バカと仲間と異世界冒険記!   作:mos

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第五十一話 狂った愛の末路

「てめぇ! なんてことをしやがる! あれは俺たちの最後の活路なんだぞ!」

 

《活路ォ? 知ったことか! 俺は貴様さえ手に入ればいいんだよ! そうだ! 貴様だけは絶対に(のが)さん! 絶対にな! 捕らえて実験動物としてじっくり弄り倒してやる! この俺に屈辱を与えた罪、その身をもって償うがいい! ハーッハッハッハァ!!》

 

 俺の声で高らかに大笑いするネロス。ここまでバカにされて黙っていられるほど俺はできた人間じゃなかった。

 

「く……こ、こんの野郎ぉォォーーッ!!」

 

 完全に頭に血が上ってしまった俺はネロスの野郎に殴りかかった。隙を見て逃げてやろうと思っていたが、もうどうでもいい! とにかくコイツをぶっ飛ばさねぇと腹の虫がおさまらねぇ!!

 

《ハーッハッハッハッ! そうか悔しいか! いいぞ! もっと怒れ! もっと悔しがれ! 俺の受けた屈辱はこんなものではないぞ!》

 

 ひょいひょいと涼しい顔で俺の拳を避けるネロス。ダメだ。ただ我武者羅に殴りかかっても奴には当たらねぇ。ならば――!

 

《むっ?》

 

 俺は奴の腹に頭突きをかまし、胴に両腕を回してガッチリとロックした。このタックルには奴も対応しきれなかったようだ。

 

《な、何をする! コイツめ! 放せ! 放せというのだ!》

 

「放せと言われて放すバカがどこにいる!」

 

《えぇい小賢しい! 放せ! 放せェェーーッ!!》

 

 ドスドスと背中に奴の拳が落とされる。けれど俺には痛いだとか反撃だとか考える余裕はなかった。ただひたすらにコイツをぶちのめしたかった。

 

「うおぉぉ……ッ!!」

 

《うッ!?》

 

 ネロスの野郎が驚いたのは俺が奴の体を持ち上げたからだ。腹に頭を当てたまま背筋にぐっと力を込め、一気にゴボウ抜き。後にして思えば俺にしてはずいぶんと強引な戦い方であったようにも思う。

 

「おるぁぁぁーーーーッ!」

 

 抱え上げた奴の体を前方に振り下ろし、そのまま地面に叩きつける。プロレス技で言う”パワーボム”に近い形だ。

 

《ぐハッ……!》

 

 さすがの魔人もこの攻撃にはダメージを受けたようだ。その隙に俺は奴に跨がり、マウントポジションを奪った。

 

「てめぇッ! 俺の苦労を台無しにしやがってッ! このッ……このッ……! クズ野郎がッ……!!」

 

《うッ……! ぐッ……! ガッ……! ハッ……!》

 

 右、左、右、左と一言ごとに拳を振り下ろす。マウントポジションからの拳は奴も避けようがないらしく、俺の拳のすべては奴の顔面を捉えていた。

 

《ちょ、調子に……》

 

 奴は振り下ろした俺の右拳をガッと掴んだ。それでも構わず左拳を振り下ろす。

 

《乗るなァーーッッ!!》

 

 だがそれも掴まれ、俺は両腕を掴まれる格好になってしまった。

 

「うぉぁぁぁあーーッ!!」

 

 俺は奴の手を強引に振り払い、更に拳を握って奴の顔面めがけて振り下ろす。だがこの一撃は外れ、俺の拳は地面にめり込んでしまった。

 

 そこから先はよく覚えていない。とにかく無我夢中で殴りかかり、もみくちゃにしてやったという記憶だけは残っている。ただひとつ後悔すべき点は、このあと完全に後ろを取られ、羽交い締めにされてしまったことだ。

 

「くそっ! 放せ! 放せこの変態野郎ッ! 放しやがれ!!」

 

 肘鉄や頭突きで奴を引き剥がそうとするが、凄い力で両肩を締めつけられ、思うように動けない。そうしていると次第に熱くなった頭が冷めてきて、自分の状況を理解できるようになってきた。

 

 どうやら俺は無茶苦茶な攻撃をしたらしい。白い上着はそこら中が破れ、土まみれだ。頬や背中、腹にもズキズキという痛みがある。きっと奴の攻撃を受けたのだろう。

 

《こいつ、手こずらせやがって……いい加減大人しくしやがれ!》

 

 後頭部付近から自分の声が聞こえてくる。それだけでも気持ち悪い。

 

「くっ……こ、このっ……!」

 

 両腕に力を込めて振りほどこうとするが、やはり振り払えない。ならばと体を後ろに倒して押し潰そうとするが、今度はくるりと向きを変えられて倒れることもできない。

 

《こ、こいつ! 暴れるんじゃねぇ!》

 

「くそっ! 放せ! この野郎!」

 

《てめぇ! いい加減にしやがれ! 往生際が悪いぞ!》

 

 力任せに振りほどこうとするが、やはりビクともしない。カカトで奴の足を踏みつけようとしても、サッと避けられる。両腕を上げて腰を落として抜けようとしても、両肩をがっちり固められていて抜け出せない。もはやどうすることもできなかった。

 

 完全に俺の心理戦負けだ。しくじったぜ……けど後悔しても仕方がない。問題はこの状況をどうするかだ。自力で抜け出せない以上、翔子の力を借りる以外に手はない。

 

 だが俺が「手を出すな」と言った以上、あいつが自ら手を出すことはないだろう。それに前言撤回するのは俺の主義に反する。やはりなんとかして自力で脱出する術を――

 

《翔子! 俺ごとこいつをぶった斬れ!》

 

 な、なんだと!? こいつ正気か!?

 

「てめぇ俺と心中するつもりか!? 放せ! 放せってんだこのバカ野郎!!」

 

 じたばたともがいてみたが、奴の力は凄まじく、召喚獣のパワーをもってしても振り払えない。くそっ、このままではマズい。今の奴は俺とまったく同じ姿をしている。どちらが本物か翔子にも区別は付かないだろう。

 

《何をしている翔子! 早くやれ!》

 

「やめろ翔子! こいつの言葉に耳を貸すな! こいつは偽物だ!」

 

《騙されるな! こいつはお前を騙そうとしているんだ!》

 

「てめぇフざけんな! 騙そうとしてんのはてめぇの方だろ!」

 

《黙れ偽物! やれ翔子! 早くしろ!》

 

「く、くそっ! この野郎……ッ!」

 

 俺はもう一度もがいて脱出を試みる。だがやはり抜け出せない。ダメだ、身動きが取れん。

 

「……雄二……」

 

 翔子は刀を両手で構え、困惑した目をしていた。あいつは滅多に表情を変えない。だが俺には分かる。翔子の微妙な表情の変化が。あいつは今、どちらが本物の俺か見極めようとしている。

 

《今こいつを倒さなければ次に狙われるのはお前や仲間たちだ! さぁ斬れ! 俺に構わずこいつをぶった斬れ!!》

 

 ネロスの野郎は俺の声を使って翔子に訴えかける。また言葉で惑わすつもりか。だが翔子は俺と違って冷静だ。と、言いたいところだが、あの顔はかなり動揺しているように見える。俺が本物だと伝えるにはどうすれば……。

 

「翔子。俺たちが最初に試召戦争をした時のことを覚えているか?」

「……最初……」

「そうだ。あの時、俺はお前に――――ぐっ!?」

 

 話している最中に、絞められている両肩と首を更に締め上げられた。痛みで息が止まり、声を発することができない。この野郎……俺に話をさせないつもりか。

 

《翔子! こいつの話を信用するな! 早く斬れ! 長くはもたん! 俺の努力を……む、無駄にする……つもりかッ……!》

 

 魔人の野郎はわざと苦しそうに声を発した。危機感を煽り、考える時間を与えないようにするためだろう。まずい、このままでは本当に斬られてしまう。もはや一刻の猶予もない。こうなったら――――

 

「しょ、翔子……す、すまねぇ、ドジっちまった。……手を貸して……くれねぇか……」

 

 後ろから頭部を圧迫され、首に激痛が走る。俺は痛みに耐えながら声を絞り出し、翔子に訴えかけた。

 

「……」

 

 翔子はしばらくの間こちらをじっと見つめていた。瞬きひとつせずに見つめる翔子の瞳に映るのは俺か、魔人か。

 

《は、早くしろ翔子! 俺のことはいい! お前や仲間のためなら俺の命など……や、安いものだ……!》

 

「く……しょ、翔子……ぜ、絶対に……帰るぞ……! あいつらと……一緒に……!」

 

 その時、翔子の目がキラリと光ったような気がした。そしてあいつはスッと目を閉じ、呟いた。

 

「……分かった」

 

 そう言うと翔子は刀を真っ向に構え、走り始めた。鋭く、迷いのない目。俺と魔人のどちらの言葉を信じたのかは分からない。今はただ翔子の判断を信じるしかない。

 

 翔子は刀を真っ直ぐ前に突き出し、俺の胸目がけて突進してくる。

 

 そうだ。俺は信じる。翔子の判断を。

 

 俺はじっとあいつの目を見つめ、刀の向かう先を見守った。

 

 

 

 

 やがて翔子の刀は貫いた。

 

 

 

 

《グ……ァッ……!》

 

 突き刺さったのは俺……の、腋の下。羽交い締めにしている魔人の腕だった。魔人は堪らず腕を放し、俺を解き放った。

 

《く……くそ……な、なぜだッ……!》

 

 奴はガクリと膝を突き、左腕を押さえながら顔を歪ませる。その指の合間からはシュウシュウと黒い煙が立ち上っていた。

 

《貴様ならば我が身を犠牲にしてでも敵を討ち、仲間を守るはず! 助けを求めるなど、決してしないはずだ!》

 

 魔人は苦々しい表情で翔子を睨む。確かに俺が助けを求めることなど滅多にないことだ。だが完全に無いかといえば、そんなことはない。時と場合によりけりだ。

 

「……あなたは雄二のことを分かっていない」

 

《なんだと? そんなはずは無い! 夢操蟲(ムソウチュウ)を操りずっと貴様らを観察していたのだ! 間違うハズがない!》

 

「……そのムソウチュウって何」

 

《人に取り憑き悪夢を見せる蟲だ。同時に取り憑いた者の意思を読み取るのだ。あいつが作った物にしては便利なものだよ。魔障壁とやらの影響も受けぬのでな。ウグッ……!》

 

「……それを雄二に付けたの」

 

《つ、付けたのは……サカモトユウジのみではない。お前の記憶も読ませてもらった。フフ……なかなか……興味深かったぞ……》

 

「……町の人を操ったのはその蟲の力?」

 

《その通りだ。クックックッ……愉快だったぞ。ノコノコと町から出てくる人間どもの姿――――グはァッ!?》

 

 一瞬、何が起こったのか分からなかった。気付いたら翔子が刀を握った手をピッと横に払っていた。あいつの前で(うずくま)る魔人の右腕からは黒い煙が勢いよく吹き出している。

 

「……許さない」

 

 翔子が静かに言い、両腕を上げて刀を上段に構えた。ま、まさかあいつ、ブチ切れてるのか!?

 

「よ、よせ翔子!」

 

 俺は慌てて翔子の腕を掴み、止めた。

 

「……放して。こいつのせいでルーファスや町の人が悲しんだ。放っておけばもっと悲しむ人が増える」

 

 翔子の腕から震えが伝わってくる。怒り。普段の翔子からは想像もできないほどの怒りを感じた。

 

 ルーファスとはガルバランド王国で知り合った4歳くらいの子供のこと。行方不明となった赤毛の女リンナとその夫トーラスの息子だ。あの時、翔子はルーファスをとても可愛がっていた。だからこの魔人の所業が許せないのだろう。だが人外とはいえ、翔子に命を奪うような真似だけはしてほしくない。

 

「もういい翔子。お前に手を汚してほしくないんだ」

「……でも人が悲しむのは……嫌」

「そうだな。俺も嫌だ。けどな、こんな奴の血でお前が汚れるのはもっと嫌なんだ」

 

 不思議だった。こんなにも素直な気持ちで翔子と話したのはいつ以来だろう。普段なら照れくさくてこんな台詞など言えない。だがこの時はなぜか自然にこのような言葉が出てきた。

 

「……」

「頼む。分かってくれ。翔子」

「……雄二がそう言うのなら」

 

 翔子はそう言って上げた腕を下ろした。

 

《……ひ……ヒとつ……聞かせロ……女……》

 

 魔人ネロスは両膝を突いたまま顔を上げ、翔子に尋ねる。あちこちが破れ、土が付いた特攻服。顔や腹部に残る打撲痕。ボロボロになった俺がそこにいた。

 

「……何」

 

《なぜ……俺様が偽物……だト……分かっタ……》

 

「……確かに雄二はとても仲間思いで皆を引っ張ってくれる。でもあなたは勘違いしている」

 

《か……勘違イ……だと……?》

 

「……雄二がいなければ私たちは元の世界に帰れない。だから雄二はどんな手を使ってでも生き延びる。私たちと一緒に帰るために。自分が犠牲になるなんて言うはずがない」

 

 その通りだ翔子。俺たちが元の世界に帰るためには白金の腕輪の力が要る。そしてこの腕輪を使えるのは俺だけだ。だから俺は負けるわけにはいかなかったのだ。ならば魔人と戦うこと自体が間違っていたのではないか? と聞かれたら返答に苦しむがな。

 

《グゥッ……オ……オノレ……ェェ……ッ!》

 

 奴はゆらりと立ち上がると、その姿を変えていった。白い特攻服は消え去り、どす黒い血のような色の肌を露出していく。顔も赤く変色し、金色の髪の中から羊のように巻いた(つの)()り出してくる。その姿はまさに空想上の生物、”悪魔”のようだった。

 

《ま……まだ……終わってハ……おラん……!》

 

 ネロスの奴はギリッと歯を食いしばり、憎悪に満ちた顔を見せる。だが両腕には力が入らないらしく、だらりと下げたままだ。背を丸めて睨み付ける魔人。こうなるともはや脅威でもなんでもない。むしろ気の毒とも思える程だ。

 

「よせ。もう勝負はついた。今のお前に勝ち目はない」

 

《ほ、ほざクな……! 俺様は……ぐゥッ……》

 

 ブシュウッと両腕から黒い煙が血のように吹き出す。翔子の(やいば)がこれほどまでに奴にダメージを与えていたのか。俺の拳なんか比にならないな。そういえば学園長が”全科目の総合力で力が強くなる”と言っていたな。なるほど、こうして翔子の力を目の当たりにすれば嫌でも信じるしかないな。

 

《ク……これまデ…………か…………》

 

 ガクリと両膝を突き、奴が呟く。

 

《………………私の……負けだ……。(とど)めを刺すが……よい……》

 

 その口調はこれまでの荒っぽい口調とは異なり、紳士的であった。

 

 こいつ、荒っぽい性格と紳士的な性格のどちらが本性なのだろうか。そもそも魔人がどこからどうやって生まれたのか、俺は知らない。学園長からは魔人について聞き出せなかった。俺の予想では魔人とは遺体から作り出されたものだ。ひょっとしてこの性格は生前の人間が持っていたものなのだろうか。しかしトドメを刺せ……か。

 

「けっ。嫌なこった」

 

 この時、俺は魔人の最期を語った明久の表情を思い出していた。あいつは”人格”を持っている魔人を倒したことを後悔していた。あのバカに感化されたのだろうか。この時の俺は魔人の「トドメを刺せ」の言葉に対し嫌悪感を抱いたのだ。

 

《……敵に情けを……掛ける……気か……》

 

「俺たちは元の世界に帰りたいだけだ。お前の命を奪う理由は無い」

 

 召喚獣とゲームの世界が融合してできたこの世界において、こいつらは電子データに過ぎない。つまり命を奪ったとしても電子データが消えるだけなのだ。それにこいつらは俺たちの邪魔をし、人々の生活を脅かす魔獣を作り出す者。しかも傷を負った時の特性から見ても魔獣に類似する存在だ。つまり死体から作り出された”偽りの命”を持つものだ。ただ迷惑なだけのこいつらを排除することに何を躊躇う必要があろうか。俺はずっとそう思っていた。

 

 だが今まさにその状況を迎え、俺の気持ちが揺らいだ。明久が言った時の気持ちが少し分かったような気がしたのだ。今の俺はこいつに(とど)めを刺す気にはなれない。無論、翔子にもそんなことはさせたくない。

 

「行くぞ翔子。俺たちには時間が無いんだ。――装着解除(アウト)

 

 俺は魔人ネロスに背を向け、歩き出した。気付くと既に日は昇り、空は青く澄み渡っていた。まったく、無駄な時間を使っちまったじゃねぇか……。

 

「……でも、魔人は?」

「放っておけ。いいから行くぞ」

「……うん」

 

 この時の俺は甘かった。両腕を封じられては、もはやどうすることもできまい。そう(タカ)を括っていたのだ。

 

《ク……クク……クハハハハ! 甘い! 甘いわァァ!!》

 

 後ろから魔人の笑い声が聞こえ、驚いた俺は振り返った。そこに見えたのは、奴が……ネロスが牙を剥きだしにして翔子に飛び掛かる姿だった。し、しまった! あいつまだ動けたのか! まだ装着を解くべきではなかった!

 

「しょ、翔子ォぉーーッ!!」

 

 なんとしても守らねば! そう思うよりも早く俺は駆け出していた。だが気付くのが遅かった。奴は既に翔子の目の前にまで迫っている。

 

 ダメだ! 間に合わない……!

 

 自分の甘さを悔やんだその時、不思議なことが起こった。

 

「…………」

 

《…………》

 

 翔子と魔人ネロスが見つめ合ったまま、動きを止めたのだ。なんだ? 何が起こったんだ?

 

「翔子!」

 

 駆け寄ってみて俺は事態を把握した。

 

《……ぐぼぁッ……!》

 

 魔人が口から大量の黒い液体を吐いた。よく見ると奴の鳩尾には銀色の棒状の物が真っ直ぐに突き刺さっていた。こ、これは……翔子の……刀?

 

「……はっ……はっ……は……ぁ……」

 

 翔子は目を大きく見開き、全身をブルブルと震わせていた。そうか、咄嗟に刀を突き出したのか。無事で良かった……。

 

《……ウ……》

 

 魔人は胸から刀をズルリと引き抜くと、仰向けにズンと倒れた。翔子は刀を持ったまま放心状態だ。

 

「翔子、大丈夫か? 怪我はないか?」

「……だ……だいじょう……ぶ……で、でも……」

 

 震えながら翔子は魔人に目を向ける。こんなにも怯えた翔子を見るのはいつ以来だろうか。先程のブチ切れた時とは別人のようだ。恐らく突然襲われたことで奴に対して恐怖感を抱いたのだろう。

 

「すまなかった。俺がしっかり(とど)めを刺しておくべきだった。俺が甘かった。すまん」

「……ううん。違う」

「違う? 何が違うってんだ?」

「……あ、あの人……わざと刀に……飛び込んで……」

「なんだと?」

 

 自分から刀に刺さったというのか? そんなバカな。あの魔人が自ら命を絶つなんてことがあるわけが……。

 

《……フ、フフ、フ……こ……これで……いい……ゴフッ!》

 

 転がっている魔人に目をやると、奴は口と胸から激しく黒い煙を吹き出していた。もはや虫の息だ。

 

「お前、まさか本当に……」

 

《……こ、このままでは……(あるじ)に……改造されて……しまうから……な……》

 

(あるじ)? 改造? どういうことだ?」

 

《……わ……我々魔人……は……あ、(あるじ)(めい)に……より……動いている……。だが……わ、私は……(めい)に……背いた……》

 

「命令を無視したから処罰されるってのか? それは自業自得だろ」

 

《……フフ……そ、その……通り……。しかし私は……(あるじ)(めい)より……お、お前が……欲しかった……ッ》

 

「けっ! 冗談じゃねぇぜ! さっきも言っただろ! てめぇのような変態野郎は死んでもお断りだ!」

「……命令に背いたらお仕置きに改造されてしまうの?」

 

《……そう……だ……。あの……ギ、ギル……ベイトの……ように……な……。あ、あのような……! 獣に……な、成り下がる……くらい……なら……ッ! わ、私は――グはァッ!》

 

 再び大量の黒い液体を吐き出す魔人ネロス。胸の傷跡を見ると、そこには巨大な魔石が埋め込まれていて、完全に割れていた。やはり魔人とは魔獣の一種なのだろうか。それに”ギルベイト”とは、もしや明久が倒したという魔人のことか? 確か巨大なミノタウロスのような化け物になっていたと聞いたが……。

 

《……さ、サカモト……ユウジ……》

 

「なんだ」

 

《…………あ……愛し……てる……ぜ…………》

 

「なっ! 何を言ってやが――!」

 

 返す言葉は奴の耳に届くことはなかった。俺が言い終える前に奴の身体は一気に煙へと変わり、全てが空気中に溶け込んでいったのだ。

 

 黒い煙はいくつもの球体となり、空高く舞い上がっていく。それは差し込んでくる朝日に照らされ、不思議な光景を作り出していた。フワフワと登っていく黒い気泡。俺と翔子はその様子をただ呆然と見守っていた。

 

 

(けっ……最後の最後まで……イカれた野郎だぜ……)

 

 

 俺は空に向かって呟いた。

 

 

「……雄二……」

()が明けちまったな。戻ろうぜ」

「……うん。――装着解除(アウト)

 

 こうして俺と魔人ネロスの戦いは終結を向かえた。

 

 それにしても(あるじ)とは一体何者なんだ? ネロスの話を信じるならば俺たちを襲わせているのはこの(あるじ)だということになる。では明久の元に現れた魔人も、姫路の撃退したという魔人も、同じように(あるじ)の命令で動いている? 明久の話では初対面の魔人が俺たちのことを知っていたらしい。ということは、その(あるじ)が俺たちの存在を知っていたということになる。

 

 問題は(あるじ)って奴が異世界人である俺たちのことをなぜ知っているのか、だ。まさか学園長の仕業か? ……いや、ババァは俺たちの脱出のために腕輪を用意した。それを妨害するような存在を作り出すとも思えない。一体どういうことなんだ……?

 

「……雄二?」

「ん? あぁ、すまねぇ。考え事だ」

 

 何にしても、今はどうにかして扉の島に渡る方法を考えなきゃならねぇ。一旦帰って考え直しだ。元の世界に帰りさえすれば、(あるじ)が何者だろうが知ったこっちゃねぇからな。

 

「行こうぜ」

 

 

 

      ☆

 

 

 

 林を出ると海辺は完全に朝を迎えていた。和やかな太陽の光が砂浜に降り注ぎ、さざ波の音が耳をくすぐる。

 

 俺たちは先程見つけた船の所に戻り、状況を確認した。だがネロスの言う通り、船は岩の下敷きとなり、木っ端微塵に砕けてしまっていた。もはや修復は不可能なほどに。

 

「……せっかく見つけたのに……」

「諦めるな。まだ他にも使えそうなのがあるかもしれねぇ。探すぞ」

「……うん」

 


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