バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第三十話 (わだかま)りを越えて

 僕が受け入れると美波はこちらに顔を向け、フッと笑みを浮かべた。美波がこういう顔をする時はお喋りをしたい時だ。きっといつものように雑談をしたいのだろう。そう思っていたら彼女は急に真剣な目に変え、こんなことを言ってきた。

 

「単刀直入に聞くわよ。アンタ何か隠してるでしょ」

「っ……!? そ、そんなことないよ?」

「それにしては今日は全然ウチと目を合わせようとしないじゃない。何か後ろめたいことがあるんじゃないの?」

「うっ……そ、それはほら、アレだよ。今日は寝不足だったんだよ」

「嘘。……嘘じゃないかもしれないけど、嘘」

 

 何を言いたいのか分からなかった。つまり嘘を見破られたということなんだろうか?

 

「えっと……」

 

 どういうことなのか聞こうとする。だが言葉が見つからない。どう言おうか考えていると美波が”ずぃ”と身を乗り出し、顔を近付けて僕の目をじっと見つめてきた。

 

 お互いの鼻が触れ合いそうなくらいに近かった。長く揃った睫毛(まつげ)と大きな瞳は初めてキスをされたあの時と変わらない。その水晶のように澄んだ瞳に見つめられ、いたたまれなくなった僕は顔を逸らし、俯いた。

 

「目を逸らさないで。ウチの目を見て」

 

 美波が逸らした僕の視線の前に出てしゃがみ、見上げるように見つめる。

 

「アキ。悩んでいることがあるのならウチが相談に乗る。どんなことでも笑ったり軽蔑したりしない。だから話して」

 

 真剣で突き刺すような、それでいて優しさに満ちた眼差しで僕の目を見つめる。純粋で優しい美波の思いが伝わってくる視線だった。

 

「……ごめん」

 

 それでも僕は打ち明けることはできなかった。これは自分が勝手に見た夢であり、誰かに相談するようなことではない。ましてや美波に相談するようなことではない。そう思っていたから。

 

「そう……。どうしても秘密にしたいって言うのね」

 

 美波は再びハァと大きく溜め息をつくと僕の横に戻り、ソファに腰掛けた。そして妙な提案をしてきた。

 

「じゃあこうしましょ。ウチもアキに内緒にしてたことを話す。だからアンタも話しなさい」

「え……いや、そんな暴露大会みたいなことやめようよ」

「いいの! この際だから洗いざらい全部話すわよ!」

「え、ちょ、ちょっと待ってってば美波……」

「いいから黙って聞きなさい! それじゃまず……そうね、あれから話そうかしら」

 

 僕が止めようとしても美波は耳を貸さなかった。結局そのまま強引に話を押し進められ、合意の無いまま彼女は秘密を話し出してしまった。

 

 ――胸が小さくて悩んでいること。

 

 ――以前、砂糖と塩を間違えたお弁当の卵焼きを騙して僕に食べさせたこと。

 

 ――お化けが怖くて、そういう類いの映画などを見てしまうと夜眠れなくなってしまうこと。

 

 ――そしてこの世界に飛ばされた日、僕を呼びながら泣いていたこと。

 

 彼女は恥ずかしそうに、所々言葉を詰まらせながら赤裸々に語る。だがその半分は僕も既に知っていることだった。それにしても胸が小さいことを悩んでいるのが秘密だとは知らなかった。今やクラスの全員が知っていることだというのに。美波も意外に隠し事が下手なんだろうか。

 

「さ、さぁアキ! 次はアンタの番よっ!」

「え……で、でも僕、合意してないんだけど?」

「いいから話しなさいっ! ウチは4つも恥ずかしいこと話したんだからね!」

「そんなぁ……美波が勝手に話しただけじゃないかぁ……」

「ウチだけに恥ずかしい思いをさせるつもり? 男らしくないわよ!」

「う……わ、分かったよ、話すよ。話せばいいんだろう?」

「そう、話せばいいのよ」

 

 まったく、相変わらず強引だなぁ。でもこういう所は美波らしいな。もうこうなったら断りきれないか。仕方ない。話すか……。

 

「えっと、今日ずっとぼんやりしてたのは眠かったのもあるんだけど、実はそれ以外もあるんだ」

「やっぱりそうなのね。それで、どうしてなの?」

「う、うん。実は、その……」

 

 心を決めたつもりだったが、やはり躊躇(ためら)ってしまう。本当に子供みたいな理由だから。

 

 でも、勝手に話しただけではあるが、美波は勇気を振り絞って秘密を打ち明けてくれた。それに1人で悩んでウジウジしているのも男らしくないと思う。ならばもう覚悟を決めるしかない。僕は重い口を開き、昨晩のことを話した。

 

 ――昨日の夜中、悪夢にうなされて目を覚ましたこと。

 

 ――また同じ夢を見るのが怖くて眠れなかったこと。

 

 ――夢の中で言われた言葉が胸に詰まり、気になってどうしようもなかったこと。

 

 ……恥ずかしかった。

 

 高校生にもなって悪夢が怖いなどありえない。しかも夢の中で言われたことをずっと悩んでいたなんて、自分でもおかしいと思う。

 

 確かにさっき美波はどんなことでも笑わないと言ってくれた。それは僕が悩んでいることに気付いて、気を遣ってくれたのだと思う。でも、さすがにこんな幼稚な悩みだと知ったら笑わずにはいられないだろう。僕は内心ドキドキしながら彼女の反応を待った。

 

「ふ~ん……そういうことだったの」

 

 すると美波は少し関心したように呟いた。そして、

 

「ふふ……」

 

 やっぱり笑われた。そりゃ当たり前だよね。やっぱり言うんじゃなかった……。

 

「あっ、ごめんねアキ。これはおかしかったんじゃなくて、嬉しくて笑っちゃったの」

「ふぇ? どういうこと?」

「だってアキは夢に出るほどウチのことを思ってくれてたんでしょ?」

「ん? えーっと……そういうことになるの……かな?」

「ふふ……ありがと。そんなに思ってくれてるなんて知らなかったわ。ごめんね」

「?」

 

 なぜ美波が謝るんだろう? バカにされて大笑いされるかと思ったのに。理解できないのはやっぱり僕がバカだからなんだろうか。

 

「あのねアキ、ウチね、もう1つ言ってなかった秘密があるの。あ、秘密って言うか……疑問?」

「疑問?」

「うん。実はね、アキの夢の内容の半分はウチが実際に思ってたことなの」

「え……そ、そうなの!?」

「うん。ウチもずっと思ってたの。どうしてアキはウチが抱きつくと逃げるんだろう、って」

「うぐ……」

「最初は瑞希や須川が見てるからかな? って思ってたわ。でも2人きりの時も同じ反応をするし、なんか違うかもって思い始めてたの」

 

 なんてことだ……あの夢は正夢だったのか……。それじゃあやっぱり美波は僕に嫌われていると思っている? それは大変な誤解だ! なんとか弁明しなくちゃ!

 

「美波! 僕の話を聞いて! あれは嫌だったわけじゃなくて――」

「理由があるんでしょ?」

「へっ?」

「だから、アキが逃げるのには理由があるんでしょ?」

「あ……う、うん」

 

 あれ? どういうこと? 夢だとこの後、僕の話を聞かずに怒って去って行ってしまうんだけど……。

 

「教えてアキ。どうしてなの?」

 

 彼女は優しく微笑みかけ、僕に尋ねる。

 

 ――夢とは違う。

 

 美波は僕を信じてくれている。信じて僕の答えを待っている。この笑顔に応えないわけにはいかない。けど……。

 

「そ、それは、その……は、恥ずかしい……から……」

「ホントにそれだけ?」

「……」

「アキ。何か思ってることがあるのなら何でも言って? もしウチに非があるのなら改めるわ」

 

 !

 

「いや! 美波は何にも悪くないよ! 悪いのは僕の方さ!」

 

 これ以上彼女に心配を掛けるわけにはいかない。僕は今まで胸の内に秘めていた思いを打ち明けた。

 

 ――未だ観察処分者の汚名を返上できていないこと。

 

 ――姫路さんや雄二、美波にまで教えられながらも思うように成績が伸びていないこと。

 

 ――それが故に自分が半人前であると感じ、美波が対等に接してくるのが心苦しかったこと。

 

 すべてを話した。

 

「そうだったの……」

 

 話を聞き終えた美波は悲しそうに表情を曇らせた。……とても寂しそうな目だった。

 

 

「「……………………」」

 

 

 魔石灯の炎が暖かな光を放ち、室内を照らす。その光は壁に僕たち2人の影を映し出し、ゆらゆらと揺らす。

 

 ……沈黙の(とき)が続いた。

 

 お互い言葉が見つからない。僕も、美波も、ただ押し黙ってソファで俯いた。そうして何分を過ごしただろうか。

 

「ねぇアキ、前に学校帰りの坂道でウチが告白した時のこと覚えてる?」

 

 沈黙を破ったのは美波だった。突然何を言い出すのだろう? そう思って隣に目を向けると、彼女は顔を上げ、遠くを見るような目をしていた。

 

 帰りの坂道での告白とは、2ヶ月前のあの日のことだろう。あの日、燃えるような夕日の中で僕は美波の気持ちを知り、自分の気持ちを知った。そんな大事な日のことを忘れるわけがない。

 

「もちろん覚えてるよ」

「じゃあ、あの時ウチがなんて言ったか、言ってみて」

「んなっ!? ぼ、僕が言うの!?」

「うん」

 

 告白された時の台詞を本人の前で復唱するなんて、どんな罰ゲームよりも恥ずかしいことだ。それを美波は真顔で”やれ”と言っている。

 

「ご……ごめん……。は、恥ずかしすぎて……言えないよ……」

「しょうがないわね。じゃあウチが言ってあげるわ」

「い、いや、いいよ、やめてよそんなの。美波だって恥ずかしいだろう?」

「ううん。ウチは平気。もう一度しっかり思い出してほしいから」

 

 そう言って美波は目を瞑り、大きく息を吸うと、あの時の言葉を繰り返した。ひと言ひと言、噛み締めるように、はっきりと。

 

 

「ウチはね、今のアキが好きなの」

 

「バカで。不器用で。問題起こしてばっかりだけど」

 

「いつも誰かのために一生懸命で。バカみたいに真っ直ぐで」

 

「とっても優しくて。とっても温かくて」

 

「そんなアキが……ウチは、今でも大好きなの」

 

 

 ……顔から火が吹き出しそうなくらい恥ずかしかった。

 

 

 あの時ほど感情的な言い方ではなかった。この言葉を聞くのも初めてではない。それでも彼女の言葉のひとつひとつは、僕の心に熱い炎を灯していった。

 

「これがウチの気持ち。分かった?」

「う……うん……」

「アキはいつものアキでいいの。ウチはどんなことがあってもアキのことを嫌いになったりしない。絶対に」

 

 胸の辺りをくすぐられているようで、むず痒くて堪らなかった。2ヶ月前、最初にこれを言われた時はショックが大きくて呆然としてしまった。今はむしろ恥ずかしさが際立つ。

 

「だから今急いで一人前になろうとしなくていいのよ」

 

 頭から湯気を発し始めている僕に美波が優しく言葉を掛ける。そう言ってくれるのは嬉しい。でも、やっぱり今のままの僕じゃいけないと思う。

 

「でも……それでもやっぱり早く一人前に……なりたいんだ……」

 

 そう。美波との未来を考えると今のままじゃどうしてもダメなんだ。

 

「ハァ……ホント、アンタってバカね」

「そうだね。自分でもそう思うよ」

「ふふ……そういう”思い込んだら一直線”な所は変わらないのね」

「ゴメン……」

「別に責めてなんかないわよ? だってそれがアキなんだから」

 

 でも、褒められてもいない気がする。

 

「まぁいいわ。アンタの主張は分かったわ。それじゃアンタの好きなようにしてみなさい。でも焦って無茶をしそうになったらウチは止めるからね?」

 

 にっこりと笑顔を見せながら美波が言う。そういえば同じようなことを2ヶ月前にも言われたっけ。あの時も自分が変わらなくちゃって必死に考えて、それで美波に怒られて……あれ?

 

 なんだ、結局僕は何も成長してないじゃないか。一生懸命に美波との未来を考えていたはずなのに、また同じ間違いを繰り返していたのか。まったく、相変わらずバカだなぁ僕は。だから観察処分者も返上できないんだな。はは……まいったな……。

 

 ……

 

 僕は焦るあまり、大事なことを忘れてしまっていたのかもしれない。一緒にいるだけでいいという、一番大事な気持ちを。

 

「ありがとう美波。その時は頼むよ。僕のバカは簡単には治りそうにないからさ」

 

 そうさ、焦らず自分のペースでやっていけばいいんだ。美波と一緒に。

 

「任せてっ。それにウチもアキに負けないくらいの一人前の女になってみせるわ。……(胸のサイズもね)……」

「うん? 最後なんて言った?」

「ううん! なんでもない!」

「そっか、なんでもないか」

「そ、なんでもない。ふふ……」

 

 僕らは互いに笑顔を向け合い、クスクスと肩を揺らしながら笑う。

 

 なんだかとっても晴れやかな気分だ。先程まであんなにも暗雲立ち込めていた胸の奥が、今は驚くほど澄み切っている。こんなことならさっさと相談すれば良かった。悩み悩んで悶々としていた自分がバカみたいだ。でもこれで悩みは解消した。もう悪夢を見ることもないだろう。

 

「ありがとう美波。胸に(つか)えていたものが取れたよ」

「ううん。ウチも色々と打ち明けてスッキリしたわ」

「お互い様だったってわけだね。……ふぁ……安心したら急に眠くなってきちゃった……」

「それじゃ今日はもう寝ましょ。明日からまた頑張らなくちゃ」

 

 そう言って美波がすっくと立ち上がる。

 

「そうだね」

 

 僕もそれに合わせるように立ち上がった。あれほど重かった身体が軽い。これも心の重圧が消えたからなのだろうか。

 

「あっ……。ねぇアキ、ひとつだけウチのわがままを聞いてほしいんだけど……いい?」

「わがまま? 内容次第だけど……何?」

 

 美波にはだいぶ心配を掛けさせてしまった。お礼も兼ねて、僕にできることならなんでも聞いてあげたい。

 

「えっとね、本当はアキと一緒の部屋で寝たいけど、アキが恥ずかしいって言うのなら我慢する。でもね……」

「? うん」

「お……おやすみのキスくらい……いいでしょ?」

 

 仄かに頬を赤く染めながら上目使いで僕を見つめ、美波はもじもじと身体をくねらせる。こういった仕草は付き合い始めてから幾度となく見てきた。それでも見慣れることはなく、その姿は僕の心を鷲掴みにする。

 

「……分かった。いいよ」

「ありがと。それじゃ……」

 

 美波が目を瞑り、少し顎を上げて唇を差し出す。僕に躊躇(ためら)いは無かった。突き出された唇に僕は自らの唇を軽く触れさせ、キスをした。

 

「おやすみ。美波」

「うんっ。おやすみ。アキ」

 

 

 

 ――この日、僕の心を覆っていた大きな垣根がひとつ、取り払われた。

 


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