バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第二十話 巨獣を倒せ!

 だが僕の決意に美波は反対した。

 

「倒すなんて無理よ! あんなのに勝てるわけないじゃない!」

「そうでもないさ。だって僕には人間の何倍もの力が出せる召喚獣があるんだ。この力があれば奴にだって負けはしないさ」

「確かにそうかもしれないけど……でも危険よ!」

「危険は承知の上さ。それにもし勝てないようなら逃げるつもりさ。奴を引き離すくらいはしてやるつもりだけどね。――試獣装着(サモン)!」

 

 僕は話しながら試獣を装着する。黒い学ランを羽織り、手には木刀。バイザーに表示されているエネルギーゲージは半分近く減ってしまっている。ここに来る際に使ったためだ。この様子だと自動解除まで10分といったところだろうか。急がないといけないな。

 

「美波はここで待ってて。じゃあ行ってくる!」

「えっ? あっ! ちょっと、アキ!?」

 

 僕は斜面を駆け降りる。むしろ飛び降りたと言った方が正しいくらいの勢いで。そして一瞬で谷底へと降り立つと、魔獣の元へと駆け出した。兵士たちは既に後退をはじめていて、奴の周りには誰もいない。奴とタイマンか。望むところだ!

 

「いっくぞぉぉッ!」

 

 一層足に力を込め、僕は加速する。するとこの様子に気付いたのか、熊の奴がギロリとこちらに目を向けた。奴の大きな体では小回りが利かないはず。ならばスピードで勝負だ!

 

「こっちだ! デカブツ!」

 

 注意を引くよう、走りながら大声で叫ぶ。すると奴は大きな体を動かし、こちらに対して正面を向いた。そしてブンと腕を振り上げたかと思うと、今度はその腕を振り下ろし、地を払うような攻撃を繰り出す。

 

「はッ!!」

 

 思いっきり地を蹴り、僕はその腕を飛び越える。振り下ろされた腕の動きは遅い。召喚獣の力が相手の動きを遅く見せてくれているのだ。

 

「!?」

 

 僕は驚いていた。確かに召喚獣の力のおかげで脚力が増しているとは思っていた。けれど奴の頭に届くほどの跳躍力があるとは予想していなかった。まさか召喚獣の力がこれほどとは……。

 

 空中で関心する僕。気付けば奴の黒い鼻っ面が目前に迫っていた。ふと奴と目が会い、僕は魔獣とじっと見つめ合う。

 

「「……」」

 

 それが恋の始まり――――な、わけがない。

 

《フンッ》

 

 奴がハエでも落とすかのような仕草で太い腕を振り下ろしてきた。どうやら僕はフラれたようだ。別にいいけどね。そもそも動物に恋をしたりしないし。そういえば前に美波の好きな人がオランウータンだなんて勘違いしちゃったっけ。結局葉月ちゃんのいたずらだったけど、美波には悪いことしちゃったなぁ……。

 

 空中の僕にはそんな思いに耽る余裕すらあった。奴の攻撃を容易(たやす)くかわす自信があったからだ。僕はおもむろに空中で体勢を変え、タイミングを合わせて魔獣の腕にふわりと乗る。

 

《グゥ? ガァァッ!》

 

 腕に乗った僕を振り払おうと奴が大きく腕を振り回した。僕はすぐさま飛び降り、奴の足元に着地する。本当に身体が軽い。まるで風に舞う紙になった気分だ。

 

《グルルゥ……?》

 

 すると奴は僕の姿を見失ったようだった。遠くばかりをキョロキョロと探し、僕が足元にいることに気付いていない。こいつ足元が見えないのか。ならば今がチャンスだ!

 

「うおらぁぁっ!!」

 

 木刀を力いっぱい振り回し、奴の膝の裏に叩きつける。奴の右足が空高く跳ね上がり、ズ、ズン! と土煙をあげながら巨体が仰向けに倒れる。

 

 行ける! 勝てるぞ! 勢いに乗った僕は追い打ちをかけようと巨体の腹の上に飛び乗った。そして木刀を逆手に構え、突き降ろす。

 

「これで────っ!?」

 

 次の瞬間、地面が頭の上に見えた。何が起こったのか、すぐには理解できなかった。なぜ僕は逆さまになっているんだろう? どうして僕はこんなにも空高く舞い上がっているんだろう? そうしてぼんやりとしているうちに、急に右の肩と腕に凄まじい痛みが走り始める。

 

「ガはっ……!」

 

 ようやく自分に起きたことを理解した。僕は激しい痛みを堪えながら体勢を変え、なんとか着地する。

 

《グオァァァァッ!》

 

 奴は既にその巨大な体を起こし、立ち上がっていた。

 

 そ、そうか……僕は(はた)き落とされたのか。油断した……奴め、なんてバカ(ぢから)だ……。でも腕が折れたわけではなさそうだ。これも試獣装着のおかげなんだろうか。とはいえ、今の一撃で相当なダメージを受けてしまった。全身の骨がビリビリと痺れてしまって、足にも力が入らない。

 

 くぅっ……さっきは勝てると思ったけど、やはり手強い……。どうする……今の状態ではマトモにやり合っても勝ち目は無い。周囲の兵士たちは既に距離を取っていて、遠巻きにこちらを見ている。彼らの協力は期待できない。やはりここは奴をここから引き離し────

 

「うっ!?」

 

 ほんの一瞬、目を離した隙に奴は空中に飛び上がっていた。放物線を描き、奴の巨体がこちらに向かって落ちてくる。

 

「や、ヤバイっ!」

 

 僕は痺れる身体をなんとか動かし、後ろへ飛び退く。

 

 ――ド、ズゥゥン!

 

 凄まじい地響きと共に僕のいた所に奴が着地する。こいつ、確実に僕を踏み潰そうとしていた。完全に僕を敵と認識したようだ。だがおびき出すのならその方が好都合!

 

「うぐっ!」

 

 立ち上がろうとした瞬間、全身にビシッと衝撃が走る。まずい。さっきの一撃が思っていた以上に深刻なダメージになっている。このままではおびき出すどころか逃げるのも難しい。だからといって真っ向から立ち向かって勝てるような相手でもない。どうする……とにかく身体が回復するまでなんとか逃げ回るしかないか……?

 

「くっ……!」

 

 僕は屈んだまま木刀を構え、奴を睨み付ける。目の前には茶色い毛の塊がビルのように(そび)え立っている。うぅっ……今更だけどこいつ、なんてデカさだ。ひょっとして僕はとんでもない化け物に喧嘩をふっかけてしまったんだろうか……。

 

 この時、僕はこの巨大な熊の魔獣に恐怖を感じはじめていた。

 

《ガァァゥッ!?》

 

 だがその時、突然奴が身を(よじ)って苦しみ出した。何だ? 僕は何もしていないぞ? もしかして僕の闘争本能が目覚めて無意識のうちに攻撃していたとか? いやでも今は身体が動かないし……。などと思いながら眺めていると、トッという軽い音を立て、すぐ横に何かが降り立った。

 

「アキ! 加勢するわ!」

 

 そこにはすらりとした白い足があった。

 

「みっ、美波!?」

 

 細身の剣を片手に、大きな吊り目を更に吊り上がらせて巨獣を睨む美波。そんな青い剣士はとても凜々しく、とても頼もしく思えた。

 

「はは……かっこ悪いところ見せちゃったな」

「そんなことどうでもいいわよ。それよりあいつ弱点とか無いの?」

 

 どうでもいいのか……と多少落ち込みつつも弱点を考えてみる。

 

「どうなんだろう。前回戦った相手はこんなに大きくなかったし、一撃で倒せたからなぁ……」

「その時弱点を突いたんじゃないの?」

「うーん……特に目立った弱点は無かったと思うけど……」

「なによ。役に立たないわね」

「ご、ゴメン」

 

 確かに弱点を突けばどんな巨大な敵であろうとも倒せるかもしれない。しかし弱点か。奴に弱点なんてあるんだろうか……。僕は苦痛の声をあげながら地団駄(じだんだ)を踏む奴を観察する。

 

 短い足。

 タルのような寸胴(ずんどう)

 撫で肩からぶら下がる太い腕。

 

 それから……。

 

「「………………」」

 

 僕は目の前に(そび)える巨体を見上げ、一点に注目する。隣では美波もまた同じ箇所に視線を注いでいた。

 

「ねぇ、アキ」

「うん」

「あの”おでこ”の赤い宝石みたいなの、怪しいと思わない?」

「うん。あからさまに怪しいよね」

 

 奴の(ひたい)には、五角形の大きな宝石のようなものが埋め込まれている。僕の記憶が正しければ普通の熊にそんなものは付いていない。

 

「そういえば猿やリスの魔獣も(ひたい)にあんな感じのが埋め込まれていたかも……?」

「やってみる価値はありそうね」

「あぁ、そうだね!」

 

 僕は立ち上がり、両手で木刀を構える。美波のおかげで休むことができて身体の痺れも取れてきたようだ。もう動けそうだ。しかし困った。どうやってあそこを攻撃しよう? 闇雲に奴の目の前に飛び込んで行ってもあの太い腕で払われるだけだ。ダメージを与えて動きを鈍らせるとしても僕の木刀はあまり効いていないようだし……。

 

「どうしたのよアキ。早く倒さないと時間が無いわよ?」

「そ、それがさ、攻撃するにしてもどうやって攻撃したものかと……」

「なんだそんなこと?」

「ほぇ? 美波には何か策があるの?」

「策って程じゃないけど、ウチの剣ならあいつに通用するみたいよ? ほら見て」

 

 美波が奴の左腕を指差す。通常の動物なら血が出ているだろう。だが奴のそこからはシュウシュウと音を立て、黒い煙のようなものが吹き出していた。あれは前に魔獣を倒した時に見た煙と同じだ。つまり美波のサーベルならダメージを与えられるということだろうか。まぁ木刀じゃ切れないよねぇ……。

 

 自分の召喚獣の装備を軽く呪いながら僕は作戦を考える。身の軽さなら僕より美波の方が上だ。加えて、物を切るなら僕の木刀より美波のサーベル。ふむ、ならば作戦は決まったも同然だ。

 

「美波、奴の注意を引きつけられる?」

「それでアキが足を狙うのね?」

「うん。僕が奴を仰向けに倒すから、美波はその隙に(ひたい)の赤いのを叩き割ってくれ。って言うか、よく分かったね」

「当然でしょ? だってウチは────っ!」

 

 話しているうちに奴の腕が振り下ろされていた。空気に圧迫感を感じた僕と美波は咄嗟(とっさ)に散開。直後、僕らのいた所に太い腕がズンと音を立てて落ちた。

 

『だってウチはアキの彼女なんだからっ!』

 

 魔獣の向こう側で美波が大声で叫ぶ。

 

「ははっ! そうだね! それじゃ頼んだよ!」

『任せてっ!』

 

 美波は威勢よくそう言うと空高く跳び上がり、奴の腹を斬り付ける。

 

《ガァォーーゥゥ……!》

 

 痛みを感じているのか、魔獣が叫び声を上げる。そうして(ひる)んでいる奴の腕や肩に、美波は何度も(やいば)を入れていく。長い髪を振り乱しながら華麗に舞う青い剣士。その美しい演舞に僕は目と心を奪われ、つい見とれてしまっていた。

 

『アキーっ! 何やってんのよ! 早く位置に着きなさい!』

 

 ハッ! いけない、自分の役目を忘れるところだった。今の奴は完全に美波の攻撃に翻弄(ほんろう)されている。近寄るなら今のうちだ!

 

 僕は後ろから奴の足元へと忍び寄る。美波は蝶のように舞い、魔獣は常に彼女の姿を追っている。足下の僕の接近に気付く様子はない。しかし短い足がドスドスと大地を踏み、なかなか止まってくれない。油断すると踏み潰されそうだ。

 

 隠れるように奴の足元に潜み、常に背後を取り、僕は機会を覗う。こうしているとなんだか魔獣とダンスでもしているかのようだ。そう思った次の瞬間、ついにチャンスが訪れた。奴の足が止まった! 今だ!

 

「よいしょぉぉーーっ!!」

 

 力一杯、木刀を奴の膝の裏に叩きつける。木こりが斧で木を切るような気持ちでフルスイング。振り抜いた直後、奴の巨体は宙に浮いていた。

 

 よっしゃ! と心の中でガッツポーズを取る僕。数秒後、ドズゥンという地響きと共に巨大な熊が尻から地面に落ちた。

 

「今だ! 美波!」

「はぁぁぁっ!!」

 

 美波がサーベルを逆手に持ち、奴の(ひたい)の宝石目がけて突き下ろす。

 

 ――ガシッ!

 

 と、ヒビの入るような鈍い音がした。

 

 

「「……」」

 

 

 巨大な魔獣の動きが完全に止まった。大きな口を開けたまま、まるで剥製のように硬直した。騒々しかった谷底が一転して静寂に包まれる。誰もが時が止まったかのように動きを止め、息を呑んだ。その静寂の中で微風(そよかぜ)が吹き、サァッと草木を鳴らす。

 

 パァン!

 

 ガラスが割れたような音が沈黙を破った。その破砕音と共に大きな宝石は粉々になって飛び散る。すると魔獣の全身から大量の黒い煙が吹き出し始めた。

 

 煙は瞬く間に魔獣の全身を覆い尽くしていく。煙は徐々に大気中に広がり、溶け込んでいった。そしてその数秒後、大量の宝石の欠け片を大地に残し、巨大な魔獣は煙と共に完全に消滅してしまった。

 

「倒した……のか……?」

 

 僕は呆然と空を見上げる。黒い煙は空を舞い、風に溶け込むように消えて行く。

 

「やったぁ~っ! やったね、アキ~っ!」

 

 美波が体全体で喜びを表現し、駆け寄ってくる。僕は全身の力が抜け、その場に座り込んでしまった。

 

「あ、あはは……や、やった……」

 


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