バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第二十四話 僕と美波と夢のマイホーム

 僕らはあるホテルの主人から家を借りることになった。今は貰った案内図を頼りにその家に向かっているところだ。しかし家を借りただけなので、当然食事は自分たちで用意しなくてはならない。そこで美波と相談した結果、商店街で食材を買うことになった。

 

「ねぇアキ、何が食べたい?」

 

 商店街を歩きながら美波が尋ねてくる。今夜の献立を考えているのだろう。

 

「そうだなぁ……」

 

 そういえば今日は朝に美波が持ってきてくれた料理を貰ってから何も食べてないんだっけ。思い出したら急にお腹が空いてきたな……。今日はだいぶ体力も消耗したし、今夜は肉を食べたい気分だ。

 

「僕は肉がいいかな。って……もしかして美波が作ってくれるの?」

「えぇそうよ。だってアンタは腕を怪我してるじゃない」

「ん? あぁこれ? 大丈夫だよ。右腕だし。知ってるだろ? 僕の利き手は左なんだ」

「知ってるわよ。でも今日はウチに任せて。両手が使えないとお料理もしづらいでしょ?」

「それはそうなんだけど……でも美波だって疲れてるんじゃないの?」

「いいからそんなこと気にしないでウチに任せなさいっ!」

 

 美波が僕をキッと睨みながら言う。こういう時の美波には逆らわない方がいいだろう。それに片腕に傷を負っている今、料理しづらいのも確かだ。

 

「分かったよ。それじゃ今夜は頼むね」

「任せておいてっ! それでアキは肉ならなんでもいいの?」

「うん。特にこだわりは無いよ」

「じゃあウチが献立考えるわね。えっと、それじゃあ……まずあのお店!」

「わわっ! 急に走らないでよ!」

 

 美波は僕の手を引き、肉屋へと走っていく。そしてパパッと買い物を済ませると、今度は八百屋へと僕を引っ張っていった。こうしてあっちだこっちだと僕を引っ張り回し、彼女は次々に食材を買い集めていく。結局ミルクや野菜などを含めて3日分の食材を買い揃えてしまった。これ、絶対に楽しんでるよね……。

 

「はい、これもお願いね」

「ちょっと待ってよ美波、もうこれ以上持てないよ?」

 

 僕は既に両手に買い物袋を持ち、手が塞がってしまっている。これ以上どこに持てというのだ? まさか口に咥えろとでも言うつもりだろうか。

 

「リュックに入るでしょ? 入れちゃうわね」

「えぇ~……」

「ちょっとじっとしてて」

 

 彼女は僕のリュックに次々と食材を詰め込んでいく。僕の意見は求めていないらしい。っていうかさ、腕の怪我を心配してくれたんじゃなかったっけ? まぁこれくらいの重さなら痛みは無いんだけどさ。

 

「……っと、これでよしっと」

 

 僕は両手に食材の袋を持ち、リュックに大根を斜め挿しした変なスタイルにされてしまった。う~ん……ダイコンを背負って歩くのってなんだかかっこ悪いなぁ。どうせ背負うなら大きな剣とかの方が良かったのにな。ウォーレンさんが持ってたやつみたいなヤツがさ。

 

「さ、行くわよアキ」

「へ~い」

 

 ひとしきり食材を買い集めた僕らは借りた家……こういうのも借家というのだろうか。その家に向かって再び歩き出した。

 

 

 ――そして歩くこと30分。

 

 

 意外に距離があったが、貰った地図通りに歩いていくと目的の家はすぐに見つかった。そこは商店街から少し離れた静かな住宅街で、洒落たレンガ造りの一軒家であった。

 

「ここだね」

「そうみたいね」

「じゃあ開けるよ」

「うん」

 

 僕は預かった鍵を差し込んで扉を開ける。すると木製の扉はすんなり開いた。早速僕たちは中に入ってみる。

 

「おじゃましま~す……」

「アキったら律義ね。誰もいないわよ?」

「あ、そうか」

「ふふ……」

 

 玄関を入ると左側に扉が1つと、廊下の突き当たりにも扉が1つ見えた。更に突き当たりには左側に入る通路があり、廊下はその奥に続いているようだった。右側の窓からは月明かりが差し込んでいて、神秘的な雰囲気を醸し出している。僕らはとりあえず玄関から上がり、廊下を進む。そして左手の扉を開いて中の様子を見てみた。

 

「……真っ暗だね」

「ちょっと待って。今明かりを点けるわ」

 

 美波は壁に取り付けられた魔石照明に火を入れる。すると柔らかい光が天井から降り注ぎ、僕たちに部屋の中の様子を見せてくれた。

 

 4人が座れそうなくらいの大きな茶色いソファ。

 足の細い木製のテーブル。

 床に敷かれた赤茶色のじゅうたん。

 茶褐色のレンガで作られた小さな暖炉。

 

 そこはリビングルームだった。家具類はホコリをかぶった様子もなく、掃除の必要も無いくらいに綺麗だった。

 

「わぁ~っ! とってもおしゃれで素敵な部屋ね!」

 

 美波は目を輝かせていて、感激しているようだ。

 

「あ、奥はキッチンなのね!」

 

 美波はそう言ってトトッと奥の部屋へと駆けて行ってしまった。そんな彼女を見ていると僕の胸はドキドキと大きく脈を打ち始めてしまう。美波のこういう所って、可愛いよな……。

 

『ねぇねぇアキっ! 包丁や食器もあるわよ! これならすぐにお料理もできそうよ!』

 

 奥の部屋で美波が声を踊らせて(はしゃ)ぐ。

 

『他の部屋はどうなってるのかしら? ちょっと見てくるわねっ!』

 

 そして彼女はスキップするように奥の部屋の右の扉から出て行く。美波はとっても楽しそうだ。あんな姿を見せられると僕も嬉しくなってきちゃうな。さて、僕も他の部屋を見てこよう。

 

 

 ――そして家の中を見て回ること数分。

 

 

 さっきの廊下の突き当たりにあった扉はトイレで、その隣には風呂場があった。更にその隣には洋室が2部屋あり、部屋と呼べるのはリビングを合わせて3つだった。つまり僕らの世界で言うところの2LDKに相当する。2人で暮らすには十分な広さだ。

 

「いい家ね。ウチ、気に入っちゃった」

「そっか。それは良かった。それじゃ僕は王様にこの家のことを伝えてくるよ」

「じゃあウチは夕食の準備をしておくわね」

「うん。頼むよ」

「任せてっ! でも早く帰ってきてね。お料理が冷めちゃうから」

「分かってるよ。それじゃ行ってくる」

「行ってらっしゃい」

 

 僕が玄関を出ると、辺りは既に暗かった。町角では松明(たいまつ)のような照明が道を明るく照らしてくれている。こんな人気(ひとけ)の少ない地域にも灯を灯してくれるのか。さすが王宮都市だ。

 

 ……

 

 それにしても「行ってらっしゃい」……か。なんかいい響きだな。よし、急いで王様に伝えに行こう。家で美波が待ってるんだから!

 

 僕は小走りに王宮へと向かった。

 

 

 

          ☆

 

 

 

「ありゃ? 閉まってる?」

 

 王宮に着くと門は既に閉まっていた。ただ、その門の前には4人の兵士の姿があった。入れるのかどうか、あの人たちに聞いてみるか。早速彼らの元へと行き、紹介状を見せて兵士たちに尋ねてみた。

 

「王様からこれを頂いた吉井です。王様にご報告することがあるんですが、いらっしゃいますか?」

「陛下は既にご就寝されておられる。また明日(まい)られよ」

「そうですか……」

 

 やっぱりこの世界の人って寝るのが早いんだな。仕方ない。明日また来ることにしよう。

 

「分かりました。また明日来ます」

「うむ。気をつけて帰られよ」

 

 僕は王宮を離れ、再び借りた家への帰路へ就く。そして商店街に入り、次々に閉められていく店の合間を歩く。

 

 ハァ……もうちょっと早く泊まり先が見つかっていればなぁ……。報告に行ったのにこれじゃ完全に無駄足だ。言うなれば任務失敗なわけだし、このまま手ぶらで帰るってのも悔しいな。

 

 名誉挽回というわけでもないが、何か無いかと僕は周囲に目を配る。この辺りは商店街。照明の消えている店も多いが、まだ開いている店もいくつかある。

 

 ……そういえばさっき食材は買ったけど、それ以外については何も買わなかったな。それなら何か生活に必要そうな物でも買って行こうかな。そう思い立ち、まだ開いている店を見て回る。しかし食品系の店はもうほとんど閉まっていて、開いているのは生活用品の店や武具の店、それに魔石加工商くらいだった。そんな中、僕はひとつの店に目を付けた。

 

「衣料品の店か」

 

 そういえば今までは寝る時もずっと制服のままだった。ブレザーとズボンはシワになるから脱いでシャツとパンツだけになっていたけどね。でもよく考えたらこのままじゃシャツが傷んでしまう。かと言ってパンツ一丁では少々寒い。とりあえず寝巻(ねまき)くらいは用意しないといけないな。ちょっとあの店を見てみよう。

 

 僕は早速その店に入ってみた。店内は意外に広かった。しかし様々な服が所狭しと並べられ、むしろ狭いと感じてしまう。凄い量だな……。これじゃどこに何があるのか――――

 

「いらっしゃい。何かお探しかな?」

「う、うわぁぁーーっ!?」

「ぎゃぁぁーーっ!?」

 

 思わず飛び上がって驚いてしまった。突然に衣類の合間からニュッと顔が現れ、話掛けてきたからだ。しかし僕が叫ぶのと同時にその顔も大きな声で悲鳴をあげていたのが謎だ。

 

「なっ、なんだね君は! 急に大声を出して! びっくりするじゃないか!」

「それはこっちの台詞ですよ! 急に変な所から顔を出すからびっくりしたじゃないですか!」

「ん? ……おぉ、そうか! そいつは悪かった! はっはっはっ!」

「あぁびっくりしたぁ……」

 

 相手は白髪交じりの黒い髪をした五分刈りのおじさん。この店の店長らしい。その顔立ちは今まで会ってきたどの人よりも日本人に近かった。だから僕に対して親近感を持ったのだろうか。このおじさんは話し始めると妙に馴れ馴れしくなってきて、あれやこれやと商品を勧めてくるようになったのだ。

 

「えっと……すみません、僕、寝巻を探しに来ただけなんですけど……」

「うん? なんだ、それを早く言ってくれ。寝巻はこっちだよ」

 

 僕が話す前に一方的にマシンガンのように話してきたのはそっちじゃないか。などと多少反感を持ちながらもおじさんについていく。

 

「この辺りが寝巻の類いだよ」

 

 案内してくれたのは店の端の方。確かに寝巻の類いが飾られていたのだけど、その数、ざっと見て50種類。こ、この中から選べって言うのか……。

 

「こんなのはどうだい?」

 

 僕が戸惑っていると、おじさんはまた服を手に取って勧めてきた。手にしているのは赤いドレス風のゴージャスな服。とても寝巻とは思えない。それにどう見ても女物だ。

 

「そんな派手なのはちょっと……」

「じゃあこれは?」

 

 次に見せられたのはキラキラしたピンク色の可愛らしい服。シルク製だろうか。っていうかこれも女物だよね?

 

「あ、あの、そういうのじゃなくて……」

「ふむ。それじゃ――――こんなのはどうだい?」

「ぶっ!?」

 

 そう言っておじさんが広げて見せたのは、透け透けのネグリジェ。

 

「ちょっと待って! どうして女物ばかり勧めるの!?」

「うん? だって奥さんの寝巻を探しに来たんだろう?」

 

 お、奥さァん!?

 

「ち、違いますよ! 僕のです! 僕の寝巻がほしいんです! 奥さんなんていません!」

「なんだ君のか。それじゃここら辺のから適当に選びな」

 

 急に態度が冷たくなるおじさん。何なんだ、この変わりよう。女物以外には興味無いのか? 変なおじさんだなぁ。でもこれでやっとゆっくり選べるな。どれどれ……。

 

 僕は大量に並べてある服をじっくりと眺める。そんなに派手じゃないのがいいな。それから値段も安めのやつで。でも男物って4種類しかないんだな。これじゃ選択の余地は無さそうだ。

 

「よし、これにしよう」

 

 選んだのは地味な萌黄色(もえぎいろ)の頭からすっぽりかぶるタイプの服。そしてカウンターへと持っていこうと身体を反転させた時、大事なことに気付いた。そういえば美波もガラムバーグを手ぶらで出てるから、寝巻なんて持ってないはずだ。このままじゃ美波は今までの僕と同じ格好で寝ることに……。

 

 ――脳裏に美波のあられもない姿が思い浮かんだ。

 

 だっ……! ダメだダメだっ! と鼻血を吹きそうになるのを必死に抑え、頭をブンブン振ってイメージをかき消す。よし、美波の分も買って帰ろう!

 

 と意気込んで婦人物のエリアに目を向けると、今度はめまいがしてきた。しゅ、種類が多すぎるんだよ……。だからと言ってさっき店の主人が勧めてきたような服はダメだ。あんなのを買って帰ったら美波に殺されてしまう。もう僕と同じヤツでいいか。ひと回り小さいのなら美波にちょうど合うはずだ。

 

 僕は同じ萌黄色の寝巻をもう1着手に取り、カウンターでつまらなそうに頬杖をついているおじさんの元へと向かう。萌黄色とはいわゆる抹茶のような緑色。美波もこの色は好きだったはずだ。

 

「やっと決まったか。まったく、閉店間際なんだからさっさとしてくれよな」

「す、すいません……」

 

 なんで僕、怒られてるんだろう……。と思ったその時、カウンターの脇に並べられている雑貨に目が行った。これは……鮮やかな黄色い……リボン? そういえば美波はこの世界に来てからずっとリボンを着けていない。確かなくしたって言ってたな。

 

 ……髪を下ろしたスタイルも悪くないけど、やっぱり僕はポニーテールの美波が好きだ。よし、これも買っていこう。両脇に橙色のラインが入っていて美波がいつも着けていた物とは少し違うけど、きっと”いらない”とは言わないだろう。

 

「おじさん、これもお願いします」

「うん? なんだ、やっぱり奥さんがいるんじゃないか」

「あ……いや、だ、だから奥さんとかじゃなくて……」

「はははっ! 照れなくたっていいじゃないか!」

 

 だから本当に奥さんじゃないんだってば。少なくとも今はまだ……。

 

「はいよっ、合わせて5600ジンだ」

「あ、はい」

 

 僕はポケットに入れておいた紙幣を取り出し、代金を支払う。

 

「今度は奥さんも一緒に連れてきてくれよな!」

 

 おじさんはそう言って怖いくらいに上機嫌に僕を送り出してくれる。だから違うんだってば……。そう言いたかったが、もはや反論する気も()せ、僕は何も言わず店を出た。

 

「ホント、変わったおじさんだったな……」

 

 と呟きながら振り返り、改めて店の看板を見てようやく気付いた。

 

 〔レディースウェア〕

 

 看板にはこう書かれていた。なんてこった。僕は女性用衣料品の店に入っていたのか。そりゃ女物ばかり勧めるのは当然だよね。おじさんに悪いことしちゃったな……。

 

 そう思いながら看板を見ていると、店内の灯が消えてしまった。今日はもう閉店のようだ。もしまた来ることがあれば謝っておこうかな。

 

 僕は寝巻を入れた手さげ袋を「よいしょっ」と背負い、帰路を急いだ。

 


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