バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第十八話 火中飛び込むバカ2人

 騒然としているだろうという僕の予想に反し、ガラムバーグの町は拍子抜けするほど落ち着いていた。商店街は沢山の人で賑わい、町角にはおばさんたちが楽しそうに談笑する姿もある。ジェシカさんの言うとおり戦争のことを知らされていないのだろうか。

 

「ねぇアキ、これからどうするの?」

 

 共に歩く美波が尋ねる。その問いに対する答えは決まっている。

 

「ムッツリーニとの待ち合わせ場所へ向かう」

 

 文月学園の制服を着た人――つまり美波を探すという目的は既に達成している。次の目標は元の世界に帰る手段を探すことだ。ムッツリーニはもうレオンドバーグで調べ始めている頃だろう。ならば僕らも合流して一緒に探すべきだ。待ち合わせは今日の夜。今から行けば待ち合わせの時間より早く着くだろうけど、早い分には構わないだろう。

 

「それじゃレオンドバーグって町に行くのね?」

「うん。まずは馬車を探さないとね」

「でも馬車に乗るのってお金が要るんでしょ? お金なんて持ってるの?」

「それなら心配ないよ。えぇと、ちょっと待ってて」

 

 僕はリュックの中から封筒を取り出し、中から紙幣を出して見せる。

 

「ほら」

「えぇっ!? な、何よこれ、凄いじゃない! こんな大金どうしたの!? まさかアンタ強盗を……!」

「ち、違う違う! そんなことするわけないだろ!?」

「じゃあどうしたのよ。このお金」

「昨日魔獣の話をしたよね? あの魔獣が落とした魔石を売ったんだ。そうしたら10万ジンものお金になったってわけさ」

「へぇ~……そうなのね。アンタって運がいいわね」

 

 果たしてこれは運がいいと言えるのだろうか。こんな世界に飛ばされてしまったのは、むしろ運が悪いとも言えそうだけど。

 

「お、見えてきたね」

 

 そんな話をしながら歩いていると駅馬車乗り場が見えてきた。早速そこへ行ってみると、レオンドバーグへの直通線があった。これに乗れば真っ直ぐ目的地まで運んでくれる。僕は2人分の乗車料を払い、先に美波を馬車に乗せた。

 

「段差に気をつけて」

「うん。ありがとアキ」

 

 車内は比較的空いていた。乗客は僕らを合わせて10人。

 

 10歳くらいの女の子。

 それより幼い男の子。

 その両親と(おぼ)しき夫婦。

 白髪の交じった初老の女性。

 赤ん坊を抱えた母親。

 剣を携えた大柄な男は護衛だろう。

 

 大きめの馬車なので席はまだ半分くらい空いている。しかしこれらは埋まることなく出発。僕らを乗せた馬車は一路、レオンドバーグに向かって走り出した。

 

 目の前の座席では女の子と男の子が仲良く遊んでいる。姉弟だろうか。無邪気な笑顔だ。

 

 ……

 

 戦争が知らされていたらこの馬車も奪い合いになっていただろう。怒号が飛び交い、奪い合い、殺し合いに発展していたかもしれない。そうしたらこんな微笑ましい光景だって消えてしまう。今はまだそうなっていなくて良かったと思う。でもこの後のことを考えると、どうしても気持ちが沈んでしまう。

 

 なんとかならないのかな……。

 

 馬車に揺られながら、僕はそんなことばかりを考えていた。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 馬車はレオンドバーグを目指しひた走る。隣に座る美波は両手を膝に乗せ、憂いに満ちた目をして俯いている。ジェシカさんやメイド仲間との別れが寂しかったのだろう。あんな突然の別れをしたのだ。その気持ちは僕にも分かる。

 

「美波」

 

 僕は慰めるように彼女の手に左手を重ねる。

 

「……大丈夫よ」

 

 そう言って美波は笑みを作って見せた。だがその瞳にいつものような輝きは無く、暗く沈んでいるように見える。どう見ても無理に作った笑顔だった。きっと僕に心配を掛けまいと気丈に振る舞っているのだろう。

 

 そんな彼女に対し、僕は掛ける言葉を探した。頭の中の少ない引き出しを開き、いくつものパターンで言葉を組み上げてみた。けれど、どんな台詞を考えても彼女の悲しみを和らげることはできそうにない。結局僕は何も言えず、ただ黙って彼女の手を握ることしかできなかった。

 

「ママ見て見て! リオン王子!」

 

 馬の蹄音とガタガタという車輪の音しか聞こえなかった車内に突然響いた声。それは向かいの席に座る女の子の声だった。女の子は覗き窓から顔を出し、短いツインテールの髪を風になびかせながら外を指差していた。

 

「えっ? リオン様?」

 

 女の子の言葉に疑問を感じたのか、母親と思しき女性も覗き窓を開け、外を見る。

 

「あら本当。ずいぶん沢山の兵隊さんを連れてるわね。魔獣退治かしら?」

 

 その開けられた覗き窓から外の様子が見えた。確かに鎧を纏った沢山の兵士が併走している。しかし向こうは馬車を使っていないようだ。こちらは馬車なので速度は当然こちらの方が早い。僕らの乗った馬車は徐々に隊列を追い越し、何十、何百もの兜が視界を流れていく。

 

「まじゅーたいじ?」

「そうよ。近くにいる魔獣を退治して町を襲わないようにするの」

 

 ……いや、違う。あれは魔獣退治なんかじゃない。あれは……戦争に行く兵士たちだ……。

 

「へー! リオン王子かっこいー!」

「こら。リオン王子”様”でしょ?」

「えへへ~、はーい」

「それにしてはやけに人数が多くないか? 魔獣退治っていつも10人くらいじゃなかったか?」

「そういえばそうね。大きな魔獣でも出たのかしら?」

「まぁ何にしてもリオン王子殿下に任せておけば大丈夫だろう」

「そうね。私たちの安全のためにやってくれているんだもの。感謝しなくちゃね」

 

 向かいの親子連れがそんな話をしているうちに王子の隊列は次第に遠ざかっていく。道がY字状に分かれているようだ。何も知らない親子はパレードでも見るかのように呑気(のんき)にその様子を眺めていた。

 

 僕たちが目指しているのはレオンドバーグ。この道は真っ直ぐ目的地へ向かっているはずだ。向こうはきっとドルムバーグ――つまりライナス王子の元へと向かう道なのだろう。そう思った時、ハーミルから同乗した少女サーヤちゃんのことが脳裏を(よぎ)った。

 

 恐らくあの子のお父さんもライナス軍もしくはリオン軍の兵士として戦いに参加させられているだろう。今日はライナス王子が言っていた”ある勢力を討伐する”日。討伐などと言っているが要するに戦争だ。もう彼も軍隊を率いてこちらに向かっている頃かもしれない。このまま両軍がぶつかれば戦いが始まり、人間同士の殺し合いが始まってしまう……。

 

 僕は俯き、考える。

 

 どうして兄弟で争わなければならないのだろう。確かに僕も姉さんと喧嘩することはある。けれど他人を巻き込んで喧嘩することはない。しかもこんなに大勢の人の命をかけて喧嘩をすることなどあり得ない。同じ人間同士――それも血を分けた兄弟なのだから話せば分かり合えるはず。どうにかして2人を話し合わせる方法は無いのだろうか……。

 

「……」

 

 自らの手の平をじっと見つめ、更に考える。

 

 僕は力を得た。それもあの狂暴な魔獣と戦える程の力を。ドルムバーグでも鎧を着た兵士を軽々と投げ飛ばすこともできた。この力があれば戦いを止めることもできるんじゃないだろうか。

 

「アキ? どうしたの?」

 

 気付けば美波が心配そうな顔をして覗き込んでいた。いけない。こんなことを考えていたら美波に余計な心配を掛けさせてしまう。ここはなんとかしてごまかそう。

 

「ううん。なんでも――――」

「嘘ね」

 

 速攻バレた。

 

「ど、どうしてそう思うのさ」

「だってアキ、凄く真剣な顔をしてるんだもの」

「うっ……。そ、そんなことないよ? ほら、360度どこからどうみてもいつも通りの間抜け顔だろ? あはははっ!」

 

 ……なんだか自分で言ってて悲しくなってきた。

 

「嘘をついてもダメよ」

「う、嘘なんかついてないよ」

「ううん、嘘。ウチには分かるんだから。アンタがそんな顔をしてる時は誰かを助けたいって思ってる時よ」

「うぐ……」

 

 そっか、お見通しってわけか……。

 

「はは……美波には敵わないな」

「アキ。気持ちはウチも同じよ」

 

 美波は真剣な眼差しを僕に向ける。

 

「美波……」

 

 僕は再び自らの手を見つめ、考える。

 

 この戦争、やはりどうしても止めたい。でもただ(あいだ)に入って止めようとしても兵士たちに邪魔をされ、排除されてしまうだろう。下手をすれば敵と見なされて両軍から命を狙われることになりかねない。でも、もし仮にそうなったとしても召喚獣の力があれば対抗することはできる。なにしろ剣士であるウォーレンさんが苦戦していた魔獣を一撃で消し去ってしまうほどの力があるのだから。

 

 しかし相手は人間だ。万が一にも怪我をさせるようなことはしたくない。ならばこの力を見せつけて話し合うように訴え掛けるというのはどうだろう? そうだ。そこら辺の木を殴り倒してこの力を見せればきっと驚いて戦いを止めてくれる。少し脅迫っぽいけど、そうすればきっと話し合ってくれるに違いない!

 

「ごめん、美波」

 

 僕は拳を握り、立ち上がる。

 

「どうしたの? アキ」

「やっぱり僕はバカだったみたいだ」

「なによ改まって。そんなこと知ってるわよ。出会った時からね」

「いやまぁ、そうかもしれないけど……」

「ふふ……それでどうしたの? また何かバカなことをしたの?」

「むしろこれから、かな」

「? どういうこと?」

 

 たぶんこれから僕がやろうとしていることは(はた)から見れば至極愚かなことだろう。こんな作戦がうまく行くかどうか分からない。失敗に終わる可能性も高い。けど……。

 

「僕、どうしても諦めきれないんだ。やっぱりこのまま逃げるなんてできない」

 

 何もしないで後悔するより、やれるだけのことをやってから後悔したい。

 

「……そうね。アンタならそう言うと思ってたわ」

 

 隣の席で僕を見上げる美波。彼女の表情にもう憂いは無い。あるのは澄んだ瞳と一文字に結んだ口。僕の意志を汲み取ってくれたのだろう。

 

「分かってくれるんだね。じゃあ美波はこのまま────」

「1人で町に向かえなんて言うつもりじゃないわよね?」

 

 美波がすっくと立ち上がって言う。まさか一緒に行くというのか?

 

「だ、ダメだよ! 危険過ぎる!」

「嫌よ。ウチだって気持ちは一緒なんだから」

「それは分かるんだけど……僕がやろうとしていることは凄く危険なことなんだ。もしどうしてもダメなら逃げるつもりだし……」

「大丈夫よ。その時はウチも逃げるわ。逃げ足ならウチだって負けないんだからね」

「でも……」

「ダメよアキ。ウチはもう決めたんだから。それに昨日約束したばかりじゃない。もう絶対に離さないって」

「うっ……」

 

 確かに昨夜約束した。二度と離れないと。ずっと一緒にいたいという気持ちは僕だって同じだ。けど、それ以上に美波を危険な目にあわせたくなかった。僕の考えた作戦は下手をすれば両軍を敵に回すことになるのだから。

 

「ウチの性格は知ってるわよね? 諦めなさい」

 

 美波の目は真剣そのものだった。彼女は一度自分で決めたら曲げない性格をしている。もはや止めるのは不可能だろう。

 

「……分かった。でも約束してくれ。絶対に無理はしないって」

「分かってるわ」

 

 僕たちは互いに真剣な目を見合わせ、頷いた。そして足並みを揃えて客車の後部へと歩いていく。

 

「ん? おい、立ち歩いたら危ないぞ。席に座ってろ」

 

 護衛の男が無愛想に言い放つ。危険は承知の上。心配無用だ。

 

「僕たちなら大丈夫です。皆さんはこのまま町に向かってください」

「あァ? 何を言って────あ! おい!」

 

 僕は美波と共に馬車の後部柵を飛び越え、外に飛び出した。馬車はそれなりに速度が出ていた。だが日頃から追い回されている僕らにとってこの程度の飛び降りはどうってことはない。

 

バカやろぉーっ! どうなっても知らねぇぞぉーっ!

 

 遠ざかっていく馬車の後部から鎧の男が怒鳴っている。

 

「ねぇ美波、聞いた? 僕らのこと”バカ”だってさ」

「そうね。ウチもそう思うわ」

「奇遇だね。僕も同じことを思ってたんだ」

「どうしてくれんのよ。すっかりアンタのバカがうつっちゃったじゃない」

「えぇ~……。それって僕のせいなの?」

「そうよ。決まってるじゃない」

「そっか~、決まってるのか~。そうかもしんないね」

 

「「……」」

 

「ぷ……あははっ」

「ふふ……」

 

 思わず吹き出して笑ってしまった。

 

 ホント、信じられないバカだよ。国を分けた戦争を2人だけで止めようだなんてさ。雄二が聞いたらきっと「底抜けのバカだ」とか言うだろうな。でも美波と一緒だと上手くいくような気がする。なんだか不思議な勇気が湧いて来るんだ。

 

「それじゃ同じバカ同士、バカなことをしに行こうか」

「えぇ、行きましょ!」

 

 僕たちは体を反転させ、来た道を逆方向に駆け出した。

 

 目指すはリオン王子の隊。それを追い越し、間に入って戦いを止めるんだ!

 


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