くんだから地図は必要でしょ?」

「それもそうだね。じゃあ僕も一緒に行くよ」

「ダメよ。アンタはちゃんと寝てなさい」

「いや、でも……」

「クレアさんも言ってたでしょ? 寝ると治りが早いって」

「それはそうなんだけど……う~ん……」

 

 僕は美波が1人で行くということに不安を感じていた。理由はもちろん魔人の一件があったからだ。ヤツが魔障壁に守られているこの町に入り込むことはできないはず。なのに、どうしても不安になってしまう。

 

「ウチなら大丈夫よ。今のアンタの仕事は傷を癒すこと。いいわね?」

「……」

 

 今までなんとなく感じてはいたけど、今はっきりと分かった。

 

 昨夜の美波はあんなに取り乱していた。でも今はもうすっかり元の雰囲気を取り戻している。美波は気持ちの切り替えが上手いんだ。これは僕も見習わないといけないな。

 

「分かった。じゃあ頼むよ。でも気を付けてね」

「心配性ね。大丈夫よ。それじゃ行ってくるわね。アンタはちゃんと寝てなさいよ?」

「分かってるよ。しつこいなぁ」

「ふふ……行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 

 こうして美波は出掛けた。さて、僕は言われた通り傷を癒すとしよう。残された僕はベッドにゴロリと寝転び、目を閉じる。

 

 

 …………

 

 …………

 

 …………

 

 

 ダメだ。全然眠くない。起きてから2時間経っていないのだから当然だ。しかしどうしたものか。寝ていろと言われても退屈すぎる。

 

 暇を持て余した僕は部屋の中を見渡す。いつもなら背表紙を見るだけで眠くなる本棚。今は見ても何も感じない。机やタンスは使っておらず、僕らがこの家に来た時の状態のままだ。

 

 そういえばこの家とも今日でお別れか。寝巻以外はすべて借り物だし、綺麗にして返さないといけないな。シーツを洗って、毛布を干しておこうかな。それとキッチンやトイレも掃除しておこう。

 

 僕は起き上がり、2人分の毛布を家の外に持ち出す。今日は快晴だった。というか、この世界に来てから雨や曇りだったことがない。家の横に設置されている物干しに毛布を掛け、今度はシーツの洗濯だ。っと、待てよ? 今洗濯してしまったら今夜のシーツが無いじゃないか。危ない危ない……とんだヘマをやらかす所だった。

 

 続いてキッチンを丁寧に拭き掃除する。リビングのテーブルもお世話になった。ここも綺麗にしないとね。調子に乗った僕は色々な所を掃除する。廊下、風呂場、僕や美波の使った部屋。あらゆる所を掃除した。そして最後にトイレを掃除して一息つくと、意外に疲労していた。左足を庇いながら動いていたからだろう。でも眠るにはちょうどいい運動だったかもしれない。

 

 僕はベッドに横になり、少し休むことにした。

 

 

 

 

          ☆

 

 

 

「ん……あれ……」

 

 目を覚ますと、窓から橙色の光が差し込んでいた。既に夕方だ。どうやら熟睡してしまったようだ。気付けばベッドの横では美波が椅子に座り、こっくりこっくりと船を漕いでいた。

 

(……おかえり、美波……)

 

 起こさないように小さな声で囁き、僕は起き上がる。すると机の上に置かれた1枚の紙が目に入ってきた。気になった僕はそれを覗き込んでみる。

 

【挿絵表示】

 

 やや縦長の図形。一瞬何かの翼のようにも見えたが、出掛けに美波が言っていたことを思い出し、すぐ理解した。

 

 そうか、これがガルバランド王国の地図か。きっと美波が模写してきたんだな。この赤い丸の所が目的地のサンジェスタかな? でもなんで手書きなんだろう。

 

「すぅ……すぅ……」

 

 後ろでは美波が気持ち良さそうに寝息を立てている。

 

 ……可愛い寝顔だな。

 

 すやすやと眠る彼女にそっと毛布をかけてやり、僕は音を立てないように静かに部屋を出た。そして扉を閉めた所で気付いた。

 

 左足の痛みが無いのだ。トントンとつま先で床をつついてみても痛くない。治療帯を解いて状態を確認してみると、傷痕はほとんど消えていた。これならもう普通に歩けそうだ。よぉし! これで普通の生活に戻れそうだぞ! 気を良くした僕はそのままキッチンに入った。

 

 さて、晩ご飯の準備だ。出発は明日の朝。朝食は町で取ることになるだろう。つまり今夜はこの家で作る最後のご飯だ。料理が残らないようにしないとね。

 

 早速、有り合わせの食材で簡単な料理を作る。ジャガイモ、ニンジン、タマネギ、それに鶏肉を使ったクリームシチュー。鍋ひとつでできるから片付けも簡単なのだ。

 

 野菜を切りながら僕は思い耽ける。ムッツリーニはもう着いている頃だろうか。目撃情報とは仲間の誰かなのだろうか。それとも文月学園の校章の入った何か? もしそれが元の世界に戻る鍵だとしたら願ってもないことだ。

 

 ……

 

 まさか置いて行かれたりしないよね? さすがにムッツリーニもそこまで薄情じゃないよね? 少し不安になってきた……。

 

「アキ? 起きてたの?」

「あ、美波。おはよう?」

 

 思わず疑問形になってしまったのは、夕方にこの挨拶はおかしいような気がしたからだ。

 

「ウチも寝ちゃってたみたいね」

「ははっ、気持ち良さそうに寝てたよ。サンジェスタまでの道を調べてくれたんだね。でもなんで手書きなの?」

「本当は地図を買うつもりだったのよ。でもちょっと高かったから買わずに必要な部分だけ書き写して来たの」

「そうなの? お金足りなかった?」

「ううん。足りなくはなかったんだけど、ちょっと勿体ないような気がしたから」

「別にいいのに。どうせ元の世界に帰ったら使えないお金だし」

「無駄遣いはダメよ。備えあれば憂いなしって言うでしょ?」

「へぇ、美波もそんな言葉知ってるんだ」

「……ウチをバカにしてるのカシラ?」

 

 しまった! 美波の攻撃モードスイッチが入ってしまった!

 

「い、いやあ! 美波もすっかり日本語に慣れたんだなって思っただけさ!」

「怪しいわね」

「ホントだよ! そうだよね! 節約は大事だよね! それで、えっと、ノース……ノース……町の名前なんだっけ?」

「ノースロダンよ」

「そうそう、そのモダンにはどうやって行くのか分かった?」

「ロダンよロダン! まったく、物覚えが悪いんだから! ノースロダンへは馬車で行けるみたいよ。ノースロダン(こう)行きっていうのがあったから」

「じゃあそれに乗って行けばいいんだね」

「そういうことね」

 

 なるほど。これで大体の予定は決まったな。

 

「出発は明日の朝でいいよね?」

「いいわよ。ウチもそのつもりだったし。これ、テーブルに運んでおくわね」

「あ、うん」

 

 美波が当然のように食事の支度を手伝い始める。こうして一緒に食事の準備をするのもこれで最後か。ちょっと寂しい気もするな……。

 

『アキ、あんまり沢山作っちゃダメよ?』

 

 リビングから美波が声を掛けてくる。そんなことは言われるまでもない。

 

「分かってるよ。ちょうど2人分さ。汁物はお弁当にするわけにもいかないからね」

『そういえば、お弁当にできるメニューにすれば良かったわね』

 

 あ……言われてみればその通りだ……。

 

「ま、まぁ作り始めちゃったし」

『まぁいいわ。明日の朝食は町のお店に入りましょ』

「うん。そうだね」

 

 そして2人で向かい合っての晩ご飯。

 

「「いただきまーす」」

 

 僕は食事をしながら思った。万が一ムッツリーニが先に帰ってしまい、この世界に置いて行かれてしまったらどうする? もし仲間の誰かが見つかったとしても、元の世界に戻る方法が無かったらどうする? もしそうなったら……もしどうにもならなかったら……。

 

「やっぱりアキの手料理は美味しいわね」

「そう? 別に普通だと思うけど……」

「アキにとってはこれが普通なのね。ウチも頑張らなくちゃ」

 

 ……いや、そんなことを考えちゃいけない。僕らは元の世界に帰るんだ。帰って元の世界でこうして食卓を囲めるようにならなくちゃいけないんだ。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 翌朝。

 

 僕の怪我は完全に癒えた。もう治療帯も必要ない。

 

「アキ、忘れ物はない?」

「大丈夫。全部リュックに詰め込んだよ」

 

 僕らは身支度を整え、家を出て扉の鍵を閉める。そして2人でお世話になった家をじっと見つめた。この家ともお別れだと思うと、少し寂しくなってしまう。1週間ちょっとの間だったけど、ここが僕らの家だったのだから。

 

「行こうか」

「……うん」

 

(……さよなら。ウチらのマイホーム……)

 

 美波が家を振り返って呟く。その言葉は僕の耳にも届いていた。けれど僕はあえて何も言わず、歩き出した。

 

 

 ── 本当のマイホームは僕が一人前になってからね ──

 

 

 そんな言葉をぐっと飲み込んで。

 


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