僕は走りながら作戦を説明する。
「いいかい美波、彼らの戦いを止めるには先回りしてぶつかる前に割り込まくちゃいけない」
「うんっ!」
「でもこのまま進むと隊列の最後尾に追い付いて、そこで阻止されてしまうと思うんだ」
「じゃあどうするの?」
「決まってるだろう? 隠れて移動するのさ」
「どこに隠れるのよ」
「森の中さ。道を外れて森の中を進むんだ」
「確かにそれなら見つからずに済みそうだけど……でも森の中だと早く走れないわよ? 足下に気をつけないと危ないし。それで間に合うの?」
「う~ん……言われてみると確かに厳しいような気が……」
リオン王子の軍が通り過ぎたのは2、30分ほど前の話だ。ここまでの道のりは一本道だったので迷うことなく進めたのだが、未だにリオン軍の最後尾が見えてこない。
森を進んで速度を落としての追撃となると、美波の言うように間に合わないかもしれない。そもそもライナス王子は今どの辺りまで来ているのだろう? ひょっとしてもう戦いが始まっているのだろうか。くそっ! 急がないと! でも急ぐとなると森の中を進むって案はダメかもしれない。
「そうだ。ねぇアキ、それなら召喚獣を使うっていうのはどう?」
「召喚獣?」
「だって召喚獣って人間の何倍もの力があるんでしょ? その力が使えるのなら足の力だって増すんじゃない?」
「なるほど……それは思いつかなかったな」
「ね? これなら追い付けそうじゃない?」
「さすがだよ美波! それで行こう! それじゃ早速」
「うんっ!」
「「――
僕たちは立ち止まり、召喚獣を
不良っぽい黒い改造学ランの僕。対して美波は青い軍服を華麗に着こなす。やっぱり美波の召喚獣スタイルはかっこいい。僕もああいうのが欲しかったな。
「よしっ、それじゃ行きましょ」
「うん。あ、ちょっと待って」
「何か忘れ物?」
「ううん。そうじゃなくてさ、髪、そのままでいいの?」
「えっ? 髪?」
「いつもリボンで束ねてポニーテールにしてたじゃない?」
「あぁ、そうね。でもリボンなくしちゃったのよ」
「へ? そうなの?」
「うん。この世界に来た時にどこかにいっちゃったの。その後で代用品を探したんだけど、適当なのが無くてそのままなのよね」
「ふ~ん……そうなんだ」
髪を下ろした美波も新鮮な感じがしていいけど、やっぱり僕はポニーテールの方が好きだなぁ。
「やっぱりポニーテールの方がよかった?」
「うん」
って、何を正直に答えてるんだ!
「あぁぁっ! そそそそんなことないよ!? どんな髪形でも美波は美波だからさ!」
「ふふ……ありがと。でも確かに走る時は邪魔なのよね。アキ、何か紐の類い持ってない?」
残念ながら僕のリュックには封筒と懐中時計くらいしか入っていない。
「ごめん、僕もそういうのは持ってないんだ」
「しょうがないわね。町に戻るまで我慢するわ」
「ごめんね」
「別にアンタが謝る必要なんてないわよ? そんなことより急ぎましょ。王子様たちに追い付かなくちゃ」
「あっ! そうだった! 急ごう!」
のんびり話し込んでる場合じゃなかった! と僕は慌てて走り出し、予定通り道を外れて森の中へと駆け込む。
「美波! 木の根が張り出してるから気を付けて!」
「うん!」
当然だが森の中は沢山の木々が行く手を阻むように生い茂っている。これらは植林されたものではなく自然に生えているもののようだ。そのため、あちこちにまるでトラップのように根が張り出している。
そんな森の中を僕らは全力で疾走する。召喚獣を装着したため、今までとは比べ物にならないくらいの速さで走れる。これ、もしかして時速60kmくらい出てるんじゃないだろうか。これなら100メートル走の世界記録だって余裕で更新できそうだ。ただ、欠点が無いわけでもなく――――
「おわっ!?」
「ちょっとアキ! アンタこそちゃんと前を見て走りなさいよ!」
「み、見てるよ! でも早過ぎちゃって反応しきれないんだよ!」
この速度で森を駆け抜けるのは危険だった。前方に木が見えたと思ったら、次の瞬間にはそれがもう目の前に迫っているのだ。しかしリオン軍に見つからないように移動するためにはこの森の中を進むのがベストだ。とにかく全神経を目と足に集中して走るしかない!
☆
「見てアキ、あれってそうじゃない?」
美波が右手斜面の下方を見ながら言う。その視線の先には新緑の草原が広がっていた。しかし人影は見えない。
「どこ?」
「今チラっと見えたの。ちょっと止まって。見てみましょ」
「分かった」
僕らは一旦装着を解き、様子を覗うことにした。
「見える? アキ」
「うん。鎧を着た人がいる」
そこは草が生い茂る”盆地”のような所だった。僕らが今いるのはその広場に面する片側の斜面の上。かなり急な斜面だ。角度は45度から50度くらいはあるだろうか。そしてこの斜面にも木々がひしめき合っている。隠れるにはちょうど良い。
「間違い無い。リオン王子の軍だ」
木々の合間からは銀色の金属が見え隠れし、太陽の光を反射してチラチラと輝き見せる。見える人影の大きさから想像すると、広さはドーム球場と同等かそれ以上だろう。今僕らが立っている所から下までは目測で約50メートル。広場の向かい側にもこちらと同じような斜面が見える。つまりここは両側を山岳に挟まれた谷の形状しているようだ。
谷底では何やら指示の声が飛び交い、兵士たちがウロウロと動き回っているのが見える。その様子をしばらく観察していると、離れた所にも別の集団がいることに気付いた。明らかにリオン軍とは違う。あの黒い鎧の人たちは……ライナス軍? なんてことだ。間に合わなかったのか……。
?……いや、待て。まだ盆地の中央を空けて睨み合っているだけで、争っている様子は無い。まるで開始の合図を待っているかのようだ。そうか、まだ始まっていないのか。
「アキ、あっちの人たちって……」
「うん。ライナス王子の軍だ」
「そんな……それじゃウチら間に合わなかったの?」
「……いや。まだ戦いが始まっていないみたいだ。今ならまだ間に合うかもしれない」
そうして僕らが話し合っていると2つの声が言い合いをはじめた。
『リオン! よく恐れずに来やがったな!』
『兄貴! 今日こそ決着をつけてやるぜ!』
2人の声が谷に木霊する。最初の声はライナス王子。もう片方はリオン王子の声だ。
『お前のことだから臆病風に吹かれて逃げ出したかと思ったぜ!』
『どうして俺が逃げる必要がある! 逃げなきゃいけねぇのは兄貴の方じゃねぇのか!』
『ぬかせ! 今日こそその減らず口を
『それはこっちの台詞だぜ! 今日こそ俺の力を思い知らせてやる!』
『それっぽっちの寄せ集めの兵で俺に勝とうってのか! へそで茶が沸くぜ!』
『なんだ兄貴、知らねぇのか? 強さってのは数じゃねぇ! 統率力なんだよ!』
2人の王子がお互いを煽るように言い合っている。くそっ! いったい何なんだあの2人! 家族がいるような人たちをこんな戦いに巻き込んでおいて勝手なことばかり! 僕は彼らの言い合いに苛立ち、ギリッときしむ音が聞こえるくらいに歯を噛み締める。
「アキ、早く止めないと」
「っと、そうだった」
イラついてる場合じゃなかった。作戦を実行に移さなくちゃ。間に飛び込んで止めるつもりだったけど、いいことを思いついたぞ。
「美波、頼みがあるんだ」
この辺りには幹の太さが50センチくらいのちょうど良い感じの木が沢山生えている。この木を切り倒して彼らの間に放り込めば間違いなく注目を浴びるだろう。それで彼らの進路を妨害できるし、僕の力を見せつけるという目的も果たせる。まさに一石二鳥だ。
「装着してそこら辺の木を切り倒してくれ。僕がそれを彼らの前に投げ込むから」
「そうやって戦争を妨害するのね。いいアイデアじゃない。それじゃ――
美波が試獣を装着し、青い軍服姿に身を変える。そして、
「せぇ……のっ──!」
と彼女が剣を振りかぶったところで、そいつは現れた。
――ドズゥン!!
地震かと思うくらいに地面が揺れたかと思うと、盆地の真ん中にとてつもなく巨大な毛むくじゃらの塊が落ちてきた。
《グオォォォォォン!!》
その茶色い塊は2本の腕のようなものを高く掲げ、鼓膜が割れんばかりの大きな雄叫びを上げる。
『う、うわぁぁーっ!!』
『なんだこいつはーーっ!?』
『ば、化け物だぁぁーーっ!?』
両軍の兵士たちは
「な、何!? 何なのあれ!?」
美波は僕の後ろに隠れ、肩に手を乗せて怯える。かっこよく冷静に答えられれば良かったのだが、さすがに僕もそんな余裕は無かった。
「あ、あれは……魔獣……なのか……?」
信じられなかった。見たところ大きさは周囲の兵士の3倍──いや、5倍くらいはあるだろうか。あの巨体からして通常の動物とは思えない。あれも恐らくは魔獣なのだろう。
全身を覆う茶色い毛。
短い足。
黒い鼻っ面。
頭の上にちょこんと生えた2つの丸い耳。
これらを総合すると、僕の知識ではそいつは”熊”と呼ぶ以外なかった。だが僕の知る熊とは違い、そいつは驚くほど巨大だ。まるで怪獣映画でも見ているように。
「ね、ねぇアキ、魔獣ってあんなに大きいの!?」
「僕だってあんな大きいのは初めて見たよ……。今まで出会った魔獣は1メートルくらいのリスみたいなのと、3メートルくらいの猿みたいなのだったし……」
「でもあれってどう見ても10メートルはあるわよ!? この世界にはあんなのが沢山いるっていうの!?」
「そ、そんなこと聞かれても僕には分かんないよ……」
もしあんなのが大量にいたら小さな町なんか
《ヴォォォーーッ!!》
対応に悩んでいるうちに魔獣が再び大きく雄叫びを上げ、太い腕で地を薙ぎ払った。その腕に数人の兵士たちが簡単に吹き飛ばされる。な、なんて力だ……鎧を着た大人たちをあんなに軽々と……。
『ひ、怯むな! この程度の魔獣、我らの手で倒すのだ! 対魔獣部隊、前へ出ろ! まずは奴の足を止めるのだ!』
ライナス王子が兵士たちに指示を送る。
『『『おぉーっ!!』』』
その指示に従い、槍を持った兵士が魔獣に近付こうとする。だが魔獣は大きな腕を振り回し、彼らを近寄らせない。そうしているうちに兵士たちは1人、また1人と倒されていく。その様子はまるで川で魚を取る熊そのものだった。
『兄貴の兵に遅れを取るな! 対魔獣部隊、日頃の訓練の成果を見せる時だ! 奴を倒すのだ!』
今度はリオン王子が槍を持った兵士に指示する。
『『『おぉぉーっ!!』』』
兵士たちが雄叫びをあげ、魔獣に向かっていく。ブンブンと振り回される丸太のような腕を避けつつ果敢に攻める男たち。だが魔獣には
「ねぇアキ、どうしよう……」
美波が困り果てた顔で問い掛ける。
「く……」
僕は悩み、考える。
ここに来たのは一体何のためだ? それはもちろん戦争を止めるためだ。しかし今、彼らは共通の敵を前に協力し合い、戦っている。つまり当初の目的は既に果たせているとも言える。僕らの本来の目標は元の世界に帰ることだ。ライナス王子とリオン王子が力を合わせれば、きっとあの魔獣だって倒せるだろう。ならばこれ以上この場に
……
いや、
「……奴を……倒す!」
僕の選択肢は既に決まっていたのかもしれない。考えるまでもなく。ここに来た時点で。
そう。僕は彼らの命を守りたい。彼らの争いを止めたいのだ。そのために馬車を飛び降り、ここまで来たのだ。