バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第三十二話 未知との遭遇

 大通りを歩いて約10分。僕たちは外周壁に到着した。

 

 この大通りは真っ直ぐ外周壁の外へと続いている。このまま直進すれば町の外に出られるはず。だがそこは縦横10メートルほどの巨大な扉で閉ざされていた。見れば扉の左右には1人ずつ、鎧に身を包んだ兵士が立っている。警備に当たっている王宮兵士だろう。

 

「あの人たちにお願いして開けてもらおう」

「うん」

 

 僕たちは左側にいる兵士の元へと行き、意思を伝えた。

 

「あの、すみません。外に出たいんですけど」

「は?」

 

 思いっきり耳を疑われた。

 

「いや、だから扉を開けてほしいんです」

「あぁ、外から誰か帰って来るんだね?」

「いえ違います。僕らが外に出たいんです」

「はぁ? 何を言ってるんだ君は。武器も持たずに外に出るなんて正気か?」

「武器ならありますよ」

「……丸腰にしか見えないが?」

 

 まぁこの姿じゃ丸腰だね。

 

「美波」

「装着ね?」

「うん」

「オッケー。それじゃ」

 

「「――試獣装着(サモン)っ!」」

 

 左手に木刀の僕。美波は腰のサーベルをスラリと抜く。装着した僕らはその姿を2人の兵士に見せつけた。

 

「これが僕らの武器です」

「っ……そっ、そんな武器で魔獣と戦えるわけがなかろう!」

 

 兵士のおじさんは動揺していた。けれど僕らの姿を見ても認めてはくれなかった。(うたぐ)り深い人だなぁ。

 

「そんなことないですよ? 今までこれで立派に魔獣と戦ってきたんですから」

「嘘をつくでない!」

「いや、嘘じゃないですってば」

 

 おじさんと言い争っていると騒ぎを聞きつけてもう1人の兵士がやって来た。

 

「どうしたトニー。何を騒いでいるんだ?」

「あぁロイド、ちょうど良かった。この子たちが外に出してくれって言って聞かないんだ。魔獣が現れたらあんな棒っ切れで戦うと言ってな」

「はぁ? おいおい、冗談にしちゃ笑えないぜ。ボウズ、悪いことは言わねぇからやめときな」

 

 兵士のおじさんたちは信じてくれないようだ。間違いなくこれで魔獣を倒してきたんだけどなぁ。あの巨大な熊の魔獣を叩いてもヒビひとつ入らなかったし。

 

「ウチのはちゃんとした剣よ?」

「いやぁお嬢ちゃん、そりゃ確かに剣かもしれないけど、そんな細い剣では魔獣に通用しないよ?」

「失礼ね! 大きな熊の魔獣だってこの剣で倒してきたんだからね!」

「まぁまぁ、落ち着いてよ美波」

「だって頭に来るじゃない!」

「ここは僕に任せてよ。考えがあるんだ」

「……まぁ、アキがそう言うのなら」

 

 つまり僕らの武器が魔獣に通用するほど強い物だって知ってもらえばいいわけだ。それなら手はある。

 

「おじさんたち、ちょっと見ててください。これがただの木刀じゃないって所を見せますから」

 

 道の脇には高さ2メートル、幅3メートルほどの岩が放置されている。この白っぽい色は石畳と同じ色だ。きっと石畳を切り出した後の残りなのだろう。僕の力を見せつけるにはちょうどいい。

 

「おじさん。これ、割ってもいいですか?」

「別に構わんが……まさかそんな棒っ切れで叩き割ろうってのか? ハハハッ! 無理無理! やめときな!」

「ハッハッハッ! 跳ね返った棒で怪我をしないようにな!」

 

 背におじさんたちの嘲笑を受けながら、僕は岩に向かって木刀を上段に構える。そして力を込めて一気に振り下ろし、

 

 ――ドガァッ!

 

 岩を叩き割ってみせた。

 

「ね? 普通の木刀じゃこんなことできないでしょ? って……あれ?」

 

 振り向いて兵士のおじさんたちに話し掛けると、おじさんたちはまるで金魚のように口をパクパクと開閉させ、目をまん丸にして驚いていた。そんなに驚くことないのに……。

 

「わ、分かった……よく分からんが分かった。君たちの言うことを信じよう……」

 

 分かったのか分からないのか、どっちなんだ。でも信じてくれるのならどっちでもいいか。

 

「ロイド、手伝ってくれ。門を開ける」

「あぁ、分かった」

 

 トニーと呼ばれたおじさんが閉ざされた扉のカギを外し、2人は力を込めて扉を引っ張る。

 

「「せぇ、のっ!」」

 

 するとギギギッと重量感溢れる音がして、大きな扉はゆっくりと開いていった。そして1人分の隙間ができたくらいの所でおじさんたちは手を止め、僕らに忠告をしてきた。

 

「とりあえず君たちを信じる。でも気をつけるんだよ。それほど大きくない魔獣でも集団になると命を落としかねないからね」

「夜になると魔獣の活動が活発になる。暗くなる前に戻るんだぞ」

 

 集団の魔獣がどういうものかなんて経験済みだ。2回もね。それに夜が危険だということもルミナさんから教わって知っている。

 

「分かってます。危なかったら逃げますよ。――装着解除(アウト)

「ちょっとそこの湖で休憩してくるだけですから、ご心配なく。――装着解除(アウト)

 

 警備のおじさんたちにそう告げ、僕たちは装着を解除して町の外へと繰り出した。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 湖の(ほとり)まで行くと、それが遠目に見たそれより遥かに大きいことに驚いた。目の前で湖面を見ていると海を見ているように錯覚してしまうほどだ。青い湖面は風に煽られ、小さな波を作り、それが湖岸(こがん)に寄せ、チャプチャプと音を立てている。

 

 足下は草原。名前も知らない、くるぶしにかかるくらいの短い草が生い茂り、遥か遠くには白い雲のかかった緑色の山脈が見える。まさに絶景だった。

 

「綺麗……」

 

 肩を並べる美波が溜め息にも似た声で呟く。湖の畔に佇む彼女。揺れる湖面から溢れんばかりの光の粒を浴び、その姿はキラキラと神秘的に輝いていた。

 

(……君の方がもっと綺麗だよ……)

 

 そんなキザったらしい台詞が喉まで出掛かる。だがそんな恥ずかしい台詞を言えるわけもなく、僕はぐっと言葉を飲み込んだ。

 

「えっ? 何か言った?」

 

 と思ったら口に出ていた!?

 

「なっ、なんでもない! なんでもないよ!?」

「?」

 

 輝く湖を背景に小首を傾げる美波。大きな瞳が不思議そうに僕を見つめる。サァッと吹く風が赤い髪と黄色い大きなリボンを揺らし、彼女は髪を押さえて目を細める。

 

 まるで女神のようだった。

 

 いや、僕にとって彼女は本当に女神だった。

 

「ね、アキ。水に入ってもいい?」

「うん。いいよ」

 

 僕が即答すると、美波は靴と靴下を脱ぎ捨て、裸足で湖に踏み込んで行った。

 

『きゃっ、冷たっ! でも気持ちいい~っ!』

 

 ここは僕らの住む世界とは別の世界。けれど美波はここでも僕の彼女でいてくれた。島田美波。僕の一番大切な人。元の世界に戻ったらここと似た感じの場所でデートしたいな。溢れる光の中で可憐に踊る彼女を見ながら、僕はそんなことを考えていた。

 

 

 ――この後、命に関わるほどの脅威が訪れるとも知らずに。

 

 

『アキ~っ! アンタも来なさいよ~。気持ちいいわよ~?』

 

 湖から美波が手を振る。すっかり元気を取り戻したようだ。ここに来て良かったな。

 

「僕はいいよ。こうして休んでるからさ」

 

 僕は草の上にゴロリと寝転がり空を見つめる。そして青い空を見上げながら考えた。

 

 この世界が学園長の仕業だとしたら、元の世界に戻る鍵を握るのはきっと召喚獣だ。けど今まで何度も試獣装着しているが、身体能力が大きく向上したこと以外に変化は無かった。ただ()び出すだけじゃ駄目なのか? じゃあどうすればいい?

 

 召喚獣。異世界。

 

 2つのキーワードが頭の中をぐるぐると回る。

 

「何を考えてるの?」

 

 すると美波が横に座り、尋ねてきた。

 

「ちょっとこの世界と召喚獣の関係をね」

「何か分かった?」

「いや、全然」

「そうよね……簡単に分かったら苦労しないものね」

「召喚獣が関係してるような気がするんだけどなぁ……」

「ウチも一緒に考えるわ。1人より2人の知恵よ」

「そうだね」

 

 僕は上半身を起こして美波と肩を並べ、紅色に染まり始めた空を見ながら話し合った。

 

 この世界に飛ばされる直前の様子。

 召喚獣を喚び出した時の様子。

 ゲームと魔獣と世界の関連性。

 

 湖の畔に座り、それぞれ思いつく限りのことを話し合った。しかし2人でどれだけ考えても、やはり手掛かりすら見つからない。学園長が怪しいということ以外は何も分からなかった。

 

「はぁ~……。ダメだ。分かんないや」

 

 僕は考え疲れ、再びゴロリと仰向けに寝転がった。

 

 こんな時、雄二なら何か考えて皆に指示を送るんだろうな。くそっ、なんでこんな時にあいつはいないんだ。役に立たないやつだ。

 

 ……雄二ならこんな時どうするんだろう。

 

 あいつなら…………ん?

 

「どうしたの? アキ」

「いや、空に何か……」

 

 何だろうアレ。空に何か黒いものが浮かんでいるような……?

 

 僕は目を凝らして黒い物体をじっと見つめる。そうして見ていると、その黒い物体は徐々に大きくなり、形がはっきりしてきた。

 

 あれは……人か?

 

 おかしい。今見ているのは空だ。空に人が立っているように見える。目の錯覚か? ゴシゴシと目を擦り、再度空をじっと見つめる。だが黒い物体はまだ宙に浮いている。錯覚ではない。何だあれは? 目を細め、上空の奇妙な物体をじっと見つめる。

 

「っ――!?」

 

 あまりに突然のことで声にならなかった。見ていた物体が突然降下してきたのだ。そしてそいつは地上スレスレでぶわっと風を巻き起こして急停止すると、ザッと草を踏み、僕たちの前に降り立った。

 

 逆立った短い金髪。

 黒光りする銀色の胸当て。

 ボディビルダーのように筋肉隆々の肉体。

 

 それは人型をしていた。

 

 いや。人型と呼ぶにはおかしな部分がいくつもある。そいつは胸の鎧以外、衣類の類いは一切身につけていなかった。この説明だけではただの変態だ。しかしこの状態が気にならないほど、そいつは異様な姿をしていた。

 

 血のように真っ赤な瞳。背中には翼竜のような羽を背負い、肌は黒に近い深い緑色。両手の指には刃物のように長く鋭い爪が生え、金髪の中からはまるで牛のような(つの)が突き出ている。

 

 一瞬、頭の両側にクロワッサンでも付けているのかと思った。だが何度目を凝らして見ても、あれは真っ黒な(つの)だった。普通の人間ならこんなものは付いていないはず。

 

 ――明らかに人間ではない。

 

 僕は本能的に危険を感じ、立ち上がって腰を低く身構えた。この行動で何かを察したのか、美波も立ち上がり、隠れるように僕の後ろに回る。

 

(ねぇアキ、誰なの? 知り合い?)

(いや、こんな人――っていうか人なのかな。少なくとも知り合いにこんな人はいないよ)

(じゃあ何? もしかして魔獣? あんな羽が生えてるし)

(分からない。見た感じ魔獣というより悪魔に近いような気がするけど……)

 

 どうする。逃げるか? でもいきなり逃げたら追ってくる可能性もある。言葉が通じる相手か怪しいが、ちゃんと話してからでも遅くないだろう。それにもし襲ってきたとしても僕には召喚獣の力がある。万が一の時は装着して戦えばいい。

 

 じっとその者を見据え、十分に警戒しながら相手の出方を伺う。するとその”異形の者”は低い(かす)れた声を発した。

 

《なんだァ? まだガキじャねェか》

 

 その声にゾクリと全身に悪寒が走る。こいつ……人の言葉を理解するのか? あの言い方からしてやはり初対面のようだ。しかしどれだけ頑張って好意的に見てもお友達になりに来たようには見えない。

 

 ……いや待て、人は見かけに寄らない。ただ道を聞きに来ただけという可能性もある。あの姿だって趣味でコスプレをしているだけかもしれない。そうだ、きっとピエロのような道化を演じているに過ぎないんだ。僕は自分にそう言い聞かせ、

 

「あの、何かご用ですか?」

 

 勇気を振り絞ってその異形の者に尋ねてみた。

 

《オメェ、ヨシイだな?》

 

 そいつは僕の名前を知っていた。だが僕にこんな姿をした知り合いはいない。

 

「そうですけど……そういうあなたは?」

 

《やれやれ、やーッと見つけたぜ。ッたく、あの魔障壁ッてのは厄介でしャーねェぜ。ちッとも近寄れねェし》

 

 魔障壁に近寄れない? ということはこいつも魔獣なのか? でも人の言葉を操る魔獣なんているんだろうか?

 

《それにしてもアイツの夢操蟲(むそうちゅう)ッてのもアテになんねェなァ。刺したら夜には出てくるとかぬかしやがッて、ちッとも出て来やがらねェじャねェか》

 

 ムソウチュウ? 刺す? 出る? 一体何を言ってるんだ? それよりこいつ、人の話を聞いていないのか? それとも言葉が理解できないのか?

 

《しッかし、散々捜し回ッてやッと見つけてみればこんなガキかよ。ワリに合わねェなァ》

 

 そいつは腕組みをしながらブツブツと独り言を呟き、僕の質問に答えようとしなかった。なんだコイツ。人に名前を聞いておいて自分は名乗りもしないのか。おまけに僕の質問もまったく聞いていないみたいだ。

 

「あの、聞こえてますか? あなたは誰ですか?」

 

 少しムッとして睨み付けると、そいつはようやく僕の質問に反応した。

 

《あァ? 俺か? 別に答える必要なんざねェと思うが?》

 

 ムカッ! なんて失礼な奴だ!

 

「どうしてですか? 人に名前を聞いておいて自分が名乗らないのは礼儀に反すると思いますけど!」

 

 僕は少し強い口調で抗議する。

 

《ッたく、うッせェなァ。これだからガキは嫌いなんだ。じャあ名乗ッてやるよ》

 

 その者は面倒くさそうに溜め息をつく。そしてギロリと気味の悪い目線を向けると、聞きたくなかった台詞を言い放った。

 

《俺はギルベイト。お前を始末しに来た》

 

「っ……!」

 

 最悪の答えに僕は絶句する。

 

「ちょっとアンタ! 何なのよ! どうしてアキを狙うのよ!」

 

 美波が身を乗り出して怒り出す。気持ちは嬉しい。けどコイツは危険だ!

 

《ピーピーうッせェなァ。テメェに用はねェよ》

 

「僕はあなたに始末される(いわ)れはありませんよ。理由を教えてもらえますか?」

 

 僕は美波を抑えるように前に出て、あくまでも冷静に話をする。変に刺激して激昂(げきこう)されても面倒だからだ。しかしヤツは僕の思惑とは裏腹に顔を歪ませ、苛立ちの表情を見せる。

 

《あァ~ゴチャゴチャうッせェなァ!! めんどくせェからさッさと片付けんぞ!!》

 

 そして大声で怒鳴ったかと思うと、

 

 ――ドンッ!

 

 という衝撃波と共に、真っ直ぐこちらに向かって突進してきた。

 

「――美波!!」

 

 僕は咄嗟(とっさ)に美波の肩を抱きかかえて脇に避ける。間一髪だった。警戒していなければあの爪で身体を(えぐ)られていたかもしれない。

 

「何をするんだ! 危ないじゃないか!」

 

 美波を庇うように腕を広げ、僕はヤツに怒鳴る。

 

《だーかーらァ……始末するッて言ッてんだろ! 手間取らせんじャねェよ!!》

 

 奴が再び矢のような勢いで突っ込んでくる。くっ……! 2人一緒に居たのでは危険だ!

 

「離れて美波!」

「きゃっ!」

 

 ドンと美波を横へ突き飛ばす。

 

「――試獣装着(サモン)!!」

 

《ぬゥッ!?》

 

 喚び声と共に僕の身体は光の柱に包まれ、異形の者を弾き飛ばす。

 

「わけも分からずやられてたまるか!」

 

 装着した僕は両手で木刀を真っ向に構え、戦闘体勢を取る。どうやら話が通じる相手ではないようだ。もう戦うしかない!

 


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