バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第六十一話 創造主

 神殿に入った僕たちは奥へと進んで行く。内部は右を見ても左を見ても暗闇が広がっていた。うっすらと見える壁面はまるで洞窟内を思わせるようなゴツゴツした岩。足の下も岩に近い土のようだ。上を見上げれば真っ暗で天井があるのかさえ分からない。きっと岩山の内部全体が1つの空洞になっているのだろう。

 

「ご、ごめんくださ~い……どなたかいらっしゃいますか~……?」

 

 さすが姫路さん。どんな時でも礼儀正しい。けれど彼女の挨拶に返事を返す者は居ないようだ。

 

「誰もおらぬようじゃな」

「そうみたいですね……」

 

 僕らは暗い神殿の中を歩き進む。入り口は石で作られた人工物だったけど、中は自然にできた洞窟のような感じだ。暗くて照明の類いが一切無いため、視界が非常に悪い。しかも奥に行けば行くほど徐々に暗くなっていく。今では背後の入り口からの光で僅かに地面が見える程度だ。

 

「ね、ねぇ坂本、どこまで行くの? もうここら辺でいいんじゃないの?」

「いや。もっと奥まで行く。ババァは”真ん中”と言ってたからな」

「もういいじゃない。きっとこの辺りが真ん中よ。早く腕輪使いなさいよ」

「そう慌てるな島田。万が一にも失敗するわけにはいかねぇんだ。ここは慎重に行く」

「うぅっ……どうしてこんなに暗いのよぉ……」

 

 後ろから美波の震えた声が聞こえてくる。更には首筋に生暖かい吐息が……。

 

「ね、ねぇ、美波、そんなにくっつかれると歩きにくいんだけど……」

「べっ、別にいいでしょ! ちょっとひんやりしててアンタが寒いかなって思って暖めてあげてるんだから! 感謝しなさい!」

「そ、そうなんだ。ありがとう?」

 

 確かに神殿内は気温が低めだ。でも震えるほどでもない。にもかかわらず、僕の背に当てられている美波の両手はガタガタと震えている。これはひょっとして……。

 

「美波。もしかして怖いの?」

「ばっ……! バカ言ってんじゃないわよ! い、いくら暗いからってウチがこんなのを怖いだなんて思うわけないでしょ!」

 

 これほど分かりやすい嘘もないな。まぁこの計り知れない広さと暗闇に恐怖を覚える気持ちは分からなくもない。それに美波はお化けが苦手だし。でもこれはこれで頼られてる感じがして悪い気はしないね。

 

「……雄二。私も怖い」

「ちょっ!? お、お前までくっつくな!」

「……私も暗いのが苦手。だからしっかり手を握ってほしい」

「嘘をつくな! 危ねぇから離れろ! 足下が見えねぇだろ! いててててっ! う、腕を捻るな!!」

「……暗くてよく見えない」

「よく見えない奴が的確に関節を極めるんじゃねぇっ!」

 

 暗くてよく見えないけど、きっと霧島さんが雄二の腕を後ろ手に捻っているのだと思う。霧島さんは相変わらず積極的だ。

 

「どうじゃムッツリーニ、何か見えるか?」

「…………何も見えない」

「さすがのお主にも見えぬか」

「…………俺は探査機じゃない」

「それもそうじゃな」

「でも土屋君の気配を感じる力って凄いと思います。私も頼りにしてます」

「…………」

「んむ? なんじゃムッツリーニ、照れておるのか?」

「…………そ、そんなことは……ない」

 

 姫路さんと秀吉、それにムッツリーニがそんな会話をしながら歩いている。どうやら姫路さんの中でムッツリーニの評価が少し上がっているみたいだ。

 

 そんな感じで楽しく話をしながらデコボコした歩く僕たち。この時には光はほとんど届いておらず、ぼんやりと光る雄二の腕輪の灯りだけが頼りになっていた。

 

「んむ? どうしたのじゃ?」

 

 しばらくして先頭を歩くムッツリーニがピタリと足を止めた。

 

「…………何か居る」

「なんじゃと!?」

 

 ムッツリーニの一言で全員がバッと身構える。やはり例の”(あるじ)”なのか? それとも魔獣の類い? どちらにしても装着した方がいいんじゃないだろうか?

 

「雄二、装ちゃ――」

「シッ! 黙れ!」

 

 あの雄二が異常なまでに警戒している。他の皆も黙り込み、緊張した空気が張り詰める。相変わらず僕の背中には美波の手が添えられていて、その手がカタカタと震えているのを感じる。

 

(僕の後ろに隠れてて)

(う、うん……)

 

 美波はそう返事をしても背中に伝わってくる震えは止まらない。

 

 ……やっとここまで来たんだ。魔王だろうがなんだろうがやってやる!

 

 僕はぐっと腰を落とし、いつでも動けるように警戒を強める。すると、

 

《――やはり来よったか。まったく、役に立たたぬ魔人どもめ》

 

 そんな声が神殿内に響き渡った。どうやらお出ましのようだ。

 

「何者じゃ! 名を名乗れ!」

 

 秀吉が声の主に向かって声を張り上げる。皆は息を呑んで声の主の答えを待つ。

 

《――余は魔族の王。魔人王なり》

 

 え? 魔人王? 魔王じゃないの? まぁいいか。どちらにしても魔人のボスであることに変わりはなさそうだ。ということは、やはり襲ってくるのか?

 

「魔人王さん。ひとつ教えてください」

 

 意外なことに姫路さんが率先して魔人王に質問をした。こう言っては失礼かもしれないけど、怯えて何かを発言するようなことはないと思っていた。それは他の皆も同じようで、誰もが姫路さんに対して意外そうな視線を送っていた。

 

《――余が答える道理は無い。だがまぁよかろう。申してみよ》

 

「ありがとうございます。では質問させていただきます。魔人を作ったのはあなたなんですか?」

 

《――いかにも。余が土より作り上げたものだ》

 

「土……ですか?」

 

《――左様。我が力を込めた結晶体を用いて土より錬成したものよ》

 

 力を込めた結晶体? そうか! あの胸に埋め込まれていた魔石のことか! な、なんてことだ……魔人は魔獣と違って無から作られたものだったのか……!

 

「魔人王、俺からも聞きたいことがある」

 

《――つけ上がるなよ人間。余が貴様らすべての疑問に答えるとでも思うたか》

 

「まぁいいじゃねぇか。それともアンタは王を名乗っていながら何も知らねぇってことか?」

 

《――口の減らぬ者め。よかろう。申してみよ》

 

「へへっ、そうこなくちゃな。それじゃ聞かせてくれ魔人王。魔人族を産み出したのがあんただとして、なぜ魔人に魔獣を作らせた」

 

《――それは余が命じたものではない。余は力を込めし結晶を与えたのみ。魔人どもが魔獣とやらを産み出したのは余の真似をしただけであろう》

 

 えぇと……つまり、魔人とは魔人王が土から作ったもので、その魔人が魔獣を作った理由は知らない。彼らが勝手にやったこと。ということか。ずいぶん無責任な話じゃないか。

 

「……まるで人ごと」

 

 静かに呟くように霧島さんが言う。ただ、いつもの静けさとは違う。その言葉には怒りの念が込められているようにも感じられた。

 

「質問を変えよう。なぜ魔人を作った」

 

《――恨みを晴らすため》

 

「恨みだと? 俺はあんたとは初対面であって恨みを買う覚えは無いぞ」

 

《――貴様など知らぬ。余の目的はヨシイただ一人だ》

 

「えぇっ!? ぼ、僕ぅ!? なんで!?」

「明久てめぇ! 今度は何をしやがった!」

「すべてはお主が原因じゃったのか!」

「…………返答次第では抹殺」

「ちょ、ちょっと待ってよ皆! 僕にはまったく身に覚えが無いんだけど!?」

 

 皆して僕を責めるけど、本当に覚えなんてない。そりゃ今まで色々な人に迷惑はかけてきたかもしれないけど、この世界で恨まれるようなことはしてない。……ハズだ。

 

「えっと……ま、魔人王! なんで僕を恨むのさ! 理由を教えてよ!」

 

《――知らぬ》

 

「はぁぁ!? 何だよそれ! 知らないのにどうして僕を恨むんだよ!!」

 

《――余は個体の意思に従ったまで。理由など知らぬ》

 

「はぃ? 個体? 意思? わけ分かんないだけど……」

 

 コイツ、頭がイっちゃってるのかな。もしかして相手にしない方がいい系統の人なんだろうか。

 

《――されど魔人どもは全て愚作であった。よもやここまで余の(めい)に背くとは思わなんだぞ》

 

 ……

 

 話しはじめてからずっと思ってたんだけど……なんか口調と声が凄くアンマッチなんだよね。まるでお殿様のような口調に対して、声は甲高くて女の子のような声。でもこの声、どこかで聞いたことがあるんだよな。どこで聞いたんだったかなぁ……。

 

《――まぁよい。話は終わりだ》

 

 !

 

「く、来るのか……!?」

 

 あいつの言うことが本当ならば狙っているのは僕ひとり。理由はよく分からないけど、名指しで狙われた以上、僕がなんとかしなければならないだろう。少なくとも美波には被害が及ばないようにしないと……!

 

「美波。少しだけ離れて」

 

 もし装着するのなら周囲に衝撃波が発生する。くっついていられると美波を巻き込んでしまう。そう思って僕は美波を遠ざけた。

 

《――そういえば魔人のうち1匹がなかなか面白い趣向を凝らしておったな》

 

 コツコツと靴音を立てて魔人王が歩み寄ってくる。この軽い足音。それほど大きな身体ではないようだ。音から察するに二足歩行。それも人間サイズ。巨大化したギルベイトのような化け物ではなさそうだ。

 

《――どれ。余も試してみるとしようぞ》

 

 ……なんだ? さっきからあいつ何を言ってるんだ? 全然話が読めない。もしかして僕を混乱させるためにわざと意味不明なことを口走っているのか?

 

「気をつけろよ明久。何か仕掛けてくるぞ」

「あぁ、分かってる」

 

 謎の言動の魔人王。だが僕に対して敵意を抱いていることだけは確かだ。異様な不気味さを感じなら僕はその行動を見守った。あのギルベイトが恐れ、従っていた奴だ。きっと何かとんでもないことを仕掛けてくるに違いない。

 

 ――カツッ、カラン、カララン

 

 ? なんだ? この音。何かガラスのようなものを転がすような……?

 

《――さぁ、再び蘇り、余の(めい)に従え。あのゴミどもを踏み潰すのだ!》

 

 魔人王が甲高い声で叫ぶ。その声は神殿内に反響し、エコーがかかったように何度も僕の耳に入ってきた。

 

「な、何ぃッ!? こ、こいつは……!?」

 

 続けて雄二の驚きの声が聞こえてくる。その驚きは誰もが感じていたに違いない。

 

《ヴォォォォーーーーンッ!!》

《ゴヴァォォーーーーッ!!》

 

 鼓膜を破らんばかりのドでかい雄叫び2つが神殿内に響く。その声の主は僕らの目の前でみるみる巨大に成長していった。

 

「そ……そんな……こんな……ことって……!」

「ば、バカな……ワシは夢でも……見て……おるのか……?」

 

 美波や秀吉の声が震えている。当然だ。この僕だって今目の前で起きていることが信じられない。こんなことが現実に起こりうるなんて……い、いや、ここは現実世界じゃないんだった。だから何が起きても不思議は無いんだ。しかし……こいつは……。

 

「ギ……ギル……ベイト……お前……」

 

 僕は目の前に(そび)える灰色の塊に向かってその名を呼んだ。そう、岩の塊は奴の姿によく似ていたのだ。あの時、海岸に現れた巨大なミノタウロスの姿をした奴に。

 

 しかし……こ、この異様な形は何だ……?

 

 足は4本。腕も4本。とてつもなく巨大な体が1つに、首が2本出ている。片方は牛の顔。もう片方は……あの(つの)の感じ。羊……か? まるで2つの生命体がぐちゃぐちゃに混ざり合ったような感じだ。

 

「ネ、ネロス……? お前、ネロスなのか……?」

 

 ガクガクと身を震わせながら雄二が灰色の塊に向かって問い掛けている。ネロスというのは確か魔人のうちのひとり? ま、まさか……!

 

「ゆ、雄二……まさかあれって……」

「あぁ。あの頭の感じ、間違いねぇ。ネロスの野郎だ」

「そ、そうなんだ……あのもう片方はギルベイトだよ。たぶん……いや、間違いなく」

「やはりそうか……くそっ、なんてバケモンを作りやがるんだ……」

 

 もはや動物でも人でもない。まさしく化け物だった。このモンスターを前に僕たちは呆然と立ち尽くした。ただ、その姿を見ているうちに僕の胸の内には怒りのような感情が芽生え始めていた。

 

「ねぇちょっとアンタ! どうしてまた出てくるのよ! アンタあんな顔して消えたじゃない! ありがとうって言ってたじゃない! それなのに……どうして!? どうしてなの……!!」

 

 美波の涙声でハッと我に返った。そうだ。あいつは最期に僕に礼を言っていた。あんな最期を迎えたはずなのに、また僕らの前に現れて……こんな姿を晒すなんて……こんなの……こんなの間違ってる!!

 

「美波。下がって」

「もう嫌! いい加減にして! こんなの絶対におかしいわよ!」

「美波!」

「!……アキ……」

「いいから下がるんだ。ここは僕に任せてくれ」

 

 この時の僕は震えていた。だがこれは恐怖による震えではない。握る拳に力が籠もる。これまでに感じたことのない怒り。それが僕の全身を打ち震わせているのだ。

 

「皆も手を出さないでくれ。あいつは僕1人でやる」

 

 僕は皆にそう告げ、スタスタと歩を進める。巨大な岩の塊は言葉にならない呻き声をあげ、ウネウネとうごめいている。

 

(……ギルベイト。今度こそ地に還してやるからな……)

 

 僕は巨大な塊の目の前で立ち止まり、想いを込めて呟いた。すると、

 

「悪いな明久。お前の指示は聞けねぇ」

 

 すぐ隣からそんな声が聞こえた。気付けば横で雄二が異形の生物を見上げ、怒りの表情を見せていた。

 

「ダメだ雄二。こいつはギルベイトだ。決着は僕が付ける」

「いや。こいつはネロスでもある。だから決着を付けるのは俺だ」

 

 どちらの言い分も正しい。あれは2人の魔人が融合した化け物なのだから。普段の僕なら雄二がこんなことを言ってきたら殴り倒してでも引っ込ませる。けれどこの時の雄二の目は今まで見たことがないくらいに怒りに燃えていた。きっとあいつも僕と同じ想いを抱いているに違いない。それを感じた僕は雄二の参戦を受け入れた。

 

「……分かった。でも半分は僕のものだからな」

「あぁ。もう半分は任せろ」

「じゃあ行こうぜ! 雄二! ――試獣召喚(サモン)ッ!」

「おう! ――試獣召喚(サモン)!」

 

 僕らの足下に同時に現れる幾何学模様。そこからあふれ出す光は僕たちの体を包み込み、神殿の中を明るく照らす。その中で一瞬だけ小さな人影が見えた。魔人王の姿だ。しかしすぐに光が消え、その正体を見ることはできなかった。

 

「「おっしゃぁッッ!!」」

 

 かつて無いほどに気合いを入れる僕たち。僕は赤いインナーの改造学ラン姿に転身。雄二は前をはだけた白い特攻服姿へと転身した。

 

《――妙だな。なぜ2匹しか蘇らぬ。余は3つの力を与えたはずだ》

 

 ボソリと魔人王が呟く。一応耳には届いていたが、僕にはその言葉の意味を考えている余裕なんてなかった。それはもちろん目の前の魔人融合体をぶっ飛ばすことしか頭になかったからだ。

 

「雄二!」

「おう! 一気に決めるぜ!」

 

「「うおぉぉーーッ!」」

 

 僕と雄二は同時に飛び上がり、得物を振りかぶる。

 

《《ゴォアァァーーーーッッ!》》

 

 それを見た魔人融合体は4本の腕をゆっくりと伸ばしてくる。僕らを捕まえようとしているようだ。――だが遅いッ!

 

 僕の木刀は牛の首を真っ向から叩き割り、雄二の強烈な拳は羊の鼻面にめり込み、粉砕する。

 

《グ……ゥ……》

《ァ……ア……ァ……》

 

 ガラガラと崩れ落ちる魔人融合体の首2つ。それは岩のみで出来ていた。残るは体のみ。完全に地に還すには、恐らく――――

 

「明久! 魔石だ!」

「あぁ! 分かってる!」

 

 そう。地に還すには、力の根源である魔石を砕けばいい。

 

「「でぇりゃぁぁあーーーーッ!!」」

 

 ――バゴォッ!!

 

 木刀を握る手に渾身の力を込め、僕は奴の胸に埋め込まれていた青い石を叩き割った。それとまったく同時に、雄二もまた奴の背中の宝石をその拳で貫いていた。

 

 ――ズズズズ……

 

 轟音と共に崩れていく巨大な岩の塊。腕。足。体。それらが次々に剥がれ落ち、粉々になって崩れていく。そして数秒後、かつて魔人であったそれはただの土の山へと変わっていた。

 

「けっ、ざまぁみやがれ」

 

 雄二がスッと僕の隣に降りてきて吐き捨てるように言う。けれど僕はそういった口を利く気にはなれなかった。

 

 ……ギルベイト。もう蘇ってくるんじゃないぞ。たとえ魔人王に呼び出されたとしてもな。

 

 僕は心の中で呟き、崩れゆく魔人たちを眺めていた。

 

『す、すごいですっ! あんな大きいのを簡単に倒しちゃいました!』

『2人とも~っ! かっこいいわよ~っ!』

 

 後ろから姫路さんや美波の声が聞こえてくる。普段の僕ならば得意になって鼻高々だったかもしれない。でも今回ばかりは喜んでもいられない。先程の魔人への思いもあるが、後ろに魔人王が控えているということが僕の警戒心を高めていたからだ。

 

《――フン。ラーバめ。どこまでも刃向かいよって。おかげで不完全な物になってしまったではないか。少し余計な知恵を与えすぎたか……まぁよい》

 

 暗闇の中からそんな声が聞こえてくる。魔人王が独り言を言っているようだ。しかし魔人王とはいったい何者なんだろう。魔人を作り出したということは命を造り出せる存在……まさか……神様のようなもの? いやいや、ここは召喚獣とゲームの世界が融合して出来た世界だ。ならば魔人王とはその影響で発生した不具合(バグ)の一種のようなもの? 何にしてもマトモに相手をする必要はなさそうだ。

 

(なぁ雄二、ここで白金の腕輪を使えば扉が開くんじゃないか?)

(あぁ、たぶんな)

(それなら一気に脱出しようよ。もうここに用はないんだし)

(そうしたいのは山々なんだが……どうやら問屋が卸してくれないようだぜ)

 

 問屋って何だろう? と考えていると、カツ、カツ、と足音が聞こえてきた。

 

《――逃さぬぞヨシイ。貴様はここで果てるのだ》

 

 暗闇の中、次第に近付いてくる足音。どうやら逃がしてはくれないようだ。でもどうして魔人王は僕を付け狙うんだろう。やはり僕が今までに迷惑をかけた人のなれの果てなんだろうか。

 

「明久。こっからはお前の役目だ」

「え……えぇっ! 雄二助けてくれないの!?」

「俺の出る幕はねぇよ。お前をご指名なんだからな」

 

 そう言って雄二はスタスタと後ろに下がって行ってしまう。なんて冷たい奴だ。困っていたら助けるのが友達ってもんじゃないのか?

 

「ねぇアキ……どうするの?」

 

 すると代わりに美波が駆け寄って来てくれた。嬉しいけど、美波に迷惑をかけるわけにはいかない。やはり僕がなんとかするしかないのだろう。

 

「なんとか話し合いに持ち込んでみるよ」

「大丈夫なの?」

「分からない。でももし僕が悪いことをしていたのならちゃんと謝るよ」

「ウチには謝って済むような感じには見えないけど……」

「心配いらないよ。大丈夫さ。きっとね」

 

 そんなことを話しているうちに魔人王は数メートル先の所まで近付いて来たようだ。暗闇の中にその姿が浮かび上がってくる。……なんだ? 意外に小さい?

 

「へっ? えっ!? あ、あれれっ!?」

「え? えぇぇぇぇーーっ!?」

 

 僕と美波は魔人王のその意外な正体に思わず素っ頓狂(すっとんきょう)な声をあげてしまった。

 


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