バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第十七話 慌ただしい朝

 翌朝。

 

 パチリと目が覚めた。とても清々しい目覚めだった。美波と会えたことで最も重かった気掛かりが解消したからだろう。僕は窓のカーテンを開け、光を部屋に取り入れる。そこから見えた中庭には心地よい日の光が差し込んでいた。

 

「ん~っ! ……はぁ~……。うん、いい天気だ」

 

 思いっきり両腕を伸ばし、朝の心地よさを満喫していると、

 

 ――トントン

 

 扉をノックする音が聞こえた。

 

「どうぞー?」

 

 快く返事をするとガチャリと扉が開き、1人のメイドが姿を現した。美波だ。

 

「おはようございます。ご主人様」

 

 深々とお辞儀をして美波が言う。

 

「お……おはよう美波。っていうか、ご、ご主人様ぁ??」

「ふふっ、どう? 雰囲気出てたでしょ」

「あぁ、メイドの真似をしたのか。びっくりしたぁ……」

「真似じゃなくて今のウチはメイドなんだけどね。朝食を持って来たの。食べるでしょ?」

 

 そう言って彼女はワゴンを押しながら部屋に入ってきた。

 

「うん。ありがとう、いただくよ」

 

 彼女はテーブルに真っ白なクロスを敷くと、その上に料理の乗った皿を置いていく。手際が良いというか、とても慣れた感じだ。

 

「さ、座ってアキ」

「なんか悪いね」

 

 僕は美波に薦められるままテーブル席に腰かける。

 

「いいのよ。これがウチの仕事なんだから」

 

 そう言いながら美波はテーブルの向かい側の席に座った。

 

「これ、(まかな)いの料理なんだけど結構美味しいのよ?」

「へぇ~、これが賄いなんだ」

 

 どうやら洋食メニューのようだ。テーブルの上にはパンやソーセージなどが乗った皿、それにジャムやスープなどが並べられている。一般的な洋食メニューだけど、焼いたソーセージの芳ばしい香りがしてくる。これは美味しそうだ。では早速いただこう。

 

 と手を伸ばそうとすると、美波がフォークを取り皿の上のニンジンを刺し取った。そうか。これ2人分なのか。美波もこれから朝ご飯なんだな。ん? でもそれにしてはちょっと量が少ないような? なんて思っていると……。

 

「はい、ご主人様。あーん」

「あーん」

 

 ……ハッ!?

 

「なっ、何してんの!? 思わず口を開けちゃったじゃないか! 自分で食べられるよ!?」

「いいじゃない。ほら、口を開けなさいよ」

「い、いいってば。自分で食べるよ」

「なによ。せっかく気分を出してあげようと思ったのに」

「だって……は、恥ずかしいじゃないか……」

「ウチは平気よ?」

「僕が恥ずかしいの!」

「もう、アキったら恥ずかしがり屋ね。誰も見てないのに」

 

 クスクスと笑いながら美波がフォークを口に運び、パクッとニンジンを食べる。

 

「いや、だって美波が見てるじゃないか」

「当たり前じゃない。ウチはアキの恥ずかしがる顔を見たくてやってるんだから」

 

 そう言うと彼女はフォークをくるりとひっくり返し、渡してきた。

 

「勘弁してよ……」

 

 僕はフォークを受け取るとウインナーを突き刺し、口に運ぶ。パキッという感じの歯触り。お、荒挽きソーセージか。これは美味しい。

 

「あーあ。つまんない。もっとアキも乗ってくれればいいのに」

 

 美波がテーブルで頬杖を突きながら、ぷぅっと頬を膨らませる。

 

「そんなこと言ったってさぁ……」

 

 そりゃあ、ふっ切れればもっとバカになれるのだろう。でも僕はまだ美波に対して遠慮というか、後ろめたさのようなものを感じている。どうしても”まだ彼氏として相応しくない”という意識が働いてしまうんだ。美波がもっとベタベタしたいって思ってるのは分かってるんだけど……。

 

「それでアキ、この後どうするの?」

「ん。この後って?」

「朝食の後の話よ」

「あぁ、ムッツリーニとの待ち合わせは明日の夜だから今日は特に予定は無いかな。美波は?」

「ウチも今日の仕事は無しよ。昨日ジェシカさんにアキと一緒に行きたいって言ったら仕事はもういいから行きなさいって言ってくれたの」

「そっか。それじゃ今日はお互いフリーだね」

 

 それじゃ今日は一緒に町に出てみようか。と話そうかと考えていると、ドンドンドンと慌ただしく扉が叩かれた。

 

『シマダ、ヨシイ、いるんだろう? 開けておくれ!』

 

 この声はジェシカさんだろうか。ずいぶん慌てているようだ。どうしたんだろう?

 

「はーい、今開けます」

 

 美波が答えながら扉を開ける。すると大きな身体のメイド長が飛び込んで来て、扉をバタンと乱暴に閉めた。

 

「2人とも、ここをすぐに出るんだよ!」

「えっ? 今すぐにですか? まだアキに朝食を食べさせてるんですけど……」

 

 美味しくいただいてますが、食べさせてもらってはいません。

 

「さっき殿下が兵を引き連れてここを出たんだけどね、あれはどう見ても人間相手の装備だよ」

「人間相手……? ま、まさか戦争に!?」

 

 そうか、ライナス王子はあの時”2日後”と言っていた。思えばあれから2日。今日がその日だったのか!

 

「厳戒態勢命令を出していったから、きっとそうだろうね」

「厳戒態勢?」

「あぁそうさ。殿下が戻られるまで何人(なんぴと)たりとも城を出入りさせるな、とさ」

「え……そ、それじゃ僕たちも出られないんですか!?」

「そういうことだね。けどアンタらはアタシが責任を持ってこの城から出してやるよ。戦争なんてアンタらには関係の無いことだからね」

「で、でもそんなことをしたらジェシカさんが反逆者になっちゃうんじゃないですか?」

「安心をしシマダ。アタシが何年この城のメイドをやってきたと思ってるんだい? 適当にごまかしてやるよ」

「ジェシカさん……」

「さぁ早く仕度しな。リオン殿下が負けるとは思わないけど、万が一負けるようなことがあれば敵兵がここまで攻めてくるよ」

「それならジェシカさんも一緒に逃げましょうよ!」

 

 美波の提案にメイド長は静かに首を横に振る。

 

「最後まで主人に尽くす。それがメイドの仕事さ」

「そんな……」

「悩んでる暇は無いよ。今はまだ町の人もこのことを知らされてないけど、それも時間の問題さ。噂が広まったら町は大混乱に陥る。そうなったら馬車も町から逃げる人で満員さ」

「く……」

 

 できることならこの戦争、止めたかった。悲しみだけを産み出すこの愚かな行為を止めたかった。悔しい……。自分には止められないのか。何もできないのか。

 

 ……いや、今はそんなことを気にしている時ではない。ジェシカさんがこうして僕らを逃がそうとしてくれているんだ。その思いを無駄にしちゃいけない。

 

「美波。行こう」

「で、でも!」

「ジェシカさんの気持ちを考えるんだ。僕らが今やるべきこと、分かるよね」

「分かってるわよ! 分かってるけど……」

「そうだよシマダ、アンタは元々この世界の人間じゃないんだ。アンタらが巻き込まれる必要なんてないんだよ。さぁこれに着替えて早くお行き」

 

 ジェシカさんはそう言って畳まれた服を差し出してきた。

 

 赤のスカートとネクタイ。

 白いワイシャツ。

 紺色のブレザー。

 

 紛れもなく文月学園の制服だ。

 

「これって……ウチの……制服?」

「あぁ。昨日門の前でこれと同じ服を着ているヨシイを見た時にピンと来たんだ。この子はきっとシマダを迎えに来たんだってね」

 

 そうか、それで昨日ジェシカさんは何も聞かずに僕を入れてくれたのか。こうして美波と再会できたのは奇跡でもなんでもない。ジェシカさんのおかげだったんだ……。

 

「これはアンタらの世界の服なんだろう? アタシが洗っておいたから新品同様だよ」

「ジェシカさん……ありがとうございます……。ウチ、なんてお礼を言っていいか……」

「礼なんていいから早く着替えな」

「はいっ!」

 

 美波は元気に返事をすると、黒いワンピースを脱ごうとする。……って!?

 

「わぁっ! ちょ、ちょっと待って美波!?」

「えっ?」

「えっ? じゃないよ! ここで着替えるの!?」

「だって他の部屋に移ってる暇なんて――あっ! あ、アンタは後ろを向いてなさいっ!」

「う、うん」

「絶対にこっち見ちゃダメだからね!」

「わ、分かってるよ」

 

 言わなかったら生着替えを拝めたんだろうか。なんてことを一瞬思ったけど、そんなことをしたら殺されるよね。

 

 

 

          ☆

 

 

 

 美波の着替えが終わり、僕たちはジェシカさんの案内で廊下を歩く。途中何人もの兵士とすれ違ったが、僕たちを呼び止める者はいなかった。誰もが深刻そうな顔をして、慌ただしくドタバタと走り去って行く。

 

 ――これはただ事ではない。

 

 僕は肌でそれを感じ取っていた。

 

「アキ……」

 

 美波が僕の袖をつまみ不安げな声をあげる。こんな経験は初めてなのだ。不安は当然だろう。

 

(大丈夫。僕たちを捕まえようってわけじゃないから)

 

 僕は囁き、美波の手を取りぎゅっと握る。こうすることで少しでも不安を拭えればと思ったから。

 

「いいかい2人とも、よくお聞き」

 

 先頭を歩くジェシカさんが深刻そうな声で話し始めた。

 

「「はい」」

 

 僕と美波はその語気に込められた思いを察し、揃って返事をする。

 

「さっき話したとおり今は誰も城から出られないようになってる。特に正門と裏門は厳重に警戒されてるだろう。蟻一匹通さないくらいにね」

「そんな……じゃあどうやって出ればいいんですか?」

 

 美波が僕の手をぎゅっと握り返しながら尋ねる。

 

「正門と裏門は無理だね。だから通用口から出るよ」

「通用口?」

「あぁ。シマダは使ったこと無いだろうけど、この城にはメイド専用の出入り口があるのさ」

 

 つまり一般家庭で言う”勝手口”というやつだろうか。

 

「そこも警備兵が見張ってるだろうけど人数は少ないはずさ。アタシがそいつらに話しをつける。アンタらはうまく口裏を合わせるんだよ」

「「はいっ!」」

 

 話を終え、僕らは黙って廊下を歩く。前方には静かに歩を進める大きな身体。そんなジェシカさんに僕は不思議な頼もしさを感じていた。

 

 

 ――――5分後

 

 

「ここだよ」

 

 木の扉の前でジェシカさんが立ち止まって言う。どうやらここが通用口らしい。その扉はジェシカさんの身体がようやく通れるくらいの小さなものだった。彼女はスカートのポケットからカギを取り出し、その扉を開ける。

 

「さぁ、ついて来な」

 

 そう言ってジェシカさんは扉をくぐるように出て行く。扉の向うを見ると、そこは緑の芝生が生える道だった。その少し先には黒い門があり、その向こう側には銀色の鎧を纏った兵士が1人いるのが見える。

 

「見張りが1人いるね。アタシが話をつけるから何気ない顔で”行ってきます”と言って通るんだ。いいね?」

「「……」」

 

 ジェシカさんの言葉に僕らは返事ができなかった。美波が今にも泣きそうな顔をしていて、僕はそれをどうしたらいいのか分からなかったから。

 

「そんな顔をするんじゃないよシマダ。アンタはヨシイと一緒に帰るんだろう?」

「……はい」

「よし、さぁ行くよ」

「お世話になりました……!」

 

 美波は髪が逆さまになるくらいに深々と頭を下げ、礼を言う。

 

「ジェシカさん、僕からもお礼を言います。美波を助けてくれて、ありがとうございました」

 

 僕も美波と同じくらいに腰を曲げ、頭を下げる。

 

「あんまりアタシらのことを気にすんじゃないよ。なぁに、お互い運が悪かったらまた会えるだろうさ」

「「はいっ!」」

 

 僕らは頭を上げると顔を見合わせ、互いに”うん”と頷く。そして先行するジェシカさんに続き、小さな扉から外に出た。

 

「ちょいとここを開けておくれ」

「これはジェシカ様。ですが今は誰も通すなとの命令を受けております。申し訳ありませんが、ジェシカ様といえどもお通しするわけにはいきません」

「いいのかい? それじゃアンタの食事は抜きだよ?」

「えぇっ!? な、なぜですか!? まさか私を脅迫するおつもりですか!?」

「そうじゃないよ。食材の買い出しに行けないからさ。でも外に出ちゃいけないって言うんだから当面食事抜きになっても仕方ないだろう?」

「う……そ、それは困ります……」

「それじゃ通してくれるね?」

「背に腹はかえられません……わかりました」

「よし、じゃあこの子らを通しておくれ」

「その者を、ですか? ジェシカ様ではなく?」

「あぁ、そうだよ」

「しかし彼らのあの服装は……?」

「あの子らがあの格好がいいって言うからアタシが許可したのさ。何か文句があるかい?」

 

 ジェシカさんはスッと目を細くして兵士を睨む。これは美波や姉さんもよく使う目で、攻撃態勢を意味する目だ。

 

「い、いえ! ありませんです!」

 

 すると兵士は慌てた様子で門を開け始めた。このおばさん、本当に凄い人だな……。でも僕もこんな風にジェシカさんに睨まれたら言うことを聞いてしまうかもしれないな。だって、あの鋭い目付きが怒った時の美波の目に良く似ているから。

 

「よし、それじゃ2人とも行っておいで」

 

 門を出た僕らは声を揃え、今一度深々と頭を下げる。

 

「「行ってきます!」」

 

 10秒ほど感謝の念を送り、僕らは後ろを見ずに駆け出した。

 

「美波」

「うん」

「絶対に元の世界に帰ろう。ジェシカさんの思いに応えるためにも!」

「えぇ、もちろんよ!」

 

 

 僕らは手を取り合い、町の中へと走って行った。

 


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