バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第五十六話 うごめく影

 美波の見つけた道は断崖絶壁を登るより遥かに楽だった。けれどきちんとした道にはなっておらず、デコボコした岩が連なる岩道となっていた。このため慎重に足を運び、ゆっくりと進まざるを得ない。非常に歩きづらい道だ。

 

 この道は岩壁に沿ってぐるりと回りながら登る形になっているようだ。今、僕の左側には灰色の岩山が。右手には見渡すかぎりの青い海が広がっている。

 

 それにしても既に30分以上こんなゴツゴツした岩の道を歩いている。見た感じではまだ5合目といった感じだろうか。歩きにくい上にずいぶんと遠回りな道だ。

 

「姫路さん、大丈夫? 少し休憩取ろうか?」

 

 このメンツの中で心配なのは姫路さんだ。彼女は身体が弱く、体力が無い。登山なんて滅多にしないだろうし、こんな足場の悪い登り道なんて初めてだろう。

 

「はい、大丈夫です。まだ歩けますよ」

 

 僕の予想に反し、姫路さんの笑顔には余裕があった。彼女も以前のままではないということなのだろう。きっと彼女も成長しているんだ。そう思うとなんだか嬉しい気持ちになってくる。僕も頑張って成績を上げて観察処分の称号を返上しなくちゃな。

 

 そんなことを思いながら登り続け、約1時間。ついに僕たちは頂上に辿り着いた。

 

「凄い眺めね……」

 

 美波が溜め息を吐くように感嘆の声をあげる。他の皆は薄く口を開け、壮大な景色に見入っていた。

 

 この岩山は島の内側を円状に囲うように連なり、尾根を形成しているようだ。今、僕たちが立っているのはその一角。見下ろすと尾根で囲われた中は窪地になっていて、その中央には針のように尖った山がひとつ聳え立っている。この光景はまるで中央が盛り上がった丸い容器――そう、ババロアを作る容器のようだった。

 

「この島ってカルデラ式だったんですね」

「んむ? 姫路よ、カルデラとは何じゃ?」

「こんな風に真ん中が窪んだ地形のことを言うんですよ。周りの輪っか状の山は外輪山(がいりんざん)って呼びますね。こういった地形は火山活動でできたものが多いみたいです」

「なるほどのぅ。ではあの真ん中の尖った山は火山ということかの?」

「それはどうでしょう……ここからだと良く見えないですけど、少なくとも火山には見えないですね」

 

 姫路さんの言うように僕にもあれが火山には見えない。ここからだと大きさは分からないけど、たぶん高層ビルくらいの高さだと思う。色は岩のような灰色をしているけど、形はまるで葉の落ちた枯れ枝のように細い。

 

「坂本、目的地は島の真ん中なのよね?」

「そうだ。つまりあの尖った岩山の辺りってことだな」

「じゃあ、あそこまで行けばウチら元の世界に帰れるのね!」

「そういうことだ。だが安心するのはまだ早そうだな」

「? どういうことよ」

「見てみろ。あの山の脇っ腹をな」

 

 雄二の言葉に従い、全員が目を凝らして中央の山を見つめる。

 

 ……

 

 なんだ? あれは……?

 

「…………神殿」

 

 小さく呟くムッツリーニ。僕はそれとまったく同じことを思った。見えたのは山から突き出した白く平らな屋根。そしてその屋根を支える数本の柱。それは以前、世界史の教科書で何度か見た”神殿”のような形をしていた。

 

「雄二、あれって……」

「あぁ。どう見ても人工物だ」

「それじゃ、あそこに誰かいるってことなんですか?」

「分からん。ただ、あそこに誰かがいたとしても、そいつは恐らく味方じゃないだろうな」

「なんじゃと!? 敵じゃと申すのか!」

「考えてみろ。俺たちの乗った魔導船は攻撃を受けただろ? いるとすれば恐らくその張本人だ」

 

 なんてことだ……やっとここまで辿り着いたのに、目的地で敵が待っているなんて……。

 

「ど、どうすんのさ雄二」

「状況次第だな。戦わずに済むならそれに越したことはない。元の世界への扉を開けてさっさと出てしまえばいいわけだからな」

「そう上手く行くかなぁ」

「ま、敵がいるにしてもいないにしても、俺たちの進む道はひとつしかねぇさ」

「それはそうなんだけどさ……」

 

 きっと魔人の言う”(あるじ)”があそこにいる。僕はそう直感していた。攻撃してくる存在なんて他に考えられなかったから。恐らくそいつはギルベイトよりも強い存在だろう。なにしろあのギルベイトが恐れているくらいなのだから。しかしギルベイトにあれだけ苦戦していた僕らがそんな奴に太刀打ちできるのだろうか。

 

「さ、行くぞ。足元に気をつけろよ。下りは登るより楽だが踏み外すと一気に転がり落ちるぞ」

 

 雄二を先頭に皆が道なき道を降りて行く。けれど僕は雄二の楽観的な発言に不安を隠しきれないでいた。

 

「アキ? 行くわよ」

「あ、う、うん」

 

 躊躇(ちゅうちょ)していてもしょうがない。誰が居ようとも元の世界に帰るにはあそこに行くしか無いのだから。僕は自分にそう言い聞かせ、歩き始めた。

 

 

 

      ☆

 

 

 

 確かに下るのは楽だった。前を歩く美波はもちろん、後ろの姫路さんも問題なくついてきているようだった。もっとも、姫路さんの後ろには秀吉がついてくれているから特に心配はしていなかったのだけど。

 

 そうして30分ほど歩いた時だった。前を歩いているムッツリーニがキョロキョロと辺りを気にしていることに気付いたのは。

 

「ムッツリーニ? どうかした?」

「…………視線を感じた」

「雄二! ストップ! ムッツリーニが何かを感じたらしいよ!」

「なんだと? ムッツリーニ、どこだ!」

「…………分からない」

 

 ムッツリーニは目を鋭く光らせ、周囲に視線を走らせる。

 

「何なの土屋? 何かいるの?」

 

 不安げに美波が問う。しかしムッツリーニは答えず、黙って周囲に目を配っていた。僕も真似をして辺りを見てみる。だが灰色の山肌以外、何も見えない。

 

「…………気配が……消えた」

 

 ひとしきり見回した後、ムッツリーニが呟くように言った。

 

「あんた凄いわね……そんなことが分かっちゃうの?」

 

「…………なんとなく感じる」

「まるでレーダーみたいですね……どうやって身に付けたんですか?」

「…………自然と身に付いた」

 

 うん。なぜ身に付いたのかは問わないでおこう。

 

「警戒した方が良さそうだな。ムッツリーニ、最後尾を頼む。何か感じたらすぐ知らせてくれ」

「…………了解」

 

 ムッツリーニが移動し、最後尾に付く。これで僕らの隊列は雄二、霧島さん、美波、僕、姫路さん、秀吉、ムッツリーニの順になった。

 

 再び歩き始める僕ら。しかしこの数分後、急に白い霧のようなものが辺りに立ち込み始めた。霧は徐々に濃くなり、僕らの視界を奪っていく。しばらくすると先頭を歩く雄二の姿すら見づらいくらいにまで濃くなってきた。

 

「こいつぁマズいな……霧で視界が遮られちまう。下手をするとはぐれるぞ」

「……雄二、一旦止まろう」

「だな。皆! 一旦停止だ! 霧が少し晴れるのを待つぞ!」

「そうね。足元も見づらくて危ないものね」

「ちょっと休憩もしたかったし、ちょうどいいかもしれないね。ね、姫路さん」

 

 って……あれ?

 

「姫路さん?」

 

 後ろを振り向いて気付いた。すぐ後ろを歩いていた姫路さんと秀吉、それにムッツリーニの姿が無いのだ。

 

「ゆ……雄二! 大変だ! 姫路さんたちがいない!」

「なんだと? 少し遅れてるだけってことはないのか?」

「それが霧が濃くて良く見えなくて……とにかく探してくる!」

「待て明久!」

「なんだよ! まさか探しに行くなってのか!?」

「そうだ。今ここで探しに行けばお前まで迷子になる」

「そんなこと言ってる場合じゃないだろ! 姫路さんに何かあったらどうするんだよ!」

「落ち着けバカ。こんな時のためにムッツリーニに最後尾についてもらったんだろうが。俺たちは動かずにここで待つ。お前も座って落ちつけ」

「で、でも……!」

「アキ。坂本の言う通りよ。瑞希なら大丈夫。大人しく霧が晴れるのを待ちましょ」

「う、うん」

 

 本当に大丈夫なんだろうか……。

 

 この時、僕はなんだか嫌な予感がしていた。ゴールは目の前。そんな状況で罠が仕掛けられているゲームをいくつも見てきた。僕の経験ではとんでもない強敵が潜んでいることが多いのだ。

 

 姫路さんたちがいなくなったのはこうした敵の罠にかかってしまった可能性がある。仮にそうだとしたら、それは飛行艇を攻撃してきた張本人。つまり魔人たちの”(あるじ)”の仕業(しわざ)に違いない。

 

「ねぇ雄二、やっぱり探しに行こうよ。嫌な予感がするんだ」

「ダメだ。下手に動けば更に分断されて敵の思う壺だ」

「ぐ……」

 

 くそっ……こんな時に何もできないってのか。

 

 秀吉、ムッツリーニ、頼む。姫路さんを守ってくれ。

 


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