バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第二十一話 一難去って

「ふぅ……。いやぁ助かったよ美波。今回は僕1人じゃ危なかったかもしれないね」

「そうよ。もっとウチに感謝しなさい。ふふ……でもホントにあの宝石が弱点だったのね」

「あんな弱点があるなんて僕も初めて知ったよ。――っと、そうだ。魔石を回収しないと」

「魔石?」

「うん。美波が割ったあの宝石のことさ。あれは町の魔石加工商の店に持って行くと買い取ってくれるんだ」

「ふぅん……あ、そういえばさっき言ってたわね。それじゃできるだけ沢山持って行った方がいいわね」

「そういうことだね」

 

 美波は砕かれた魔石が転がっている所へ歩いて行く。よし、僕も行こう。と立ち上がると、

 

「あ……」

 

 学ランや木刀が音もなく消え、元の制服姿に戻ってしまった。どうやら時間切れのようだ。

 

「あれ? 元に戻っちゃった?」

 

 美波も赤いスカートの文月学園の制服姿に戻っていた。彼女もちょうど時間切れだ。

 

「時間切れみたいだね」

「これ以上時間が掛かっていたら危なかったわね」

 

 そう言うと美波は魔石を拾い始めた。

 

「危なかったって言うか、手の打ちようがなくなってたね」

 

 僕も一緒に転がる欠片(かけら)を拾い、ポケットに詰め込んでいく。

 

「まったく。勝手に1人で飛び出して行っちゃうんだから。もしあの魔獣を倒せなかったらアンタどうするつもりだったのよ」

「う~ん。でもまぁなんとか倒せたんだし、結果オーライじゃないかな」

「オーライじゃないわよ。ウチが助けに入らなかったらアンタ潰されてたわよ?」

「感謝してます。美波様」

「ホント考え無しに動くんだから……。次からはもっと計画的に動くのよ? 分かったわね?」

「はいはいっと」

「”はい”は1回よ」

「は~いですっ!」

「また葉月の真似なんかして……」

「へへっ、どう? 似てた?」

「ううん。全然」

「ハッキリ言ってくれるなぁ」

「全然似てないからやめなさい」

「ハイ……」

「ふふ……。ところで魔石ってこんなに粉々になっちゃっても売れるの?」

「う~ん……どうなんだろう。聞いてみないと分かんないなぁ」

 

 僕らはこんな具合に和気(わき)あいあいと魔石を拾い集めていた。すると突然、

 

 ――チャキッ

 

 と音がして、3本の刃物が目の前に伸びてきた。

 

「きっ、貴様ら! 何者だ!」

 

 その金属の棒を目で追って行くと、全身を黒い鎧で包んだ3人の兵士の姿があった。しまった。彼らのことを忘れていた……。

 

「えっと……」

 

 どうしよう。当初の予定通り話し合いを持ち掛けてみるか? でもこの状況はどう見ても友好的な雰囲気ではない。それに僕は以前ドラムバーグで脱獄をしている。捕まったら今度こそ火あぶりの刑かもしれない。

 

『そやつらは危険じゃ! 即刻捕らえよ!』

 

 ライナス王子の声が谷中に響き渡る。まずい、今は召喚獣の力が使えない。ここは一旦逃げ──

 

「痛っ! ちょっと! 何すんのよ!」

 

 逃げるための作戦を練り始めると、後ろから美波の怒鳴り声が聞こえてきた。振り向くと彼女は腕を取られ、3人の兵士に押さえ付けられていた。

 

「美波!」

「大人しくしろ!」

「あうっ……! い、痛いってば! 放しなさいよ! ウチが何をしたって言うのよ!」

 

 美波が黒い鎧を着た男たちに取り押さえられる。それを目の当たりにした僕の頭は瞬間湯沸かし器のように一気に沸騰してしまった。

 

「やめろ! 美波に手を出すな!!」

「貴様も大人しくしろ!」

「ぐ……!」

 

 ガッと腕を後ろ手に捻られ、顔を地面に押し付けられる。振りほどこうにも先程受けたダメージで腕に力が入らない。

 

「うぅっ……や、やめろ……美波に乱暴したら……た、ただじゃ……おかないぞ!」

 

 くぅっ……ち、力が入らない……。美波を守らなくちゃいけないのに……!

 

『威勢がいいな異界の者! 確かヨシイと言ったか!』

 

 背中に乗る男を撥ね除けようともがいていると、遥か遠くから偉そうな声が聞こえてきた。あれはライナス王子の声だ。

 

「そうだ! それがどうした!」

『牢から逃げたとは聞いておったが再び余の前に現れるとはいい度胸だな! 貴様一体何者だ!』

「だから別の世界から飛ばされて来たんだって言っただろ! いいから美波を放せ!」

「貴様! ライナス殿下に向かって無礼であるぞ!」

「あぐっ──!」

 

 どっかりと背中に乗る兵士が僕の腕を強く捻りあげる。く、くそっ……! 装着さえできればこのくらい簡単に撥ね除けられるのに……!

 

『質問を変えよう! 魔獣は貴様らがこの世界に連れてきたのか!』

「違うよ! 僕らの世界に魔獣なんかいなかったよ!」

 

 って言うか、なんでそんな遠くで話してるのさ。話すならもっとこっち来て話せよ。

 

『では先程の力は何だ! なぜ魔獣と互角に戦う力を持っている!』

「あれは召喚獣の力を借りてるだけだ! 僕自身の力じゃない!」

『召喚獣とは何だ! お前にそれを操る能力があるというのか!』

 

 何だと聞かれても困る。あれは学園長が作り出したシステムで()び出されたものであって、僕自身よく分かってないのだから。

 

『ちょっと待て兄貴!』

 

 返答に困っていたら、今度は反対側から別の声があがった。リオン王子のようだ。

 

『兄貴はそいつの力を自分のものにしようとしてるんだろ! そうはいかねぇぞ!』

『今は俺が話してんだ! 割り込むんじゃねぇ! お前は黙ってろ!』

 

 ライナス王子の口調はいつの間にかリオン王子と同じ”俺”口調に変わっていた。つまり気取って口調を爺言葉にしていたのか。そんなことで飾らずに自然に話せばいいのに。

 

『俺たちの兵が総掛かりでも歯が立たなかった魔獣をたった2人で倒すような力だぞ! これが黙っていられるか!』

『うるせぇ! お前にこいつは譲らねぇ! 欲しけりゃ力ずくで奪ってみやがれ!』

 

 なんか僕の取り合いになってるみたいだ。いや、僕というより召喚獣の力か。

 

『望みどおり力で奪ってやるぜ! 全軍突撃! 兄貴のへっぽこ軍隊など俺たちの敵ではないってことを思い知らせてやれ!』

『ンだとコラァ! 俺の精鋭部隊に勝てると思ってんのか! こっちも全軍突撃だ! リオンの奴らを返り討ちにしてやれ!』

 

『『うぉぉぉぉーーっっ!!』』

 

 王子たちの指示を受け、両軍の兵士が雄叫びをあげる。まずい! さっきの魔獣で停戦状態だったのに、また戦いを始めようとしている!

 

「やめろ! やめてくれ!」

 

 必死に叫ぶも、兵士たちの喊声(かんせい)により僕の声はかき消されてしまう。くそっ! 結局こうなってしまうのか!

 

『『わぁぁぁぁーーっ!!』』

『『おぉぉぉぉーーっ!!』』

 

 両軍合わせて200人を超す兵士たちが剣や槍を手に両側から一斉に押し寄せる。

 

「おじさん! 戦いを止めてよ! おじさんだってさっきの魔獣を見ただろう!? 人間同士が争うなんておかしいよ! こんなの間違ってるよ!!」

 

 背中の上で僕の腕を掴む兵士をなんとか説得しようと呼び掛ける。だが彼の返事はない。ただ黙って僕の腕を捻り、押さえ込むのみだった。

 

「ねぇおじさん! 返事をしてよ! おじさんだって戦争なんて嫌なんでしょ!? ねぇってば!」

「……」

 

 やはり返事は無かった。くそっ! どこまで頭が固いんだ! そうだ、美波は? 美波はどうなったんだ!?

 

「美波! どこだーっ!? 美波ぃーっ!」

 

 僕はうつ伏せに地面に押さえ付けられているため、草しか見えない。だから声で確認しようと大声を張り上げた。

 

『アキーっ! ここよーっ!』

 

 すると後ろの方から声が聞こえてきた。よかった、無事みたいだ。

 

「美波! この人たちを説得するんだ! このままじゃ手遅れになってしまう!」

『それがダメなのよ! この人たち全然話を聞いてくれないの!』

 

 あっちも同じなのか……。まずい、もう両軍がすぐそこまで来ている。早く止めないと目の前で殺し合いが始まってしまう!

 

「私は……」

 

 その時、僕の背中に跨がる兵士がポツリと呟いた。何か話してくれるんだろうか? そのまま耳を澄ませていると、おじさんは震えた声で話し始めた。

 

「私には……妻と……娘がいる……」

「奥さんと子供?」

「……逆らえば妻も娘も……だから……私は……」

 

 そうか……。王子の命令に背けば家族もろとも反逆者扱いということか。だから何も言わずに従っているのか。本当は嫌なのに……。おじさんの暗く沈んだような声を聞いているうちに僕はその心境を悟り、心底気の毒に思った。同時に、2人の王子の身勝手さを改めて憎んだ。

 

 そうしているうちにも両軍は更に接近し、今まさに衝突しようとしていた。目の前で最前列の兵士たちが剣を交えようと振りかざす。もうだめだ……間に合わない……。血の海を見るのを恐れた僕はぐっと強く目を瞑った。

 

 

 

『やめんかァーッ!! このバカどもがァーーーーッッ!!』

 

 

 

 その時、割れんばかりの馬鹿でかい声が谷中に響き渡った。この声には僕はもちろんのこと、その場にいた全員が驚き、声のする方に顔を向けて固まった。

 

『げぇっ! あ、あれは!?』

『お、オヤジぃ!? なんでオヤジがこんなところに!?』

 

 2人の王子が谷斜面の上の方を見て叫ぶ。その斜面の上には、重そうな鎧に身を包んだ1つの人影があった。親父? 今親父って言った? ってことは……王子のお父さん? つまりこの国の王様!? と、驚いているうちにその男は斜面を滑るように降りてくる。

 

『ライナス! リオン! こっちに来なさい!』

 

 王様と思しき男が2人の王子を大声で呼ぶ。谷によく響く通った声。父の威厳を感じる強い声だった。2人の王子はその言葉に応じ、渋々といった具合に歩き出す。

 

 

『駆けアァァァシ!!!』 (←※駆け足と言っている)

 

 

 ビリビリと空気を震わせる程の怒号が再び谷に響く。王子たちは飛び上がって驚き、慌てた様子で王様の元へと駆けて行く。そして2人は王様の前で並ぶと、まるで一般兵士のようにビシッと背筋を伸ばした。

 

『お前たち! こんな所で何をやっとる!』

『いや、これはその、なんだ……あははは……』

『ちょ、ちょっとした演習だよ! 演習!』

『そうそう! その演習! リオンの兵と合同訓練してたんだよ!』

 

 ――ゴチッ

 

 谷中(たにじゅう)にいい音が木霊した。痛そうな音だ。

 

『っ──てぇ~……。な、何すんだよオヤジぃ……』

『見え透いた嘘をつくでない! このバカモンが! リオン! お前もじゃ!』

 

 ――ゴスッ

 

『いてっ! なっ、なんだよ! 俺は悪くねぇよ!』

『まだ言うか!』

 

 ――ゴンッ

 

『いっててて! わ、分かったよ! 俺が悪かったよ! もうしねぇよ!』

『お前たちは昔からそうじゃ! 事あるごとにこのような騒ぎを起こして人様に迷惑を掛けよって! お前たちの成長のためと思って地域を分けて統治を任せたというのに、ちっとも成長しておらんではないか!!』

『そんなこと言ったってよぉ……』

『口答えするでない! そもそもお前たちには学ぼうという姿勢が足りぬのじゃ! 喧嘩をするなとは言わん! だが他人を駆り出すなど言語道断じゃ! だいたいお前たちは昔から喧嘩ばかりで──(クドクドクド)』

 

 王様は2人の王子に向かってガミガミと怒鳴りつける。なにやら説教が始まってしまったようだ。王子たちは肩を窄め、頭を垂れて聞いている。完全に萎縮してしまったようだ。両軍の兵士は呆然と立ち尽くし、ポカンと口を開けてその様子を眺めている。僕も例外ではなく、地に伏しながら王と王子のやりとりに見入ってしまっていた。

 

(……すまなかった)

 

 その時、背中の上で何かが聞こえた。と思ったら、急にフッと背中が軽くなった。僕の背中にどっかりと乗っていたおじさんが退いてくれたのだ。

 

「アキっ!」

 

 そこへ美波がトトッと駆け寄ってきた。彼女も解放されたようだ。

 

「美波! 大丈夫!? 乱暴されてない??」

「えぇ、大丈夫よ」

「そっか。良かったぁ……」

「ところでアレって何なの?」

「あぁアレ? 王子たちのお父さんみたいだね」

「お父さん?」

「うん。つまりこの国の王様さ」

「へぇ~、あれが王様なのね。でもなんか凄い剣幕で怒ってるわね」

「う、うん。そうだね」

 

 こうして僕らが話している間も王様の小言は続いていた。これ、どうすればいいんだろう。結果的に戦いは避けられたわけだし、この隙にさっさと退散すべきだろうか。でもあの王様親子のやりとりは面白いし、最後まで見ていたい気もする。う~ん……悩ましい。

 

「…………こんな所で何をしている」

 

 どうするか悩んでいたら、スッと目の前に黒装束の男が現れた。この格好は……!

 

「ム、ムッツリーニ!?」

「えっ!? 土屋!?」

 

 それはムッツリーニだった。鼻から口までを覆う黒いマスクに忍装束のような真っ黒な服。いつもの隠密行動スタイルだ。

 

「…………島田か」

「驚いたわ……本当にアンタも来てたのね」

「…………うむ。明久、見つけたのは島田だけか」

「うん。そっちはどう? 帰り方見つかった?」

 

 ムッツリーニは黙って首を横に振る。

 

「そうか……。まだ見つからないか……」

「土屋、瑞希や翔子がどうなったか知らない?」

「…………分からない」

「そう……無事だといいんだけど……」

「ところでムッツリーニはどうしてこんなところに?」

「…………お前と同じ理由だ」

「へ? 僕と?」

「…………兄弟喧嘩を止めるには親が一番」

 

 なるほど。もっともな話だ。そういえばムッツリーニには兄弟がいたんだっけ。だからこうした兄弟喧嘩の扱いにも慣れているということだろうか。関心しながら僕はふと王子たちの様子に目をやる。すると彼らはまた揃って頭にゲンコツを貰っていた。ははっ、こうなると王子様も形無しだな。

 

『お前たちにはそれぞれ教育係を送っておいた! 帰ってしっかり反省するがよい!』

『『えぇ~……』』

『”えー”ではない! 返事は”はい”か”イエス”じゃ!』

『『は、はいっ!』』

 

 拒否の選択肢は無いらしい。それと説教もようやく終わったようだ。

 

(みな)(もの)! この場は休戦じゃ! 城へ引き上げるぞ!』

 

 ライナス王子が自軍の兵士たちに命令する。

 

『我々も引き上げる! 馬の用意をしろ!』

 

 リオン王子も帰るようだ。2人の王子はそれぞれ用意された馬に跨がり、ライナス王子は西側へ、リオン王子は東側へと逃げるように去って行く。

 

(クスクス……)

(殿下もレナード陛下の前では子供だよな)

(まぁ年齢的にはまだ子供だしな)

(けど戦わずに済んで良かったな)

(あぁ、向こうには俺のダチもいるから助かったぜ)

(そいつは良かったな。魔獣で怪我しちまった奴はいるみたいだけどな)

(魔獣は仕方ねぇよ。天災みたいなモンだしよ)

(そうだな。んじゃさっさと帰ろうぜ。また魔獣が現れる前によ)

 

 王子の後に続いてぞろぞろと引き上げて行く兵士たち。そこから堪え笑いやひそひそ話が聞こえてくる。この反応を見る限り、兵士たちも戦いを望んでいなかったのだろう。まったく、兄弟喧嘩を戦争に発展させてしまうなんて迷惑極まりない話だ。でもどちらの王子もおとなしく帰るようだ。これでひと安心だな。結局僕には何もできなかったけど、一件落着だ。

 

「それじゃ僕たちも帰ろうか」

「とんだ寄り道だったわね」

「そうだね。でもこれで安心して本来の目標に取り掛かれるさ」

「じゃあレオンドバーグに行くのね?」

「うん。って、どうやって行こう……?」

「そういえば土屋はどうやってここまで来たの?」

「…………少し待て」

 

 ムッツリーニは呟くように言うとスッと視線を横に向ける。

 

「「??」」

 

 僕と美波は揃ってムッツリーニの視線の先に目を向ける。すると先程の王様がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。何だろう。僕らに用があるんだろうか。王様はゆっくりと草を踏み鳴らしながら歩いてくる。その後ろからは4人の鎧姿の男たちと、マントに身を包んだ1人の女の人が並んで歩いてくる。

 

 それはとても絵になる光景だった。まるで映画や漫画のワンシーンを見ているかのようだった。憧れにも似た感情を抱きながらその様子をじっと見つめる僕。王様はそんな僕の前で立ち止まると、神妙な面持ちでゆっくりと話し始めた。

 

「すまなかった異界の者よ。民を魔獣から守ってくれたそうじゃな。それに王家のゴタゴタにも巻き込んでしまったようじゃ」

 

 立派な顎髭を蓄え、肩まで伸びた白髪混じりの茶色い髪。見た感じ歳は50代くらいだろうか。黄金色の鎧に身を包み、腰に大きな剣を携えた姿は王というより戦士を思わせた。

 

「あ……いえ。これは僕が勝手に首を突っ込んだだけですから」

「そうだとしても原因を作ったのはバカ息子どもじゃ。迷惑を掛けたことに変わりあるまい。すまなかった。このとおりじゃ」

 

 王様は重そうな鎧を身体で支えるようにしながら深々と頭を下げる。王子たちと違ってなんと礼儀正しい王様だろう。でもそんなに頭を下げられても困る。だって王子たちを助けたくてやったわけではないのだから。隣では美波も同じことを言いたそうな顔をしている。

 

「あの……王様、ウチらは全然気にしてませんから、どうかお顔を上げてください」

「そうですよ王様。僕らはただ余計なおせっかいを焼いただけなんです。だから気にしないでください」

「……そなたらは心が広いな。感謝する」

 

 そう言うと王様は頭を上げ、優しげな笑顔を見せた。それは先程王子を叱っていた人と同じ人とは思えないくらいに温厚な笑顔だった。

 

「自己紹介がまだであったな。(わし)はレナード。レナード・エルバートンじゃ。一応この国の王をやっておる」

 

 一応? 一応ってどういうことだろう? と疑問を感じながらも僕は挨拶を返す。

 

「僕は吉井です。吉井明久といいます」

「ウチは島田美波です。よろしくお願いします」

「ヨシイにシマダじゃな。こちらこそよろしく。……ん? おぉそうか! 貴殿がヨシイか!」

 

 突然、王様が感激した様子で僕の手を取った。

 

「あぐっ……!」

 

 急に右手を引っ張られ、忘れかけていた腕の痛みが再び襲ってくる。あまりの激痛に僕は思わず膝をついてしまった。魔獣から受けた傷がまだ回復しきっていないのだ。

 

「うん? 怪我をしておるのか? これはいかん。クレア君、彼に治療帯を」

「承知しました。それとレナード様、ひとまず城に戻りましょう。治療は馬車の中で」

「む。そうじゃな。ではヨシイよ、それとシマダと申したか。我が城に招待しよう」

 

 我が城? 王様の我が城ってことは、レオンドバーグってことでいいのかな?

 

「どうする? アキ」

「ここはお言葉に甘えよう。どちらにしてもレオンドバーグには行くつもりだったし」

「そうね。王様、お招きにあずかります。よろしくお願いします」

「うむ。ではクレア君、彼らを頼む」

「はっ! それではヨシイ様、シマダ様、こちらへどうぞ」

 

 どうやらこのマントを羽織った女の人はクレアさんというらしい。

 

「アキ、大丈夫? 立てる?」

「うん。それくらいは……」

 

 僕は美波に付き添われ、クレアさんの案内の元、谷の上で待機しているという馬車へと向かった。

 


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