バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第六十話 決戦の地へ

「……晴れてきた」

 

 姫路さんたちを見失ってから30分くらい経った頃だろうか。霧島さんがボソリと呟いた。

 

「どうした翔子」

「……霧が薄くなってきてる」

「霧が? お。本当だな」

 

 先程までは2メートルほど先までしか見えなかったが、確かに周囲の岩が先程よりハッキリ見える。島の中央にある針のような山も(うっす)らと見えるようだ。

 

「これなら姫路さんたちを探せそうだね」

 

 たぶん姫路さんのことだから僕らとはぐれた時点で動かずに立ち止まっているだろう。そう思い、後方の坂道に視線を巡らせてみた。

 

「う~ん……いないなぁ……」

 

 僕は来た道をさかのぼるようにして人の姿を探す。しかし山の一番上まで視線を登らせても灰色の岩しか見当たらない。人どころか植物の姿すらなかった。

 

「おっかしいなぁ。どこに行ったんだろ」

「ねぇアキ、あそこに誰かいるみたいよ?」

「ほぇ?」

 

 美波は斜面の下のほうを指差していた。指差す先を見てみると、そこには確かに3つの人影があった。

 

「ホントだ! きっと姫路さんたちだ!」

 

 その時、3人の前で黒っぽい何かがフッと消えたような気がした。なんだろう今のは? それに3人のうち2人が手に長いものを持っているようだ。あれは何だろう?

 

「間違いねぇな。姫路と秀吉、それにムッツリーニだ。けどあいつら装着してねぇか?」

「装着って……まさか!」

 

 召喚獣を装着する理由なんてひとつしかない。雄二の言っていた敵対する意思。きっとそれに遭遇したに違いない!

 

「大変だ! すぐ助けに行かなくちゃ!」

 

 僕は堪らず駆け出した。

 

「あっ! ちょっと待ちなさいアキ! そんなに走ったら危ないわよ!」

 

 美波が注意を促しているのは聞こえていた。だが嫌な予感がしてしまい、足を止めることはできなかった。

 

「おぉ~い! 姫路さ~ん!」

 

 転がり落ちるように斜面を駆け降りながら姫路さんに呼び掛ける。

 

「瑞希ぃ~!」

 

 気付いたら隣に美波がいた。足下に気を配りながらとはいえ、僕は全力疾走に近いスピードを出している。にもかかわらず追いついてくるとは、相変わらず男顔負けの運動能力だ。

 

「お~い! 姫路さぁ~ん!!」

 

 何度か呼び掛けていると、長い髪の人影がこちらを向いて手を振ってくれた。姫路さんが気付いてくれたようだ。良かった。無事みたいだ。

 

 でも姫路さんは赤いロングスカートに銀色の胸当て姿。それに大きな剣を右手に持っている。雄二の言う通り装着しているようだ。ということは、どこかに敵がいる!?

 

「ハァ、ハァ、ハァ……ひ、姫路さん! 大丈夫!? 敵はどこ!」

「えっ? 敵ですか?」

 

 姫路さんはキョトンとした顔で僕を見つめる。周囲を見渡すと、所々岩が砕かれているように見える。戦闘の跡だろうか。

 

「明久君、それなら大丈夫ですよ。もう終わりましたから」

「へ? そうなの?」

「はい。だからもう襲われる心配はありませんよ」

 

 彼女はにっこりと微笑んで答える。彼女の笑顔は、やせ我慢や隠し事をしている顔ではない。その笑顔を見て僕は安心した。

 

「そっか。良かったぁ……」

「ところで瑞希、あんたたちウチらの後ろを歩いてたはずよね。いつの間に追い越したのよ。ウチらずっとあんたたちが来るのを待ってたのよ?」

 

 胸をなで下ろす僕の横で美波が尋ねる。そう、それは僕も聞きたかった。

 

「えっと、それはですね――」

「島田よ、すまぬがその前に治療帯をひと巻くれぬか」

 

 姫路さんが答えようとすると紺色の袴姿の秀吉がそれを制止した。治療帯? ってことは……!

 

「怪我をしたの秀吉!? 誰にやられたんだ! もしかしてまだ敵がいるのか!?」

 

 秀吉を傷付けるなんて許せない! 魔獣だろうが魔人だろうが僕がこの手で成敗してやる! と再び周囲を見渡してみたが、やはり岩ばかりで僕ら以外に動くものはない。さてはどこかに隠れているな?

 

「くそっ! どこだ! 出てこいっ!」

「…………落ち着け」

 

 苛立って声を荒げるとムッツリーニがやって来た。

 

「あ、ムッツリーニも無事だったんだね」

「…………無事とは言いがたい」

 

 そう言うムッツリーニは赤く染まった右の袖を押さえていた。

 

「どうしたんだよその怪我!」

「…………まぁ、色々あった」

「色々じゃないわよ。そんな怪我をしたってことはあんたたち何かと戦ったんでしょ? はい木下、治療帯よ」

「すまぬ。助かる。ほれムッツリーニよ、巻いてやるから腕を出すのじゃ」

「姫路さん、何があったのか教えてよ」

「はい。でもちょっと待ってください。それは坂本君たちが来てから説明します」

「あ……そういえば雄二と霧島さんを置いて来ちゃった」

「大丈夫よアキ。ほら、ちゃんと来てるから」

 

 美波の言う通り、雄二と霧島さんはすぐそこまで降りて来ていた。

 

「姫路、無事だったか」

「……心配した」

「すみません。ご心配おかけしました」

 

 全員が揃ったところで姫路さんははぐれた後に何が起ったのかを説明してくれた。

 

 魔人の襲撃。

 合成された魔獣”キマイラ”。

 彼らとの戦いとその結末。

 

 すべてを話してくれた。

 

「そっか……この島には魔人がいたのか」

「でも瑞希たちが戦ったのはウチらの出会った魔人とは違うみたいね」

「俺が倒した魔人とも違うな」

「……じゃあ魔人は全部で3人?」

「いや。魔人が3人と決まっているわけじゃない。少なくとも”3人は”倒したってことだ」

「んむ? では雄二よ、まだ他にもいるということか?」

「さぁな。俺にも分からん。けど――――」

 

 雄二がスッと顔を背け、ぶっきらぼうに言う。

 

「あそこに行けば分かるんじゃねぇか?」

 

 その雄二の視線の先を見て気付いた。すぐ横には針のように細長い山が(そび)え立っていた。いや、それは山と呼ぶには小さすぎた。この大きさを例えるならば、繁華街の50階建ての高層ビル。それに近いサイズであった。その(ふもと)の一角には例の神殿のような建造物が見えている。僕らはいつの間にか島の中央に降りて来ていたのだ。

 

 雄二の横顔はあそこに魔人に関する何者かが居ると確信しているようだった。真剣な顔をしたあいつを見ていて僕も確信した。ギルベイトの言っていた”(あるじ)”。それがあそこに居るのだと。

 

 ようやくここまで来たのだから、できることなら無駄な争いは避けたい。けれど僕らの目的地は島の中央――あの神殿の中ということになる。もし本当にあそこに”(あるじ)”がいるのならば対面は避けられないだろう。でも大丈夫。もし何者が控えていようとも、ここまで来た僕らなら乗り越えられるさ。何しろここには召喚獣の力を持った7人の勇者が揃っているのだから。

 

「なぁ、雄二」

「ん? 何だ?」

「何かさ、ラスボスとの最終決戦って感じだよね」

「あぁ、そのまんまだな」

「燃える展開じゃな」

「…………倒してエンディング」

 

 あの神殿の中にいるであろうラスボスを倒せばゲームクリア。その報酬として僕らは元の世界に帰れる。僕ら男子にはあの神殿がそんな最終決戦の場に見え、士気が高まっていた。

 

 しかし美波たち女子は頭にクエスチョンマークを浮かべながら顔を見合わせている。きっと僕ら男子の気持ちなんて理解できないんだろうな。

 

「なんだかよく分からないけど……とにかくあの神殿に行って坂本が腕輪を使えば帰れるのよね? それなら早く行きましょ」

「やっと元の世界に帰れるんですね。でもお母さんになんて説明したらいいんでしょう……1ヶ月も家に帰らなかったから、きっと凄く怒ってると思うんです……」

 

 言われてみればその通りだ。僕らがこの世界に迷い込んだのが1月の10日。それから1ヶ月といえば2月の中旬だ。もう三学期の期末テストも終わって振り分け試験の直前だろうか。そもそも出席日数が足りなくて僕ら全員留年かもしれない。

 

 留年かぁ……でも三年生になったら受験勉強をしなくちゃいけないし、美波と一緒なら留年もいいかもしれないな。

 

「……大丈夫。私が一緒に説明する」

「ありがとうございます。翔子ちゃん」

「まぁその辺りはさすがに学園長が説明してるだろ。そもそもこいつは召喚システムの不具合みたいなモンだ。学園長も対外的に体裁が悪くなるような真似は避けるはずだ」

 

 チッ、余計なことを。なんて思わないでもなかったが、雄二の言うことも(もっと)もだ。

 

「ンじゃ、最後の(シメ)と行くか!」

 

『『『おぉーっ!』』』

 

 

 

      ☆

 

 

 

 雄二を先頭に僕らは神殿に向かって歩く。近付くにつれ、その神殿の様子が(あらわ)になってきた。

 

 山頂から見た時は遠くて分からなかったけど、この神殿凄く大きい。柱は全部で6本。高さは20メートルを超えているように見える。その柱の上には、6本すべてに跨がるように(ひさし)のようなものが乗せてある。それも1枚の石の板だ。

 

 こんな巨大なものをどうやって作ったんだろう。もしかして例の”(あるじ)”が1人で作ったんだろうか。だとしたらあそこに居るのは巨大化したギルベイトと同じか、それ以上のとんでもない化け物なんじゃないだろうか。

 

 僕らは召喚獣の力を使えるとはいえ、何の訓練も受けていない普通の高校生だ。そんな僕らが魔王のような化け物を相手に勝てるんだろうか……?

 

 僕は歩いているうちに徐々に不安を募らせていった。先頭の雄二はそんな僕の心配を知ってか知らずか、どんどん先へと進んでいく。あいつには不安とか恐怖とか無いんだろうか。

 

 ……

 

 少しはあいつの度胸も見習わなくちゃいけないのかな。僕も。……今後のためにも。

 

「? なに? アキ」

「へ? あぁ、いや。なんでもない」

「?」

 

 どうやら僕は無意識に美波を見ていたようだ。いや、意識していたから見たのかな。

 

 思えばこの世界に来てから僕はずっと美波と一緒だった。正確にはハルニア王国のガラムバーグで再会して以来だけど、あれから僕はほとんどの時間を彼女と共に過ごしてきた。

 

 間もなく僕たちは元の世界に帰る。現実世界に帰れば美波は自分の家に帰り、僕も姉さんの待つ自宅に帰ることになる。ここでの生活より一緒にいる時間が減るだろう。

 

 こうして考えてみると少し寂しく感じる。美波は”僕と一緒ならどこでもいい”と言ってくれた。僕も同じ気持ちだ。美波との時間が減るのは寂しい。彼女と共に居られるのならば帰れなくても構わない。そう思ってしまうのだ。

 

 でも……そうはいかないよね。

 

 葉月ちゃんや美波のご両親だって心配しているはずだ。目の前に帰る術があるのだから、やはり帰るべきなのだ。僕のわがままを押し通すわけにはいかないのだ。

 

「わぁ……まるで教科書に載っていた神殿みたいですね」

「信じられないくらい大きいわね……ね、アキ」

「……へ?」

 

 急に呼ばれてハッとした。気付けば目の前には巨大な神殿が聳えていた。見上げれば首が痛くなりそうなくらい高い天井。柱の太さは僕が両腕を広げた長さの2倍はあるだろうか。

 

「ホントだね……すっごい大きさだ……」

 

 こんなにも大きな入り口は見たことがない。以前戦った熊の魔獣ですら入れそうなくらいだ。……ん?

 

「……ぷ……」

 

 思わず笑ってしまった。なぜなら僕ら7人は神殿を前に横一列に並び、全員が同じように口をポカンと開けて天井を見上げていたからだ。

 

「なぁにアキ? なんか面白いものでもあった?」

「あ、いや。なんか修学旅行みたいだな、って思ってさ」

「修学旅行?」

「うん。こうしてると遺跡見学に来てるみたいじゃない?」

「あ、そういうこと? ふ~ん……そうね。こういう修学旅行も悪くないわね」

「でしょ? それでこの神殿をバックに皆で集合写真撮ったりしてさ」

「アンタも想像力豊かね。ふふ……あ、でもこの世界にはカメラなんて無いわよ?」

「そうなんだよね。それが残念でならないよ。あ、そうだ。もし修学旅行で遺跡に行ったら僕が遺跡を背景に写真を撮ってあげるよ」

「ダメよ。それじゃアキと一緒に写らないじゃない。そういう時は誰かに撮影を頼むものよ」

「あ、そっか。それは気付かなかったな」

「もう、それくらい気付きなさいよね」

 

 あはは、と2人で楽しく笑う。こうしている時間はとても楽しくて、ほんわかした気持ちになれる。やっぱり僕らにはこうした日常が似合うと思う。

 

「でも修学旅行の前に行くべき所があるんじゃない?」

「へ? 行くべき所?」

「そうよ。まずは映画ね。それからショッピング。そのあとはカフェでスイーツよ」

「え……それってデートなんじゃ……?」

「そう聞こえなかったのならウチはアンタをここに埋めていくわ」

「えぇっ!? そ、そんな無茶苦茶な!」

「どうなの? 分かったの? それともここに埋まっていく?」

「わ、わかった! 分かりました! デートさせていただきます! だから埋めないで!」

「ふふ……よろしいっ。まぁ埋めるっていうのは冗談だから安心しなさい」

「冗談にしちゃキツいよ……」

 

 まったく、ここまで来て置いてけぼりなんてシャレになんないよ。でもデートか。そうだね。帰ったら次の土曜くらいがいいかな。この世界みたいな危険はないし、きっと楽しい一日になるに違いない。

 

『おーい、お前らー。イチャついてねぇで行くぞー』

 

 ぶっ!?

 

「なっ!? ななな何言ってんのさ! べべべ別にイチャついてなんかないよ!?」

「そ、そうよ! ただ普通に話してただけじゃない! ね、アキ!」

 

『いや……まぁなんだ。お前らそう言うところは良く似てやがるな』

 

「「えっ?」」

 

 僕と美波が似てる? どこが?

 

「ねぇ美波、僕らって似てるのかな」

「似てるわけないじゃない。ウチはアンタほどバカじゃないわ」

「失敬な。僕だって周りが言うほどバカじゃないよ」

「どうかしら。ウチはアンタほどのバカは見たことないわよ?」

「そんなぁ……」

「ふふ……アンタみたいにバカ正直な人は見たことがないって言ってるのよ」

「それって褒めてるの? それとも(けな)してる?」

「両方よ」

「そ、そっか。両方か……」

「でもウチはあんたのそういうトコ、嫌いじゃないわよ」

「あはは……あ、ありがとう」

 

 うーん。これは喜ぶべきなんだろうか。それとも悲しむべきなんだろうか。美波も難しいことを言ってくれるなぁ。

 

(……むしろ好きっていうか……大好きっていうか……)

「ん? 何か言った?」

「ううん。なんでもないっ」

「?」

 

『おいこらー。バカップルやってっと置いていくぞー』

 

 おっといけない。僕らだけ神殿の入り口に取り残されてるみたいだ。

 

 

 …………

 

 

「誰がバカップルだよ!!」

「アキ、そんなことより急がないと置いて行かれちゃうわよ」

「あっ、そ、そうか」

 

 こうして僕たちは巨大な神殿の中へと入って行った。

 

 それにしても雄二のやつ、僕らがバカップルだなんて失礼じゃないか。そういえば美波と如月ハイランドに行った時、ランチタイムに隣でイチャイチャしてるバカップルがいたっけ。それはもう見ているこっちが恥ずかしいくらいにアツアツのカップルが。もしかして今の僕らもあんな風になってたんだろうか。そんなことないよね?

 


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