バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第五十九話 果てなき探究心

「ムッツリーニよ! 無事か!」

 

 土屋君の戦っていた場所に戻ると、彼は魔人と対峙して睨み合っていた。見たところ怪我をしている様子はない。間に合ってよかった……でもかなり息が上がっているみたい。

 

「ムッツリーニよ! 魔獣は倒したぞい!」

「…………遅いぞ」

「すまぬ! 少々手間取ったのじゃ!」

 

 その時、魔人ラーバがピクッと身体を震わせた。

 

《き……貴様ら……またも貴重な実験体を……!》

 

 魔人は真っ赤な目を見開き、ぐぐっと首をこちらに向ける。

 

《ゆ、許さん……許さんぞ貴様らァァ!!》

 

 ガァッと牙を見せるように口を開けて怒りを身体全体で示す魔人。最初は説得できるかと思っていた。けれどあの様子では、もはや聞く耳は持っていないと思う。やっぱり戦うしかない。もう魔獣を生み出させないためにも!

 

「ラーバよ! お主の負けじゃ! ワシら3人を相手に勝てると思うておるのか!」

 

《笑止! 貴様らなど何人集まろうが我の足下にも及ばぬわ!!》

 

「強がりを言うでない! もうやめるのじゃ! 魔獣を作ることもやめるのじゃ!」

 

《魔獣を作るなァ? ハッハッハッ! 何を言うかと思えば! そのような戯れ言を我が受け入れるとでも思ったか!》

 

「聞かぬと申すか! ならばワシらも容赦はせぬぞ!」

 

《人間風情が粋がるでないわ!! 容赦しなければどうだというのだ! やれるものならやってみるがいい! 返り討ちにしてくれる!!》

 

 魔人ラーバは牙を剥き出し、怒りを顕にする。やっぱり話し合いには応じてくれないんですね……。

 

 私はやむなく剣を抜き両手で握る。木下君も薙刀を構え、魔人をキッと睨み付けた。魔人も両手の長く鋭い爪を不気味にうごめかし身構える。3対1。分は私たちにある。でも油断はできない。前回は私と木下君の2人がかりでも追い払うのがやっとだったのだから。

 

 

『『『……………………』』』

 

 

 魔人も私たちの出方を伺っている。互いに互いを警戒し、静寂が辺りを包み込んだ。

 

 ――カラ……

 

 その時、小石が転がる音が小さく響いた。それとほぼ同時に土屋君の姿が消えた。

 

《邪魔だ!!》

 

 ――パキィン!

 

 魔人が爪で何かをなぎ払うのが見えた。気付くと魔人の右脇に土屋君の姿があった。彼は驚いた表情をしながら身を仰け反らせていた。

 

「つ、土屋君!?」

 

 土屋君の右手には小太刀が握られている。けれどそこに(やいば)は無く、焦げ茶色の柄だけが残されていた。一瞬の出来事で私の目には何も映らなかった。でも状況から推測することはできる。土屋君が先手を取って攻撃したのだと思う。しかし攻撃は弾かれ、魔人の鋭い爪によって土屋君の小太刀は砕かれてしまった。たぶんそういうことなのだと思う。

 

「…………く……刀が……」

 

 ガクリと岩場に片ひざを突き、土屋君が小さく呟いた。その彼の右腕をツゥッと赤い血が伝って落ちていく。

 

「土屋君! 離れてください!」

「…………!」

 

《ッッしャァ!》

 

 魔人がすくい上げるように爪を振り上げる。その瞬間、土屋君はサッと後ろに飛び退いた。くるりと空中で一回転し着地する土屋君。トッと華麗に降り立ったものの、彼は右腕を押さえながら再び膝をついてしまう。もしかして右腕に傷を負ってしまったの!?

 

《手こずらせよって。貴様は後でゆっくり始末してやる。まずは我の大事な実験体を台なしにした貴様らだ!》

 

 魔人はギラギラした赤い目を見開き、私たちを睨みつける。その異様な殺意に地獄のような冷たさを感じ、背筋が凍るような感覚に襲われてしまう。

 

「姫路よ。やれるな?」

 

 そんな私の心境を察してか、木下君が声を掛けてきた。ここで恐がっている場合じゃない。皆で元の世界に帰るんだから!

 

「はい! やれます!」

 

 恐怖を振り払い、私はお腹に力を込めて言う。

 

《あァ? やれます、だァ? …………舐めるなよ……人間の分際でェ!!》

 

 魔人がいきり立ち、真っ直ぐ私に向かって突進してくる。しかしホテルで戦った時ほどの勢いは無いように感じた。土屋君と戦って疲弊しているのだろうか。そんなことを考える余裕すらあった。

 

「来るぞい!」

「はいっ!」

 

 魔人の身長は約2メートル。高い身長に比例して腕も長い。でも爪の長さを足したとしても私の剣の方が長い。だからタイミングさえ合えば――

 

「やっ!」

 

 横一線に剣を振り、カウンターを狙う。しかし魔人はひょいと身体を横に反らし、これを簡単にかわしてしまった。そして私の剣が振り抜かれたところを見計らって再び爪を突き向けてくる。大振りし過ぎた私はすぐには体勢を整えられなかった。

 

「姫路!」

 

 そこへ木下君が薙刀を割り込ませる。魔人はそれを素早く避け、後方転回(バクてん)して距離を取る。隙を見た私は剣を肩に担ぐように構え、彼の着地点を狙って突進した。そして剣の切っ先が届くくらいの間合いで勢いよく振り下ろす。けれど魔人はニィッと笑みを浮かべ、これをいとも簡単に避けてしまう。

 

「逃さぬ!」

 

 今度は木下君が私の横を風のように駆け抜け、魔人に向かっていく。そして槍のように薙刀を何度も突き出す。ところが魔人はそれを”ひょうひょう”といった感じでかわしていた。

 

 やっぱり私の大剣や木下君の薙刀じゃ当らない。土屋君と戦って疲れているみたいだけれど、それでも私たちの攻撃では遅すぎるみたい。つまりそれほどまでに実力に差があるということ。でも土屋君は傷を負ってしまって動けない。こんな時はどうすればいいの……?

 

「あやつ、やはり早い……」

 

 考え込んでいると木下君が横に戻ってきた。

 

「やっぱり土屋君の力がいりますね」

「じゃがムッツリーニは負傷しておる。その上武器も(うしの)うておっては戦えまい」

「そうですよね……」

 

 土屋君が魔人に対抗できるといっても、負傷した彼を戦わせるなんてできない。今自分たちにできることを考えなくちゃ。明久君や坂本君のように状況を判断して作戦を立てなくちゃ。そう思って懸命に策を煉ってみたものの、こういった経験の薄い私には思いつく策は無かった。

 

 ――ひとつを除いて。

 

(木下君、やっぱり私の腕輪を使うしかないと思うんです)

 

 私は小声で話しかける。すると木下君も同じように小さな声で返してくれた。

 

(じゃが前回あやつはそれで痛い目を見ておる。当然お主を警戒しておるじゃろう)

(やっぱりそうでしょうか……)

(んむ。さすがに同じ策が2度も通用するとも思え――――しばし待て)

 

 話していると急に木下君が私を制止した。何だろう? と見ていると、その視線が魔人の方に向けられていることに気付いた。魔人に何かを見つけたのかしら? と私も同じように魔人に目を向けてみる。

 

 真っ青な身体をした魔人は腕をぐるぐる回したり、肩をコキコキと鳴らしたりしている。私たちをあざ笑うかのように。でも木下君の視線は魔人ではなく、もっと先に向けられているようだった。魔人の向こう側にあるもの。それは――

 

(木下君、土屋君が……)

 

 魔人の後方で(うずくま)るのは土屋君だった。彼はしきりに自分の胸を指差すような仕草を見せている。それが私たちに対してのサインであることは木下君の顔を見てすぐに分かった。

 

(姫路よ。気付いたか)

(はい)

(さすがムッツリーニじゃな)

(そうですね。しっかり弱点を見つけていたなんて、やっぱり土屋君は凄いです)

 

 土屋君の示していたもの。それは魔人の弱点。激しく動き回るので今まで気付かなかったけれど、よく見ると魔人の鳩尾には黒くて小さい、魔石のようなものが埋まっている。魔獣が魔石で作られていることを考えれば、あれがまったくの無関係とも思えない。きっと弱点かそれに近い何かに違いない。

 

(やはりあの作戦で行くぞい)

(はいっ!)

(じゃが少々アレンジする。良いな?)

(アレンジですか?)

(前回同様、ワシが奴に隙を作る。お主は腕輪の力で撃つのじゃ。恐らく奴はかわすじゃろう。そこを突いてワシが胸のアレを破壊する)

(わかりました!)

(良い返事じゃ)

 

「姫路よ、お主はそこで休んでおれ!」

 

 木下君が急に大声を出す。もう作戦は始まってるんですね。

 

「は、はい……」

 

 私はわざと精魂尽き果てたような声を出す。

 

「木下秀吉、参るッ!!」

 

 木下君が荒っぽく薙刀を振り回しながら魔人に突っ込む。私は剣を地面に突き刺し、両膝を突いて柄に掴まるような仕草をしてみせた。それは疲れ果て、立ち上がることも困難な状態と見せかけるため。木下君と示し合わせた作戦を遂行するため。

 

(木下君……しばらくお願いします)

 

 腕輪の力は連発できない。ホテルの時と同じようにチャンスは一度と思った方がいい。私は剣の(つば)に左腕を乗せ狙いを定める。けれど魔人は激しく動き回り、うまく狙いを定めることができない。

 

 お願い……一瞬でいいから動きを止めて……! 私は祈るような気持ちで木下君の戦いを見守った。魔人は木下君の攻撃を軽々とかわしている。木下君はそれでも構わず薙刀を振り回し続けた。右へ、左へ、激しく位置を変える魔人と木下君。

 

「うっ……!」

 

 その時、木下君が大きく体勢を崩した。もしかして石に足を取られた!? ……ううん、違う。木下君が目でサインを送っている。

 

 撃て、と。

 

 つまり今のは足を取られたのではなく、魔人に隙を作るための演技!

 

《隙だらけだぞ人間!》

 

 魔人ラーバは木下君に襲いかかる。今なら彼の意識は木下君に集中している。撃つなら今しかない!

 

「――熱線(ブラスト)ッ!」

 

 左腕の腕輪が激しく輝き、開いた手から光が真っ直ぐ魔人に向かって突き進む。当たれば木下君が攻撃するための大きな隙を作れる。もし外れたとしても――――

 

《甘いわ!》

 

 魔人はサッと横に飛び、熱線を避けた。外された! ――――でも!

 

「はぁぁっ!!」

 

 降り立った所へ木下君が一気に詰め寄り、薙刀を突き出す。お願い! 当たって! 私は祈るような気持ちで木下君の(やいば)の行方を見守る。しかしその祈りは天に届かなかった。

 

「なっ!? 何じゃと!?」

 

 木下君が目を丸くして驚いている。魔人は体勢を崩していたし、今のタイミングなら当たると私も思っていた。けれど薙刀の切っ先が触れようかという瞬間、魔人が忽然と姿を消したのです。

 

「ど、どこじゃ! どこへ消えよった!?」

 

 私は木下君と一緒になって魔人の姿を探す。右、左、後ろにもその姿は無い。撤退した? そんなはずは……。

 

《フハハハ! どこを見ている!》

 

 その時、上空からゾッとするような声が聞こえてきた。恐る恐る見上げると、10メートルほど上空で魔人が宙に浮いているのが見えた。……違う。翼を羽ばたかせて……飛んでいる?

 

 そういえば明久君も言っていた。「魔人が空を飛んで不意を突かれた」と。あの翼は飾りではない。完全に忘れていました……。

 

《惜しかったな人間! 切り札は最後に取っておくものだよ!》

 

「く……お、おのれ……」

 

 木下君がギリッと音が聞こえてきそうなくらいに歯を食い縛り、上空を睨みつける。私たちには空を飛ぶなんてできない。これじゃ私たちに勝ち目は……。

 

 と諦めかけた時、木下君の口元が緩んだことに気付いた。なぜこの状況で笑っていられるの? この時、私は木下君が”諦めた”という意味の笑みを浮かべたものと勘違いしていた。でもそれは違っていた。

 

『…………同感』

 

 どこからか土屋君の声が聞こえる。でも先程彼が蹲っていた場所にその姿はなかった。一体どこに? と彼の姿を探していると、

 

《な、何ィ!? き、貴様! いつの間に!?》

 

 上空の魔人が何かに驚いた。見上げてみると、魔人の肩口に黒い影が見えた。あれは……!

 

「土屋君!?」

 

 なんと魔人の背に土屋君が乗っていた。いつの間にあんな所に……。そう思って見ているうちに土屋君は魔人の背に小太刀を突き立た。

 

《き、貴様! 何を!? は、放せこいつッ!》

 

 じたばたと空中でもがく魔人。けれど土屋君は翼をしっかりと握り、どんなに揺すぶられても放さなかった。そうしているうちに土屋君は(やいば)を握る手に力を込め、バリッと背中の片翼を剥ぎ取る。

 

《ギヤァァァァーーーーッッ!!》

 

 魔人が苦痛の叫びをあげ、落下してくる。土屋君はすかさずその背から飛び降りた。翼を奪われては魔人も空を飛ぶことはできない。あとは重力に引かれて落ちるのみであった。

 

 ――ドズンッ

 

 魔人は空中で体勢を変え、両手両足を突いて着地した。

 

《ぐ……お、おのれェェッ……! き、貴様……(たばか)ったなァァ……ッ!》

 

 翼を失った魔人はゆっくりと立ち上がり、苦悶の表情を見せる。けれどまだ戦意を失っていないみたい。この時、私は咄嗟(とっさ)に判断した。

 

 ――倒すなら今しかない!

 

 私は地面に突き刺した剣を力任せに引き抜き、よろめいている魔人に向かって突進する。

 

「やぁぁーーーーっ!!」

 

 大剣を持つ手に渾身の力を込め、(やいば)を突き出す。

 

《うゥッ!》

 

 魔人は小さく呻くと身体を僅かに横に逸らす。そして私の(やいば)を脇に挟むようにして避けた。か、かわされた!? そう思った瞬間、

 

《ガハッ……!》

 

 再び魔人が呻いた。それは驚きの声ではなく苦しみの声だった。

 

「……えっ?」

 

 魔人の鳩尾には長い棒が突き刺さっている。それは木下君の薙刀だった。彼の(やいば)は魔人の黒い魔石を正確に貫いていた。

 

「……ラーバよ。ワシらの勝ちじゃ」

 

 そう言って木下君が(やいば)を引き抜く。すると黒い宝石はパラパラと音を立てて崩れ落ちていった。魔人は鳩尾を押さえ、膝をガクガクと震えさせながら後ずさる。

 

《……こ、こんな……我が……人間……ごときに……》

 

「…………二刀流は明久だけじゃない」

 

 よろめく魔人に土屋君が静かに言い放つ。そういえば土屋君は山羊型の魔獣との戦いで2本の刀を使っていた。つまり魔人に気付かれないように1本を隠し持っていたということ? あんなにも強い魔人を相手にこんな手を考えられる土屋君って、凄い策士なのかもしれない。そんなことを思いながらも、私の目は体中から黒い煙のようなものを吹き出している魔人の姿に釘付けだった。

 

 魔石を失った魔人はどうなる? 今まで戦ってきた魔獣は魔石を破壊すれば煙となって消えてしまった。じゃあ魔人も同じように消えてしまう?

 

 そもそも魔人とは何なのだろう。魔獣は魔人が作り出したと言っていた。魔獣には魔石と呼ばれる宝石のようなものが埋めこまれていた。たぶんこの魔石が動物を魔獣化させるための鍵になっているのだと思う。じゃあ魔人も魔石を使って誰かに作られたもの? 一体誰に……?

 

 色々な疑問が湧いてくる。もう少しで元の世界に帰れるというのに、こんなにも気になってしまう。

 

《……ウ……》

 

 そう呻くと魔人はスゥッと仰向けに倒れていく。それはまるで糸の切れた操り人形のようでもあった。

 

《……これも……(あるじ)(めい)を…………等閑(なおざり)にしてきた……報いか……》

 

 大の字になった魔人が苦しそうに意味不明の言葉を吐く。そういえばこの魔人、何度か”(あるじ)”という言葉を口にしている。(あるじ)とは一家の長を意味し、家来が主人を指す際に使う言葉。つまり魔人はその”(あるじ)”によって作られた……?

 

 次第に晴れていく霧の中、私は考えながら魔人の最期を見守っていた。

 

《……き、キノシタと……いったな…………た……頼みが……ある……》

 

「お主の頼みを聞く義理はない」

 

 木下君が冷たく言い放つ。確かに義理はない。でもこの状況からしてこの人はもう……。

 

「木下君。聞いてあげませんか? せめて……最後くらいは……」

「むぅ……お主がそう言うのならば仕方あるまい。良いじゃろう。ラーバよ、申してみよ」

 

《……感謝する……》

 

「感謝か。お主の言葉とも思えぬな」

 

《……フ……そうだな。……こ、これまで我……は……(あるじ)の……(めい)に……背いて……きた……》

 

(あるじ)(めい)じゃと? ではその(あるじ)とやらの(めい)に従い、ワシらを襲ったと申すか」

 

《……否。……(あるじ)(めい)は……貴様では……ない》

 

「なんじゃと? では誰が狙いじゃ。何故ワシらを目の敵にする」

 

《……くッ……き、貴様らが……! 我の研究を……ッ! だ、台無し……にッッ……!》

 

 苦しそうに歯を食いしばり、上体を起こそうと力む魔人。けれど起き上がれず、力が抜けて再び大の字になってしまう。そして彼は虚ろな目で天を見つめ言った。

 

《……フ……フフ……ど、どうやら……これまでの……ようだ……》

 

 そう言う魔人の口には笑みがこぼれていた。それはどこか”安堵”したような表情にも思えた。魔人の身体はこうして話しているうちにもどんどん黒くなっていく。

 

《……頼む……あ、(あるじ)に会ったら……伝えて……くれ……》

 

「ワシらはその”(あるじ)”とやらを知らぬぞ」

 

《…………フ……会うさ……だから……伝えてくれ……》

 

「分かった。もう()うたならば伝えよう」

 

《…………も、もう……我を……起こすな……と…………な…………》

 

 最後にそんな言葉を残し、魔人の身体はすべてが煙と化し天に昇っていった。

 

 ……

 

 本当に……これで良かったのかな……。もしかして私は取り返しのつかないことをしたんじゃないのかな……。人を襲う魔獣を作る危険な存在とはいえ、大切な命を奪ってしまったのでは……。魔人の消えゆく空を見上げ、私は様々な疑問を自らに投げかけた。

 

「姫路よ。気にするでない。これはあくまでも仮想空間での出来事じゃ。お主に非は無い」

 

 そう、これは学園長が作った仮想空間で起った出来事。この世界に住む人も、魔獣も、魔人も。すべておとぎ話のようなもの。でも私はそう簡単に割り切れるほど気持ちの切り替えが上手くはない。

 

 

『――おぉーい! 姫路さ~ん!』

『――瑞希ぃ~!』

 

 

 その時、明るい声が私の耳に飛び込んで来た。あれは……明久君と……美波ちゃん?

 

「どうやら霧が晴れてワシらを見つけたようじゃな。お~い! ここじゃ~! ほれ姫路よ、お主も手を振ってやるのじゃ」

「あっ……はいっ」

 

 私は木下君に言われるがまま、明久君たちに手を振った。明久君と美波ちゃんは坂道を転がるように降りてくる。なんだかちょっと危なっかしい。

 

「ふふ……」

 

 そんな2人の姿を見て、思わず私は笑ってしまった。それはきっと”いつもの日常”を少しだけ取り戻せたような気がしたから。

 


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