バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第三十一話 平穏な日々

 翌日から僕たちは情報収集活動を再開した。

 

 あれからまだ当たっていない西地区の繁華街すべてを周り、ほとんどの店に聞いて周った。どんな些細なことでもいい。1つでも手掛がりを得ようと努力を重ねた。だがそれでも結局何の情報も得られないまま、3日間が過ぎ去ってしまった。そしてこの日、家を借りてから7日目。この異世界に来てから13日目の朝を迎えた。現時点で王宮情報局からの報告も無い。

 

 朝食後、僕は美波と今日の作戦会議を始めた。しかし会議と言うほど議論することもなく、意見はすぐに一致。今日から東側の地区を周ることにした。

 

 話し合いの後、早速僕らは家を出た。僕はラドンで貰ったリュックを背負い、美波は一昨日購入した小さな手提げ鞄を手にして。昨日までに調べた情報では東には商店街が2つ。今日の目的地はそのうちの近い方の商店街だ。東地区へは徒歩。およそ1時間といったところだろうか。僕は歩きながら昨日の夜に考えていたことを頭の中で整理していた。

 

 昨晩、ベッドの上で天井を眺めていて、僕はあることに気付いた。

 

 朝、起きて美波と共に朝食の準備。その後は町に出て聞き込み。町の飲食店でランチを取り、また聞き込み。そして夜は家に戻り、美波と共に楽しく夕食。あれから悪夢を見るようなことも無い。疲労を溜めないように十分な休息を取り、ゆっくりとしたペースで進めていたことが功を奏しているのだと思う。

 

 そう、僕はこの世界での生活に慣れてきてしまっている。この世界での美波との生活に幸せを感じ始めてしまっているのだ。そのため、元の世界に帰るという目標に対して意欲が失われつつあったのだ。それに気付いた時、僕の気持ちは焦りに変わった。

 

 確かに美波は僕を信頼してくれていて、僕も美波と共に過ごすのが楽しい。けれど僕たちが帰らないことを心配している人たちがいる。この世界に迷い込んでからもう2週間が経つ。姉さんや美波のご両親、それに葉月ちゃんが心配して僕らを捜しているはずだ。それにムッツリーニだって懸命に帰る手段を探している。なのに僕は”このままでもいいかな”なんてことを考えてしまっている。

 

 このままではいけない! 今一番に考えなければならないことは何だ! 元の世界に帰る手段を探すことじゃないのか! 昨晩ベッドの上で自らを問い質し、考えた。頭がオーバーヒート寸前に陥りながらも必死に考えた。この世界の謎を。元の世界に帰るために何が必要なのかを。そしてひとつの仮説に至った。

 

 まだ確証は無いけど、きっとこの状況を打破する鍵になると思う。昨晩はこれを美波に伝えることを決め、眠りについたのだ。

 

 

 ……ちょうど時間もある。今のうちに僕の考えを話しておこう。

 

「ねぇ美波、ちょっと聞いてほしいことがあるんだけど、いいかな」

「うん。なぁに? 改まって」

「昨日の夜、ずっと考えていたことなんだ」

「? うん」

「実はね、この世界の町の名前って、僕たちがこの世界に飛ばされる直前に遊んでたゲームに出てくる名前と同じなんだ」

「えっ? どういうこと?」

「僕がこの世界に来て最初に着いた町の名前が”ラドン”っていうんだけど、ゲームで最初に降り立つ町も同じラドンって名前なんだ」

「偶然なんじゃないの?」

「僕も最初はそうかと思ったんだけど、ハーミルもミロードもゲームに出てくる名前なんだ」

「そこまで来ると偶然とは思えないわね……」

「そうなんだ。でも同じなのは名前だけで、町の構造も通貨も違うんだ」

「ふ~ん……でも何かしらの関係はありそうね」

「うん。それからもうひとつ。召喚獣についても思うことがあるんだ」

「……アキ、大丈夫?」

「ん? 何が?」

「そんなに頭を使ったら熱が出ちゃうわよ?」

「……」

 

 大丈夫です。昨晩ギリギリの所で回避しましたから。

 

「あっ、じょ、冗談よ、冗談! ごめんね、続けていいわよ」

「うん。えぇと、どこまで話したっけ……?」

 

 ちょっと話しが逸れるとすぐに忘れてしまう。難しいことを考えるとこれだ。なんとかしたいものだ。

 

「召喚獣がどうとか?」

「あぁそうだった。この世界って、召喚獣を自由に()び出せるじゃない?」

「喚び出せるっていうか、召喚獣が乗り移るって感じよね」

「うん。でも召喚フィールドも無しで喚び出せるよね」

「そういえばそうね。どうしてかしら?」

「それは分かんないんだけどさ、思い出してみてよ。今までもこうした召喚獣に絡んだ事件があったじゃない?」

「えっと、本音を喋っちゃう召喚獣に、2人で召喚する子供の召喚獣。それに10年後の未来を予想した召喚獣なんてのもあったわね」

「うん。それと妖怪になった召喚獣もね」

「……あれだけは思い出したくないわ……」

「あっ、と、ご、ゴメン……」

 

 あの時は出てきたぬりかべを見て「硬いところが似てる」なんて言っちゃったもんだから死ぬほど殴られたっけ。

 

「ううん。いいのよ。続けて」

「う、うん。それでね、この異世界に飛ばされたのがどうもあれらの事件に似てる気がするんだ」

「言われてみればそうね……今回も召喚獣が絡んでるわ」

「そうなんだ。だから今回もやっぱりあの人が関係してると思うんだ」

「学園長先生ね?」

「うん。今まであれだけ色々なことを起こしているわけだし、僕たちを異世界に飛ばすくらいやっても不思議は無いと思うんだ」

「じゃあ学園長先生と話して元の世界に戻してもらえばいいってことなの?」

「そうなんだけど、僕らがこの世界に来てからもう13日目だよね。いくらあの妖怪ババァでも2週間も生徒を行方不明のまま放っておくってことはないと思うんだ」

「それもそうね……じゃあ何かしらの理由でウチらとコンタクトが取れないってこと?」

「原因を作ったのがあの人だったらその可能性はあるよね。たとえば機械が故障したとか、調整をミスって戻せなくなったとか。まぁババァ長のせいって決まったわけじゃないけどさ」

「へぇ~……凄いじゃないアキ。まるで坂本みたいな考察よ」

「そう?」

 

 雄二みたい……か。嬉しいような悲しいような、複雑な気分だ。

 

「ただ問題は、仮にババァ長のせいだったとしても連絡の手段が無いことなんだよね」

「携帯も無いものね……」

「うん。それで思ったんだ。僕らが今やるべきことは雄二を探し出すことだって」

「坂本を?」

「うん。学園長が絡んでるなら雄二も巻き込まれていて当然だよね」

「何よその理論は。アンタたちってホント仲がいいのか悪いのか分からないわね」

「あははっ、でも美波だってそう思うだろう?」

「そうね。確かに学園長の仕業だとしたら坂本たちも来てる可能性は高いわね」

「うん。色々考えたんだけど、やっぱり雄二の知恵がほしいんだよね」

「ふふ……なんだかんだ言っても坂本のことを頼りにしてるのね」

「まぁね」

 

 できれば自分で解決したいところだけど、今回の件は僕には荷が重すぎる。悔しいけど、あいつを頼りにせざるを得ないんだ。

 

「つまり結局何が言いたかったかというとだね」

「うん」

「仲間探しを頑張ろうってことさ!」

「なによ。やっぱり当初の目標と変わらないじゃない」

「ま、そういうことだね。はははっ」

「ふふ……よーし、今日は頑張るわよっ!」

「おぅっ!」

 

 

 

          ☆

 

 

 

 家を出てから約1時間。僕たちは東地区の商店街の入り口に到着した。

 

 大通りを挟んだ両側には様々な看板が掲げられ、レンガ造りの店が立ち並ぶ。中央の車道は荷車を引いた馬車が忙しなく行き交い、石畳の道は沢山の人で溢れかえっている。なんと活気のある商店街だろう。西地区の商店街もかなり大きかったが、ここはそれ以上だ。

 

「凄い活気ね」

「うん。これは骨が折れそうだね」

「えぇっ!? そうなの!? 大変じゃない! それじゃお医者様を呼んでこなくちゃ!」

「ほぇ? 医者? 何で?」

「だって骨が折れちゃうんでしょ?」

「あぁいや、そうじゃなくてね……」

 

 そっか、美波もまだ知らない言葉があるんだな。普通に日本語で話せるから帰国子女だってことをすぐ忘れちゃうな。

 

「骨が折れるっていうのは凄く手間が掛かるって意味さ。本当に骨が折れるわけじゃないよ」

「なぁんだ、そうだったのね。変な言い方をするから勘違いしたじゃない」

「昔から使われてる言葉だと思うけど……」

「そうなの? 日本語ってややこしいわね」

「まぁ外国の人にしてみればややこしいかもね。僕は日本語に慣れてるから違和感無いけど」

「何言ってるのよ。アンタだって古典ぜんぜんできないじゃない」

「うっ……あ、あれは日本語と言ってもまたちょっと違うからさ……」

「ふふ……分かってるわよ。さ、聞き込み始めましょ」

 

 美波が黄色いリボンと赤茶色のポニーテールを元気よく跳ねさせ、踊るように走り出す。

 

「う、うん」

 

 こんな笑顔を見ていると、また決心が揺らいでしまう。美波がいればどこだって構わない。そんな思いが前面に出てきてしまう。僕はそんな妥協の気持ちを抑え、彼女に引かれるままに足を運んだ。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 美波は僕を引っ張り回し、次々に店に入っていく。そしてその都度店員に文月学園の校章を見せて「こんな印を見た事が無いか」と尋ねる。だが返ってくる答えは「知らない」「見た事がない」ばかりで、相変わらず情報が得られない。それでも僕たちは挫けずに行商や店員に聞いて回った。そんな中、美波が街中にあるものを発見した。

 

「ねぇアキ見て。あの掲示板に貼ってあるのって土屋の言ってたやつじゃない?」

「ん? どれ?」

「ほら、あれよ」

 

 美波の指差す方向を見ると、(ひさし)の付いた案内板のようなものが立てられているのが見えた。

 

「ちょっと見てみようか」

「うん」

 

 早速僕たちはその掲示板の元へと行ってみた。そこには大きく文月学園のマークが書かれた紙が貼ってあり、その下の方にはこう書かれていた。

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

   この文様を見た者は、その場所と時間を報告されたし

 有力な情報を提供した者には報酬として20000ジンを与える

 

                     王宮情報局

 

 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「報酬付きなんだね」

「この報酬ってウチらが払うのよね?」

「え? そうなの!?」

「だってウチらが探しているものなんだから当然じゃない?」

「そうかもしれないけど……でもムッツリーニと話した時は報酬のことなんて何も言わなかったよ?」

「そういえばそうね。じゃあ土屋が出すつもりかしら」

「確かにあいつは王宮勤めだからそれなりにお金はあるだろうけど……でもこんなに気前良く出すとは思えないなぁ」

「そうなると……やっぱり王様かしら」

「う~ん……」

 

 ムッツリーニはどういうつもりでこの紙を用意したんだろう? まさか後で僕に請求するつもりか? 一応手持ちのお金はそこそこあるけど、生活用品を揃えるのに結構使っちゃったんだよね。2、3人に払うくらいならいいけど、情報提供者全員に配っていたらあっという間にスッカラカンだ。

 

「あ、見てアキ、ここに王様のサインがあるわよ」

 

 美波が貼り紙の隅を指差して言う。そこには確かに”レナード・エルバートン”と書かれていた。そういえばよく見ればこの貼り紙の字、王様に貰った紹介状と同じ筆跡だ。と、いうことは……。

 

「この貼り紙、王様直筆みたいだね」

「そうなの?」

「うん。ほら、この紹介状と同じ字じゃない?」

「あ、ホントね」

「つまりこの紙は王様が書いたってことさ。美波の言う通り報酬も王様が付けてくれたんじゃないかな」

「でもここまでしてもらっちゃうとなんだか悪い気がするわね……」

「う~ん……もし本当に見つかったならちゃんと返さないといけないかなぁ……」

「それが当然の礼儀よね」

「まぁそうだよね」

 

 それにしても紹介状の件といい、この貼り紙の件といい、王様には感謝してもしきれないな。

 

「よし! 王様がここまでしてくれているんだし、僕たちも頑張ろう!」

「……そうね、頑張りましょっ!」

 

 僕と美波の士気は高まっていた。これも王様の心遣いのおかげだ。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 しかし、意欲はあっても現実は厳しかった。何の情報も掴めないまま昼が過ぎ、日が傾き始めてしまった。また何の進展もなく1日が終わろうとしているのだ。共に歩く美波の表情にも疲れが出てきているようだ。

 

「今日はこれくらいにしようか」

「……そうね」

 

 美波は返事をして笑顔を作ってみせる。その笑顔が僕にとっては辛い。たぶん気を遣わせまいと疲れを隠しているのだろうけど、余計に心配になってしまう。

 

 しかし帰るにしても、ここからまた1時間歩かなければならない。少し休憩した方がいいだろう。そう思った僕は大きなレストランに入り、3階の見晴らしの良い席で休憩を取ることにした。

 

「ハァ……何の情報も無いわね」

「……そうだね」

「もしかしたら坂本たちは来てないのかしら」

「そうなのかなぁ」

「やっぱり坂本に頼らずウチらでなんとかするしかないんじゃない? それにもし仮に来てるとしてもこの町じゃないのかもしれないわよ」

「う~ん……確かに……」

 

 僕がこの町に来るまで辿ってきた町は、ラドン、ハーミル、サントリア、ミロード、そしてこのレオンドバーグ。ドルムバーグとガラムバーグを合わせれば7つになる。これだけの町があるのだから、入れ違いになっていてもおかしくない。もしこの東地区と北地区で何も情報が無かったら他の町に戻って探すべきだろうか。そもそも雄二が来ているという確証はないのだから、やはり人を捜すというより帰り方を探すべきなのかもしれない。

 

「「ハァ……」」

 

 僕らは揃って溜め息を吐く。いけない。家を出た時に意気込み過ぎてその反動が来ているようだ。少し気分転換を――――うん?

 

 視界の横に何かチラチラと眩しく光るものを感じる。まるで手鏡で太陽光を反射させて当てられているような感じ。なんだろう、あれ。

 

 僕は手で(ひさし)を作り、目を細めて光の方向をじっと見つめる。光はゆらゆらと不規則に揺らめき、目に差し込んでくる。どうやら水に反射した太陽の光のようだ。ただ、水と言っても水たまりや池といった小さなものじゃない。もっと大きな……湖と呼べるほど大きなものだ。その湖は”万里の長城”の如く長く連なる壁の向こう側にあるもののようだ。

 

 それにしてもキラキラと輝いていて綺麗な湖だ。ずっと町の中で人と接していたし、気分転換にはちょうど良さそうな場所だ。でも町の外か。魔獣に遭遇してしまうかもしれないな。

 

 ……

 

 あの高い壁は外周壁。魔障壁が届く範囲であるという印。ルミナさんは魔障壁の近くに寄れるのは小さな魔獣と言っていた。”小さな”というのがどの程度か分からないけど、今まで遭遇したリスや猿くらいの魔獣ならば戦えるだろう。

 

「どうしたのアキ? 向こうに何かあるの?」

「あ、うん」

 

 万が一の時は僕が守ればいいんだ。大丈夫。召喚獣の力がある今、多少の魔獣なら僕にだって倒せる。よし、あの湖の(ほとり)で気分転換することにしよう。

 

「美波、あそこの湖が見える?」

「うん。ずいぶん大きな湖よね」

「あそこで少し気分転換しない?」

「えっ? でもあれって町の外よね。危ないんじゃないの?」

 

 怪訝そうな顔をする美波。熊の魔獣と戦ってその危険性を身をもって知っているからだろう。

 

「大丈夫だよ。魔障壁の近くには小さい魔獣しか近寄れないらしいからさ。それに必ず現れるわけでもないし」

「でも……」

「いざという時は僕が守る。それとも僕じゃ不安?」

「ううん。そんなことないけど……」

「じゃあ行こうよ!」

「……そうね。分かったわ。行きましょ」

 

 美波の了解を得て、僕たちは早速レストランを出て外周壁に向かった。その外周壁までは大通りが真っ直ぐ伸びている。つまりこの道沿いに歩いて行けばすぐ到着だ。

 

 町の外だから恐らく人はいないだろう。綺麗な景色を見て風に当たれば、きっとこの陰鬱とした気分も晴れる。そんな期待を胸に、僕たちは湖へと向かった。

 


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