バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第二十三話 宿を探して

 僕たちはレナード王の紹介状を受け取り、王宮を出てきた。紹介状といっても普通の紙に手書きで文字が書かれているだけだった。王様の出すものだから派手な模様が描かれているものを想像していたけど、意外にシンプルだ。まぁ地味であっても王様の紹介状には変わりないけどね。

 

「それじゃ王様、お世話になりました」

 

 美波がペコリとお辞儀をして礼を言う。おっと、僕もちゃんと挨拶しなくちゃ。

 

「紹介状まで頂いて、ありがとうございました!」

 

 僕も慌てて頭を下げる。なんかこの世界に来てから大人とばかり話をしている気がするな。雄二たちとバカ騒ぎをしていた頃が懐かしく思えてくる。

 

「礼を言うのは儂の方じゃ。息子たちの件、感謝する。何かあれば気軽に来るがよいぞ。あぁ、じゃがここに来ても儂はおらぬかもしれん。最近は研究室に入り浸っておるからな! ハッハッハッ!」

 

 王様は腰に手を当てて胸を張り、大笑いする。なるほど、ルミナさんが言っていた”変わった趣味”というのはコレのことか。きっと魔石研究が大好きなんだろうな。でもこういう王様も面白いな。王様っぽくなくてさ。

 

「陛下、少しは国王としての仕事をしていただきませんと……」

 

 王様の横に立っていた銀縁眼鏡をかけた久保君風の男が呆れ顔で言う。この人はさっきの部屋でも王様の横に立っていた。恐らく側近のうちの1人なのだろう。しかしこの疲れ果てたような表情。察するに、王様は昔からずっとこんな調子で困っているのだろう。ちょっと気の毒な気もするけど、僕が口出しできるようなことじゃないからなぁ……。

 

「なに、ここにはお主のような優秀な大臣がおるから安心じゃよ。頼りにしておるぞ?」

「またそのようなことを……そう言ってまた我々にすべてを押しつけるつもりなのでしょう?」

「ハッハッハッ! バレたか」

「ハァ……お(たわむ)れもほどほどにしてくださいませ陛下。どうしても我々では陛下の代りができない場合もあるのですよ」

「分かっておるわい。いざという時は本気を出すから安心せい」

「毎回そう(おっしゃ)いますが、私は陛下が本気を出すのを見たことがないのですよ」

「まぁそういうことじゃ。ヨシイよ、宿が決まったら連絡してくれるか? 情報が入り次第伝えに行くによってな」

「へっ? あ、はい。分かりました」

 

 唐突に話題が戻ってきてビックリした。大臣さんの話は放っておいていいんだろうか……。

 

「それじゃ失礼します」

 

 と回れ右したところで気付いた。

 

「あれ? ムッツリーニは行かないの?」

「…………俺はここに残って情報収集を続ける」

「そっか、分かった。じゃあ僕らの方で何か分かったら連絡するよ」

「…………うむ」

 

 こうして僕たちは王宮を後にした。さて。それじゃまずは今夜の宿を探そう。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 町に出ると周囲の建物は橙色に染まり始めていた。日が暮れ始めて夕日が差し込んできているのだ。でも暗くなるまでまだ少し時間がありそうだ。それなら宿を探す前に手に入れた魔石を売っておこうかな。

 

「とりあえず魔石を売りに行こうか」

「そうね。ウチも魔石加工商っていうのを見てみたいわ」

「じゃ、決まりだね」

 

 早速僕らは数ある店の中から魔石加工商を探し出し、魔石を見てもらった。どうやら魔石は砕けていても買い取ってくれるらしい。というのも、そもそも魔石はほとんどの場合において砕いて使うからだそうだ。しかし砕く手間が省けたからといって高く買ってくれるわけではないらしい。残念ではあるが、売り渋って加工前の魔石を持っていても僕らには何の役にも立たない。結局持っている魔石すべてをこの店で売り払うことにした。

 

 ところが売ってみて驚いた。なんと最初に猿の魔獣を倒した時の稼ぎの2倍もの金額になったのだ。これにより現在の所持金は約30万ジン。これだけあれば当面お金に困ることはないだろう。

 

「なんか凄いお金持ちになっちゃったわね」

「う、うん。でもいいのかな、こんなに……」

 

 貧乏生活に慣れてしまっているせいか、大金を手にすると手が震えてしまう。情けない話だ。

 

「いいのよ。これはウチらの報酬なんだから」

「そっ、そうだよね。うん。ありがたく貰っておこう」

「あ、でも沢山あるからって無駄遣いはさせないわよ?」

「ほぇ?」

「これからウチらは一緒に生活していくんだからね。お金は大切にしなくちゃ」

「え……い、一緒に?」

「だってそうでしょ? 元の世界に戻る方法が見つかるまではウチらだって生活しなくちゃいけないんだから。別々に暮らすなんて非効率だわ」

「そっ……そう……だね……」

 

 そうか……今まで全然気にしてなかった……。

 

 僕らはこの世界で各自の家を持っているわけじゃない。でも元の世界に戻るまではこの世界で生活する必要があって、それには()(しょく)(じゅう)が必要だ。この中で最もお金が掛かるのは”住”だが、王様からの紹介状があるから問題ないだろう。”()”や”(しょく)”についても先程得たお金があれば当面は大丈夫だと思う。とはいえ、僕らは決まった職に就いているわけではない。つまり無収入だ。だからお金はできるだけ節約しなくちゃいけない。

 

 節約するには共同生活をするのが一番であって……じゃ、じゃあ宿の部屋も1つ……とか……? ムッツリーニは王宮に寝泊まりすると言っていたから……だからそれはつまり……。

 

 

 ―――― 美波と2人暮らし ――――

 

 

 と、いうこと……だよね……。

 

「まぁこの世界にはアンタの好きなゲームや漫画は無いみたいだし、無駄遣いの心配はいらないかしらね」

「う、うん、そそそうだねっ!」

「? 何を狼狽(うろた)えてるのよ。まさかアンタもう無駄遣いしちゃったの!?」

「い、いや! してない! してないよ!」

「そう? それならいいんだけど。でもこれからはウチがちゃんと管理するからねっ」

 

 なんだか美波がやけに嬉しそうだ。でも僕は意識しすぎちゃって緊張で身体がガチガチだ。今までも美波とは一緒に遊んだりお互いの家に泊まったりしたことはあった。元旦の初詣の時は僕たちの未来像を想像したりもした。でも、この時ほど”一緒に暮らす”ということを強く意識したことは無かったのだ。

 

 そんな僕の心持ちを知ってか知らずか、美波は僕の腕をぎゅっと強く掴み、あっちだこっちだと街中を駆けずり回り、引っ張り回す。探しているのは一時の宿なわけだが、彼女の笑顔はまるでショッピングデートでもしているかのようだった。

 

 しかしこうしてあちこちの宿を見て回ってみたものの、結果はどこも満室だった。さすが王宮都市。各地から訪れる人も多く、どこの宿も常に繁盛しているらしい。商売繁盛は結構なことだが、このままでは今夜の宿が無い。かといって今さら王宮に戻って泊めてもらうわけにもいかない。

 

「見つからないね」

「こんなにどこも満員だなんて思わなかったわ」

「どうしようか。このままじゃ野宿になっちゃいそうだけど……」

「さすがに野宿は辛いわね……。やっぱり王様の所に泊めさせてもらうしかないかしら」

「自分でなんとかするなんて言っちゃったからちょっと言い辛いよねぇ……」

「仕方ないわよ。こういうのを”背に腹は変えられない”って言うんでしょ?」

「まぁ、そうなんだけどさ」

 

 でもかっこ悪いなぁ。出来ることなら自力で宿を見つけたい。ん? あそこにホテルがもう一軒あるみたいだ。よし、行ってみよう。

 

「あそこでダメだったら王様にお願いすることにしようか」

「そうね。もう日が暮れてきちゃってるし、そうしましょ」

 

 僕たちは最後の望みを託してホテルの受付へと入る。

 

「あのー! すみませーん! 部屋をお借りしたいんですけど!」

 

 受付に誰もいなかったので大声で呼んでみた。すると奥から顎髭を生やした丸顔のおじさんが出てきた。

 

「お客さんかい? すまないね。今日は満室なんだよ」

「そうですか……」

 

 このホテルも満員か。さすが大都市だなぁ……。これで最後の望みも断たれたか。

 

「仕方ないね。行こう美波」

「せっかく王様からこれを貰ったのに残念ね……」

 

 美波は手にした1枚の紙に目を落として呟く。それはレナード王から貰った紹介状だった。

 

「きっとタイミングが悪かったんだよ。さ、日が暮れる前に王宮に行こう」

「そうね」

 

 僕たちは諦めてホテルを出ようとした。すると、

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ君たち!」

 

 と、おじさんが慌てた様子で僕らを引き止めた。

 

「はい? 何でしょう?」

「それを良く見せてくれないか」

「それ?」

「ほら、そっちの子が持ってる紙だよ」

 

 どうやら美波が持っている紹介状のことのようだ。

 

「これですか? はい、どうぞ」

 

 美波は不思議そうな顔をしながら紙を渡す。するとそれを見たおじさんはワナワナと手を震わせ、顔を真っ青にして冷や汗を滴らし始めた。何か凄いことでも書いてあるんだろうか? さっき見た時は”この者は我がハルニア王国の重要な客人である”という文字と、王様のサインくらいしか書かれていなかったけど……。

 

「その紹介状がどうかしたんですか?」

 

 疑問に思った僕は理由を尋ねてみた。するとおじさんはブルブルと全身を震わせながら尋ね返してきた。

 

「ど……どうしたもこうしたも……き、君たち、これを一体どうやって手に入れたんだ……?」

「どうやってって言われても……王宮で王様から直接?」

「なっ!? なんだってえぇぇぇっ!?」

 

 おじさんは両手をあげて大げさに驚く。そんなに驚くことなのかな。

 

「たっっ……大変なご無礼を!! なにとぞご容赦ください!!」

 

 今度は頭を下げてペコペコと謝り始めてしまった。それはもう立位体前屈でもするかのように深々と。

 

「えと、おじさん、そんなに謝らないでください。僕らただの旅の者ですから……」

「そうはいかないよ! 国のお客様なんてこの店始まって以来のことなんだから! あぁっ! でも今さら入れてしまったお客を追い出すわけにもいかないし、どど、どーしたらいいんだぁぁっ!!」

 

 ホテルのおじさんは大騒ぎしながら頭を抱え込んでしまった。わけが分からない。一体何が大変だと言うのだ……。

 

「あの……おじさん、どういうことなのか教えていただけますか?」

 

 美波が心配そうにおじさんに声を掛ける。

 

「お? お、おぉ……すまない。取り乱してしまった……」

 

 落ち着きを取り戻したおじさんは、この紹介状が如何に貴重なものであるかを教えてくれた。興奮気味に早口で色々と言われたので覚えきれなかったが、これは国賓(こくひん)――つまり国のお客様を意味するものなんだそうだ。

 

「う~ん……そう言われてもピンと来ないなぁ」

「とにかく君たちに何かあったら私は国賊として処罰されてしまうんだよ!」

「そ、そうなんですか……」

 

 なんか大げさな気がする。あの王様なら処罰なんてしないと思うけどな。

 

「あぁっ、でもどうしよう……今()いている部屋は無いし、かといって私の家をお貸しするのも失礼だし……」

「えっ? ()いてる家があるんですか?」

「ん? あぁ、そうだよお嬢さん。でも元々私が住んでいた家で王家のお客様にお貸しできるような立派なものでは――――」

「それを貸してくださいっ!!」

 

「「はい?」」

 

 いきなりの美波の発言に、おじさんと僕の驚きが重なる。

 

「だから、()いてる家があるんですよね? それでいいので貸してほしいんです」

「え……し、しかしだね」

「いいからっ!」

 

 今度は美波が興奮してしまっている。確かに家なら生活するには最適な宿だけど……。でもそんなもの借りちゃっていいのかな。

 

「わ、分かりました。そこまでおっしゃるのでしたらお貸しします……」

「やったねアキっ! これでウチらの住む所ができたわねっ!」

「う、うん」

 

 ちょ、ちょっと待てぇー……っ! これじゃ完全に同棲生活じゃないかぁー……っ!

 

「それでは鍵を持ってきますので少々お待ちください」

 

 おじさんは深々とお辞儀をすると、カウンターの奥へと消える。

 

「ね、ねぇ美波、美波はいいの? 僕と2人っきりで生活なんて……」

「えっ? だってしょうがないじゃない。他のホテルは満員だし、ここも部屋は()いてないって言うんだもの。だからウチだって仕方なく……」

 

 美波は仄かに頬を赤らめながら両手の指を合わせ、もじもじと通わせる。その嬉しそうな仕草はどう見ても”仕方なく”という感じがしない。確かに他に泊まる場所は無さそうだけど、それにしたって……う~ん……。

 

「お待たせしました。こちらになります」

 

 美波の言動に困惑していると、ホテルのおじさんが戻ってきて鍵を渡してくれた。その鍵は美波が受け取った。

 

「それからこれはここから家までの地図です。途中あまり目印がありませんのでご注意ください」

 

 おじさんはそう言って今度は僕に1枚の紙切れを渡してくれた。ここから少し離れた場所にあるようだ。

 

「ありがとうございます、おじさん。それでお家賃はおいくらになりますか?」

 

 王様の紹介状は宿についてのことだし、さすがに家を借りるとなれば通用しないよね。お金はあるから余程吹っ掛けられなければ大丈夫だと思うけど、あまり高くないといいなぁ。なんてことを思いながら尋ねると、良い意味で予想を裏切る答えが返ってきた。

 

「いえいえ! 国王陛下のお客様からお金なんていただけませんよ!」

「え……でも家を借りるのにタダというわけには……」

「気にせず自分の家と思ってお使いください」

「じ、自分の家……ですか……」

 

 自分の家……つまりマイホーム? まさかこの歳で自分の家を持つことになるなんて……。なんだか話がうますぎて怖いくらいだ……。

 

「アキ、おじさんもああ言ってるんだし、お言葉に甘えましょ」

「そ、そうだね。分かったよ。おじさん、ありがとうございます。それでいつまでお借りしていいですか?」

「私は既にこちらのホテルに移り住んでおりまして、当面家に戻る予定はないのです。ですのでどうぞいつまでもお気兼ねなくお使いください」

 

 つまり無期限で貸してくれるってこと? それは嬉しいけど、この世界に長居するつもりはないんだよね。

 

「分かりました。それじゃウチらが家を出る時は鍵を返しに来ますね」

「はい。あ、それとひとつだけお願いが……」

 

 やはり見返りを求めていたか。そりゃそうだよね。この世にタダほど高いものは無いって言うし。

 

「何でしょう? 僕にできることなら何でもしますよ」

「ではレナード陛下にお会いしましたら、今回の件はホテル”サンドロック”の”ニコラス”がお世話したとお伝えください」

「王様にそれを言えばいいんですか?」

「はい。そうです」

「分かりました」

 

「……」

「……」

 

 他にも要求があるのだろう。そう思って相手が口を開くのを待っていたのだが、丸顔のおじさんは手もみをしながらニコニコと笑顔を見せるだけだった。

 

「あ、あれ? それだけ?」

「? はい、それだけです」

「ホントにそれだけでいいの??」

「はい。それだけで十分です」

「????」

 

 言うだけでいいの? これにどんな意味があるんだろう? これでおじさんに利益があるんだろうか? まぁいいか。よく分からないけどおじさんの頼みなら断れないし、言うだけなら別にお金がかかるわけでもないし。

 

「分かりました。伝えておきますね。それじゃ僕たちはこれで」

「失礼します」

 

 僕らはもう一度ペコリと頭を下げ、ホテルを出る。

 

『よろしくお願いしますよ~っ!』

 

 出て行く僕らに向かっておじさんが大声で念押しする。そんなに王様に伝えてほしいのか。なんでだろう……?

 

「うーん……」

「どうしたのよ。珍しく考え込んじゃって」

「いや、今のおじさんの頼みの意味がわかんなくてさ」

「王様に言ってほしいって話?」

「うん。そんなことを王様に言ってどうなるんだろうって思ってさ」

「これはウチの想像なんだけどね、王様に自分のことを売り込みたいんじゃないかしら」

「売り込む?」

「王様ってこの国でいちばん偉い人よね?」

「うん。たぶん」

「たぶんじゃないわよ! いちばん偉いの!」

「う、うん」

「だからね、いちばん偉い人に自分のことを知ってもらったら国の偉い人たちにホテルを使ってもらえるようになって、そうしたらお店も有名になって繁盛するって考えてるんじゃないかしら」

「うーん……つまり商売のためってことなのか。大人の事情はよく分からないなぁ」

「ウチも想像で言ってるだけだから、違ってるかもしれないわよ」

「ま、いいか。泊まる場所を貸してくれたわけだし」

「そういうことね」

「そんじゃ行こうか」

 

 なんとなく意図を理解した僕は夜の街を歩き出した。

 

 それにしても美波と2人暮らしか……嬉しいような怖いような……このドキドキはどっちの気持ちなんだろう。

 


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