バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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※今回は残酷な描写を含みます。苦手な方はご注意ください


第三十三話 異形の者

《ほゥ……? こいつァ面白くなッてきやがッたァ!!》

 

 ヤツはニタァと不気味な笑みを浮かべると再びもの凄い勢いで突っ込んでくる。早いっ!

 

 ――ガキィッ!

 

 僕は右手を木刀の腹に移し、ヤツの爪を()で受け止める。ズシンという衝撃が両腕を伝い、全身の骨を(きし)ませる。なんて重い攻撃だ……!

 

《ヘッヘッヘッ……いいねェ! そう来なくちャいけねェよなァ!》

 

 ヤツが楽しそうに笑いながら爪を押し付けてくる。僕は全力に近い力を両腕に込めてこれに耐える。だがヤツの身長は僕より頭2つ分ほど大きい。しかもこの圧倒的な腕力。次第に押され始め、仰け反った僕は弓形(ゆみなり)の体勢を強いられていく。

 

「う……く……」

 

 こ、コイツ、なんて力だ。この前の熊の魔獣並じゃないか……。

 

《オラオラどうしたァ! もッと俺を楽しませろォ!》

 

 このままでは押し負けてしまう! 一旦距離を取らなくては!

 

「くおぉぉっ!!」

 

《ぬッ!?》

 

 渾身の力を込めて強引に押し返し、急に力を抜いてみせる。するとヤツは勢い余って足を滑らせた。その一瞬の隙を突いてヤツの爪を横へ受け流し、後ろに下がって距離を取る。こ……コイツ、魔獣より強い。何なんだコイツ?

 

「あんた! 一体何者なんだ! なぜ僕を狙うんだ!」

 

 僕は木刀を構え直し、警戒しながら叫ぶ。

 

《ケッ、せッかく楽しくなッてきたのによォ。気になッて戦いに集中できねェッてか?》

 

 戦いを楽しんでいるのか? 冗談じゃない! こんな奴の相手をしていられるか!

 

《俺は魔人ッてヤツよ。テメェを始末しろッて言われてンだよ》

 

「魔人? 魔獣じゃないのか?」

 

《ちげェよ。あんな下等生物と一緒にすんじャねェよ》

 

 確かに魔獣とは違うようだ。今まで遭遇した魔獣は本能で動く動物のようだった。けれどこいつは人の言葉を操り、一応会話も成立している。分からないのは、なぜ僕を狙うのか、だ。

 

「始末しろって、そんなこと誰に言われたのさ!」

 

《ッとにうッせェなァ! (あるじ)だよ!》

 

(あるじ)? (あるじ)って誰だ!」

 

《あァァ! うッせェうッせェうッせェ!! ンなこたァどうでもいい! 問題はテメェが俺を楽しませるかどうかなんだよォ!!》

 

 またヤツが突っ込んでくる。だが今度は僕も負けてはいない。突き出してくる拳を木刀で払い除け、

 

「だぁっ!!」

 

 ヤツの脳天目がけて木刀を振り下ろす。

 

 ――ガシッ!

 

 打撲音がしたが、手応えがおかしい。

 

《ッとォ。危ねェ危ねェ》

 

「うっ……!」

 

 渾身の一撃は片手で軽く受け止められてしまった。

 

「こ、このっ!」

 

 片足で蹴りを繰り出し、掴まれた木刀を奪い返す。

 

「はぁっ!」

 

 すかさず鎧の無い胴を狙い、得物を横一線に振り回す。だがヤツは軽く後ろへ飛び退き、僕の攻撃をかわす。空振りした拍子に僕はやや体勢を崩してしまう。そこへヤツが再び爪を突き付けてくる。今度は僕が飛び退き、その爪を避ける。

 

「なんで僕を狙うんだよ! (あるじ)って誰なんだよ!」

 

《テメェにャ関係ねェよ! ぐだぐだ言ッてねェで、もッと俺を楽しませろォ!》

 

「なんで僕がお前を楽しませなくちゃいけないのさ!」

 

《すべての生き物は俺を楽しませるためにあるからに決まッてンだろ!》

 

「そんなわけないだろ! じゃあそこら辺の虫さえもお前のために生きてるって言うのかよ!」

 

《ンな(よえ)ェ奴相手にすッかよ! 俺は(つえ)ェ奴にしか興味はねェ!》

 

「なんでそんなに戦いたいんだよ!」

 

《あァ? んなモン決まッてんだろ! おもしれェからよ!!》

 

「わけ分かんないよ! こんなの痛いだけで楽しいことなんてあるわけないじゃんか!」

 

《テメェにャ分かんねェのかよ! この高揚感がよォォ!!》

 

 言い合いながら何度も木刀と爪をぶつけ合う。その度に黒い火花のようなものが飛び散り、焦げたような匂いを発する。お互いの攻撃が当らないまま、そんな攻防が幾度となく繰り返された。

 

《ハッハッハァーッ! 楽しいなァ! なァヨシイよォォーッ!!》

 

「くっ……!」

 

 こいつ、全然余裕って感じだ。こっちは全神経を集中してギリギリだってのに……。まずいな。バイザーのエネルギーゲージがもう残り半分を切ってしまっている。このままやり合っていたら装着時間の限界が来てしまう。もし時間切れになってしまったらもう戦えない。どうする? 逃げるにしてもそんな隙を与えてくれるとは思えない。なんとかして美波だけでも――――っ!!

 

《よそ見してンじャねェぞコラァ!》

 

「うっ!?」

 

 美波のことが気になり、不覚にも一瞬ヤツから目を離してしまった。その隙にヤツは拳を僕の顔面目がけて突き込んでいた。

 

 

 ── 喧嘩の常套(じょうとう)手段だ。覚えておけ ──

 

 

 雄二!

 

「うらぁぁっ!!」

 

 ――バキィッ!

 

 プラスチックが割れるような音がして、視界にヒビが入った。

 

《うォッ……!》

 

 ヤツが突き出した拳を引っ込める。同時に僕の(ひたい)に強烈な痛みが走り、思わずガクリと片膝を突く。

 

「いっ――てぇ~……」

 

 パラパラと音を立てて薄水色の破片が崩れ落ちていき、視界が元の色に戻っていく。ヤツの拳でバイザーが破損したようだ。

 

《て、テメェ……何をしやがッた……》

 

 拳を押さえながらヤツが(うめ)くように言う。見ればその拳からはシュウシュウと黒い煙が出ていた。

 

「へへ……インパクトの瞬間、お前の拳に頭突きを合わせたのさ」

 

 まさか雄二から受けた教えが役に立つ時が来るとは思っていなかった。それと頭突きをした方もこんなに痛いということも知らなかった。雄二はあの時平然としていたが、あれは我慢していたのだろうか。そんなことを考えていたら、(ひたい)から生暖かい液体が流れ落ちるのを感じた。血だ。バイザーの破片が刺さって(ひたい)が切れたようだ。

 

《やッてくれるじャねェか……。いいねェ……! ますます面白くなッて来やがッたァァ!!》

 

 ヤツはニィッと八重歯のような牙を見せながら歓喜に溢れた表情を見せる。コイツ、狂ってる……。僕は背筋が凍るような感覚に襲われながらも立ち上がり、両手で木刀を構え直す。

 

『アキ! ウチも戦うわ! サモ――』

「来るなっ!!」

 

 僕は美波の加勢を拒んだ。それはこの勝負を放棄するつもりだったからだ。こんなイカレた野郎に付き合う義理はない。けど、こいつの荒っぽい感じからして僕が逃げれば逆上して代わりに美波を襲う可能性が高い。今はまず美波を避難させなければならない。

 

『でもこのままじゃ!』

「いいから逃げるんだ! こいつは僕がなんとかする!」

 

 僕はバカだが、考えなしにこんなことを言ったのではない。もちろんなんとかする作戦が頭に浮かんでいる。

 

 確かにヤツの攻撃は素早く、受け止めるので精一杯だ。だが弱点が無いわけでもない。真っ直ぐ突っ込んで来て拳を突き出すか爪を突き立てる。ヤツの攻撃はこればかりなのだ。フェイントを入れる様子もなければ、遠距離からの牽制もしてこない。愚直なまでに直線的なのだ。何度も攻撃を受けているうちにそれに気付いたのだ。

 

《あァ? なんとかするゥ? グハハハッ! こいつァまたおもしれェ冗談だ!》

 

 ヤツが天を仰ぎながら大笑いする。この人をバカにしたような笑い。余程自分に自信があるのだろう。

 

《ならなんとかしてみせろやァァーーッ!!》

 

 思った通りヤツがまた真っ直ぐに突っ込んでくる。馬鹿のひとつ覚えめ。こちらは木刀を持っている分、リーチがある。ヤツの拳が届く前にカウンターで迎撃できるはずだ。

 

 僕は木刀を左脇で縦に構え、冷静に間合いを計る。慎重に……集中しろ……タイミングを……。

 

 

 ――――今だっ!

 

 

 ヤツの頭を狙い、左手に力を込めて最大速度で横に振り抜く。

 

 僕の思い描いていた筋書きはこうだ。木刀の先端がヤツの頭を捕え、突進を薙ぎ払う。ヤツはこれでダウンする。その隙に僕は召喚獣の脚力を利用して全速力で町に向かって走り、一気に駆け込む。魔障壁に近付けないと言っていたヤツはこれで僕らに手を出せなくなる。

 

 だがこの思惑は脆くも崩れ去ってしまった。木刀が命中する直前にヤツの姿が忽然と消え、渾身の一閃が(くう)を切ったのだ。

 

 そんなバカな……狙いとタイミングは完璧だったはず。一体ヤツはどこへ?

 

『アキ! 上!』

 

 !

 

 美波の叫びでヤツが飛び上がったことに気付いた。僕は咄嗟(とっさ)に横へ飛び、間一髪上空からの爪を避ける。だが次の瞬間、魔人は既に方向転換し、僕に向かってもう片方の腕を振り上げていた。

 

(おせ)えッ!!》

 

「うっ――!」

 

 左ふくらはぎにザクリという嫌な感覚。直後、左足に激痛が走った。

 

「――――があぁぁぁぁーーーーっっ!!」

 

 痛い! 痛い! 痛い!! 足が焼けるようだ!!

 

「ぅあぁぁーーっ!! う、うわあぁあぁぁーーっ!!」

 

 左足から突き上げてくる激しい痛みに僕はのた打ち回る。全身の筋肉が極度に緊張し、うまく呼吸ができない。あまりの激痛に何も考えられなくなり、次第に意識が遠のいていく。

 

「うぅ……ぁ……かはっ……!」

 

 ついに転げ回ることもできなくなり、僕は背を丸めて足を抱え(うずくま)る。どうにかしてこの苦しみを和らげたい。本能的にこの体勢を取ったものの、痛みは和らぐどころか逆に激しさを増していく。

 

《ケッ! テメェらと違ッて俺にャ翼があんだよ! これでようやく面倒くせェ指命を果たせるッてもんだぜ。ま、思ッたよりは楽しめたがナ》

 

 魔人が何かを言っている。だが頭にガンガン響いてくる痛みで集中できず、僕には何も聞こえていなかった。精神的に追い詰められ、聴覚にも異常を(きた)していたのかもしれない。ただ、こんな状態でもこの金切り声だけは僕の耳に届いていた。

 

『アキぃぃーーっ!!』

 

《あァ? ――――っ!》

 

 ――カシィン!

 

 と、金属を擦ったような音がした。

 

「アキ! アキ!! しっかりして!!」

 

 そんな声と共に誰かが僕の体を揺らす。激痛に震えながら片目を開けると、そこには青い軍服に身を包んだ可憐な少女がいた。

 

「み……美波……逃げろと……言ったじゃないか……」

「バカなこと言わないで! アンタを置いて行けるわけないじゃない!」

 

《ッ――があァァァーーッ!!》

 

 急に魔人が大きな雄叫びをあげた。苦しむような声が湖の(ほとり)に響き渡る。なんだ? 何が起ったんだ?

 

 動けない僕は視線のみを声の方に向ける。するとヤツは片手を頭に乗せ、歯を食い縛り、苦悶の表情を見せていた。その手が押さえているのは先程まで黒い突起があった所。過去形なのは、今現在そこにあのクロワッサンのような(つの)が無いからだ。

 

 そ、そうか、美波の剣がヤツの(つの)を切り落としたのか。はは……いい気味だ……。

 

《うッごオォォッ! て、てンめェェェ!! よくも、よくも俺の(つの)をォォォ!!》

 

「なっ、なによ! アンタなんかウチが――」

 

《ぶッッコろスッッ!!》

 

 ヤツの拳を腹に受けた美波の身体が一瞬のうちに飛んで行くのが見えた。

 

「美波ぃぃぃぃーーーーっ!!」

 

 声を絞り出して立ち上がろうとすると左足に焼け付くような痛みが走る。

 

「うっ……がぁぁぁっ!!」

 

 だ、ダメだ……! い、痛くて……集中……できない……!

 

《テメェも、うッせェんだよ!》

 

 ――ドッ

 

「うぶっ!?」

 

 ヤツが僕の胸を踏み付ける。

 

《ッたく、手間取らせやがッてよォ!》

 

 ドスッともう一度踏み付けられる。その度に息が止まる。

 

《オラッ! オラッ! オラァッ! さッきまでの威勢はどうしたァ!!》

 

 魔人が僕の腕や胸、腰、脚――あらゆる所を蹴りつける。無抵抗の僕を容赦なく何度も、何度も蹴りつける。もはや僕に成す術は無く、ただヤツの暴力に身を晒すことしかできなかった。

 

《チッ、(しま)いか。つまらん!》

 

「う……ぁ……」

 

 ヤツの攻撃が止まった。僕は……まだ生きている……のか……。でももう……立ち上がる体力も……気力も……残っていない……。

 

《まァいい。今、止めを刺して楽にしてやる》

 

 あぁ……僕、今度こそ死ぬのかな。悔しいな……まだ色々とやりたいことが残ってるのに……美波……ごめん……本当にごめん……。

 

《だ、が! その前にやるべきことがある!》

 

 やるべき……こと……? 目的は僕の始末じゃなかったのか……?

 

《まずは俺の大事な(つの)を切り落とした奴の始末だ! テメェはその後だ!!》

 

 !!

 

「ま、待てぇっ……! み……美波に……手を……出すなぁ……っ!!」

 

《あァ? 手を出すなァ? ザけんじャねェ!》

 

 ――ドッ

 

「ぐっ……!」

 

 腹に魔人の蹴りが入り、また息が止まる。

 

《俺の(つの)に傷を付けやがッたヤツは誰だろうが生かしちャおかねェ!》

 

「ごほっ……! げほっ……! ぅ……」

 

《ケッ、つまんねェヤツだ。安心しな。テメェもすぐに同じ場所に送ッてやッからよ》

 

 魔人はゆっくりと美波の方へ歩いて行く。く、くそっ……! やらせるか……っ!

 

「み……美波ぃぃーーっ!!」

 

 ギリッと音がするほどに歯を食い縛り、這い蹲(はいつくば)りながら彼女に呼び掛ける。頼む! 逃げてくれ! 祈るような気持ちで叫ぶ。だが美波は仰向けに倒れたまま、ピクリとも動かない。

 

《チッ、こッちは一発でオネンネかよ。苦しむ顔が見られねェのは残念だが、まァいい》

 

 ヤツが美波の前で腕を振り上げる。あの爪で刺すつもりか!?

 

《あの世で俺に逆らッたことを後悔するんだな》

 

「やめろぉぉーーっ! やめてくれぇぇーーっ!!」

 

 僕の叫びを聞く様子も無い魔人。頼む! 身体よ動いてくれ! 美波が! 美波が!!

 

「うあぁぁぁぁーーっ!!」

 

 既に気力も体力も尽き果てている。それでも僕は立ち上がった。今まで経験したことのない激痛が全身を襲う。なんとか立ち上がったものの、僕は一歩も動けなかった。

 

 く……くそ……こんなことになるならヤツが来た時にすぐ逃げるべきだった……。姿を見てすぐに危険な存在だと感づいていたのに。それなのに召喚獣の力を過信して立ち向かってしまった。完全に僕の判断ミスだ……。

 

 もうろうとする意識の中、僕は自分の愚かさと力の無さを呪い、涙を零した。だがすべてを諦めかけたその時、不可解なことが起きた。

 

《…………》

 

 ヤツの動きが止まった。鋭い爪を持った右腕を振り上げたまま、動きを止めたのだ。

 

《……ブツブツブツ……》

 

 動きを止めたヤツはまるで呪文でも唱えるかのように何かを呟いている。しかし声が小さくて何を言っているのか聞き取れない。そもそも全身が痛くて聞いている余裕が無い。

 

《なんだと!? フざけんな! 今更何を言ッてやがる!!》

 

 今度ははっきりと聞こえた。誰かと話している? 誰だ? ヤツの仲間がいるのか?

 

《だからコイツを始末した後でやるッて言ッてんだろ!!》

 

 ヤツの前には倒れた美波しかいない。けれど話の内容は美波に語りかけているものとは思えない。それにヤツは空を見上げて声をあげている。一体誰と話しているんだ? いや、今はそんなことはどうでもいい。美波を助けるんだ!

 

 僕はぐっと歯を食い縛り、一歩踏み出そうと足に力を入れる。

 

「っ……!」

 

 足が動かない。動かそうとすると脳が痺れるような痛みが襲ってくる。あまりの痛みに頭の中が真っ白になって、今にも卒倒しそうだ。

 

《……チッ! わーッたよ! 戻ればいーンだろ! 戻ればよォ!》

 

 も……戻る? ……何が?

 

《ッたく、しャーねェ。おいヨシイ! 今日のところは見逃してやる! だが次に会う時にまたこんな無様な真似しやがッたら速攻ブチ殺すからな! 覚悟しておけ!!》

 

 魔人は僕に向かってそう言い放つと、バッと翼を広げ、空高く飛び上がった。そして翼をはためかせ、一気に高度を上げる。

 

 何が起きているんだ? なぜヤツは引き上げて行くんだ? 本来ならこういった疑問が出るだろう。だがこの時の僕は何も考えられず、ただ呆然と小さくなっていく魔人の姿を見守っていた。

 

 既に日は落ち、湖の畔は闇に覆われつつある。羽ばたく魔人は茜色の空を舞い、徐々に消えていく。そしてしばらくしてついに空の色と同化し、ヤツの姿は完全に見えなくなった。

 

 何だ? 一体何なんだ……? 闇に染まりつつある空を呆然と眺める僕。

 

『ぅ……』

 

 すると草むらで横たわる美波が僅かに呻き声を上げた。美波! 良かった……! 生きてる……!

 

 僕は彼女の元へ行こうと片足を踏み出す。

 

「み…………」

 

 だが体力も気力も尽き果てている今、これ以上動けるわけもなかった。僕はうつ伏せに倒れ、大地に身体を預けた。

 

……………………」

 

 だ……ダメ……だ……も、もう……意識が……。

 

 精根尽き果て、僕は静かに目を閉じる。

 

 僕の記憶はここで途切れた。

 

 

 ………………

 …………

 ……

 


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