バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第二十二話 王の招待

 僕たちはレナード王の誘いに応じ、レオンドバーグの王宮に向かっている。レオンドバーグはハルニア王国の北西に位置し、レナード王が拠点としている町だ。王宮都市とも呼ばれているらしい。王宮都市へは馬車を飛ばしても2時間ほどかかるそうだ。その馬車の中、僕は金髪の女性に負傷した腕の手当てをしてもらっている。

 

「きつくありませんか?」

「えっ? あ、ハイ、大丈夫です」

「痛かったら言ってくださいね」

「はいっ! ありがとうございます!」

 

 この女性の名はクレアさん。年齢はよく分からないけど、30歳くらいだろうか。ショートカットに切りそろえた金色の髪に、吸い込まれそうなくらいに澄み切った藍色の瞳。鼻の頭にちょこんと乗せた小さな眼鏡が知性を感じさせる。

 

 それからマントを外して分かったのだけど……その……こ、この人、胸がとっても大きい……。体は美波と同じくらい細いのに……。

 

「リオン殿下の兵士たちから聞きましたよ。なんでも10メートルもの巨大な魔獣をお2人で倒されたそうですね。素晴らしいですわ」

「ほぇ? あ……い、いやぁ! たいしたことないですよ? あはははっ!」

 

 なんか綺麗な人だなぁ……。こんなお姉さんに誉められると嬉しくなっちゃうな。

 

(……なによ。アキったら綺麗な人を見るとすぐデレデレしちゃうんだから……)

 

「ん? 美波、何か言った?」

「何でもないっ!」

「?」

 

 美波は面白くなさそうに頬をぷぅっと膨らませる。変なの。なんで怒ってるんだろ。

 

「治療帯はこのまま明日の朝まで巻いていてくださいね」

「あ、はい。ありがとうございますクレアさん」

「シマダ様はどこかお怪我はありますか?」

「ありませんっ!」

 

 クレアさんが優しく聞いてくれているのに美波は怒鳴るように返事をする。やっぱり怒ってるよね。どうしたんだろ? もしかしてどこか怪我をしてるんだけど素直に「お願いします」と言えないのかな?

 

「美波、どこか痛いんじゃないの? 本当に大丈夫?」

「怪我なんてしてないって言ってるでしょっ!」

「わ、分かったよ。そんなに怒鳴らなくたっていいじゃないか……」

「ぷんぷんっ!」

 

 怪我はしてないのか。じゃあ一体何なんだろ? 美波ってたまにこんな風に怒るんだよなぁ……。女の子ってよく分かんないや。

 

「あらあら、どうやら(わたくし)は嫌われてしまったみたいですね。ウフフ……」

 

 こんな美波の失礼な態度にも関らず、クレアさんは口元に手を添えてクスクスと笑う。この人、容姿も素敵だけど心も広い人なんだな。うん? 治療帯? そういえば……。とサントリアで入手したアレを思い出し、リュックの中を(まさぐ)る。

 

「どうしたの? アキ」

「ちょっと思い出したことがあって…………」

 

 サントリアで入手したアレを思い出しリュックの中を(まさぐ)る。確かアレも……。

 

「あった!」

 

 リュックの中からバウムクーヘン状に巻かれた白い物体を取り出す。うん。色や布の感じも同じだし、クレアさんが腕に巻いてくれたのはこれと同じ物だ。

 

「あら? ヨシイ様も治療帯をお持ちでしたのね」

「そうみたいです」

「準備がよろしいのですね。ではもしまた怪我をするようなことがあればそれをお使いください。手当てが早ければ治りも早いですよ」

「ほぇ~……。そうなんですかぁ」

 

 なるほどね。治療帯はこういう時に使うのか。確かに魔獣の住むこの世界じゃこういった救急用具を持ち歩くのは当然かもしれないな。

 

「では後はシマダ様にお任せしますね。これ以上(わたくし)が傍にいるとシマダ様に叱られてしまいますから。ウフフ……」

「ふぇっ!? そ、そんな! ウチ、叱ったりなんてしませんよ!?」

「美波が叱るの?」

「そんなことしないって言ってるでしょっ!」

「?」

 

 何が何だかさっぱり分からない……。まぁいいや。

 

「ところでムッツリーニ、ひとつ聞いてもいい?」

「…………何だ」

 

 ちなみにムッツリーニは突然現れたわけではない。ただ黙っていただけで、ずっと一緒に乗っていたのだ。

 

「どうして王様と一緒に現れたの?」

「…………少し長くなる」

「うん。時間もあるし構わないよ」

 

 ムッツリーニは経緯を語ってくれた。

 

 レオンドバーグには”王宮情報局”なる組織がある。それを事前に知っていたムッツリーニは早速そこへ出向き、情報を求めたのだという。するとそこの局長が強く興味を示し、興奮して詳しい話を聞かせろと言ってきたそうだ。そこでムッツリーニが僕らの世界の話を聞かせると、局長はテレビゲームというものに強く関心を持ったらしい。そうして話しているうちに話題はいつの間にか僕の話になり、僕が戦争を止めようとしている話に至ったのだという。

 

 その局長というのがレナード王だったのだ。王様は情報局内にある”魔石研究室”の室長でもあるそうだ。今回の王子同士の紛争も研究に没頭していて気付かなかったらしい。そして話しているうちに意気投合した王様はムッツリーニを王直属の諜報員とし、共に紛争の場に現れたのだという。

 

「す、凄いわねアンタ……」

「ホントだよ……まさにサクセスストーリーじゃないか」

 

 なんともはや、凄いの一言だった。この世界でのムッツリーニは本当に輝いている。僕はこの時、こいつの適応力を心底羨ましいと思った。

 

「…………別に普通だ」

「いや普通じゃないって」

「そうよ。ウチなんてどうしていいか分かんなくて途方に暮れてたのよ?」

「そうだよ。僕だってここまで来るのに凄く苦労したのに」

「…………明久。貴様何を企んでいる」

「は? 企む?」

「…………褒め殺しか」

「褒め殺し? 何ソレ?」

「…………そうやって褒め上げて面倒なことを押し付けるつもりか」

「土屋ったら疑り深いわね。アキはそんなことしないわよ?」

「そうだよ。僕らはただ純粋に凄いと思っただけさ」

「…………そ……そうか」

 

 ムッツリーニは呟くように言うと、プイと顔を背け、仄かに頬を赤らめる。

 

「土屋? もしかして照れてるの?」

「…………そんなこてゃない」

 

 今、思いっきり噛んだよね。

 

「…………もう話し掛けるな」

 

 ムッツリーニは照れくさそうにマントを取り出すと、頭から被って顔を隠してしまった。

 

「ふふ……土屋も可愛い所あるじゃない」

「これで女装すれば完璧だよね」

「…………」

 

 マントで全身を覆い、座席の隅っこでうずくまるように座るムッツリーニ。もう僕らの言葉には何も反応しなかった。残念だ。もっと弄ってやりたかったのにな。

 

「ふぁ……あぁ……」

 

 ひとしきり話すと急に睡魔に襲われ、人目も(はばか)らずに大欠伸(おおあくび)をしてしまった。さすがに疲れたな。昨日からずっと走りっぱなしだったからなぁ……。

 

「眠いの? アキ」

「うん、ちょっと……」

「無理しない方がいいわよ? 少し眠ったら?」

「シマダ様の仰る通りですよヨシイ様。少しお休みになってください」

「うぅ……だ、大丈夫……です……」

 

 戦争が回避されてようやく落ち着いて美波と話ができるというのに、寝てなんかいられない。しかし僕の思いに反し、身体は疲労を隠せなかったようだ。

 

「治療帯は寝ている時の方が効果が高いのです。王都に到着しましたらお知らせしますので、どうかお休みくださいませ」

 

 クレアさんが優しく薦めてくれる。僕はその言葉を聞いた時は既に意識がもうろうとしていた。そしていつしか意識を失い、僕は深い眠りに落ちていった。

 

 

 

          ☆

 

 

 

「ヨシイ様、着きましたよ」

「う……ん……?」

 

 女の人の声で僕は目を覚ました。起してくれたのはクレアさんだった。どうやらレオンドバーグに到着したらしい。気付けば美波が僕の肩に頭を(もた)れかけ、一緒に寝ていた。

 

「美波。着いたってさ」

「んぅ……もうちょっとぉ~……」

 

 何がだ。

 

「ほら起きてよ美波。降りるよ」

 

 寝ぼける美波を起こし、僕たちは馬車を降りる。そこはとてつもなく大きな町だった。目の前にはドルムバーグやガラムバーグよりも大きな宮殿がドンと(そび)え立っている。

 

「ほぇぇ~……」

 

 僕はその様子を呆然と見上げる。

 

「ヨシイ様、シマダ様、陛下がお待ちです。こちらへどうぞ」

「あ、はい。行こう美波」

「うんっ」

 

 クレアさんの先導で宮殿内に入る僕たち。

 

「あれ? そういえばムッツリーニは?」

 

 気付けば一緒に馬車に乗っていたはずのあいつの姿がない。

 

「ムッツリーニ? ムッツリーニとは何ですか?」

 

 前を歩くクレアさんが問う。ムッツリーニとはあだ名だ。文月学園内では有名だが、この世界でその名前を知る者がいるわけがなかった。

 

「すみません。アキがわけの分からないことを言って。ムッツリーニっていうのは土屋のことなんです」

 

 すかさず美波がフォローを入れてくれる。だが、

 

「アキ?」

 

 と、クレアさんは再び疑問符を頭に浮かべる。

 

「あっ……す、すみません。アキっていうのは吉井のことでして……」

「なるほど。あなたたちはとても仲が良いのですね。ふふ……ツチヤ様なら既に中でお待ちですよ」

 

 気まずい雰囲気のまま、クレアさんの後をついて歩く僕たち。床には赤いじゅうたんが真っ直ぐに続き、その先に大きな銀色の扉が見えてきた。その扉の左右には槍を手にした兵士が1人ずつ立っている。リオン王子の城と同じ構成だ。

 

 クレアさんが扉の前まで来ると兵士たちはピッと敬礼し、扉を開ける。扉はキィ……と小さな音を立てて開いていく。その部屋の中央には巨人用かと思えるほど大きくて豪華な椅子があり、そこにレナード王が鎧姿のまま座っていた。クレアさんは部屋の中央まで歩いていくと(ひざまず)き、深々と頭を下げて言う。

 

「レナード陛下。ヨシイ様とシマダ様をご案内しました」

「うむ。ご苦労であった。下がってよいぞ」

「はっ。それでは失礼します」

 

 クレアさんは深く礼をすると静かに部屋を去って行った。僕と美波は片膝を突き、腰を下げて王様を敬う姿勢を作る。

 

「さて……」

 

 レナード王は一度コホンと咳払いをする。一国の王と面会するなんて初めてのことだ。ドキドキと心臓の鼓動が早くなってくる。どんな言葉を掛けてくるのだろう? 昼間の感じでは、やはり(ねぎら)いの言葉を掛けてくれるのだろうか。それとももっと高圧的に王様らしい発言が飛び出すのだろうか。そんな期待と不安の入り交じった感情を抑えながら待っていると、王様は僕の予想を完全に覆す言葉を投げ掛けてきた。

 

「よくぞ戻った勇者ヨシイよ! そなたが次のレベルになるには、あと2500の経験値が必要じゃ!」

 

 

 ………………………………

 

 

「……は?」

 

 えっ? 何? 勇者? 経験値? どういうこと? なんか別のゲームに迷い込んじゃった!? 突然の王の発言に混乱する僕。そんな僕を見て王様は”にぃっ”と笑みを浮かべると、

 

「こんな感じじゃな? ツチヤよ」

 

 と脇に目をやり、嬉しそうに呼び掛けた。その視線の先を見るとムッツリーニが真顔で、ぐっと親指を立てていた。

 

「やはりこの台詞、勇者を影で支える感じがかっこいいのう! ハッハッハッ!」

 

 レナード王が大きく口を開けて笑う。

 

「ね、ねぇアキ、何なのコレ……」

「う、うん。昔のゲームで王様がああやって次のレベルまでの必要経験値を教えてくれるのがあるんだよ。たぶんそれを真似してるんじゃないかな……」

「ふ~ん……あ、きっと土屋が教えたのね」

「あの様子だときっとそうだね」

「他に変なこと教えてなければいいんだけど……」

「あ、あはは……」

 

 美波の言う通りだ。盗聴とか盗撮とかはこの世界じゃできないだろうけどさ。

 

「それはさておき。ヨシイよ、今回は本当に世話になった。改めて礼を言わせてもらうぞ」

 

 急に真顔になって礼を言うレナード王。

 

「ふぇ? あ、いえ、どうも……」

 

 いきなり雰囲気が変わり、戸惑う僕。なんだか王様に振り回されてる気がする……。

 

「聞くところによると、そなたらは元の世界に帰る方法を探しているそうじゃな」

「はい、その通りです。どうやって来たのかも分からないんですけどね……」

「うむ。それもツチヤから聞いておる。それで各地からの情報が集まるこの町を訪れたとな」

 

 ムッツリーニは僕たちの目的を全て話しているようだ。それなら話は早い。

 

「王様、何か知りませんか? ワームホールとか次元転移装置とか、何でもいいんです」

 

 僕は(すが)るような気持ちで王に訴えかける。すると美波が耳打ちをしてきた。

 

(ちょっとアキ、そんなものを王様が知ってるわけがないじゃない。漫画の読み過ぎよ?)

(じゃあなんて説明するのさ)

(それは……その……ん~っと……)

 

 美波は困ったように言葉を詰まらせる。ほら、やっぱり他に説明しようがないじゃないか。

 

「何やら面白そうな名じゃな。しかし残念ながらそのような物は知らぬのじゃ」

 

 あぁそうか。この人の口調、誰かに似てると思ったら秀吉だ。そうだ! 教室には秀吉や雄二も居たんだ! 特に雄二なら何か知ってるかもしれない!

 

「王様! それじゃあこんな服を着た人を見たって情報はありませんか?」

 

 僕はジャケットの校章を指差して尋ねる。このマークのおかげで美波とも再会できたんだ。もし他のクラスメイトも来ているなら、このマークが目印になるはずだ!

 

「それもツチヤに聞かれたが、今のところそのような話は聞かぬのじゃ」

「そうですか……」

「役に立てずすまんのう」

「いえ、王様が謝る必要なんてないですよ」

「そうですよ王様、もともとこれはウチらの問題なんですから」

「ううむ……しかしバカ息子どもの喧嘩を止めてくれたのじゃ。何か礼をしたいのじゃが……」

 

 王様は腕組みをして考える。お礼なんていいのに。それより僕らは元の世界に帰りたいんだ。それにはやっぱり雄二の知恵がほしい。こうして美波とムッツリーニがここにいるんだ、雄二たちも来ている可能性は高いと思う。

 

「行こう美波。別の手を探そう」

「そうね」

「それじゃ王様、お邪魔しました」

 

 僕と美波は立ち上がり、丁寧に礼をして王様に背を向ける。すると、

 

「待つのじゃ、勇者ヨシイよ!」

 

 ……まだ悪ノリしているようだ。

 

「……えっと、勇者じゃありませんけど……何でしょう?」

「我が情報局もそなたらの帰還に手を貸す。仲間の情報も入り次第、貴殿に伝えることにしよう」

「ホントですか!? それは助かります!」

 

 美波が目を輝かせながら言う。

 

「なに、せめてもの礼じゃ。こうした調査は我々の情報力の見せ所。我ら情報局に任せるが良い。あぁそれとな、見つかるまでの間この王宮は自由に使って構わぬぞ。寝室も用意させよう。気の済むまで泊まっていくが良い」

「え……? こ、この王宮にですか!?」

 

 僕は周囲を見渡す。昼間に戦った熊の魔獣が入りそうなくらいに高い天井。目が眩みそうなくらい、きらびやかな飾り付け。周囲の人は誰もが(かしこ)まった服装でピンと背筋を伸ばしている。

 

「あの……せっかくですけど、僕は町の宿に泊まろうと思います」

 

 ここで暮らすなんて息が詰まりそうだ。

 

「うむ? 何故じゃ? ここが気に入らんか?」

「いえ、そんなことないんですけど……ちょっと僕には贅沢すぎるかなって思いまして。それに自分でも仲間を捜そうと思ってますので」

「そうか……。おぉそうじゃ! ならばこうしよう! 儂の紹介状を持っていくが良い!」

「「紹介状?」」

 

 僕と美波は顔を見合わせる。

 

「左様。儂の紹介状を見せれば国内のどこの宿でもタダで泊めてくれるじゃろう」

 

 おぉ……なんという太っ腹。さしずめ無料宿泊券といったところだろうか。この申し入れは非常に助かる。宿泊費は働いて稼がないといけないかと思ってたところだ。

 

「ありがとうございます! それじゃお言葉に甘えさせていただきます!」

「やったねアキ! これで泊まるところに困らないわね!」

「うん! ありがとうございます王様!」

「うむうむ。役に立てたようでなによりじゃ。では早速用意させるとしよう。客室で待っていてくれるかの?」

 


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