ゲートをくぐった瞬間、凄まじい光が目に飛び込んできた。あまりの眩しさに目を開けていられないくらいだった。僕は腕で目を伏せて光の道を走るが、目を伏せていても眩しさは増す一方。光が脳内に直接届いているかのようだった。あまりに強烈な刺激に次第に意識が遠くなり、僕はいつの間にか気を失ってしまっていた。
――――――
――――
――
「――――君! 明久君! ――っかり――ください! ――久君!」
……ん……。
この……声は……姫路……さん?
「――明久君! 目を開けてください! 明久君!」
姫路さんの悲壮な叫びが聞こえてくる。なんだか起きなくちゃいけない気がする。
「う……」
「あっ! 明久君!? 気が付いたんですね! 良かった……」
「うう……な、なんか……頭がぼーっと……して……」
「大丈夫ですか明久君? 私が分かりますか?」
心配そうに覗き込む女の子の姿がぼんやりと見えてくる。ふわっとした長い髪。上から見下ろされているので強調されているのだろうか。凶悪なほどに大きな2つの膨らみが目の前に聳えている。
「姫路……さん?」
「私が分かるんですね。良かった……本当に良かった……」
いくら僕だってこんなに強烈なものを見せつけられて分からないほどバカではない。
「おぉ、気が付いたか明久よ」
ひょい、ともう1人の美少女が僕の顔を覗き込んできた。秀吉だ。
「秀吉……無事だったんだね」
「んむ。お主も無事で何よりじゃ」
次第に目が慣れてきて、周囲の様子が見えるようになってきた。
古ぼけた壁。
痛んだ畳。
傷だらけのちゃぶ台。
それは見慣れた風景だった。
「ここは……?」
「Fクラスの教室です。私たち帰って来たんですよ」
姫路さんがにっこりと微笑んで言う。
「うん。このボロっちい教室はどう見てもFクラスの教室だね」
そうか。ようやく帰ってきたんだな。僕たち……。
「ってそうだ! 美波! 美波は!?」
ガバッと跳ね起きて教室内を見回す。姫路さん。秀吉。ムッツリーニ。それに雄二と霧島さんの姿が見える。畳の上で仰向けに寝ているのは清水さんだ。美波がいない!? ま、まさか取り残されて――!?
「ウチならここよ」
その時、後ろから女の子の声が聞こえてきた。驚いて振り向くと、そこには可憐に微笑む美波の姿があった。
「美波! 無事だったんだね! 良かったぁ……」
「当たり前じゃない。ウチが1人で向こうの世界に残るとでも思った?」
「あ、はは……そっか……そうだよね」
僕たちは手を繋いでゲートをくぐったんだ。美波だけ取り残されるはずがないか。それにしてもまさか最後の最後であんな罠が待っているなんて思わなかったな。まさか美波が乗っ取られちゃうなんてね。でも良かった。清水さんを含めて全員脱出できたみたいだ。
「しっかしまぁなんだ。お前もなかなかやるじゃねぇか」
「ん? 僕?」
「あぁ。まさかあの土壇場であんなことをするなんて思わなかったぜ」
「なんだよ雄二。何が言いたいのさ」
「いいのか? 言っちまって」
ん……? おかしい。雄二がニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべている。このいやらしい顔は僕に都合の悪いことを言う時の顔だ。
「なんですか坂本君? 明久君が何かしたんですか?」
「ワシも知りたいぞい」
「へへっ……実はな、さっきなかなか島田が出てこなかった時にな」
!?
さっき僕が美波にしたことを言うつもりか!?
「わーっ! わーっ! わーっ! 言うなーっ! 言うなぁーっ!」
「なんだようっせぇな。別にいいだろ言ったって」
「そうよ。ウチだって聞きたいわよ」
「尚更ダメーーッッ!!」
じょ、冗談じゃない! あのことが皆に知られたらこれをネタに一生からかわれるに決まってる! しかも美波も聞きたいだなんて公開処刑みたいなもんじゃないか! 何としても秘密を守らないと!
「なによ。どうして尚更ダメなのよ」
「それは、その……えっと……ぼ、僕のプライマリーだから!」
「明久よ……それを言うならばプライバシーじゃ」
「わ、分かってるよっ! とにかく秘密! 雄二! もしバラしたらひ孫の代まで呪ってやるからな!!」
「どうやら明久にとって都合の悪いことのようじゃな」
「…………興味津々」
「ダメったらダメェーーッッ!」
ムッツリーニなんかに知られたら最悪だ! よ、よし、ここは誤魔化してさっさと帰るように仕向けよう!
――ガラッ
その時、突然教室の扉が開いた。そして、
「コータくーーーーん!!」
ショートカットの女の子が飛び込んで来て、ムッツリーニに飛びついた。って……。
『『『コゥタくぅぅん!?』』』
その場の全員が疑問の声をあげた。理由はもちろん飛び込んできた女の子が発した言葉が僕らの常識を覆すものだったからだ。
「コータくん! コータくん!! やっと目を覚ましたんだね! ボクとっても心配したんだよ!!」
彼女はそう叫びながらムッツリーニに頬を寄せ、すりすりしている。こ、こんなバカな……。
「……愛子?」
「あっ、代表! 代表も無事だったんだね!」
霧島さんのことを”代表”と呼ぶ女の子。名は工藤愛子という。Aクラス所属でいつもムッツリーニと保健体育で張り合っていた女の子だ。彼女は以前からよくFクラスに遊びに来ていた。なので教室に飛び込んで来たこと自体は珍しいことではないのだが、問題はムッツリーニの呼び方だ。
「あ、あの、愛子ちゃん? ちょっと質問……いいですか?」
「ん? なに? 瑞希ちゃん」
「その……こ、こーた君っていうのは……?」
「えっ? コータ君はコータ君だよ?」
「いえ、その……いつもと呼び方が違うような気がして……」
そう。僕もそれが聞きたかった。工藤さんがムッツリーニを呼ぶ時はいつも”ムッツリーニ君”だった。最初のAクラス戦で知り合った時からずっとそうだった。それが突然”コータくん”になったのはどういうことなんだろう?
「あぁ、そのこと? えへへ~っ、実はちょっと事情があってね。呼び方を変えさせてもらったんだ~」
ペロリと舌を出して答える工藤さん。呼び方を変える事情ってなんだろう? そういえば僕も最初は美波のことを「島田さん」って呼んでたっけ。美波も僕のことを「吉井」って呼んでたし。それが突然美波が呼び方を変えろって言い出したんだよね。あれにも何か事情があったのかな?
「……事情って?」
「え~? 代表も知りたいの? でも秘密だよ」
「分かった! ねぇ愛子、アンタ土屋に告白したんでしょ!」
「えっ!? 美波ちゃんどうしてそれを知ってるの!?」
『『ええぇぇーーーーっ!?』』
く、工藤さんがムッツリーニに告白だなんて……そんなバカな……!
「お、おいムッツリーニ! それは本当か!?」
「無駄じゃ雄二よ。とっくに気を失っておる」
「ンなこと関係ねぇ! いいから答えろムッツリーニ!」
「お主も無茶を言うのう……」
さすがの雄二も今回ばかりは混乱しているようだ。秀吉の言うようにムッツリーニは工藤さんに抱きつかれた瞬間から気を失っている。それも大量の鼻血を吹きながら。こんな状態で答えられるわけがないのは僕にだって分かるのに。
「あ、愛子ちゃん! 本当に土屋君に告白したんですか!?」
「バレちゃったらしょうがないね……実はそうなんだ。でも返事は貰えなかったんだよね」
「えっ? そうなんですか?」
「ボクが勇気を出して告白したのにコータくんってば何も言わずに逃げちゃったんだ。顔を真っ赤にしてね。それから何度も話そうとしたんだけど、いくら探しても全然見つからなくてさ。きっとどこかに隠れてたんだと思うんだよね。でも断られたわけじゃなさそうだからボクが勝手に呼び方を変えさせてもらったんだ」
『『へぇ~~~~』』
これは驚きだ……まさか工藤さんがムッツリーニのことを好きだったなんて……でも今まで事ある度にムッツリーニに絡んできたことを思うと納得できなくもない。そうか、ムッツリーニにもついに彼女が……って、まだムッツリーニが答えてないからカップル成立ってわけじゃないのか。
「やるじゃない愛子。いつか告白するとは思ってたけど、もうしてたなんてびっくりだわ」
「や、やめてよ美波ちゃん……恥ずかしいよ……」
「愛子ちゃん、なんて言って告白したんですか?」
「そ、そんなの言えないよ!」
「いいじゃない。教えなさいよ愛子」
「そうですよ。私も知りたいですっ」
「美波ちゃんの告白を教えてくれたらって条件ならいいよ!」
「えぇっ!? う、ウチの!? ダメッ! 絶対にダメッ!」
「ほ~ら。美波ちゃんだって恥ずかしいんじゃないか~」
えっと……あの……と、とりあえずムッツリーニを放してあげてほしいんですけど……このままじゃ出血多量で本当に死んじゃうよ?
――ガラッ
「ようやく帰ってきたねジャリども」
色恋話に花が咲いている所にまったく無縁の人が入ってきた。なんと空気の読めない
「あぁ、この通りなんとか帰れたぜ」
「まったく、世話を焼かせんじゃないよ。どれだけアタシが苦労したか……ん? おかしいね。全部で8人だったはずだが1人多いね」
「学園長先生、愛子ちゃんはさっき来たばかりなんです」
「そうかい。それで土屋は何をやってるんだい?」
ムッツリーニは既にぐったりと首をもたげてしまっている。何をやっているというか、助けてあげてほしい。
「……愛子。土屋が」
「えっ? ……わっ! どうしたのコータくん!? すっごい鼻血だよ!?」
工藤さん、それはあなたが抱きついているからです。
「まったく……どこまで世話を焼かせるつもりだい。仕方ない。西村先生に言って土屋は保健室に連れて行ってもらうよ」
「学園長先生! 、ボクが連れて行きたいです!」
「あぁ? これ以上手間掛けさせんじゃないよ! お前たちは今すぐ帰んな! メンテナンスの邪魔だよ!」
「えっ……で、でも学園長先生! 私たち1ヶ月以上も――」
「うるさいね! ごちゃごちゃ言ってると姫路であろうと留年させるよ!」
うわ、学園長が本気で怒ってる……こりゃ変なとばっちりを受ける前に帰った方が良さそうだ。
「帰ろう姫路さん。ここに居たら迷惑みたいだ」
「えっ? で、でもまずはお
「いいからいいから。はい、鞄」
「あ、ありがとうございます……」
「ほれほれ、アンタらも帰った帰った。まったく……これから徹夜でメンテナンスだよ」
そうか、召喚システムを元に戻す作業をするのか。確かに僕たちは邪魔になりそうだ。
「へいへいっと、じゃあ帰ろうぜ皆」
「そうだね」
こうして僕たちは教室を追い出され、それぞれの家に帰ることになった。
それにしてもずいぶん長いこと異世界に迷い込んでたよな。えぇと……36日間……かな? 姉さん心配してるだろうな……それに美波のご両親にも謝りに行かないといけないかな……。
……
美波のご両親……。
「む? どうしたのじゃ明久よ? ずいぶんと顔が赤いようじゃが」
「っ――!? な、なんでもないよ!?」
「何を慌てておるのじゃ。帰ろうと言い出したのはお主じゃろう。ほれ、行くぞい」
「う、うん」
今更だけど、ここに帰ってくる直前、なんだかとんでもないことを言ってしまった気がする。魔人王を追い出したい一心で我武者羅になって叫んだけど、今にして思うと僕が言ったことって、なんていうか……その……ぷ、プロポーズ……みたいな……?
もし美波があのことを覚えてたらどうしよう……。今更嘘だなんて言えないし、だとしたら責任を取って……? そしたらやっぱり美波のご両親には挨拶に行かなくちゃならないよね。こういう時ってどう言えばいいんだろう……。
『アキー? どうしたの? 早く出ないと先生に叱られるわよー?』
ビクッ!?
「わ、分かってる!」
だ……大丈夫。あの様子なら僕の言ったことは覚えてないはず。そうさ、あの時は魔人王が美波の五感を奪っていたんだ。きっと聞こえてない。うん。そうに違いない。
ついにここまで来ました。
本作品もあと2話で完結を迎えます。
最後まで気を抜かずに全身全霊を込めて書き上げます!