バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第五十七話 復讐

―― その頃、霧の中ではぐれた瑞希たちは ――

 

 

「なんだか霧が濃くて前が見えなくなっちゃいましたね」

「むぅ……姫路よ、明久たちは見えておるか?」

「いえ、見えなくなっちゃいました」

「な、なんじゃと!? 姫路よ、止まるのじゃ!」

「えっ? は、はい」

 

 木下君に言われるがまま私は足を止めた。この時、私の辺りは既に真っ白になっていた。後ろの木下君の姿がかろうじて見える程度で、他はまるで雲の中にいるみたいに真っ白。

 

「しもうた……完全に見失うてしもうたわい」

「すみません。もっと早く言うべきでした……」

「仕方あるまい。ムッツリーニよ、明久たちのいる場所は分かるか?」

「…………俺にも分からない」

「むぅ。やはりこの霧が晴れぬ限り見えぬか」

 

 私たち3人は完全にはぐれてしまったみたい。でも目的地はこの山を下った先の神殿のような所。真っ直ぐ下れば良いはず。と思っていたのだけれど、今の足下は平坦で傾斜もない。これではどの方角を向いているのかまったく分からない。つまり私たちは迷子になってしまったのです。こんな時どうするか。それは決まってます。

 

「木下君、土屋君、霧が晴れるのを待ちましょう」

「そうじゃな。確かにこの霧では岩場を歩くのは危険じゃ。休憩するかの」

「はいっ、そうしましょう」

 

 私たちは近くの岩に腰かけ、休憩を取ることにした。周囲は先程よりも更に真っ白。こんなに濃い霧なんて見たことがない。

 

「それにしてもどうしてはぐれちゃったんでしょうね。私、明久君のすぐ後ろを歩いていたはずなんですけど……」

「ワシも明久の姿は見えておったのじゃが、霧が濃くなってからお主しか見えなくなってしもうた。てっきりお主には明久の姿が見えておるものとばかり思っておったのじゃが……」

「なんとかついて行けると思ったんですが……霧で前が見えなくなってきた時にすぐ声を掛けるべきでしたね。すみません……」

「まぁ過ぎたことをあれこれ言うても仕方あるまい。ワシも迂闊じゃった。目の前にゴールが見えておるゆえ、気が()いてしもうたのかもしれぬな」

「明久君たちは大丈夫でしょうか……」

「心配は無用じゃ。あやつらには雄二がついておるからな」

「そうですね。美波ちゃんや翔子ちゃんもいますもんね」

「なんじゃ? お主、明久だけを心配しておるのか?」

「ふぇっ!? そ、そんなことないですよ? もちろん皆のことが心配ですっ!」

「その中でも特に明久が、というわけじゃな」

「き、木下君っ!」

 

 もうっ! 土屋君の前で恥ずかしいじゃないですか!

 

「…………静かにしろ!」

 

 その時、割って入るように土屋君が大きな声を上げた。

 

「す、すみません騒いでしまって。そうですよね。はぐれてしまったのに不謹慎ですよね……」

「…………違う」

「えっ? 何が違うんですか?」

「…………誰かが来る」

 

 とても警戒した様子で霧の中を見つめる土屋君。でもその方向を見ても真っ白な霧が立ち込めるのみで、私には何も見えなかった。

 

「ワシには何も見えぬが……」

「私にも何も……土屋君には見えるんですか?」

「…………見えない」

「えっ? 見えないんですか? じゃあどうして誰か来るって分かるんですか?」

「…………気配だ」

 

 土屋君はそう言って真っ白な霧をじっと見据える。私ももう一度その方角を見てみたけれど、やっぱり何も見えないし、何も感じなかった。きっと忍者みたいな土屋君だからこそ私たちには分からない気配を感じ取ることができるのだと思う。

 

「きっと明久君たちですね。私たちを探しに来てくれたんですよ」

 

 私は立ち上がり、土屋君の見つめる方向に向かって叫んだ。

 

「明久く~ん! こっち――」

「待つのじゃ姫路」

 

 呼び掛けようとすると、木下君が私の顔の前にスッと手を出して制止した。

 

「どうしたんですか?」

「何か様子がおかしい。ムッツリーニよ、気配は明久たちのものか?」

「…………違う」

 

 明久君たちと違うって、それじゃあ一体誰が……?

 

(姫路、用心せい。雄二が言うておった敵対する意思やもしれぬ)

 

 木下君が小声で話しかけてくる。敵対する意思って……私たちを襲ってきたってことですか!?

 

(は、はいっ! わかりました!)

 

 私はすぐ動けるように身構え、土屋君の睨む先をじっと見つめた。でも敵対する意思って誰なの? どうして私たちに敵意を向けるの? そんなことを考えながら私は霧を見つめる。すると霧の中にひとつの人影がぼんやりと浮かび上がってきた。あの背の高さは坂本君のような気がする。

 

《ようやく分断できたと思ったのだが……余計なものが1匹混じっておるな》

 

 霧の中から聞こえてきたのは男性の声。坂本君じゃない。明久君とも違う。でも聞き覚えのある声。この声は……。

 

《まぁ良かろう。1匹程度、目的を果たす障害にもなるまい》

 

 声の(ぬし)を思い出すと胸がドキドキしてくる。もちろんその人に恋をしているからじゃない。このドキドキはとても嫌な感じの――恐怖の感情。

 

《久しいな。人間。確かヒメジと申したか》

 

 そんな言葉と共に1人の男性が霧の中から姿を現した。

 

「ルイス……さん……」

 

 私はその名を呼び、体中の筋肉を強ばらせる。なぜこの人がここに? 先日のあのホテルでの戦いで彼の身体は焼けただれているはず。それなのに涼しい顔をしているのはなぜ?

 

《違うと申したであろう。我が名はラーバ。ルイスとは人の世に紛れ込むための仮の名よ》

 

 首にベージュのマフラーを巻き、頭には緑色の帽子。彼は以前のように緑色の服を着ていた。肌もローゼスコートで見せたような青い肌ではなく、私たちと同じ肌色をしていた。

 

「お主……もう回復しよったのか……」

 

《フン。貴様ら人間とは出来が違うのだよ》

 

 彼はまたあの人間の姿をしていた。けれどあれは魔人。実験や研究と称して動物の命を(もてあそ)ぶ魔人。もう二度と会いたくは無かった。私はあの人の考え方を受け入れることができないから。

 

「…………ルイス……? ラーバ……? 別人??」

「そういえばムッツリーニには詳しく説明しておらなんだな。奴の――ルイスの正体は魔人だったのじゃ。あの洞窟で山羊が魔獣化しておったのはあやつの仕業じゃ。あやつは動物を魔獣化させて楽しんでおったのじゃ」

「…………そうか」

 

 木下君の説明を聞いて土屋君は冷静にそう答えた。ただ――

 

「…………アイちゃんを傷つけたのはお前か」

 

 土屋君は眉間にしわを寄せ、ギリッと歯を食いしばる。そして凄い形相で魔人ラーバを睨んだ。

 

 彼は普段あまり感情を(おもて)に出さない。明久君たちと遊んだり愛子ちゃんと話をしている時に表情は変化させるけれど、これほどまでに怒りの感情を顕にした彼を私は見たことがない。

 

《アイチャン? 何だ? それは》

 

 けれどあの人は仔山羊の名前すら覚えていなかった。ホテルで戦った時にあれだけ私たちが名前を呼んでいたというのに。つまり彼にとってアイちゃんは記憶にも残らない程度の存在であったのだろう。

 

 あんな仕打ちをしていながら罪悪感の欠片もない。記憶にも残していない。アイちゃんが一体何をしたというのか。何故か弱い仔山羊のアイちゃんがこんな人に弄ばれてしまったのか。そう思ったら急に目頭が熱くなってきてしまった。それと同時に強い怒りの感情が溢れてきてしまった。

 

「……それよりご用件はなんですか。私に用があるんですよね」

 

 ぐっと涙を堪え、心を静めて私は彼に問う。けれど言った直後、しまったと思った。このような冷たい言葉を投げかければ彼も反発するに決まっている。

 

《フ……》

 

 ところが彼は怒らなかった。それどころかニヤリと口元に笑みを浮かべた。それはまるで私が冷たい態度を示すのを(よろこ)んでいるかのようだった。

 

《今日この場に来たのは他でもない。我の造りし生命(いのち)の素晴らしさをご覧に入れようと思うてな》

 

 彼は青い目で、冷たく凍りつくような視線を私たちに向ける。口元に僅かに笑みを浮かべ、その表情には自信に満ちていた。

 

「まさか……また生き物を改造したんですか!」

 

《実は(あるじ)より知識を(たまわ)ってな。なかなか興味深いものであったぞ。フフフ……》

 

 彼を笑いながら得意げに話す。私の質問に答える気は無いみたい。なんて失礼な人だろう。さすがに私もムッと来てしまい、彼をキッと睨み付けた。その時気付いた。彼の後ろから近付いてくる巨大な影に。影はズシンズシンと足音をたてながら白い霧の中をゆっくりと近付いてくる。

 

《さぁ見るがいい! 我が研究の成果を!》

 

 魔人ラーバが語気を強めて言う。すると霧の中から、ぬぅっと1匹の獣が顔を出した。それはとても巨大で、彼の身長の3倍はあるように見えた。

 

「なっ……! なんじゃ!? こやつは!?」

 

 木下君は巨大な影を見上げ、目を丸くして驚きの声をあげる。私は驚きのあまり声をあげることすらできなかった。まさかこんな生き物が存在しているなんて……。

 

「…………キマイラ」

 

 巨大な生き物を見上げながら土屋君がボソリと呟いた。その名前は以前、明久君から聞いたことがある。確か山羊の身体にライオンの頭を持ち、毒蛇の尻尾を持った合成生物だと言っていた。(おも)にゲーム上の敵モンスターとして現れ、様々な攻撃を仕掛けてくるのだという。土屋君がその名前を口にしたということは、じゃあこの獣は……。

 

《ほう? こやつのことを知っておるのか人間。ならばこれが如何(いか)に素晴らしい生命体か理解できるであろう?》

 

 彼が行なったのは生物の合成。きっと魔石を使って複数の生き物を無理やり合成したに違いない。アイちゃんを魔獣化した時のように。それを悟った時、私の胸の中に激しい嫌悪感が沸き上がってきた。あのホテルでの一件の時のよう――いえ、それ以上に。

 

「なっ……なんてことをするんですか!! 命はあなたの玩具(おもちゃ)なんかじゃありません! 早くその子たちを元に戻しなさい!!」

 

(たわ)けたことを抜かすな! 貴様にはこの素晴らしさが分からぬのか! こやつはこれまでの研究の中でも類を見ぬ傑作ぞ! 見よ! 3種の生命が見事に融合しておるわ! これほどの完成度は環形動物(かんけいどうぶつ)の実験体以来であるぞ!》

 

 環形動物? それってミミズのような……? と思った瞬間、砂漠でのあの巨大なミミズを思い出してしまい、全身にゾゾゾと悪寒が走ってしまった。

 

「姫路よ、か、カンケイ動物とは、何じゃ……?」

 

 木下君はこの単語が指すものが分からないみたい。やっぱり答えなくちゃダメですよね……。

 

「あの、それは……その……みっ、ミミズ……とか、ヒル……とか……」

 

 あぁっ! やっぱりダメっ! 口にしただけでも鳥肌が立ってきてしまう!

 

 思い出すと酷い寒気に襲われ、身体が震えてしまう。私はガタガタと震える自分の身体を両手で抱くように押さえ、しゃがみこんでしまった。

 

「す、すまぬ。お主の苦手なものじゃったか。忘れてくれ」

「は……はい……」

「む? ミミズの魔獣……じゃと? ……そうか。ワシらが倒した砂漠のサンドワームのことじゃな? こやつ、一体どれだけの魔獣を作り出しておるのじゃ……」

 

《うむ? あの実験体のことも知っておるのか?》

 

「そうじゃ! あれがおっては砂漠を横断できぬ! 故に排除したのじゃ!」

 

《そうか。あれが姿を消したのは貴様らの仕業か。……そうかそうか……まったく……》

 

 魔人はそこで言葉を切り、黙り込んでしまった。目を瞑り、俯いて体をプルプルと震わせる魔人。その様子は何かを我慢しているようにも見えた。そして次に発した言葉はこれまでの冷たい口調とは打って変わり、感情に溢れていた。

 

《一体どこまで我の邪魔をすれば気が済むのだ! 人間!! 我の作品を次から次へと(ほふ)りよって! もはや我慢ならん! 貴様ら全員この場で始末してくれるわ! 二度と邪魔の出来ぬようになァ!!》

 

 彼は眉間にしわを寄せ、尖った歯を剥き出して怒りを顕にする。

 

「それはこっちの台詞じゃ! お主はなぜ魔獣を作る! なぜ人間を襲わせるのじゃ!」

 

《研究だと言うておろう! より強い生命体を造り出すことの悦びが何故分からぬ!!》

 

「命はお主の遊び道具などではない! 己の欲望のために生命を弄ぶなど以ての外じゃ!」

 

《えぇい(わずら)わしい! やはり貴様ら人間には我の崇高な研究など理解できぬか!》

 

「何が崇高か! 勘違いも(はなは)だしい! お主の行為は外道と申すのじゃ!」

 

 魔人と木下君が激しく言い合う。私はその会話に入り込むことができず、横でただ息を呑んで聞いていた。

 

《戯れ言を申すな! えぇい! 腹立たしい! もはや問答無用! そもそも貴様らを分断したのは先日受けた我が傷の礼をするためなのだからな!!》

 

 魔人ラーバが遊牧民風の服をバッと脱ぎ捨てる。服の下から現れたのは青い色をした筋骨隆々の身体。竜のような翼を背負い、頭には天を指すように伸びた2本の角。まるで悪魔のような容姿。ローゼスコートで見たあの姿そのままだった。

 

「…………試獣装着(サモン)

 

 その時、いち早く召喚獣を呼び出す者がいた。土屋君だった。

 

「どれだけ言うても無駄のようじゃな」

 

 木下君はひとつ溜め息を吐くと、キッを顔を引き締める。

 

「――試獣装着(サモン)!」

 

 そして召喚獣を装着し、薙刀をビュッと振り下ろし、下段に構えた。

 

「姫路よ、ここはワシらに任せい」

 

 木下君はそう言うと私を庇うように前に出た。私が魔人を恐れていると思って気を使ってくれているのだろう。魔人の力は一度戦って理解している。その力は強大で、試獣装着した私でも勝てないことも分かっている。

 

 でも、私は――

 

「――試獣装着(サモン)!」

 

 私は右手を天に掲げ、召喚獣を()び出す。かけ声と共に足元に現れる幾何学模様。そこから溢れ出す光に包まれ、私は大剣を携えた騎士に姿を転じた。

 

「姫路、お主……」

「私も……戦います!」

 

 腰の大剣をスラリと抜き、切っ先を魔人に向けて両手で構える。

 

 私だって以前のように怯えてばかりじゃない。彼を止めないとまた多くの命が玩具にされてしまう。私は彼を止めたい。たとえ1人では敵わなくても3人で力を合わせれば、きっと止められる! いえ。止めてみせます!

 


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