バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第二十六話 憩いのひととき

「あ……忘れてた!」

 

 食器を洗ってリビングに戻った時、僕は袋にリボンが残っているのを思い出した。早速隅に置いておいた袋を開けてみると、中に黄色いリボンが残っていた。寝巻と一緒に買ってきたのをすっかり忘れてたよ。ホント、自分の忘れっぽさが嫌になるな。

 

 ……それにしても綺麗な黄色だな……。美波、喜んでくれるかな? こうしてプレゼントをするのも3回目か。

 

 1度目は如月(きさらぎ)ハイランドでのネックレス。あの時は凄く喜んでくれて嬉しかったな。僕たちが付き合うことになったのはあの翌日なんだよね。もう2ヶ月も前になるのか。

 

 あれから大変だったな……。付き合ってることを隠していたのに、いつの間にかクラスの皆に知れ渡っていて。それからあっという間に噂が学年中に広まって、そこからは逃亡の日々だったな。清水さんに追われ、須川君に追われ。また清水さんに追われ須川君にも追われ、FFF団全員に追われ追われて……。

 

 ……

 

 やめよう。きりがない。でもいいんだ。僕は美波と一緒にいたい。この気持ちが挫かれることは絶対にない。彼らの妨害に負けはしないさ。

 

 それで、2度目のプレゼントは初詣の帰りに買った玩具(おもちゃ)の指輪。最初は神社でバイトすることになるなんて思いもしなかった。そのバイト料の1/5をプレゼントに使う羽目になるなんてこともね。

 

 でもあれは葉月ちゃんの作戦勝ちだったな。まさか”美波に贈らせるために指輪を買わせた”なんてね。僕もすっかり騙されちゃったよ。人を騙すのは良くないことだけど――って、この僕がそんなこと言えるわけないか。

 

 おっと、思い出に浸るのはこれくらいにして毛布とかの確認をしておこう。寝具がなかったら調達しなくちゃいけないし。

 

 僕はリボンを片手にリビングの扉を開け、廊下に出る。先程見て回ったので部屋の配置は把握している。リビングを出て廊下を右に進めば玄関。左はトイレだ。この廊下を左に進んで突き当たりから更に左に進めば浴室。その先には洋室が2つ並んでいる。寝室として使うのはこの2つの洋室だ。

 

 僕は廊下を進み、浴室の先の1つ目の部屋に入ってみる。だがその部屋に入った瞬間、思わず「うっ」と小さく呻き声を上げてしまった。

 

 部屋の中にはベッドと机が1つずつ。それに奥には洋服タンスが壁に備え付けられている。しかしそんなもので心を乱されたりはしない。僕が動揺しているのは壁の本棚に並べられている難しそうな本の軍団だ。『実践 経営学』『サービス業とは』『おもてなしと競争力』といった背表紙の本がぎっしりと詰まっているのだ。

 

 ここは書斎兼寝室になっているようだ。あのおじさん、本は持って行かなかったのか。こういう本が並んでる部屋って苦手なんだよなぁ……。さっき美波には僕がこっちを使うって言っちゃったけど、交換してもらおうかな……。とりあえずもう片方の部屋も見てみるか。

 

 僕は一旦この部屋を出て、今度は奥の部屋に入ってみた。

 

 ここも先程の部屋と同じようにベッドと机が1つずつあった。ただ、洋服タンスは先程の部屋の配置とは違い、2つ並んでいた。それと壁には丸い大きな鏡が掛けられていて、その手前には小物入れと椅子が置かれている。いわゆる化粧台というやつだ。

 

 どうやらこっちの部屋は元々女の人が使っていた部屋のようだ。それなら美波が使うのにもちょうどいいだろう。しかしそうなると部屋を交換するってわけにもいかないか……。仕方ない。僕は書斎で我慢しよう。

 

 見たところベッドにシーツは掛かっているけど毛布が無いようだ。クローゼットの中かな? と思って早速開けてみると、思った通り畳まれた毛布が入っていた。僕は早速その毛布を取り出し、ベッドに掛けてやった。これでいいかな。

 

「アキ?」

 

 するとその時、背後から声を掛けられた。振り向くと、ぶかぶかの寝巻を着た美波の姿が視界に飛び込んで来た。

 

「ここにいたのね。お風呂あいたわよ」

 

 彼女はお風呂上がりの上気した顔をしていて、頭にはタオルを巻いていた。髪を上げているせいか、彼女の大きな目はいつもよりはっきりとしている。それが仄かに赤く染まった顔と相まって……その……。

 

「アキ? どうかした?」

「あ……な、何でもない! じゃあお風呂入ってくる!」

「?」

 

 僕はその場から逃げ出すように浴室へと向かった。風呂上がりの美波って、なんかこう……凄く色っぽいよなぁ……。

 

 

 

          ☆

 

 

 

「うぐっ……!」

 

 脱衣所で僕は独り呻き声をあげていた。シャツを脱ごうと腕を上げたら右腕に鈍い痛みが走ったのだ。何事かとその腕を見てみると、二の腕に白い布が巻き付けられていた。

 

 あぁ、そうか。そういえば昼間の戦いで魔獣にやられたんだった。それでクレアさんに治療帯を巻いてもらったんだっけ。そういえばクレアさん、綺麗な人だったなぁ……。

 

 そんなことを思いながら治療帯をシュルシュルと外していく。すると腕には紫色の大きなアザが広がっていた。こんな状態になっていたのか。これじゃ治るのに1週間くらい掛かりそうだな。でも重い物を持ったりしなければ生活に支障は無さそうだ。当面試獣装着することも無いだろうし。さ、風呂に入って汗を流してしまおう。と僕は衣類を脱ぎ捨て、浴室に入る。

 

「おぉ?」

 

 入ってみてちょっと驚いた。僕の家の浴室は確か3メートル四方くらいなので、2畳くらい。それに対してここは6畳くらいの広さがあった。床や壁はタイルの代わりに表面がつるつるの石を使っているようだ。いや、これは石を平らに磨いたものか。シャワーの前には白いボトルが2個置かれている。片方がボディソープで、もう片方がシャンプーのようだ。

 

 僕の家にもこんな広い風呂場があればいいなぁ。などと思いながら椅子に座り、蛇口を捻る。銀色の(くだ)からはもちろんお湯が出てくる。これは魔石で動く”瞬間湯沸かし器”のようなもので暖められた水だ。こうした生活の知識はすべてラドンの町のルミナさんに教わった。彼女のおかげで僕はこうして戸惑うことなく生活することができるのだ。

 

 マルコさんとルミナさん、元気かな……。この世界で最初に知り合った2人を思いながら体を洗う僕。しかし、

 

「いっ――――つつぅ……」

 

 ほとんど違和感は無いのだけど、腕を上げるとたまに右腕に痛みが走る。でもこの程度の傷で済んでいるのが未だに信じられないな……。身体が空高く飛ばされるほどの強烈な一撃を受けたというのに……。召喚獣の力って思っていた以上に凄いものだったんだな。

 

「ふぅ……」

 

 僕は湯船に浸かり、ホッとひと息ついた。程よい暖かさのお湯が全身の疲れを癒してくれる。

 

 ……

 

 それにしても美波はどうしてあんなに一緒に寝たがるんだろう……。美波はそれで落ち着いて寝られるんだろうか。僕はドキドキソワソワしてしまって、ちっとも眠れないというのに。美波は僕に触れてもドキドキしないんだろうか。そんなこと無いよね……? 手を繋ぐと凄く幸せそうな顔をするし……。

 

 そういえば以前の美波はよく僕の肩に触れたり首に腕を絡めたりしてたっけ。そのままヘッドロックされたり、卍固めに展開したり腕ひしぎ逆十字になったりしたけど。あれは僕の無神経なところが原因なことが多かったんだろうけどね。でも今思うと、美波って女の子にしては珍しくよく触れてくる子だったんだな。

 

 ……待てよ? もしかして美波は以前のような触れ合いを望んでいるのか? 付き合い始めてからは関節技を()められることもほとんどない。毎日のように手を繋いではいるけど、それ以外は傍にいても触れることはあまりない。もちろん恥ずかしいからだけど、清水さんやFFF団を挑発することにもなるから。でもどうなんだろう。美波は以前のような触れ合いを求めているんだろうか?

 

 う~ん……分かんないなぁ……。こんなこと聞くわけにもいかないしなぁ……。うぅ~ん……僕は……どうすれば…………。

 

 ………………

 …………

 ……

 

「ゴボオゴボゴボゴボ……」

 

 !?

 

「ぶはぁっっ!!」

 

 なっ!? なんだ!?

 

「げほっ! げほっ! げほっ! はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」

 

 し、死ぬかと思った……。うぅ……鼻からお湯を飲んでしまった……気持ち悪い……。

 

 そ、そうか、湯船の中で寝てしまって顔がお湯に浸かってしまったのか。危なかった……もうちょっとで溺れ死ぬところだった……。こんなところで溺れたりしたら最悪だ。救急隊の人に全裸を見られてしまう。そんなことになれば一生トラウマだ。また寝てしまう前に出よう……。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 僕は風呂から上がり、買ってきた寝巻を頭から(かぶ)る。丈は結構長く、くるぶしのちょっと上くらいまでの長さがあった。こういう服は簡単に着られていいね。サイズもちょうどいい感じだ。

 

「ふぁ……ぁあ……」

 

 廊下を歩きながら大欠伸(あくび)をしてしまった。今日は疲れたなぁ……。この家は周りも静かだし、ベッドの質も良さそうだ。今日はゆっくり休んで明日に備えよう。ところで美波はもう寝たかな? ちょっと見てくるか。

 

 廊下を歩いて行くと、彼女の部屋の扉が開いているのが見えた。まだ起きているようだ。

 

 ――トントン

 

「美波? まだ起きてるの?」

 

 僕は開いたままの扉をノックし、声を掛ける。

 

「あ、アキ。もう寝ようかなって思ってたところよ」

 

 美波は髪にブラシを通していたようで、化粧台の椅子に座っていた。髪を下ろした姿はこの世界に来てからずっと見ているのだけど、やはり少し違和感がある。って、そうだ! リボン!

 

「ちょっと待ってて! ひとつ忘れてたことがあるんだ!」

「? うん」

 

 僕は隣の部屋に置いてあったリボンを取り、再び美波の部屋へと駆け戻る。まったく、どこまで忘れっぽいんだ僕は。

 

「お待たせ。実はさっき帰りにこれも買って来たんだ」

「えっ? これって、リボン?」

「うん。この世界に来てからずっと髪を下ろしたままだよね。だからこれが欲しいんじゃないかなって思ってさ」

「これ……貰っていいの?」

「もちろんさ。だって美波のために買ってきたんだから」

 

 僕がそう言ってリボンを差し出すと、彼女は両手で掬い取るように受け取ってくれた。

 

「……ウチがいつも使ってるのに良く似てる」

 

 美波はリボンを指でなぞり、手ざわりを確認している。うっとりとその布切れを見つめる瞳は、まさに”恍惚(こうこつ)”としていた。

 

「少し橙色の線が入ってるけど……どうかな」

「……ぜんぜん問題ないわ」

「そっか、良かった」

 

 買ってきて良かったな。これで明日からはいつも通りのポニーテールを見せてくれるだろう。ん……? でも待てよ? 今更だけど、もしかしてこれってただの自己満足なのかな。結局、僕が美波のポニーテールを見たいだけって気もする。だとしたら僕の趣味を美波に強要してるってことになるんじゃないのか?

 

「あのさ美波、もし気に入らなかったら無理に使わなくてもいいよ?」

「えっ? どうして?」

「いや、だって僕が勝手に買ってきただけで、美波の望んでいるかも考えてなかったから……」

「……ふ~ん。そうなの」

 

 う……やっぱり怒ってるのかな。

 

「ご、ゴメン……」

「もう寝ましょ。ほらアンタも自分の部屋に戻りなさい」

 

 美波はそう言って僕の両肩をガッと掴み、無理やり身体を180度反転させる。そして僕は背中を押され、部屋から追い出されてしまった。これは怒っている印だろう。失敗したなぁ……要るかどうかちゃんと聞いてからにすれば良かった。

 

「アキ」

「……ん?」

「これが返事よ」

 

 部屋の外まで追い出された後、美波はそう言って僕の左腕をぐいっと強く引いた。

 

「……おやすみアキ。明日は頑張ろうね」

「う、うん」

 

 パタンと扉が閉まり、僕は独り廊下に取り残される。

 

 …………

 

 頬にキスをして”これが返事”って、どういう意味なんだ? 許してくれたと思っていいんだろうか。う~ん……よく分かんないや……。

 

 まぁいいか。僕も寝よう。

 


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